握手会
今回から 更新は火・木・土の週3回を予定しています。引き続きよろしくお願いします。
現在俺が座っている大図書館の貸出受付には、気が遠くなるような長蛇の列ができている。
原因は、これだ。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます、クロード様!あ、あの、握手をしていただいても……」
「はい、終わったら立ち止まらないで、次の人~」
今日は、俺とクロードで大図書館の受付担当だ。上位学部生の義務ってやつだな。初仕事なのだが、大図書館の受付に座るクロード目当ての学生が大挙し、普段の大図書館とは比較にならないほどに人で溢れかえってしまったのだ。
頭を抱えた俺は先ほどまで列を整えていたのだが、一旦流れが出来たので、今はクロードの横に座り、長居する生徒をクロードから引き剥がす係をやっている。
クロードは、学府一の人気者と言っても過言ではない。
なんせ、侯爵家の嫡男という高貴な立場で文武両道(俺もだが)。端麗な容姿に、柔らかい物腰。周囲を魅了する爽やかな笑顔。しかし、時には高位貴族らしい威徳で周囲を圧し、必要とあらば峻厳な処断もためらわない。
まぁ、俗っぽい表現をすれば、カリスマだ。
しかし、どんなにクロードに憧れたところで、おいそれと近づけやしない。平民なんて特にだ。高位貴族だしね。
で、その結果がこの騒ぎってワケ。合法的(?)にクロードと接することが出来るこの機会を逃すまいと、ファンだの信者だのが押し寄せて来たのだ。
初日でこの騒ぎだ。図書館受付の役割は、月一ペースで回ってくる。これから先の事を思うと、心労で胃が痛くなってくる。
クロードは、お馴染みの『光の貴公子』モードで「なんて事ありませんよ」って顔で対応しているが、この状況を実際のところどう思ってるんだろうな。なんか怖いものが出てきたら嫌だから、あえて聞いていないんだけど。
そんなこんなで、うんざりしながら心を無にして人を流す作業を続けていた時だった。
背後からぬっと現れた影が、並んで座っていた俺とクロードの間に割り込み、俺たちの肩をがしっと掴んで引き寄せた。
「――騒ぎの原因は、お前たちか」
低く抑えられた、だがどこか色気が滲むその声の持ち主は――
「リュ、リュシアンさん!」
突然の最年少天才研究員の登場に、館内のさわめきが最高潮に達する。数多の特権を得るフェローは、一般学生の講義になど滅多に顔を出さない。一般生徒にとっては、まさに「雲の上の人」だ。
「おい。いつから大図書館は、お前らガキ共のパーティー会場になったんだ?」
しまった。どうやらこの大騒ぎの所為で、普段は大図書館の三階最奥を勝手に陣取り、引きこもっているはずのリュシアンさんが召喚されてしまったようだ。
「リュシアンさん、冷静に考えて下さい。これはただの不可抗力で――」
とりあえず怒れる主様を鎮めるべく、俺が全力で言い訳に走ろうとしたその時、事態は起こった。
バタッ。バタバタッ。
「きゃぁっ!!」
「うわっ」
「なんだなんだ」
突如、数名の女生徒が倒れ出したのだ。
「……なんだ? 急に倒れたぞ。おい、そこのガタイのいいお前とお前……と、お前。そいつらを担いで医務室へ運べ」
もうやだ。持ち前の機転でテキパキと対処してるけど、事態を悪化させた原因が自分だって自覚なさげなんだけど。
なんてことはない。クロードの美貌だけで致死量だったこの空間に、更にフェロモン系美形のリュシアンさんが割り込み、至近距離で密着するような構図になったのだ。あまりの『顔面偏差値の過剰摂取』に、免疫のない女子生徒達の脳の許容量が焼き切れたのだ。
「ちょっと、リュシアンさん! 貴方のせいですよ! 貴方の顔は女子生徒には刺激が強すぎるんですから!」
