パトロール - 展
ちょっと余計な時間を取ってしまったが、引き続き学生街の夜間パトロールを続ける俺達。
「しかしクロード、エレノアに随分やわらかい対応していたな」
「あぁ――そうかもしれないね」
エレノアは、クロードを追ってレガリア大学に入学したくらい、クロードに一途だ。しかしクロードはそれをさらりと躱すどころか、冷徹に突き放すという割とアレな対応を長年し続けていた。それが一転、普通に会話をしていたのが意外だったんだけど。
「まぁ、心境の変化といった所かな」
「えっ、まさか、お前とうとう――」
「エレノアと結婚はしないよ」
思考を読まれたのか、俺が最後まで発言する前に終わらせられた。
「彼女に取られるのが怖かったんだけど、大丈夫なのが分かったから、もういいんだ」
「ふぅん? ま、俺はお前がいいなら、それでいいんだけどさ」
話はよくわからないが、クロードが満足そうにふわふわ笑っているので、まぁ悪い事ではないのだろう。
クロードと会話しながら歩いてたら、見知っているがこの場所にいるはずのない人物の顔が前から現れた。
「ラ、ライナー? どうしてこんな所にいるんだ?」
「あれっ、ルーク様? クロード様も。こ、こんばんは」
絹糸のように繊細な銀髪をゆらしながら、丁寧に深々とお辞儀をする後輩のライナーだが……。
「いや、っていうかお前、寮住まいじゃなかったか? 門限がとっくに過ぎたこの時間に何やってるんだ?」
男子寮の門限は日没時だ。二月の今は五時頃のはずだが、今は八時をとっくに回っているのだ。
「坊ちゃん方、またお知り合いですか?」
俺達が立ち止まったのに気づいて、先行していたバルトとハンクが戻ってきた。
「あ、なるほど、お二人とも巡回の奉仕中だったのですね……。」
ライナーは二人の警備兵の姿を見て、自分の状況を悟ったらしい。少し顔色を悪くしている。
「いや、別に騒ぎを起こしているわけじゃないし、門限破り程度で捕らえたりしないぞ? ただ、これからもっと冷え込んでくるし、心配して聞いてるだけだから、な?」
「はい、実は……午後の早い時間から部屋で飲み会が始まってしまいまして……。他の部屋からも人が集まって、かなりの大騒ぎになってしまったので……うんざりして、学生街へ散歩がてら逃げて来たのですが……」
なるほど、寮は相部屋だ。下位学部だと四人部屋かな? 上位学部になれば、もっと余裕のある部屋に変わるらしいが、繊細そうなライナーには辛い環境かもな。
「たまたま、とある出店で故郷の湿地帯でしか採取できない薬草を見つけてしまい、他にも珍しい薬草を置いていたので、時間を忘れてしまいまして……」
「おいおい……。止まる場所とか、行くアテはあるのか?」
「……」
途方に暮れたように俯くライナー。う~ん、仕方ない。
「おい、クロードにバルト、ハンク。ライナーを同行させてもいいか? 巡回が終わったら、そのまま俺ん家に泊めるからさ」
「えっ、いえ、まさかそんな、ルーク様の家になんて恐れ多くて無理、無理ですっ!!」
ライナーが今日一悪い顔色をしている。だが、そんな事言ったってなぁ。
「いやだって、寮にも帰れない、行くあてもないんだろ? いつクロードが泊まりに来てもいいように、来客の準備くらいしてるから、遠慮する事ないぞ?」
「僕は構わないよ。丁度、ライナーに聞きたい事もあったしね」
まさか例の件の事か? クロードのやつ、まだ覚えていたのか……。
「そうですね。うーん、俺とハンクの二人で学生さん三人守るってなると、警備面が心配になりますがねぇ……」
「しかしよ、バルト。これから酔っ払いが増えてくる時間だ。こんなやたら綺麗な顔した細っこいのが一人でいたら、トラブルに巻き込まれてもおかしくないぜ? 変な貴族に手籠めにされそうになったりとか」
ハンクの言葉に、ライナーはびくっとしている。そうだ、リュシアンさんも言ってたじゃないか、「学園都市には多い」って。これはライナーの貞操の危機では? 流石に見過ごしたら後味が悪すぎる。
「バルト頼むよ、とても優秀な後輩なんだ。俺もクロードも、こう見えて鍛えているし、自分の身ともう一人分程度どうにでもなるから。警備の方は気にしないで大丈夫だよ」
