やっぱりいた
まあ、あの夢の中の男がどうなったのかも気になるが……それ以上に俺を胃痛に追い込んでいるのは、あの小説の内容だ。
あの小説の中のクロードは、従属学生の「コレット」とかいう平民の少女に狂的な巨大感情を抱き、個人執務室に呼びつけては二人っきりになり、勉学も責務もそっちのけでペッティングに興じているんだ。
普段は『光の貴公子』とかいうあだ名(ダサい)の通り、すました聖人顔を気取っているあいつが、将来あんなドロドロの執着男になるなんて……想像しただけで寒気がする。大丈夫か、あいつの情緒?
しかも、深刻なのはクロードだけじゃない。
幼馴染のもう一人。クロードの従兄弟で、伯爵令嬢のエレノアだ。
昔から気位が高くて高飛車な奴だが、小説の中の彼女はコレットへの嫉妬をこじらせた挙げ句、一線を越えて「犯罪者」として惨めな末路をたどることになっている。
正直ちょっと苦手とはいえ、昔から顔を合わせているアイツが、嫉妬に狂って罪を犯し、処罰だの放校だのされるってのは、正直気分がいいもんではない。
とはいえ──まぁ、夢は所詮、夢だ。
ほら、あれだ。夢は深層心理のあらわれで云々みたいな話を、あっちの男が言っていた気がする。自分でも何言ってるのかよくわからなくなってきたが、まぁ、ほら、きっと日々の勉学からのストレスが見せたアレなんだろう。
そう、全ては俺のイカれた脳みそが捏造した妄想だ。そもそも、コレットなんて平民の女生徒は居ないしな。
俺はちら、と隣を歩む美形を見る。
「ん?どうした、ルーク?」
クロードは美麗な微笑みを浮かべている。
よし、今日もちゃんと完璧だ。狂気どころか聖人そのものである。
「いや、今日もちゃんと完璧そうで安心したよ」
「ふふっ、何を言ってるんだルークは。相変わらず変な奴だなぁ」
クロードが俺との会話でしか見せない、幼さの残った笑みをこぼす。
俺は幼少期から見続けているから耐性がついているが……ほらみろ。
通りすがりでその笑顔の流れ弾を喰らった生徒たちが、胸を押さえて悶えているぞ。
なんだか拝んでいるやつまでいる。
……こいつの所為で男色に目覚めるやつとか出てそうだな、とか思いながら、ここレガリア大学の活気ある中央庭園を眺める。
レガリア大学の入学手続きは至ってシンプルだ。
貴族も平民も関係なく、事務局へ赴き、羊皮紙の巨大な学籍簿に名前を書いて登録料を払えば、その日から誰でも「レガリアの学生」だ。
──ただし、それはあくまで「門をくぐる許可」を得ただけに過ぎない。
実際に講義を受け、正式な学術を修めるには、大学に在籍する教授の誰か一人から「この者は講義に耐えうる学力を備えている」という認可を得る必要がある。
本当の意味で大学の住人になれるかどうかは、純粋な実力次第というわけだが、逆に言えば「学生」という肩書だけなら金で買えてしまうのだ。
だからこそ──いつ、誰が、どこで現れるかが読めない。
「よし、クロード。今日の講義はあっちの講堂だから──」
「ひやぁぁぁぁぁっ!?」
中庭の石畳で、派手な悲鳴が響き渡った。
見れば、大量の羊皮紙と分厚い文献を抱えた一人の少女が、盛大に派手にすっ転んでいる。
散らばる書類。ひっくり返ったインク瓶。
そして、その少女が纏う学士衣は、『従属学生』を示す、袖のない貧相なものだった。
少女が慌てて顔を上げた。
ハニーブロンドの髪に、大きな栗色の瞳。
……嘘だろ。コレットじゃん。
「なんだ、あの騒がしい生徒は?」
クロードの冷ややかな眼光が、上位者のそれとなって少女へと向けられる。
「あぁ〜、そういえば、北方の豪商がかなりの寄付金を積んで無認可で入学してきたらしいなぁ〜。そいつは女子の従属生も連れてきてるらしいから、彼女かもしれないなぁ〜」
俺はクロードの視線を遮るように自然な動作で割り込み、背中で壁を作りながら棒読みのすっとぼけ説明をかます。
「いいじゃん、平民なんて放っておいて、次の講義室にいこうぜ」
「……まぁ、そうだな。次の講義の討論についてだが──」
やっべーーー! なにあれ、うそ、ほんと!?
頭の中で警報が鳴り響く。
待てよ、俺とクロードは今16歳だ。
ということは……小説の舞台になるのは、きっと3年後からのはずだ。
じゃあ何かい? 俺の一番の友達であるクロードは、あと3年であんなおかしくなっちゃうってこと!?
エレノアも、あと3年で犯罪者予備軍にまっしぐらってこと!?
……どうしよう???




