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感謝

ある冬の日の午後。


俺はその日、一人で悠々と過ごしていた。


クロードが家の用事だかなんだかで忙しく、2~3日大学には来れないって話なのだ。


別に、クロード以外に友人が居ないってわけでもないんだけどさ。

せっかくなので、自由気ままに過ごしてみようってわけ。


あいつが一緒だとどうしても目立つけど、俺一人なら話は別だ。


あれやこれやと理由をつけて寄ってくる生徒たちに囲まれる事もなく、気楽なのよ。


もちろん、クロードの事は大好きだし、一緒にいるのは楽しいんだけどさ。


一人の時間を大事にするってのは、それとこれとはまた別の話じゃない?


ってなわけで、当てもなく中央庭園(グレート・クワッド)をぷらぷらとしているのだ。


すると、ベンチに座るライナーを見つけた。


こうゆうの、こうゆうの。


クロードが居ると、後輩なんて特に、緊張しちゃってまともにしゃべれないからさ。

まぁ、爵位もある以上、ある程度は仕方ないんだけどね。


「よっ、ライナー。こんなとこいて、寒くないのか?」


「ル、ルーク様!こんにちは!」


顔をほんのり赤らめつつ、元気そうにライナーが挨拶を返してくれた。


「今日は、少し暖かいですし…。ちょっと午前の討論で納得できなかったところがあったので、頭を冷やしがてら休憩していました」


「休憩って、おまえ、そんな分厚い原典を開きながら言うことじゃないだろうよ」


俺は、苦笑いしながらライナーの隣に腰掛ける。


「でもま、たしかに休憩は必要だよな。よし、ライナー、時間あるなら俺と上級サロン行くか?」


「えっ」


「俺と一緒なら入れるぞ?」


「いや、でもそんな、光栄ですが…。私なんかじゃ…」


「何いってんだよ、「私なんか」って。お前だから誘ってるんじゃないか、ぷふっ」


謙虚で真面目だなぁ……。なんか癒されるわ。


「もしいたら、薬草学やってる先輩も紹介できるぜ?」


「ほ、ほんとうですか!?」


目に見えてライナーの翡翠色の瞳が輝きを増したのを見て、思わず苦笑いをする。


「おいおい、あんま期待するなよ?もし居たら、だからな?うっし、行くか!」


「はっ、はい!」


ってな訳で、連れ合いをゲット。

ゆるゆるとサロン室に向かおうと歩きかけたその時だった。


「あ、あの!ルーク様ですよね!」


なんか、ばたばたと足音を立てて、女生徒が走り寄ってくる影がみえた。

なんだ?と思ってそっちをみて、俺はぎょっとした。


蜂蜜色(ハニーブロンド)のウェーブヘアに、くりっとした栗色(ヘーゼルブラウン)の瞳。

そしてなにより、華奢で小柄な体型に纏うのは、従属学生である事を示す、袖のない粗末な学士衣(アカデミックガウン)。


コレットじゃないか!!


えっえっ、なんで?

なんで俺のとこに来るの?


笑顔でフリーズしている俺に一方的に喋りかけてくる。


「あの、少し前にバルタザール様がご迷惑かけてしまったようで、ごめんなさい!それに、あの、冬服も、ルーク様が言い出してくれたって知って、ルーク様がそんなに私の事を思ってくださってたなんて、すっごく、すっごく、私、うれしくて……」


え?何? バルタザールがなんだって? 冬服ってなんだっけ?

俺が全力のポーカーフェイスで思考をめぐらしていたそのとき――


「無礼者!!貴様、平民の分際で、気安くヴェルディエ侯爵家のご嫡男であらせられるルーク様に話かけるなど!!」


わっ!!ライナーがキレた!!


怒れるライナーの姿は、普段俺としゃべってる時とはまるで別人だった。

結晶のように研ぎ澄まされた冷たさと張り詰めた空気。

触れたら指が凍りつきそうなのに、不思議と目を離せなくなるような美しさがあった。


「へ、平民だとか、そうゆうの、感謝を伝える気持ちに関係ないと思います!」


一方、ふるふると震え、瞳に涙を浮かべながら、なにか言ってるコレット。


「私、ルーク様にお礼を言っただけなのに…。それを、関係ない人が、横からジャマするのは無礼じゃないんですか?」


あわわわわわわ。


「ピキ」って、聞こえた。今、「ピキ」って聞こえたよ?