「たしかに、状況的にそれが一番よさそうでさぁね。そのうちマイクも追いつくでしょうし、そのプランで行きましょう」
ってなわけで、目の前の屋台で売っていたパンを器にしたスープを、恐縮するライナーに押し付けてから巡回を再開する事になったのだが。
「なるほど、離れた場所からルークの名を大声で呼びつけて走り寄って来たと」
「はい。みっともなく大きな足音をあげて、見苦しい事この上なかったです」
「その後の事は覚えているか?」
「……そうですね。ルーク様は立ち止まりましたが、近づいてくる彼女に声をかける事はなく、無言でした。私には、状況を判断されておられたように見受けられました。しかし、あの娘は、その無言を許可だと思い違いしたのか、馴れ馴れしくも一方的にルーク様に――」
本当にクロードがライナーに聴取をはじめてしまった。あまり内容を聞かないようにしよう。
明日の朝ごはんは何かなー、と現実逃避しかけた時に、空から声が振ってきた。
「おい、ルーク。どうだ、ノブレス・オブリージュを楽しんでいるか?」
俺達一行は立ち止まり、声の方向に目を向けたら――
「リュ、リュシアンさん!?」
そうか、もうこの辺りは飲み屋街か。リュシアンさんは、少しばかりリッチでシックな雰囲気の飲み屋の二階バルコニー席にいる。手には輝く銀の台座に耐熱グラスが嵌め込まれたゴブレットを持っているので、ホット・トディでも飲んでいるのだろう。だが、なにより気になる事がある。
「あ、あの~? そちらの方々は?」
フェロー・ガウンを着たリュシアンさんの両サイドには、色っぽいお姉さんがペットリと張り付いているのだ。
「ん? あぁ、気にするな。アクセサリーみたいなもんだ」
おかしいな。俺の知っているアクセサリーは、持ち主の髪の毛を指先に巻き付け弄んだり、胸板を撫で回したりしないものなのだが。きっと、気にしたら負けなのだろう。
「リュシアンさんって、学生街でも遊ぶんですね。もっぱら貴族街か下町かと思っていましたよ」
「今日はお前らの保護者役だ」
「え? リュシアンさんが、なぜ?」
「ったく。お前らが図書館の受付もまともに出来ないからだろ。今日は学士会からお前らの面倒をみてくれって泣きつかれたんだよ。お前らにこれ以上問題起こされたら、学士会の管理能力が問われるってな」
「それは何というか。でも、よく引き受けましたね? リュシアンさん、そういうの面倒くさがりそうじゃないですか」
「ふん。その代わり、今期の口頭試問の運営雑務を全て免除させた。考えるまでもねぇ」
なるほど。口頭試問に何日も付き合わされるのと、俺達の面倒を見るのだったら、後者のほうが圧倒的に時間拘束も少なく楽って事か。
「とにかく、だ。いいか、お前らは余計な事せずに、大人しくバルト達の後を着いていくだけでいい。せっかく一番マシなバルト達を付けてやったんだ。バルト、俺はここで飲んでるから、任せたぞ」
「はっ、はい、リュシアン様!」
バルトがピシッと背筋を伸ばし、引きつった笑みを浮かべているが、二人は顔見知りだったのか。リュシアンさんが巡回していた時に組んだ事でもあったのかな。
「えー、リュシアンさんは付いてきてくれないんですか? せっかくだから一緒に行きましょうよ。っていうか一緒に行きたい!」
「いいか、ルーク。俺はちゃんと巡回に同行している。分かったら、ほら、さっさと行け」
そう言って、バルコニーの奥に引っ込もうとしているリュシアンさんの背中に俺は声を投げかけた。
「でも、学士会に『リュシアンさんは女の人と店で飲んでただけでした』って報告されたら、口頭試問の代行を取り消されちゃうんじゃないですか? 目撃者もいっぱいいますし」
「……チッ。お前はほんとに………しかたねぇな」
「やったー!」
リュシアンさんは、アクセサリーさん達を手早く追い払うと、心底面倒くさそうな顔をして一階のドアから出てきた。
「ところで、あの人たちよかったんですか?」
「勝手にくっついてきただけだ。よくある事だ、気にするな」
よくある事なのか。まぁ、本人が気にするなと言っているのだから、やはりそれが正解なのだろう。
「ほら、とっとと終わらすぞ」
こうして、スタートより若干人数を増やして、俺達は巡回を続けるのだった。




