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物件探し

「この貸し馬車、外観がシンプルな割に、中はぜんぜん快適ですね~」


リュシアンさんが手配してくれた馬車の中で、俺は深くシートに背を預けた。

足元には厚手の織物絨毯が敷かれ、防寒用の毛布やじんわりと温かいフットウォーマーまで完備されている。


「あぁ、ヴェルディエ侯爵家のお坊ちゃまは、貸し馬車なんか使わないだろうからな。所謂、貴族のお忍び用ってやつだ」


「へー、流石リュシアンさん、こうゆうのも慣れてるんですね」


「お前もそろそろ、お抱えの貸し馬車の一つくらい押さえておけ。便利だぞ」


特に忍んでどこかに行く用事もないからなー。

でも、本人からは特に聞いたことないけど、クロードはしれっとお忍び用馬車を持ってそうだ。なんとなくだけど。


「ところで、これから直接物件を見に行くんですか?」


「いや、まずは不動産商会(ハウス・エージェント)に行く。事前に要望は伝えてあるから、既に何個か物件を見繕っているはずだ」


◇


馬車がたどり着いたのは、品格が漂う貴族街の一角にある高級不動産商会だ。

外観からして敷居が高そうで、扉を開ければ爽やかな高級サロンのような空間が広がっている。


最初に対応してくれたのは若い男性スタッフだったのだが、俺たちの姿――というか、リュシアンさんの醸し出すタダ者ではない空気と俺の服装を目にした瞬間、なにやら固まって奥へ引っ込んだ。


代わりに出てきたのは、小太りだが仕立てのいい服を着た、人のよさそうなおじさんだ。


「どうも、不動産支配人のブーシェです。グラフェンベルク様、本日はご足労いただき誠にありがとうございました」


「あぁ、事前に伝えた要望通りの物件はあったか?」


「はい。念のためご確認を。サロン・寝室の二部屋に、ドレッシングルーム・バスルーム完備。備え付け家具付き(ファーニシュト)でのご予定でお間違いないでしょうか?」


「問題ない」


「ありがとうございます。でしたら本日は、厳選いたしました3件をご案内させていただきます」


支配人のブーシェさんは、これ以上ないほど平身低頭といった様子で、両手を合わせて揉み揉みしながら笑顔を振りまいている。


初めて来た高級不動産のサロンを好奇心いっぱいにキョロキョロ見回していたら、リュシアンさんに肩を軽く叩かれた。


「おい、向かうぞ。1件目だ」


◇


最初の物件は、南向きの大きな窓が印象的な、日当たりの良いお部屋だった。


「こちらが1件目でございます。近くには大通りの老舗カフェや評判の洋服店がございまして、非常に生活利便性が高く人気のお部屋でして……」


「わー、明るくていいですねぇ」


案内人のブーシェさんが「こちらが当物件自慢の……」とドヤ顔でソファのダストシーツをバサリと手際よく剥がした、その直後だった。


「ちっ、却下だ」


「え、早くないですか!?」


部屋に入ってまだ十秒、ソファの片角がお披露目されただけである。


「こんな明るいところ、落ち着かねーだろ」


……闇に生きる人だなー。


「どうせ日中は大学に居るんだから、日当たりとかあんまり関係なくないです?」


「却下といったら却下だ」


「まぁ、たしかにこの爽やかな家具の色合いとか、正直リュシアンさんっぽくはないですけど」


「次行くぞ」


◇


「こちらの物件は、築浅の堅牢な石造りアパートメントでございます。内装は重厚なオーク材を惜しみなく使用しておりまして、極めて伝統的かつクラシカルな趣となっており……」


