パトロール - 収
「そうなんです、ルーク様が注目を集めた瞬間に、中央庭園が静かになって」
「うん、だろうね。彼は本当は僕より人の上に立つのに適しているんだ。本人は目立つことを厭うけどね」
「お二人ほどになりますと、私程度ではどちらが、という判断はできかねますが……とてもご立派なお姿でした」
「ふふっ、君とは意見がどうやら合いそうだ」
「さっきから、なんの話をしているんだあいつら? クロードが相変わらずなのは察するが」
「僕にも分かりません。分かりたくないと言いますか。それよりもリュシアンさん、バルト達の事、知っていたんですね」
「あぁ、俺が組んだ中で、あいつらが一番気が利くからな。ガキ共のお守りも任せられると思ったんだが」
「気が利く、ですか? 腕が立つ、とかじゃなくって」
「利かせた気を実行する腕もある、ってところだな」
なんとなく、リュシアンさんが言っていることがわかる気もする。俺は、かいつまんでエレノアと遭遇した時の話をした。
「クロードの『決して怪我はさせないように』って指示に対して、怪我どころか指一本も触れずに身柄を押さえていました」
「気が利くってのは、そういうところだ。『怪我をさせなければ何をしてもいい』とも取れる指示から、クロードの”言外のメッセージ”まで拾える」
「もしかして、クロードの指示の出し方が甘かったってことになります?」
「そうでもない。初対面でバルト達の実力がわからない状態だったろう?細かい指示を出すという事は、行動を制限するということだからな。『一切手を触れずに身柄を確保しろ』という命令を出して、失敗したら元も子もない」
「なるほど。巡回業務も、ちゃんと考えてやれば、かなり勉強になりそうですね」
「そういうことだ。巡回が終わったら、バルト達に自分たちの指示が適切だったか、現場の意見を聞いてみるといい」
ついさっきまで見ず知らずの女性を侍らせて、アクセサリー呼ばわりしていた人の言葉とは思えない。勉強になるなぁ。
「お待たせしました、皆さん! って、リュシアン様!?」
息を切らし、マイクが駆け寄ってきた。やっと追いついたようだ。そういえば、マイクが居ない間に人数が二人増えているんだよな。
「いや、実はさ――――」
「なるほど、情報共有ありがとうございます。しかし、納得しましたよ、街の状況の変化に。リュシアン様が同行されているからですね」
「どういう意味?」
「先ほどから、ほら、あそこ。足早に移動しては飲み屋に入っていく学生さんがちらほらいるでしょう?」
言われてみると、確かに。何かに追われるように、しかし目立たないように、小走りで店に駆け込んでいく生徒がいる。
「リュシアン様が見回りをされていることに気づいた学生さんたちが、情報共有しているんだと思います。これで、今日はトラブルもだいぶ減ると思いますよ」
リュシアンさんが怖くて、分別のある生徒は大人しくしている、って事か。まぁ、分別があるやつは端からトラブルも起こさなそうだけど。
「ただ、人の流れがいつもとかなり違うので、気を抜かずに注意していてくださいね」
「人の流れ?何か催し物でもあるの?」
「いえ、その、えーと、お言葉ですが、多くの学生さんは、皆さんのことが気になるようで」
「あーーー……」
俺は思わず頭を抱えた。そうだよな。クロードだけでも十分注目を浴びるのに、ライナーにリュシアンさんと、俺も含めれば『選友会』の商品が四人並んで歩いているんだ。そりゃ催し物みたいなもんだ。
やばいやばい、クロードといつも一緒にいる影響で、周囲の視線にどこか鈍くなっているんだろうな。
やるせない思いを抱えながら、巡回コースを淡々と進み、そろそろ終わりが見えてきたな、って頃合いだった。
パンッ!パパンッ!パパパッ!パンッ!
