学生街
大学の休校期間とはいえ、毎日遊んでばかりもいられない。
大概の午前中は、実家が手配した家庭教師と勉強の時間だ。逆に言えば、午後は割とフリータイムがある。
今日はクロードと一緒に、気分転換に学生街あたりへ散歩にでも行こうと約束していた。俺はあったか防寒私服スタイルに身を包み、クロードの家に向かって歩いている。
俺(というか俺の実家)が学園都市に構えているタウンハウスは、一軒まるごと借りている賃貸だ。
対してクロードは、クロードの家が所有しているタウンハウスに住んでいる。
持ち家と借家、どっちが良いかは目的次第だ。一長一短というか。
持ち家なら、長年のノウハウで警備を厳重に固められるし、自由度も高い。家門の子女が大学に通うたびに物件を手配する手間もない。
対して借家は、その時々でベストな立地を選べる。実際、うちの父が気を利かせてくれたおかげで、こうして徒歩で気軽にクロードの家へ行き来できる物件に住めているわけだ。
お馴染みの圧が強い門番に軽く目配せし、執事に案内されて部屋に通される。
「よっ、出られそうか?」
「あぁ、問題ない。すぐに行こう」
俺を笑顔で出迎えたクロードは、手早く執事へ指示を出した。
「ルークと学生街まで少し出る。護衛は不要だ。コートを」
よしよし、今日も元気そうに貴公子をやっているな。
◇
そんなわけで、俺とクロードは学生街への道をゆっくりと歩いていた。
この辺りは大学の警備隊によって守られてるから、治安は安心だ。
俺らも護衛なしで行動したいお年頃だしね。
「どこか行きたい所はあるかー?」
「うーん、ルークと散歩することをメインに考えていたから、特に指定はないな」
「ま、確かに俺もだ。入り用があれば家に呼ぶか、貴族街に行くもんな」
「とりあえず散歩しながら、目についた店があればその時入ればいいだろう」
「だな。あ、買い食いはしたいかも!」
「ふふっ、普段はなかなか出来ないからね。僕も当然付き合うよ」
「お前が立ち食いしてるところをエレノアに見られたら、卒倒しそうだけどな!」
想像して思わず吹き出してしまった。
「せっかく街に馴染むよう、普段よりカジュアルダウンしてきたんだ。僕だって少しは一般生徒っぽいことがしたいよ」
ちょっと拗ねたような口を聞くクロード。
こいつのこんな所を見れるのも、幼馴染の俺だけの特権なんだろうな。
「そうそう、服と言えばさ」
「何だい?」
「たぶん、お前が思っているほど街に馴染んでないぞ」
「え? そうかい?」
クロードがきょとんとして自分の服を見下ろす。
今日のクロードの装いは、上質なダークグレーのウールコートに、仕立ての良いタートルネックニット。装飾を削ぎ落としたシンプルなコーディネート――なのだが、カットワークの美しさと一目で最高級品とわかる艷やかな生地感の所為で、気品が剥き出しだ。
「いやさ、俺もこの間リュシアンさんに指摘されたんだよ。デザインはともかく生地が良すぎて、『俺は侯爵家の坊ちゃんです』って全身で主張してるって」
「――なるほど。僕としたことが、そこまで機転が利かなかったな。流石はリュシアンさんだ。近いうちに街に馴染む服を一式、手配しておかないと」
「おいおい、大げさなんだよ。落ち着け。……あと、お前が平民っぽい格好をしたところで、あんまり意味ないと思うぞ」
光を思わせるプラチナゴールドの髪に、絵画のように整った顔立ち。細身ながら鍛え抜かれたしなやかな身体に、洗練された所作。どこからどう見ても高位貴族以外の何者でもない。
むしろ粗末な服を着るほうが、浮いてしまって悪目立ちするんじゃないだろうか。
「ところでルーク、リュシアンさんと言えば、一緒に物件を見に行くと言っていたよね。無事に決まったのかい?」
「あぁ、春季休講の頃には落ち着くだろうから、クロードを連れて遊びに来いってさ」
「ふふ、光栄だな。それでは、引っ越し祝いを用意しなければいけないね」
「それなー! 一緒に考えようぜ!」
「あぁ、近いうちに貴族街でも覗きに行こう」
