パトロール - 発
この学園都市には、大学の正門から南へまっすぐ伸びるメインストリートがある。
この大通りを境に、西側には邸宅が立ち並ぶ貴族街・高級住宅街が広がり、東側には活気あふれる学生街が広がっている。
さらに街道を南下すれば、古くからの商店や役所が集まる旧市街。その先には、大きな川港を擁し、水運事業で賑わう庶民的な下町が広がっている。
そして俺が今居るのは、夜八時の学生街だ。
一人ではない。幼馴染のクロードと、三名の大学専属警備隊員と一緒だ。
何事かと言うと、今日は奉仕活動という名の雑務の一つ、『巡回』のお仕事だ。
何故に学生がそんなことをやるのかと言えば、学生だからこそだ。レガリア大学の学生には貴族が多い。しかし、大学専属警備隊は職業軍人や元傭兵・元衛兵たち、つまりは平民だ。
貴族相手に、平民の警備隊だけでは手に余ることもあるから、上位学部の生徒が身分上の監督役を兼ねて付き添っているってわけだな。
監督役とは言え、俺もクロードも、今日が初巡回。今日は、三人のベテラン警備隊に学ぶ気持ちだ。人間、謙虚さを忘れたらいけないよね。うんうん。
「クロード様、初巡回で緊張なさる気持ちはわかりますが、肩の力を抜きなせえ」
そう語りかけてくれたのは、チームをまとめる四十代のベテラン、バルト。
「夜の学生街の事なら任せてくれ。「何かあれば、すぐ俺の背中に隠れろよ」
三十代後半、元傭兵で荒事担当のハンク。荒っぽさはあるが頼もしい。
「今日巡回するルートは、最近下位生たちの揉め事が増えているエリアです。慎重にいきましょう」
三人の中で一番若い三十代前半のマイクは、説明が丁寧で、入念な下調べもする真面目な男だ。
ちなみに、巡回中は俺達の名前呼びを許可している。家名、長いしね。口調も気にしないでくれと伝えている。変に畏まって、いざという時の連携に悪影響が出たら困るもん。
別に優しさとかでなく効率の話なんだけど、三人にはいたく感激された。きっと今までに色々あったんだろうな。
そうそう、何気に俺とクロードは張り切っているんだよ。この奉仕活動も、学術貢献度に影響あるからね。不可抗力とはいえ、図書館の奉仕活動はクビになったようなもんだし。名誉挽回がてら巡回業務はしっかりこなしておこうってワケ。
余談だけど、この担当振りをしているのは、上位学部約500名から選ばれた40名の代表で構成される監察委員会――通称、『学士会』だ。俺達も爵位のバランスを考えれば、そのうち入ることになるだろう。まぁ、今は上位学部になって日も浅いから、先の話だけどさ。学士会の中でも5名の幹部になれば、多少だが特権もあるし、学術貢献度もがっぽりだ。俺に言わせてもらえれば、面倒そうって感じだけど、生徒の中の頂点って感じで、皆の憧れのポジションでもある。
まぁ、そういう理由で、俺とクロードは次期学士会メンバーとしてカウントされているから、奉仕活動のグループ分けも、気を使って同じにしてくれてんだって思ってる。リュシアンさんは「五万ギルダーが怖いんだろ」とか言っていたけどチョットヨクワカラナイナ。
学生街に多いのは、学術用や寮生の生活雑貨類を置く小売店だが、酒場も多くある。夜間なので寮生はいないはずだが、下宿住まいの学生が騒ぎを起こす可能性は大いにある。
寮の門限も抜け道はあるけど、寮住まいの生徒はそもそも金欠な場合が多い。バレれば罰則もあるのに、わざわざ外で大騒ぎをする学生は稀だ、ってマイクが言ってた。
俺としては、平和的に終わって欲しいんだよな。相手が魔法を使ってきたら、警備隊には対処が難しくなる。そうすると俺らの出番なんだけど、クロードの魔法はちょっと派手だから、なるべく俺が片付ける方向にしなきゃだし。とにかく、俺も色々と考えているわけよ。
「クロード、どうした?」
突然、一緒に並んで歩いていたクロードが、すっと細めた視線を街道の隅に向け、何かを見定めたように思案顔で立ち止まった。先行していた警備隊三人組も、気づいて駆け寄ってきた。
「どうかしました? クロード様」
「バルト、あそこの角に立つ女性の聴取を。逃げ出すようなら確保して構わない。ただ、決して怪我はさせないように」
「――はぁ、わかりました」
バルトは「おい、行くぞ」と残りの二人に声をかけて、急ぎ足で女性の元に行った。
「彼女がどうかしたのか?」
「ルーク、気づいていないのか?」
「気づくって何をだ?」
「まぁ、ここで暫く様子を見よう」
クロードが聴取を指示した女性は、フードを深くかぶり、高貴そうな身なりをしている。きょろきょろ、そわそわとしている。どうやら何かを待っているようだ。
警備隊が彼女の元へたどり着き、三人の中で一番物腰がやわらかいマイクが話しかけた。そして何か少し会話をしたあと――女性は逃げ出した!しかし、その先には既にバルトとハンクが先回りしており、待ってましたとばかりに通せんぼをした。見事、女性に怪我どころか触れることすらなく、足止めに成功したようだ。優秀!