突如、何かが弾ける音がしたかと思うと、10数メートルほど先から、もくもくと視界を遮るほどの真っ白な煙が広がってきた。
「な、なんだなんだ」
「どけっ、邪魔だ」
「きゃーっ、きゃーっ」
まずいな、通行人がパニックを起こしている。これじゃ騒動の原因を掴む前に怪我人が出るぞ。
「ルーク!僕は道を封鎖する!――《光壁》」
瞬間、俺達の前方を横切るように、光の幕が通りを端から端まで遮った。
「うわっ!?」
「ま、眩し……!」
「よし、後は任せろ!」
とはいえ、巡回中の学生が無許可で行使できる魔術は第四階梯までだ。より大規模な第五階梯以上となれば、フェローか教員の許可が要る。
「リュシアンさん、第五階梯使います!」
「構わん、好きにしろ」
「――《静陽檻》」
俺を中心に広がった不可視の領域が、逃げ惑う人々を包み込んでいく。
「あ、れ……?」
「なんだ……急に……」
さっきまで我先にと駆けていた十数人の勢いが見る見る削がれ、足取りが鈍っていった。
「こ、これは……」
警備隊の三人は呆然としている。
「バルト、お前らは呆ける前にやる事あるだろ」
リュシアンさんは、気だるげにバルトを促した。
「はっ……! 皆さん、その場で止まってください! レガリア大学警備隊です!」
すかさずバルトが声を張り上げると、ハンクとマイクも動いた。
「押さないで! 煙からは距離があります!」
「慌てず、こちらへ!」
俺の魔法で足を止めた人々は、あっという間に安全な場所へ誘導されていった。
「クロード、道は?」
「塞いでるよ。あれだけ眩しければ、普通の人なら突っ込んではこないでしょ」
「じゃぁ、混乱も収まったし、今のうちだな」
俺とクロードは顔を見合わせ、白煙の中へと歩き出した。
◇
ハンクを先頭に、煙の元と思われる飲食店に入っていく。
「――うっ、うぇえ!! なんだ、この臭いは!!」
扉を開けた途端に、ハンクが鼻を押さえて悶え出した。
「え?臭いって――うわっ、くっさ!!!!」
それは、一瞬パニックを起こすほどの、激しい獣臭だった。そこに香草のような青臭い匂いが混ざり合って、臭い以外の感想が出ないし頭も回らなくなってきた。とりあえず、くっさい!!
「た、たしかに、これは強烈な臭いだね……」
さすがのクロードも顔をしかめている。
店内は、煙と匂いで充満していた。煙のせいでよく見えないが、どうやら大男の影があるようだ。全員が警戒ランクを上げたその時、その影は能天気な野太い声を発した。
「おいおい、まだ出来上がってないぞー! もう少し待ってろ! せっかちだなー!」
「バルタザール様、ネルドリンゲンの郷土料理に人が集まって来てくれて嬉しいですね!」
「おう!これで俺の求心力もうなぎのぼりってやつだ! がはははは!」
って、バルタザールとコレットか!? 何やっているんだマジで?? 俺が混乱していると、ライナーがポツリと言った。
「――もしかして、『山鳴り焼き』ですか?」
「知っているのか、ライナー!」
『大角ジカの薬草塩漬け熟成肉・直火焼き』
北部ネルドリンゲンの寒冷地に生息する大角ジカ。その脂肪分が極めて高い肉を、凍土で育つ強力な香草と大量の塩で樽漬け熟成させた超高級伝統料理。熱せられた肉の脂が跳ねて「パンッ!パンッ!」と爆竹のような爆発音を立てる事から、『ノルドの山鳴り焼き』とも呼ばれる。
※参考文献:エウロギア商工組合監修 『エウロギア 香草・薬草料理大全集 第三版』
「あの……、ネルドリンゲンの名物料理ですが……げほっ、向こうの家屋は、極寒地用の特殊な煙突付き薪ストーブがあるから焼けるんです。こんな密閉された温かい居酒屋で焼いたら、煙と、臭気が充満して、視界ゼロになるのは当然ですし、下手したら脂の爆発で店が全焼しますよ……けほけほ」
「え……名物……料理?」
「と、とりあえず火を止めて、換気をしましょう!!」
マイクが店内の窓を開け始め、部屋の中からすこしずつ煙が消えていった。
「おいっ、なんだよ、ネルドリンゲンじゃみんな家の中で食ってるぞ!邪魔するなよ!金貨五十枚もしたんだぞ!?」
「学生さん、大人しくしてくだせぇ。こんなことで引っ捕らえられたくないでしょう?」
ベテランのバルトも呆れかえっているようだ。
「おい。終わったか?」
リュシアンさんが、煙と臭いがだいぶ落ち着いたところで、冷静な足取りで風を纏いながら入ってきた。