「センスがいい人へのプレゼントって結構悩むからさ。クロードが一緒なら頼もしいぜ」
「僕も、ルークとの予定が増えて嬉しいよ」
そういって、クロードが少し幼さの残る爽やかな笑みを浮かべた。
……道行く人が視界の端でうずくまった気がしたが、見なかったことにしておこう。
そんな取り留めのない会話をしながら、古書店や洋品店(クロードは一般生徒化を諦めていなかったらしい)を覗いたり、熱々の買い食いを楽しんだりして、気付けば一時間半ほどが経っていた。
「クロード、そろそろ一回休憩しないか?」
「そうだね、体も冷えてきたし喫茶店で温まろう。――少し、気になることもあるしね」
「ん? なんだ、新作のブレンドティーでもあるのか?」
「ふふふ、いいから行こう。いつもの店でいいだろう?」
俺たちは何度か利用したことのある、学生向けのカフェサロンに入った。
学生街にカフェは数あれど、ここはしっかりと貴族用と一般学生用でフロアが分かれているのがありがたい。お気に入りの店だ。
二階の貴族用フロア、窓際の席に通される。俺はストレートティーとスコーン、クロードはスパイス入りのミルクティーを注文した。
「――そういえば、さっきの気になることって何だったんだ?」
あたたかい紅茶を一口飲み、ホッと一息ついたところで訊ねてみる。
するとクロードは、窓の外へ視線を投げやりながら短く告げた。
「アレだ」
なんだ? と思ってクロードの視線を辿り、窓の外を見下ろしてみる。
と、なんと。
通りを挟んだ向かい側に、コレットが立っていた。
えっ、なに?なんで?怖いんだけど?
クロードの事追って来たとか?ま、まさか、俺が知らないだけで、もう二人はそうゆう関係なの?!
俺が脳内でパニックを起こしているのを知ってか知らずか、クロードは平然とティーカップを傾ける。
「筆記具の店の前を通ったあたりからかな。偶然かもしれないので泳がせていたが、思い違いではなかったようだね」
「え? 筆記具屋の前ってことは――あの辺だから……」
「かれこれ、三十分ほど前からだね」
怖っっっっっっ!
っていうか、クロードがしっかり気づいているのに、一切違和感を覚えなかった自分の警戒心が心配になる。
「大丈夫だよ。ルークの分も、僕がしっかり警戒するようにしているから」
「俺の脳内を読むな。いや、そうじゃなく……いや、それもそうなんだが――」
う~~~ん、聞いてもいいのか、これ?
でも、進捗確認(?)は必要だよなあ?
「その……クロードはさ、彼女のこと知ってるの?」
「学内で数度。バルタザールの従属であるということは把握しているが」
「それだけ? ほら、彼女が自分の従属になってくれたら嬉しい、とか思ったり……」
一瞬で、場の空気が凍りついた。
「何だって? ルークは彼女のことを、そのように思っているのかい?」
怖い。クロードの瞳の奥で、恐ろしい光がギラリと揺れた。
「ち、ち、ち、違う違う!俺がそんな事思うわけないだろ!!ほら、クロードも何かと忙しいし、従属欲しいと思う事ないのかなーってさ。で、せっかくなら女の子がいいとか思ったりするのかなーって、は、ははは、ちょっと、ほんのちょっとだけ、思った、それだけっ!!もし、もしも、そう思ってるなら、もしもね?そしたら、親友として応援しちゃうぞー!ってね!!そう!だから、安心!安心して、打ち明けて欲しいな~、なーんてね。は、ははははは~……」
「――中途半端な者を近くに置くほうが負担になる。僕は隣にルークが居てくれれば、従属なんて不要だよ」
「は……はは……。そいつはどうも……」
う~~ん。しかし、なんでまたコレットがこんなところにいるんだ?
クロードの話からすると、俺たちをつけてきたってことだよな。
頭を悩ませつつ、窓の外にいるコレットを改めて観察してみる。
……と、バチッと目が合ってしまった。
コレットは頬をぽっと赤らめると、嬉しそうに小さく手を振ったり、ペコペコとお辞儀をしたりし始めた。
え? なんで? 俺? うそでしょ?