後悔先にたたず。リュシアンさんに文句を言った後に、「しまった」と思った。
冬眠中の羆に喧嘩を売るようなマネをしてしまった事に気がついたのだ。
「……おい、ルーク。お前は、俺の顔が『猥褻物』だとでも言いたいのか?」
「ちょっ、ちがっ、そこまでは言ってな……」
「いい度胸だ」
「やめ、アイアンクローはまっ……いっいだだだだだだ! ちがうの! とても! とてもお顔がよろしいですねって言って、い、痛い痛い痛い! あぁっ! イクっ! イクっ! お骨がイっちゃう! もう、らめぇ! ぼくのお顔が柘榴になっちゃう!!!!」
「……はぁ、もう、何やってるの。しょうがないなぁ。リュシアンさん、ルークの頭が割れちゃいそうなので、その辺で許してあげてください」
「チッ」
苦笑いするクロードの執り成しで解放された。しかし一体、あの細長い指のどこにあんな馬鹿力があるんだ? 訝しみながら、解放された顔をさすりつつ息を整える。
「はぁ~、助かった。……あれっ、なんか小顔になったかも?」
「君のそういう所、驚嘆に値するよ。しかしリュシアンさん、正直なところ、この事態に困惑しているんですよね。何かお知恵ありますか?」
そういえば、リュシアンさんだって上級学部生時代はこの仕事をやっていたはずだ。ここまでとは言わずとも、似たような状況になったんじゃないか? 熱狂的な女性ファン多いし。
「フン。ったく、これだから優等生は仕方ないな。……いいか、フェロー直々にレッスン開始だ。見本を見せてやる」
嗜虐的な笑みを浮かべながらそう言うと、侯爵家相手だろうが容赦のないリュシアンさん(と俺の悲鳴)にドン引きして固まっていた生徒たちに向き直る。
するとなんと、おもむろにポケットからコインを一枚取り出し、生徒たちに見せつけるように、手のひらでグニャりと潰したのだった。
誰もが息を呑むような静寂の中、リュシアンさんの掌からこぼれ落ちた拉げたコインは、床にぶつかり、館内に虚しい音を響かせた。
誰も、動かなかった。まるで、衣擦れの音ひとつでも出せば、眼前の獰猛な獣に喉元を食い破られる。そう怯えているかのように。
そしてリュシアンさんは、生徒たちに向かって凶暴な目つきで言い放った。
「クソ共。遊びの時間は終わりだ。今すぐに本を元の場所に戻し、大図書館から消え失せろ。さもなくば――」
一瞬だった。
生徒たちは真っ青な顔をして、蜘蛛の子を散らすように一斉に居なくなったのだ。
――いや、若干名、腰を抜かしたのか床にへたりこんでいるのがいるな。リュシアンさんを見つめ恍惚とした表情をしているのだが、知りたくも関わりたくもないので見なかった事にしておこう。
「ほらな、簡単だろう?」
当のリュシアンさんといえば、腕を組んで満足そうに目を細めている。この人ときたら、こうやってトラウマを植え付ける相手を増やしていってるんだな。
「――って、いやいやいや、なんの参考にもなりませんってば!」
「なるほど。己の立場を改めて分からせる、という訳ですね」
「クロード、なに参考にしようとしてるの? メモ取るのやめて?」
「そうだ。身の程を弁えぬ羽虫には、己がいつでも踏み潰される側だと教えてやることが肝要だ」
「リュシアンさんも、クロードに変なこと教えないでくださいってば」
「とりあえず、静けさは取り戻せたな。この場は俺が適当に片付けておくから、お前らはとっとと帰れ。また騒がれちゃ敵わん」
「「はぁい」」
こうして、俺とクロードの初仕事は幕を閉じたのだった。
その後のことだが、俺とクロードは大図書館の受付は今後一切手出し無用とのことで決着がついた。
その言われ方だと、まるで俺らが悪いみたいで釈然としないが、リュシアンさんが上手く話をつけてくれたようなので、お言葉に甘えさせてもらおう。もう、こんな騒ぎはこりごりだしね。