「リュシアンさん、臭いからって逃げてたでしょ! あと、魔法でそんな器用に空気清浄できるなら、部屋全部やってくださいよ! 自分ばっかり!」
「逃げたんじゃない、後方支援だ。……おい、そこのデカい馬鹿」
「おっ、フェロー・リュシアンまで、俺の料理食べに来てくれたのか!」
「そんなところだ。名をフルネームで名乗れ」
「バルタザール・アイゼンヴァルドだ! そして、こっちは俺の従属のコレットだ!」
「よし。近隣店舗への損害賠償と清掃代は、全部お前の親に請求回しておくぞ」
「えっ!? 何がだよ、怒られるようなことしてないだろ!!」
「……教養の無さにも程があるな。建築構造の違いすら理解できないとは――」
「――待っ、待ってください!」
突如コレットが横から乱入し、リュシアンさんを潤んだ瞳で見上げた。
「バルタザール様は、ネルドリンゲンの郷土料理を、たくさんの人に食べて欲しかっただけなんです! バルタザール様は、雪深く長い冬を支え合ってきた、ネルドリンゲンの民の心を感じてほしかっただけで――」
そして、少し震える両手で、油の滴る肉が乗った皿を差し出した。
「あの、焼けているところあったので、食べてみてください! フェロー・リュシアンも、きっと、食べればわかるから……!」
そう言って、コレットはリュシアンさんに、健気にも笑顔を向けたのだ。
「きっと、みんなで、笑顔になれるから……!」
数拍。
コレットを見つめ、微動だにしなかったリュシアンさんは、やおらに動き出した。
すると、足元に転がっていた素朴なスツールを、――なんの躊躇もなく、全力で蹴り上げた。
風を切り、唸りを上げて飛んだスツールは、コレットの顔の数センチ横をかすめ、背後の壁に激突すると激しい音とともに粉々に砕け散った。
「ひっひぃいっ」
恐怖で持っていた皿をガシャンと落とし、後ずさるコレット。その目の前へ、リュシアンさんは静かな足取りで歩み寄った。俺の位置から、その表情は見えない。圧倒的な沈黙と殺気が、店内を支配する。
「――おい、お前は、この俺に、そのクセぇ田舎料理を食えって言ったのか?」
「あ…あ……」
「俺はな、さっきから、ガラにもなく『自制』ってやつをしてんだよ。理解るか? 面倒事を起こしやがるテメェみてぇなクソ平民の頚椎をこの手で粉砕したいのを……必死で、理性を保って、我慢してやってんだよ」
「ご、ごめんなさ……」
「それなのに、お前は、そのゴミを食えだとか抜かしやがる。なぁ。俺、何かお前に悪いことしたか? こいつらも、お前に何か悪いことしたか? 見て、わからねぇのか? こいつら、巡回中なんだよ。お前、何の権利があって、巡回の邪魔をするんだ? 教えてくれよ」
「じゃ、じゃまなんか……」
「だから、お前になんの権利があるんだ?『邪魔じゃない』とお前が決めつける権利を誰に与えられた?」
「け、権利だとかそんな……」
「お前が邪魔かどうかを判断するのは、業務を妨害された俺たちだ。お前、一度殴られてみるか? お前の理屈だと、俺がお前を全力で殴っても、俺が『痛くない』って決めつければ、痛くも痒くもねぇんだよなぁ?」
「そんな……殴るだなんて……うぅ……」
「ちょっと、待ってくれフェロー・リュシアン! コレットに悪気はないんだ! 俺、俺が処分を全部受けるから、コレットのことは見逃してやってくれ」
「バ……バルタザール様……!」
「バルタザール。お前が処分を受けるのは既に決定事項だし、お前に処分内容を決める権限はない。無駄口叩くな。バルト、ハンク、面倒だからもう二人を拘束しろ」
「「はい、リュシアン様!」」
……はっ。思わずリュシアンさん劇場を黙って観賞してしまった。
とりあえず、あまりコレットとは関わりたくないし、外の空気でも吸いにいくか。
「ルーク、僕もつきあうよ」
「しかし、最後の最後に面倒事に巻き込まれたなぁ」
「あの平民は、まったく何も理解できていないようだね。リュシアンさんも我慢することないのに」
「あの人のことだ。どうせ事後処理が面倒だ、とかだろ。本当の意味で、命拾いしたよなあの二人」
しかし、リュシアンさんとコレットも邂逅してしまったな。他二人と同様に、印象最悪っぽい出だしだけど。結局、あの夢はなんだったんだろうな。
まだ鼻の奥に嫌な匂いがこびりついている感じがして、俺は顔をしかめるのだった。