ライナーの血管がはち切れるんじゃないか心配で嗚呼どうしよう誰か助けて。


「貴様……。まてよ、そういえば、全学自由討論会(クウォドリベツム)で見たぞ。知性も教養も無い、下卑た商人の従属だな…?」


あ、この目をよくしっている。だって、俺の友達(クロード)がよくする目だもん。

目障りなものを、社会的・物理的に根こそぎ排除する算段を立てている時の目だわ。


俺が、そういえば今日の晩ごはんなんだろう…って現実逃避をしかけたときだった。


「バルタザール様は悪くありません!!!!」


いきなりコレットが叫びだした。


「バルタザール様は、たしかに、ガサツで大雑把なところもありますが、とってもあたたかい人なんです!!!!」


え、何?なんの話してるの?


「バルタザール様のこと、知りもしないで悪く言わないでください!!」


なんか、ぽろぽろと涙を流してベソをかき始めた。


えっ、なんで俺らが一方的に悪いみたいになってるの?


「なんで俺らが一方的に悪いみたいになってるの?」


あ、うっかり声にだしちゃった。


コレットは俺の言葉にきょとんとしてる。


そしてやばい予感……。


日中のパブリックスペース、当然人はそれなりにいる。ってか、実はさっきからめちゃくちゃ注目を浴びていたのだ。


そこに、侯爵家である俺の発言があわさると…。


「本当に、ルーク様をなんで責めてるんだ?」

「あいつ、平民のくせに貴族に盾付きやがって」

「平民が気安く貴族に話しかけたらだめだなんて、スラムのガキでもしってるぜ?」

「護衛がいたらその場で手討ちだぞあんなゴミ」


あわわわわ。


俺的には、変な夢の影響もあってか、あまり身分とか気にしない方なんだけど、俺が気にしなくても社会は気にするのだ。


くそっ、目立つような事はしたくないのに、仕方ないか。


 パンッ!!!


俺は、庭園に響くように大きく手を叩いた。

その瞬間、水を打ったようにさざめきが引いた。


「従属学生の君。いいかい?」


「は、はいっ……ぐすっ」


俺は、なるべく穏やかに、でも響くように言葉を紡ぐ。


「君のご家族は、貴族に普段から気軽に話かけるのかな?」


「えっ、いえ…」


「何故だい?」


「だってそんなの……、護衛に守られているから、近寄れば切られてしまうから…」


「うん、そうだろうね。だから、切られなければ……つまり、護衛が居なければ、高位貴族の間合いに入っても良いって思ったって事かな?」


「えっ?」


「君の言い分だと、そうなると思わない? 護衛が居なければ、切られない。切られないなら近寄っていい。そう宣言しているように聞こえるよ?」


「えっと……、それは……、そんなんじゃ……、ぐすっ」


「うん、深く考えていなかったんだね。じゃぁ、質問を変えるよ。何故、僕たち貴族は、護衛に守られていると思う?」


「え……、偉いから、ですか?」


「ははは。まぁ、そういう捉え方もあるけど。僕たち貴族はね、特に高位にもなると、日常的に命を狙われているからだよ」


「えっ……そんな、ひどいことが……」


「君が言う『偉い』、つまり権力を持つということはね、常に誰かから命や立場を狙われ続けるということなんだ。だから、自衛の為に、護衛をつける」


ふぅ、と庭園を、そして観衆を見渡す。


「ここでは、むやみに護衛をつけられないからね。学府には学府の法がある。だからって、僕の立場は変わらないんだ」


ちらり、とライナーを見る。


「彼……、ライナーが怒ったのは、本質的には、君が平民だからと見下しているからではない。あくまで、僕の身を案じての事だ。突然、出自不明でどの派閥に属しているのか把握出来ない人物が、侯爵家嫡男である僕に気安く近づいてきたからだ。ライナー、僕のために怒ってくれてありがとう」


「ルーク様……」

ライナーは感動でもしているのか、目をうるませている。この子も大概単純よね。


「出自、とか……ひっく、私も、ぐすっ、同じ、学生、ひっく、なのに……」


「君はね、そもそも学生として認められていないんだよ。厳密にはね」


「え……、そんな……。従属生だから……?平民だからですか?……ひっく、そんなの、差別じゃないですか……うぅっ」


「差別ではない。本当に理解できていなかったんだね。本来、この学府の講義を受けるには、在籍する教授陣から『学生に相応しい学識がある』という認可が必要なんだ。君やバルタザールは、その審査を学力ではなく『寄付』で免除された特例に過ぎない」