「――ルーク、彼女の目的は君なのかい?」
クロードへ視線を戻すと、その顔からは一切の感情がごっそりと削ぎ落とされていた。
「それともやはり、君は、彼女を自分の従属にしたいと考えているのかい?」
「ち、ちがうちがう!待て!俺にもわからないんだよ!まずは俺の話を聞けってば!!」
俺はぬるくなった紅茶を一息に煽り、説明を開始した。
「いつだったか、ほら、お前が二~三日休んだ時があったろう? あの時にさ、なんか話しかけられたんだよ」
「何……?」
「ほら、バルタザールにサロンの件で迷惑かけられた事あったろう?多分その事だと思うんだけど、なんか謝罪してきてさ」
「ルークにあの平民が、なれなれしく話しかけてきたと…?」
「突然の事でさ。で、その時に、ほら、後輩のライナーいるだろ?あいつがたまたま一緒にいて、俺の代わりに怒ってくれたんだよ」
「当然だな。ふむ、彼の評価を上方修正してもいいかもしれない」
「は、ははは、まぁそれで、平民が貴族に話しかけてはいけないという事と、今後は注意するように伝えて、その場は不問にしたワケ」
「――なるほどな。まぁ、詳細は休みが明けたらライナーからも聴取するとして」
「ライナー巻き込むのはやめろってば」
「注意の効果がなかったようだな。もう不問にするわけにはいかないぞ?」
「いや、まてって。俺はあまり大事にする気はないんだってば。そもそも、何か重要な話があるのかもしれないだろ?直接話しかけられず、連絡手順もおそらく知らないだろうから」
「ルーク、君は優しすぎるんだよ。平民が君にどんな用事があるって言うんだい?今後も、全ての平民を受け入れるのかい?それとも、彼女だけ特別に受け入れるのかい?」
「別に優しいっていうか、事勿主義なだけなんだけど……まぁ、そうだな。クロード、話聞いて、次はないって事伝えてくるよ」
「だが――」
「聞いてくれ。俺さ、今日の予定、楽しみにしていたんだぜ?」
「……ルーク?」
「それをさ、誰を処分するのどーのって記憶で埋めたくないんだよ。な、頼むよ?」
「はぁ、ルークには敵わないな。わかったよ」
「おう!じゃぁサクッといってく――」
「僕もいくよ」
「え?」
「君を一人で、気味の悪い付きまとい女の前に出すわけがないだろう?僕も一緒に行くよ」
「あ、はい。」
う~ん……クロードとコレットをあまり合わせたくないんだけど、こればかりは仕方ないか……。
◇
店を出て、通りに立つコレットへと声をかける。
「えっと、君、さっきからここに居るよね?もしかして、何か用事あったりする?」
「ルーク様!よかった!こんにちわ、あの、私、先日のこと謝りたくて。でも、話しかけちゃいけないから……」
「うん」
「偶然お見かけしたので、気づいてもらえれば、話しかけてもらえるかと思って」
「…うん」
「それで、えっと、私、泣いちゃってごめんなさいでしたっ」
コレットは勢いよく頭を下げる。
「私、あの時は『なんて酷いことを言うんだろう』って思ったんですけれど……ルーク様が、世間知らずな私のために、心を鬼にして厳しいことを言ってくれてたんだってことに気がついて!」
「…うん?」
「やっぱり、私のことを思ってくれたルーク様に、ちゃんと『私、ルーク様の気持ち分かっています』って、どうしても伝えたくって! だから、ごめんなさいでしたっ!」
なんだろう。きもすぎる。悪意のあることを一切言っていないのは分かるのに、すべてが気味が悪い。
俺が脳内でフリーズしかけていると――
「ねぇ、君」
あ、俺の後ろにいたクロードが出てきてしまった。
「えっ、あ、きゃっ! そんな、クロード様……!」
コレットは頬を染めると、パタパタと手で身なりを整え始めた。なんだこいつ。
「気安く名を呼ぶな、無礼者」
「えっ」
「我ら貴族――神胤に対し、平民が気安く名を呼ぶなと言っているのだ。許可なく口にした時点で、貴様が我々を愚弄しているのは明白だろう」
