社会科見学
ちらちらと雪が舞う寒空の下、俺は深緑のマフラーに鼻先まで顔を埋め、ハァッと白い息を漏らした。
今日は大学の正門前でリュシアンさんと待ち合わせなのだ。
「待たせたな」
しばらく待っていると、リュシアンさんがチャコールグレーのロングコートの襟を立て、颯爽と歩み寄ってきた。
開けたコートの下からは、ゆるく締めたワインレッドの首巾と、暗色のチュニックシャツが覗く。足元は、黒のライディングパンツに膝下までの編み上げレザーブーツで固めている。
日中にリュシアンさんの私服みるの初めてだなぁ。
「……お前、学士衣脱いでも『俺は侯爵家の坊ちゃんです』って全身で主張してねぇか?」
「え?そうですか?」
今日の俺は、濃紺色のダブルブレストのショートウールコートに、ダークグレーの細身スラックス、黒革のサイドゴアブーツを合わせている。普通にシンプルな装いのつもりだが。
そんな俺の考えを読み取ったのか、リュシアンさんは呆れたようにため息をついた。
「生地が良すぎるんだよ、生地が。ったくしょうがねぇな、ほら、そこの馬車だ。行くぞ」
「はぁ~い!」
今日はうきうき、リュシアンさんと引っ越し先の物件探しなのだ!
え?なんでそんな事になったかって?
事の発端は、時計塔の裏でリュシアンさんと一服しながら世間話をしていた事から始まるんだ――
◇◇◇
「へぇ~、引っ越しですか」
「あぁ。今は研究員用の宿舎もあるから、今まで借りてた部屋では持て余すからな」
「いい部屋でしたよね。豪勢なタウンハウスの2階ワンフロア貸し切っちゃってて」
「……あのな、一軒家丸ごと貸し切ってる侯爵家のお坊ちゃまに言われると、嫌味にしか聞こえねんだよ」
「いやいや、あれは親が全部用意してくれたものだし。そういうんじゃなくって、なんか内装とか家具とか、センスがリュシアンさんっぽくてかっこいいな~って思ってたから、勿体ないなってだけですって!」
「はん、まぁいいけどよ」
「でも、あそこ引き払うほど、フェロー・ロッジっていいんですか?学生が中に入ることないから、なんか広そうだなくらいにしか思ったことなくって」
「あぁ、上級研究員用の部屋を貰ったからな」
「それってスゴイんですか?」
「15人定員の一般研究棟が4棟、5人定員の上級研究棟が5棟あるんだよ。一般は書斎が共用で1人1個室しかないが、上級なら私室の他に書斎と研究室のスペースもつくからな」
「それだけなら、やっぱ狭くなってそうな気もしますが」
「あぁ、それとは別に共用ロッジがあるんだ。食堂にサロンに会議室だの図書室だのって一通り揃っているな。デカくはないが薬草園や天体観測用の庭もある。とにかく、引きこもって研究できる環境になってるから便利なんだよ」
「へ~。至れり尽くせりなんですね」
「それなりにな。とは言え、街にも拠点があった方が都合がいいんだよ」
まぁ、この人の場合そうだよな。女遊びしたり、夜遊びしたり、女遊びしたり、って女遊びばっかりだな。
「使用人は何人くらい連れて行くんですか?」
「ゼロだ」
「へ?」
「実家には『フェロー・ロッジがあるからタウンハウスは引き払っていい。その浮いた分の幾らか、仕送りを増額してくれ』って頼んであるんだよ」
「はえ~」
「遊ぶ用の部屋に、執事が居たんじゃたまったもんじゃねぇだろ」
「掃除や洗濯はどうするんです?」
「週に一、二回、信用できそうな通いの業者でも入れるさ。飯は外食かフェロー・ロッジで食えばいいし、郵便物は大学に届くからな」
「フェローの特権ってわけですね。でも、実家にはバレないんですか?」
「半年分くらいのの家賃を先払いして、連絡先を大学のフェロー・ロッジにしておけば問題ねぇよ。業者は金が取れりゃ文句はねぇし、わざわざ実家に『息子さんが隠れ家を借りました』なんて手紙を送るお人好しもいねぇからな」
「へ~、そんなもんですか」
「とにかく、部屋に人が居座らねぇのが一番なんだよ。とりあえず、休み中にでも物件探しをするつもりだ」
「休みって、こんどの冬季休講ですか?」
「あぁ、冬季休暇中に物件を探しておいて、雪が溶ける頃に今のタウンハウスの片付けをすれば丁度いいだろ」
「はい!せんせー!」
俺は、優秀な先生を慕うめちゃくちゃ良い生徒(当社比)って感じで、元気に右手を上げながらリュシアンせんせーを見つめてみた。
「……おい、なんだその目は」
「はい!せんせー!はい!」
「……なんだ」
「僕も、一緒に、物件探し、行きたいです!」
「阿呆が、言うと思ったぜ。なんで子連れで隠れ家探しに行かなきゃいけないんだよ」
子ども扱いするなんてひどい!二つしか違わないやい!
だが、最初は断られるのは想定済み。俺には秘策があるのだ。
「リュシアンさん、俺んちの部屋と使用人、貸しますよ」
「あん?」
「ほら、春には使用人共々全部引き払っちゃうんでしょ? 新居に持ち込みたい私物が当然ありますよね。でも、使用人にバレないように、一人で全て移動できますか? なんなら、一旦うちの屋敷で預かってもいいですよ。部屋なら余ってるんで」
「――――……」
おっ、これは効いてる効いてる。
「荷物運ぶのも、うちの使用人に手伝わせますよ。なにせ侯爵家の使用人なんで、口の硬さはお約束できますし、口裏合わせも可能ですよ。どうせなら、来年のチャリティーオークションで使うとか言って堂々と持ち出しちゃえばいいんですよ」
「……ふん。まぁ、悪くねぇな」
よし!もう一押し!
「通いの使用人も、うちから使えそうな業者のリストを出しますよ。秘密結社騒動の時に都市内の出入り業者はあらかた精査したので、情報もフレッシュですよ」
「――――おい、いいか、学士衣は無しだぞ? 面倒くせぇからな」
「やったー!!リュシアンせんせー大好きぃーー!!」
かくして、リュシアンせんせーとの社会科見学『物件探しツアー』が決行される事になったのだ。