「こっちの物件の方が、さっきよりリュシアンさんっぽいですね」


「あーな……」


「どうかしました?」


リュシアンさんは片眉を少し上げ、どこか諦めを含んだような笑みを溢した。


「なんか、悪くはないんだが、微妙に実家を思い出すんだよなぁ」


「リュシアンさんって……、アルテンブルク(格式を重んじる国)出身ですよねたしか。あー……」


さっきの部屋よりもぐっとシックでリッチなのだが、装飾の彫刻や格調高い雰囲気がいかにも「保守系貴族の本邸」という感じで、重厚すぎるのだ。


「悪くはないんだが、堅苦しいっつーか」


「あ、堅苦しい。それだ。言われてみればわかる気がします」


「せっかくの一人暮らしで、いちいち実家の親父の顔を思い出しながら生活したくはねーんだよなぁ」


「……次、いきますか」


なかなか物件探しって大変なのね。……それとも、リュシアンさんが我ままなだけ?


◇


ってな訳で、最後の3件目の物件に来たのだ。


貴族街の路地裏に佇む、静かな高級アパートメント。支配人のブーシェさんも、なにやら緊張した面持ちで鍵を取り出している。まあ、二連敗だしね。


「こちらになります――」


と、重厚な木製扉を開いて中に入った、その時だった。


「支配人さん! 支配人さんいらっしゃいますか!? ちょっと急ぎですみません!」


廊下の奥から、建物の管理人らしき男性が焦った様子で支配人を呼ぶ声が響いた。何事か緊急の用事があるみたいだ。


「勝手に見てるから、いってきていいぞ」


リュシアンさんが気怠げに手を振ると、「では、申し訳ございません!」と言って支配人さんが廊下へ出た。


その直後だった。


――バタン! ガチャリ!!


ん? なんか不自然に重たく扉が閉まらなかったか?


そう思った瞬間、外から「ドンドンドン!」と激しくドアが叩かれた。


「ひ、ひえぇっ!? 申し訳ございません! ドアのトラブルで! すぐに解錠の手配と職人を呼んできますので、そのまま少々お待ちください!」


どうやら、古い重厚な真鍮のドアノブが、経年劣化か立て付けの歪みでバカになり、カギが噛み込んで開かなくなってしまったようだ。


支配人さんに声をかけた人は、「他の部屋でドアノブの不具合があったから注意してくれ」という連絡をしに来たらしい。……遅いって!


「どうしましょう、リュシアンさん」


「やる事ないし、予定通り内見するぞ。そのうち開くだろ」


慌てる様子もなくそう言うと、サロンの中央にある大きな家具にかかっていた白いダストシーツを、バサッと乱暴に取り払う。


「うわ~!」


思わず感嘆の声をあげた。シーツの下から現れたのは、深みのある漆黒に近いワインレッド――高級感がありつつも、どこか妖しく退廃的な雰囲気を醸し出す、豪奢なベルベットのローソファだった。


「……悪くねぇな」


リュシアンさんも気に入ったようだ。


「ちょっと、他の家具も見てみましょうよ!」


俺たちはそのまま部屋の中を探索した。


サロンの壁面を覆うのは、深みのあるチャコールグレーの織物壁紙だ。そこに足元のくすんだバーガンディの厚手絨毯が合わさることで、まるで夜の影をそのまま部屋に閉じ込めたような、落ち着いた暗がりを作り出している。


重厚なサイドボードには、すでに美しいカットガラスのデカンタが整然と並び、真鍮製のオイルランプの光をキラキラと乱反射させていた。


暗色マホガニーのシックなドアの先、奥の寝室に置かれているのは、余計な飾りのないダークウッドの大型ベッドだ。その場所は、サロンの華やかさとはまた異なり、静謐な陰影と落ち着いた木肌の温もりが満ちていた。


まさに、大人で・ワルで・格好いい、リュシアンさんのイメージに完璧にハマる空間だ。


一通り見終わった俺たちは、サロンのベルベットソファに並んで腰を下ろした。


「絶対ここ! ここですよね!」


「あぁ、ここだな」


そう言いながら、リュシアンさんは上着のポケットから銀色のスキットルを取り出し、フタを開けて煽った。


「お前もやるか?」


「あ、俺はいいです」


断ると、リュシアンさんはスキットルをポケットにしまい、今度は慣れた手つきでシガレットケースから一本取り出して火をつけた。この人、どこでも吸ってるな。そういえば灰皿ってどこかにあったっけ?


