嫡男
「――クロードが、ですか?」
「はい。お恥ずかしながら、私共では力及ばず。本邸の家令様にも連絡がつけられず、ルーク様にご助力をお願いに上がった次第で」
今、俺の前で恐縮しながら頭を下げているのは、クロードの家の執事だ。
「全ての責は、私にございます故。処罰は受けますので、どうか、坊ちゃまを……クロード様をどうか……!」
「は? いやいやいや、執事さん。責だの処罰だの、大げさな。体調悪いクロードの見舞いにいけばいいってだけでしょ?」
「……」
え、なに、この沈黙。執事さんは顔を土気色にしている。
「いいよ、俺も心配だし、今から行こうか?」
「!!ルーク様、この御恩は、末代まで――」
「いや、だから大げさだってば。――今からクロードのとこ行ってくるから、外出の用意を。この手紙は一旦片付けておいて」
俺はとりあえず自分の家の執事に声をかけ、ヴァルテンベルク家の執事と連れ立ってクロードに会いに行くのだった。
どうでもいいが、一つの屋敷に執事が二人もいるとややこしいな。
それにしても、クロードが体調を崩すなんてめずらしい事だ。どこかで流感でも貰ってきたのかな。しかし、クロードのとこは過保護だなぁ。まあ、期待のスーパー完璧嫡男だから仕方ないのか?
そんな呑気な事を考えながら、慣れた足取りでクロードの自室の前に来た俺。普通にノックして声かけて入ろうとしたんだが――
「ルーク様、しばしお待ちを」
執事さんがそう言って、懐から予備の鍵を取り出した。
「えっ?」
「私共では、流石に引きこもられた部屋に立ち入る事に躊躇してしまいまして」
ガチャリ
「えっえっ?」
「クロードお坊ちゃまの事、よろしくお願い致します」
深々と頭を下げる執事さんに見送られ、困惑のまま薄暗い部屋に立ち入ったのだった。
記憶が正しければ寝室へ続くであろう扉を、控えめにノックする俺。
「もしもーし?クロードー?入って大丈夫ー?」
友人思いの俺は、こんな時でもいきなり寝室の扉を開けたりしないのだ。うっかりな場面に遭遇して、クロードの尊厳を損なうわけにはいかないからな。
……うん、返事はないな。
「クロードー?入るよー?入っちゃうからねー?」
声をかけてから、ゆっくりと扉を開き、寝室に滑り込む。
しばらくして暗がりに目が慣れた頃、そっと近くの魔導ランプの明かりを灯す。
見ると、ベッドがこんもりと盛り上がっている。
俺はベッドの端に腰掛け、そっとその山に手を添える。絹のシーツの手触りが心地よい。
「クロード?どうしたの?俺だよ」
やさしく語りかけると、ひくり、と山が反応した。
「布団に潜り込んじゃって、かくれんぼかな?」
ゆっくりと掛け布団をめくると、形の良い頭がのぞく。
「ほら。顔を見せて?」
そのままそっと布団を下げると、泣いていたのか、赤くした目元が出てきた。
「―――悲しいことがあったのかい? 俺に教えてごらん」
さらりとした金髪をゆっくりと撫でると、きゅっと小さくクロードがシーツを握りしめた。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ。待っているからね」
――それから数分後、クロードは口を開いたのだが
「ルーク……。僕、もう、家を継ぎたくないよ……」
弱々しく告げられたその言葉は、俺の中にあった支柱に罅を入れるのに、十分なものだった。
くそっ。
クロードもライナーも、コレットとの邂逅を小説より一年以上早く済ませた。その上、好感度も低い。どころか、止めなければ嬉々として処分しそうな有様だ。
それですっかり油断していた。
――あの夢で見た、小説の内容を。
俺の一番の衝撃、クロードが知性の足りない平民娘に盲愛を抱くこと。次点で、エレノアが犯罪者となる事。
そこにばかり気をとられていたが、あの小説をよく思い出してみろ。
そうだ。クロードは「家を継ぐ気がない」といったモノローグがあったじゃないか。
その後、ぽつり、ぽつりとクロードは俺に話してくれた。
休講期間中の教材として、父である現ヴァルテンベルク侯爵から、過去の領地経営資料が送られて来たこと。
その中に今から十五年ほど前、反貴族組織による襲撃を発端として、とある地域で大規模な魔導災害が起こったことが記されていた。
発生した異常は魔力を与えるほど拡大する性質を持ち、通常の魔法による鎮圧はかえって被害を広げる恐れがあった。
このままでは大公国の穀倉地帯にまで被害が及ぶ。
そこで侯爵は被害地域を大結界で完全に孤立させ、外部からの魔力を遮断した上で、原因となった術式ごと一帯を焼き払う判断を下した。
だが、その時点でも避難は終わっていなかった。
そこの領主である伯爵は、領民を残したまま土地を封鎖することに最後まで抗った。あと半日、あと一刻と避難の猶予を求め続けたが、侯爵はそれを認めなかった。
これ以上待てば、大結界による封鎖そのものが間に合わなくなる。
その判断が正しかったことは、その後の調査でも証明されている。
伯爵は封鎖命令に従わず、結界の閉鎖を妨げて最後まで避難を続けようとしたことで被害を拡大させた責任を問われ、後に大公より爵位を剥奪された。
そこまでなら、過去に起きた陰惨な魔導災害として終わった話だったのだが――
クロードは、気づいてしまった。
更に他の資料を読み解いていくうちに、言葉には残されていなくとも、数字が示しているものに。
事件以前、ヴァルテンベルク家とその伯爵家の間には、妙なほど多くの往来があった。
共同で行われた事業。互いの領地への援助。人や物資の行き来。
それらが、事件を境にぷっつりと途絶えている。
クロードは、気になってしまった。
その元伯爵と父が、事件以前はどのような関係にあったのか。
だから、尋ねたのだ。
ヴァルテンベルク家が学園都市に構える、このタウンハウスに長年勤め上げる執事を。
そして、知ってしまったのだ。
その元伯爵が、父にとって幼少の頃からの親友だったことを。
まるで、俺とクロードのような関係だったことを。
そしてクロードは、もう一つ気づいてしまった。
父の判断は正しかった。
だからこそ、気づいてしまったのだ。
自分が同じ立場に置かれたとしても、きっと父と同じ判断をする。
たとえ、切り捨てる側にいるのが俺だったとしても。
そのことに気づいて、自分を嫌悪してしまったのだ。
話を聞いて納得した。
執事は自分が漏らした発言のせいで嫡男が引きこもってしまった事を責任に感じて、土気色の顔で頭を下げていたのだと。
しかし、ふぅ、やれやれだな。
この繊細で美麗な俺の幼馴染は、どうやら大事なことを忘れているようだ。
少々、わからせてあげないといけないな。