「そ、そんな、ちがいますっ。愚弄だなんて」
「愚弄以外の何物でもない。敬意があるならば、歴史ある家名で呼ぶはずだからだ。ファーストネームを口にするなど、我ら神胤の血と歴史を侮辱しているのも同然だ」
あーあ、身分とかマナーとか、俺と違ってクロードはフツーに厳しいんだよなぁ。
認めている相手に対しては、極端にゆるゆるになるんだけどね。
「そ、そんなつもりはなくて、ごめんなさい。私、貴族の人と話した事なくって……」
「つもりはなくとも事実だろう。民の安寧の為に、我ら貴族は神より授かりし血統魔術をもって、時には気象さえ操り国家を維持している。ふん、コソコソつけまわす薄汚い鼠には、自分の生活が何によって成り立っているかも理解できないか」
気付けば、輪だ。
俺たちを中心に人の輪ができあがっていた。
服装でそれと分かる平民と貴族が向かい合い、明らかに貴族側が凄まじい威圧感を放っている。
関わりたくないとそそくさと離れていく者や、興味深そうに遠巻きに様子を伺う者。
ってか、ここ、学生街だし。学生ばっかりだから、俺達ギャラリーにはけっこう身バレしてるんだろうな。
圧を出す私服姿のクロードを見て拝んでるのも何人かいるし。
「愚かな貴様に忠告を与えてやろう。思い違いをしないようにな。ルークや私が言葉をかけたのは、貴様の言うところの『思いやり』だの『厳しい教育』の為ではない。貴様が犯した罪の宣告をしたまでだ」
コレットが涙をためてびくっと震える
「裁く側として、貴様の罪状をあげているだけだ。これ以上、ルークの優しさにつけ込み、世迷言を続けるようなら――」
あ、まずい、激怒しているクロードの魔力が弾けそうだ。
とっさに俺は、クロードの手を握った。
「クロード、これ以上は、だめだよ」
ぴくり、とクロードの肩が反応した。
「――――ルーク……。ごめん、ありがとう」
すっと、クロードの魔力の高ぶりが引いた。うん、ひとまず安心だ。
こほん、と一つ咳払いを挟み、俺はコレットに向き直った。
重苦しい空気を払拭できるよう、できる限り爽やかな笑顔(当社比)を浮かべて伝える。
「とにかく、今後つけ回すような事はしないでね。今日も見逃すけど、三度目の正直だ。次回はないよ。次は容赦なく学府の治安隊に突き出すからね。学術監獄に収監された上で、学籍剥奪・不名誉送還になる覚悟でいてね」
「え…?送還って……?」
「え、処断の話だけど?クロードの話ちゃんと理解できてた? 神胤を侮辱したんだから、君だけじゃなく身元保証人である君のご家族にも、巨額の違約金と連座ペナルティがいくだろ?俺的には、この程度のことなら面倒だし不問にしたいところなんだけどさ。やっぱり不公平はいけないからね。君の嫌いな差別になっちゃうでしょ?」
「ひっひぃぃっ」
俺の言葉を聞いたコレットは、早足で駆け出し雑踏の中に消えていった。
「――ねぇクロード、今の見た? 『ひぃぃっ』だって。ひどくない? 優しい先輩って感じの爽やかスマイルだったよね、俺?」
「僕、君のそういうところ、尊敬するよ。ある意味でだけどね」
どうゆうこった。
「ま、付き合ってくれてありがとな、クロード。カフェサロンに戻ろうぜ」
「そうだね。せっかくだし、甘いものでもいただこうかな」
「さっき買い食いした肉パイ、まだ腹に残ってるんじゃないか?」
「ルークだって、さっきスコーンを頼んでいたじゃないか」
「ここのクロテッドクリーム、なんか好きなんだよな」
「そうなのか。店ごと買い上げて、レシピを差し出させようか?」
「お前、絶対にやめろよ?フリとかじゃないからな?」
呆然と佇むギャラリーの視線を余所に、俺たちは中断されたティータイムを再開すべく、取り留めのない雑談を交わしながら、再びカフェサロンへと足を踏み入れるのだった。