「ルーク、行こう」
「あ、ああ。しかし、一体なんだっていうんだ」
よくわからないけど、クロードは何か確信しているようだ。
クロードと連れ立って、女性の元にたどり着く。そのフードの中の顔を見てみると――
「エッ、エレノア~~~!?」
驚いて思わず大声を出してしまった。伯爵令嬢であり、クロードの従妹でもあるエレノアが、夜の学生街なんていう考えられない場所にいるからだ。
「まったく、ルークって変なところ鈍いよね」
クロードに呆れたように言われるが、ぐうの音もでない。なんなら、エレノアの存在を忘れていたまである。
「ク、クロード様に、ルーク様まで……!?」
エレノアも突然の事に驚いているようだ。
「なんだ、このどえらい美人さん、お二人のお知り合いだったんですか」
ハンクは気が抜けたように頭をかいている。
「しかし、こんな所で護衛も連れずに学士衣もなし、一人でなにやってんだ?いくら治安がいいとはいえ、危ないだろ?」
俺が質問をすると、エレノアは反射的に手にしていた手提げ鞄に視線をやり、持ち手をギュッと握る。それを見逃すクロードではない。
「バルト、鞄だ。所持品検査を」
「は、はぁ。すんませんが、お嬢さん。そういう事なんで、ご協力いただけますか?」
手を差し伸べるバルトに、
「な、何もございません!何もございませんわっ!!」
と、明らかに「何かある」って反応を見せるエレノア。やれやれ、ほんと何なんだ。
「おい、エレノア。逆らったところで、無理やりになるだけだぞ?こういう時のクロード、容赦ないんだから。大人しくさっさと出してくれよ、面倒くさい。何もないならいいだろ?」
「ルーク様にはデリカシーというものがないんですのっ!?」
なんかエレノアが顔を赤くして騒いでいるが、結局しばらく逡巡した後、諦めたのか手提げ鞄をバルトに差し出した。
そして鞄の中には、とろみのある液体の入った、いかにも怪しげな小瓶が入っていた。
――まさか、毒……!?
そうだ、俺の夢のエレノアは、コレットに対して害意どころか殺意を持っていたではないか。最近存在感が無いとは思っていたが、犯罪者への道を着実にステップアップしていたとは……。
しかし、どうだ? ターゲットはクロードに一番近い人間だ……って事は、すなわち。 なんてこった!暗殺対象は間違いなく俺じゃないか!
いかん、今すぐエレノアを止めなければ!
「エレノアっ!全部お前の勘違い、濡れ衣だ!俺がクロードと馬車の中に二人きりで手を繋いでいるのは、あくまで治療の一環であり、断じて俺の意図しているところではない!信じてくれ!俺は、女が!巨乳が好きなんだっ!!」
…………。
し、しまった~~~~!!
何故にどうして、喋る必要のないことまでぺらっぺらと喋ってしまったんだ!もう、おバカっ!俺の軽いお口のおバカっ!
俺は思わず頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
さわさわ、さわさわとギャラリー(明らかにレガリアの関係者だ)の声が聞こえる。
「まぁ、やはりあのお二人ったら……密室で……ぽっ」
「クロード様に迫られたら誰だって抗えないだろ」
「五万ギルダーだもんな」
「俺は尻派かなぁ」
……なんか最後に変なの混ざってたな。
俺は、えいっ!て気合ですっくりと起き上がり、何ごともなかったかのようにエレノアに話しかけた。
「それで、エレノア。その薬瓶はどうしたんだい?何に使うつもりなのか、言ってごらん?」
「ルーク様、そんなことでごまかされると思っていますの?」
「ですよね。」
俺は、エレノアが目を三角にして、絶対また「不潔っ!」とか怒り出すのだろうと身構えていたのだが、エレノアの反応は予想外にあっさりしたものだった。
「クロード様、ルーク様の治療という事は、もしかしてお病気がまた……?」
「あぁ――冬季休講中に少々悪化させてしまってね。だから、ルークの血統魔術で治療の協力をしてもらっていたんだよ」
あ、そっか。エレノアはクロードの従妹だし、うっすら幼少期の事を知ってるんだ。
「まぁ、おいたわしい……。お元気そうに見えますが、もう心配ございませんの?」
「ご心配ありがとう、もうすっかり快癒しているよ。ルークには念のためで協力をしてもらっているだけなんだ」
お……?こ……、これは…………。
「まぁ、クロード様がお病気されていたなんて」
「救急箱代わりに一緒に居るって事?」
「クロード様に踏まれたい」
「噂はしょせん、噂だな」
セーーーフ!!
見事なファインプレー!しかも前よりも状況は良くなったんじゃないのこれ!?
「僕の体調の事よりエレノア。その瓶は何だい?どうして一人でこんな時間にいるの?」
「これは、その……化粧水、ですわ」
「「化粧水?」」
――エレノア曰く。レガリア大学の卒業生が開いている、美容について情報交換をする会員制サークルに入っているそうだ。その会長である元生徒は薬草学のエキスパートで、女性の美容に関する品物を作成しては、会員に配っているという。今日はそのサークルの会合があった日なのだが、会長は気まぐれな人のようで、予定より早く終わり外に出されてしまったので、迎えの馬車を待っていたとの事。挙動不審にみえたのは、一人で心細くしてたからだったとさ。
「それじゃ、エレノア。マイクの言う事ちゃんと聞いて、大人しく待ってるんだぞ?」
「もう、子供ではございませんのよ?わかっておりますわ。それでは、ごきげんよう」
俺達は、エレノアの馬車が来るまでの付き添いにマイクを残し、予定通りの巡回経路に戻っていった。
「いやー、禍福は糾える縄の如しってやつだなぁ」
「まったく君ってば、度し難いよ」
「坊っちゃん方、まだ巡回は始まったばかりですが、大丈夫ですかい……?」
バルトの心配げな声が、澄んだ冬の夜空に掻き消えていくのだった。




