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威光を仰ぐ会

さて、俺とクロードでサロンを主催する事が決まったわけだが。


侯爵家の嫡男が二人(ダブル)で主催する以上、クロードに恥をかかせるわけにはいかない。


ちょっと面倒だが、放課後に貴族街の高級文具店へ出向き、家紋入りの特注羊皮紙とシール用ワックスを用意することにした。予備も含めて20セットもあれば十分だろう。


――そして、数日後。


たまには貴族食堂以外でランチしようって事で、俺とクロードが中央食堂に並んで食事をとっていた時のことだ。


「おい! お前ら! 何か企画してるだろ!? 俺にも一口噛ませろ!」


大きな足音とともにどかどかと現れたのは、成金商家の嫡男・バルタザールだった。


「は? なにが?」


「白を切るな! クロード(ヴァルテンベルク)が学内のVIPサロン部屋を押さえたのは知ってるんだぞ! 調べてみたら、ルーク(ヴェルディエ)が街でわざわざ限定の高級羊皮紙を取り寄せたらしいじゃないか! サロンでも開く気だろ!?」


「っ、バカお前! 声が大きい!!」


俺が制止するよりも早く――食堂全体が、ドワッと揺れるような騒ぎに包まれた。

なんでこいつ、馬鹿なくせに、こんなにカンがいいんだ!?


『おい、聞いたか……!? あの二人がサロンを!?』

『もしかして……完全招待制の極秘サロンか!!』

『あのクロード様とルーク様のサロンに入れるなら、どんな手を使ってでも……!』


周囲の生徒たちの目が、一瞬で肉食獣のそれに変わる。


「……バルタザール(アイゼンヴァルド)。君は少し、声のボリュームと好奇心を抑える学習をした方がいい」


隣を見ると、クロードが優雅に紅茶のカップを傾けながら、氷のように冷たい目で無言の圧をかけていた。

頼むから食堂で粛清を開始しないでくれ。俺の胃が死ぬ。


「へっ、脅かしたって無駄だね! 俺を突っぱねたら、この噂を学園中に言いふらしてやるぞ!」


「もう手遅れなレベルで大騒ぎになってるだろ! バカ!!」


俺のツッコミも虚しく、食堂の熱気は最高潮に達していた。


そこからは、まさに地獄絵図だった。


軽やかに全てをかわす鉄壁のクロードより、俺の方が御しやすいと思ったのだろう(失礼しちゃう!)。俺の元へ、サロンの『プレミア招待状』を求めて生徒たちが殺到し始めたのだ。


講義室を移動するたびに学士衣(アカデミックガウン)の広い袖口へコソコソと手紙を押し込まれ、タウンハウスに帰宅すれば、執務机の上に懇願状と貢ぎ物の山が築かれていた。


「ルーク様! 我が子爵家が誇る『王室御用達の熟成ワイン』を私から進呈いたします! ですので、どうかあの夢のようなお茶会の末席に私を……!」


「ルーク(ヴェルディエ)! とっとと1枠、俺に売れ!金なら出す!いくらだ!?」


「ルーク様……私、貴方のためならどんなことでもいたしますわ……ですから、どうか……っ!」


やってることは完全な買収工作と裏取引である。


講義の合間の移動時間すら落ち着いて歩けず、家に帰ればデスクは貢物と手紙で埋まりかけている。


やばい。頭が狂いそうだ……!!



◇◇◇



やっと…、やっとだ。

辛かった地獄の日々も、今日で終わる予定だ。


なんせ、やっとこさサロンの開催日だからだ。


僕が誘った招待客は、無難に教養の各科目――言語・論理・修辞・算術・幾何・天文・基礎魔術から、優秀だと評判の学生を1~2名ずつだ。

当然ライナーも含まれている。将来の有望さなら筆頭格だからね。


あと忘れてはいけない、エレノア(ちゃんと思い出した)と、流石に女子一人じゃあれかと思って、追加で2人(この人選はエレノアに任せた)で女子3名。

エレノアは鼻高々だったろう。エレノアからは別途お礼もらってもバチ当たらないと思うんだけど?