紫煙が静かにサロンの薄暗がりに溶けていくのを見つめていたら、リュシアンさんがぽつりと溢した。


「……ここなら、一人で落ち着けそうだ」


「……え?」


「――今のタウンハウスにゃ、実家が手配した使用人たちがいる。ようは、親父の見張り役みたいなもんだからな」


深く煙を吐き出し、リュシアンさんは目を細める。


「大学だってそうだ。人が集まる場所だし、研究員(フェロー)なんてやってりゃ何かと注目されちまう。……俺だって、たまにゃ一人になりたい時くらいあるんだよ」


リュシアンさん……。

そうだよな。前から薄々思ってたけど、リュシアンさんみたいに頭が回りすぎると、周囲の思惑とか視線とか、情報過多でストレスが凄そうだもんな。バルタザールみたいな馬鹿の方が、局地的に見ればそういう点では幸せなのかもしれない。


……しかし、申し訳なかったな。

俺ってば、てっきり夜遊びだの女を連れ込むだのに部屋を借りるんだとばかり思ってた。


「なんだ。俺ってば、てっきり女性を連れ込むために部屋を借りたのかと思ってました」


「あ?」


「あ」


しまった、気が抜けてうっかり思ったことを言ってしまった。


「……てめぇ」


やばい。リュシアンさんの目が笑っていない。


「ちょ、ちょっと待ってください、」


「覚悟は出来てるんだろうな……?」


「ちょ、ま、ギブギブギブ! 首! 首折れる!!」


背後からガッチリとヘッドロックをかまされ、俺がタップを連打していた、まさにその時――!


 ――ガチャリ


「大変お待たせしましたー! 解錠いたしました……って、ひゃぁっ!?」


職人を連れて駆け込んできた支配人のブーシェさんが、悲鳴を上げた。


「あ、支配人さん、助けて~!」


「ひぃっ、申し訳ございません! な、何も見ておりません! お二人の秘め事につきましては、このブーシェ、墓まで持っていきますゆえ何卒ご容赦をー!!」


「……なんだって?」


あ、リュシアンさんの締め上げる腕の力が抜けた。助かった~……。


首を押さえながら息を整えていると、ふと横のリュシアンさんが見たこともないような「引きつった顔」をしていることに気づいた。


◇


とりあえず、最後の物件がいたく気に入ったリュシアンさんは速攻で契約を決め、後日手付金を払いに行くことになった。


そして現在。微妙に顔色の悪いリュシアンさんと共に、帰りの貸し馬車に揺られているのだが……車内の沈黙が凄まじく辛い。これは誠心誠意、謝るしかない。


「本当にごめんなさい。てっきり夜遊び拠点用の部屋が欲しいのかって思い込んでて……」


「――そうじゃない」


「え?」


「お前……あの支配人の勘違いに気づかなかったのか?」


「勘違い……ですか?」


リュシアンさんは額を押さえ、心底頭が痛そうにため息をついた。


「……あの支配人、俺達の事を『駆(・)け(・)落(・)ち(・)し(・)て(・)き(・)た(・)貴(・)族(・)の(・)カ(・)ッ(・)プ(・)ル(・)』か何かだと思ってやがる」


「はっ。えっ??? か、駆け落ち!? 男ですよ俺達!?!?」


「居るんだよ、一定数。しかも、この学園都市は比較的多いんだ……。大学は野郎ばかりだからな……」


「 」(絶句)


「おい、ルーク……」


「は、はい?」


「俺……男色家に見えるのか……?」


「えっと……、男色、というか……。正直リュシアンさんがその気になれば、老若男女貴族平民関係なく、誰でも余裕でタラせそう、というか……」



「もう、二度と、お前と物件探しには行かないからな――――」


リュシアンさんのため息は、足元のフットウォーマーすら意味をなさない、馬車内の極寒の空気に消えていったのだった。

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