「そんな、そんなの、ひっく、私しらなくて……ぐすっ。バルタザール様に連れて来られただけで……ぐすぐす」


「君が知ろうが知るまいが、それがこの学府のルールだ。まぁ、話は逸れたが――」


やれやれ、さっさと切り上げてライナーとサロンでゆっくりしよう。


「本来なら不敬として処罰対象だが、今日のところは僕の裁量で『不問』とする。君からの謝罪と礼は、受け取っておくよ。今後は、自分と相手の立場をよくよく考えてから行動するんだね。さ、ライナー行こうか」


「はいっ、ルーク様!」


しかしまぁ、色んな意味でクロードが居ない時で助かったな。


◇


上級サロンの隅っこの席で、紅茶をすすってやっと一息ついた頃。


「いやぁ、さっきはライナーに気を使わせて悪かったなぁ」


「とんでもないです。それに、私は、ルーク様には感謝してもしきれないですから、あの程度……」


「え?俺なんかしたっけ?」


「初めての……大図書館で助けて頂いた事もそうなんですが、サロンに招待していただいたじゃないですか」


「あぁ、ははは……」


クロードに圧かけられて、ライナーが真っ青通り越して真っ白になってたやつだよな。トラウマになりこそすれ、感謝されるような事あったか?


「呼んでいただいた事で、周囲からの評価がすごく変わったんです。なんか、一目おかれるようになったというか。息がしやすくなった、というか」


「……そうか、それはよかったよ」


本当によかった。俺が胃を痛めただけの会にならなくて、本当によかった。なんだか報われたわ。


「ふふっ、僕と親しくすれば、ルーク様やクロード様にお近づきになれる、って勘違いをしている愚か者共には辟易しますがね」


ライナーの翡翠色の瞳が冷たく輝いた。

ライナーくん、クロードの悪影響受けていない?大丈夫よね?


「も、もし何か手に余ることがあったら、遠慮せずに相談しろよ?」


しかし今は、それよりも心配な事を確認しておくか。


「……ところでさ、さっきの女の子の事、どう思った?」


なんとなく、小声でこそっと聞いてみる。


「そうですね……。あぁいった、論理を無視して感情のみで物事を語る手合いは、僕の周りの貴族にはあまりいませんので……」


ん?んんん~~??これはもしや……


「あそこまで話が通じないと、同じ人間とは思えませんね」


あ~、違ったわ。ただのゴミを見る目だった。


「いやさ、ほら、ライナーが珍しく怒ってたからさ、彼女に何か感じるところあったのかな~、なんて、ははは」


「たしかに、不快極まりなかったですね。ルーク様にあんな態度……。公の場で無様に涙を流して被害者ぶっているのも、恐怖に近い嫌悪感で背筋が震えます」


「そっか~」


「何より、あれだけ『バルタザール様は悪くない』とか言っておきながら、自分の学力不足を指摘されたら、知らぬ存ぜぬでバルタザールの責任にしていましたよね。善人ぶった発言を終始していましたが、人格的に到底信用ならないでしょう」


「ははは、手厳しいね」


今回、まざまざと近くでコレットを見ることになって、思ったんだけど。

悪い意味で普通っていうか、彼女にそんなに執着するとこある~?って感じなんだよね。

まぁさ、俺はどっちかっていうと、包容力に包み込まれたい系男子だし?タイプの問題っていえばそこまでなんだけど。

エレノアみたいな洗練された貴族の女の子と比べてもさ、やっぱ見劣りしちゃうし。

俺の好きな人が、コレットにベタ惚れになったら、正直がっかりしちゃうかもって感じなの。


だから、今回の遭遇で、ライナーがコレットに好意がなさそうで正直ほっとしたんだよね。

当然、恋愛は自由だからいいんだけどさ。いざとなったら、ちゃんと応援するよ?


あ、そうだ。


「ライナー、あっちに薬草学の先輩居るから、挨拶いこうぜ!」


とりあえず今は、せっかくの後輩との一時を楽しむとするか。


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