そもそも、エレノアの為(?)に、たまには一般サロンにも顔を出そうってクロードを誘うだけの話だったはずなんだが、とんだ大事(おおごと)になったものだ。


そして今は、サロンの開催前で、クロードとソファの配置や花、談話用のテーマの最終チェックをしている。


廊下には、クロードが実家の侯爵家から手配したいかつい護衛がしっかり並んでいる。


大学運営側も、この大騒ぎには流石に恐々としているようで、すんなり申請が通ったようだ。


いっそのこと、今回のサロン使用を却下してくれてもよかったんだけど、それはそれで大学側にヘイトが向きそうだしな。


「ルーク、そのソファの角度だと、君が部屋の隅の席に追いやられてしまわないかい?」


「いいんだよこれで! 主催者が真ん中ででしゃばるより、招いた優秀な後輩どもを中央に座らせて議論させる方が格好がつくだろ」


「そう? 僕は君の隣に座れないなら、この配置を認める気はないけれど」


「別にいつも一緒なんだから、今さらいいだろ!ほら、花の位置もこれで完璧。話題のテーマになるような資料も各テーブルにセット完了だ!」


整えられた部屋を見渡し、俺はハァと深いため息をついた。


「それにしても、警備の圧がすごすぎないか? 廊下に立ってるお前の家の護衛、みんな目つきがプロ(暗殺防止)級なんだけど」


「当然だろう? ルークの身に万が一のことがあっても困るし、何より『無用な害虫』が迷い込んで来ないようにしないとね」


「害虫って……一応、全員同じ大学の生徒だからな?」


クロードは氷のように美しい笑みを浮かべ、優雅に袖口を整えている。


こいつの中では「俺を困らせた押しかけ組=無用な害虫」として処分の対象になっているらしい。

そういえば、俺が対処に困っていた『嘆願書』を嬉々として全て持ち帰っていたな……。あの紙束がその後どうなったか、うん、考えるのはやめておこう。


そうこうしているうちに、サロンの開始時刻となった。


重厚なオーク材の扉が静かに開かれ、手配された従者の案内によって、ガチガチに緊張した招待客たちが室内へと足を踏み入れてくる。


「っ、し、失礼いたします……!」


先頭を切って入ってきたライナーは、まるで処刑場に引き立てられたかのように顔面を蒼白にさせていた。

後ろに続く各科目の秀才たちも、生きた心地がしていない顔だ。


そりゃそうだろう。

廊下にはいかつい侯爵家の騎士がズラリと並び、部屋の奥には侯爵家嫡男である『光の貴公子』クロードと俺が待っているのだ。


だが、そんな重苦しい空気を一瞬で破ったのは、ドレスの裾を揺らして優雅に入場してきたエレノアだった。


「まあ! 素晴らしいお部屋ですわね、流石はクロード様ですわ!」


エレノアはこれ見よがしに胸を張り、従えてきた二人の女子生徒(これまたガチガチに緊張している)に勝ち誇ったような視線を送っている。

……うん、やっぱりこいつには後で高価なお礼の品を要求してもバチは当たらないと思う。


「みんな、楽にしてくれ。今日は上下の隔てなく、純粋な学術と交流を楽しむための場だからね」


俺が、誰しも緊張がほぐれるような柔らかな笑み(当社比)を浮かべて着席を促すと、生徒たちはホッとしたように息を吐き、示された席へつき始めた。


――しかし。


サロンが始まって30分。俺の意図した「和やかな交流」は、予想とは明後日の方向へと転がり始めていた。


「――なるほど。幾何学の視点から魔術回路の負荷を分散させる、か。教養学部の段階でそこに気付くとは、君は優秀だね」


「は、はひっっ!! ありがとうございます、クロード様……!!」


クロードが完璧な『光の貴公子』の笑みを振りまき、算術と幾何学の優秀生を軽やかに褒め称える。

褒められた生徒は感涙しそうな勢いだ。なんか拝んでる子もいる。新手の宗教の教祖と信者か何かか?


だが、俺は見逃さなかったね。クロードの目が1ミリも笑っていないことを。

どうせ、相手の実家の財力と政治的影響力の事でも考えているんだろう。そっとしておこう。


それより酷いのは、俺がライナーや女子生徒たちと親しそうに会話を始めた瞬間だ。


「ルーク様、この古代帝国の法体系についての注釈ですが――」


「ああ、そこはね、当時の領地経営の文脈から読み解くと――」


「ルーク」


すっと、完璧な動作で割り込んできたクロードが、俺の手元に湯気の立つティーカップを置いた。


「話に夢中になるのはいいけれど、お茶が冷めてしまうよ。僕が淹れ直したんだ、冷めないうちに飲んでくれるかい?」


「あ、ああ……ありがとう。だが、給仕の仕事を取り上げるのはよくないぞ……?」


「ふふ、それよりも。僕もその『当時の領地経営』についての見解、ルークから直接聞きたいな」


クロードはライナーに向かって、極上の微笑みを向けた――『圧』と共に。


「……失礼、君たちの会話を遮ってしまったかな? ライナー君」


「い、いえっっ!! とんでもございません!! 僕はここでクロード様とルーク様のお言葉を拝聴しているだけで十分でございます!!」


かわいそうに、クロードに威圧されて怯えたライナーは、もげそうなくらいの勢いで首を横に振っている。


結局、サロンは「クロード様の威光を仰ぐ会」として幕を閉じたのだった……。


◇


生徒たちが「夢のような時間でした……!」と拝むように去っていき、静まり返ったサロン室。


疲れ果ててロングソファに深々と体を沈める俺の隣に、クロードがご機嫌な様子で腰かけた。


「楽しかったね、ルーク」


「……お前だけだろ。俺は胃に穴が空きそうだったよ。結局、みんな緊張しっぱなしだったじゃないか、かわいそうに」


「そうかな? 君の望み通り、教養学部の優秀な生徒たちと十分なコネクションができたじゃないか。彼らは将来、確実に僕たちの手足……いや、有能な人材になってくれるよ」


「手足って言おうとしただろ、今」


呆れてツッコミを入れると、クロードはクスクスと嬉しそうに笑い、俺の手に自分の手を重ねてきた。


「ねえ、ルーク。定期的にこういうサロンを開くのも悪くないね。……君が僕の隣にいてくれるなら、だけど」


「もう勘弁してくれ……。当分、サロンの『サ』の字も聞きたくない……」


俺が頭を抱えて唸ると、クロードはどこまでも満足そうに、深々と微笑むのだった。




後日談。

その後、俺はクロードへストレートに「たまには一般サロンにも顔を出しておこうぜ」と伝える事が出来、当初の目的を達成したのだった。最初っからこうしとけばよかったね、チャンチャン。


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