幼馴染 ―内懐―
小さな頃は、ほとんどがベッドの中だった。
身体の内から何かが溢れそうになって、苦しいものがぐるぐると蠢く感覚。
「この苦しみがずっと続くんじゃないか」って、夜になると不安で一杯になって、いつも布団にくるまって泣いていた。
でも、その苦しみは、彼が来た時からなくなったんだ。
第一印象は、黒曜石みたいな子だな、って思った。
好奇心に満ち溢れた漆黒の瞳は、不思議とどこか安心感を与えてくれる。
そしてその瞳で僕の瞳を、大切なものを見るように覗き込み笑うんだ。
「ぼくの大好きなきらきらだ」って言って。
彼は、僕の初めての友達になってくれた。
熱が出て、苦しくて、悲しくて、不安で、布団にくるまっていると、いつのまにか来てくれる。
やさしく、布団の上から僕を撫でて、
「かくれんぼしてないで、出ておいで」
「きれいなお顔を出してみて」
「悲しかったんだね」
「手をつなごう」
そう言って、身体の苦しさが収まった後も、僕の悲しみや不安が消え去るまで、黙って手を繋いでいてくれるんだ。
時が過ぎ、成長し、僕の身体が魔力に振り回されなくなった頃。
手をつなぐ事が無くなった後でも、彼は僕の一番の癒しであり支えだった。
丈夫になった身体で、僕は励んだ。勉学に魔術に武術にと。
そんな僕を、彼は「完璧」と評する。自分のことのように誇らしげに。
そんな事ないのに。心の奥底には、いつだって布団にくるまり不安に震える小さな僕がいるんだ。
置いて行かないで。一人にしないで。ずっと僕の傍にいて――って。
僕は、完璧なんじゃない。二つの僕しか、表に出せないだけなんだ。
僕が持ってる僕は、「侯爵家嫡男の僕」か「彼の前の僕」の二つだけ。
でも彼は違う。僕と居る時。先輩と居る時。後輩と居る時。僕の従兄弟と居る時…。全部少しずつ違う。
頭では理解っているのに、「僕の前の彼」じゃない彼を見ると、僕の前から去ってしまいそうで、不安になってしまうんだ。
昔の弱い僕に戻ったら、やさしい彼はずっと僕と一緒に居てくれるのかな、なんて時々思ってしまう。
愕然とした。自分自身に対してだ。
父が過去に行った判断。少数を切り捨て、多数を救う、容赦のない選択。
その『一』が、たとえ親友であろうとも揺るがない、冷徹なる天秤。
僕は、それを「領主の判断」として「正しい事」だと思ってしまった。
何度資料を読み返しても、他に選びようがなかった。
そして、自分も同じ判断を下せてしまう事を悟ってしまった。
でも、実際にそんな事が起こったらどうなる?
彼の居ない世界で僕はどうやって生きていけばいいの?
目眩がする。胃の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。
僕にはもう、「侯爵家嫡男の僕」で居ることすら出来なくなってしまった。
残っているのは、「彼の前の僕」だけだ。
でも、どうしよう。ヴァルテンベルク侯爵家嫡男じゃない僕は、彼にはいらないのかもしれない。
そうなったら僕は―――――――――
僕が布団にくるまり怯えていると、来てくれたんだ。
「かくれんぼかな」
「顔を見せて」
「悲しいことがあったのかい」
「クロード、手を貸して」
そう言って、僕の心が落ち着くまで、手を繋いでいてくれた。
まるで、あの幼い日のように。
そして、僕が欲しかった答えを、あっという間にくれたんだ。
ねぇ、ルーク。君の為なら「侯爵家嫡男の僕」の仮面を被り続けられる。
君が望んでくれるなら、僕は、君にとっての陽光であり続けるよ――。
それにしても、自分で言うのも何なのだが、ルークは顔の良い人間に弱くないか?
リュシアンさんに、ライナー、エレノア。ぱっと思い浮かぶ限り、彼が積極的に関わる人間は、貴族の基準で見ても別格に容姿が整っている人物しかいない。
まったく、放っておくと変なのに引っかからないか心配だ。
彼はお人好しというか、無自覚というか、どこか抜けているからな。
――やはりルークの側には、僕がついていてあげないと、いけないな。




