上級サロン
専門高等学部になると、教養学部にはない特権が得られる。
その一つが、上級サロンの使用権だ。
大衆的な交流の場だった一般サロンとは違い、ここは一味も二味も違う。
飛び交うのは生々しい政治と権力の話。時には教授陣やフェローも出入りし、ここで交わされた約束がそのまま実社会の国政や領地経営を動かすこともしばしばだ。
俺とクロードが上位学部を目指していた理由の一つでもある。密やかな社交が、そのまま将来の糧になるわけだ。
諸先輩方との顔つなぎも兼ねて入り浸るようになったのだが、なにより目新しい環境は純粋に楽しい。
(……余談だが、俺達の顔を見てガタガタと震える先輩も数名いた。が、一旦そこには触れないでおこう。)
何はともあれ、それで発生したのが、この事態である。
「――え、なに急に呼び出して?もしかして愛の告白?なんちゃって」
不穏な空気を察した俺は、先回りしてエスプリの効いたジョーク(当社比)を飛ばしてみた。
だが、目の前に座るご令嬢――エレノアのご機嫌は悪化するばかりである。どぉしてぇ~~~?
「お馬鹿な事お言いになってないで! ルーク様!」
「ひっ」
「申し上げますわ! クロード様を独り占めしないでくださいまし!!」
バシバシとテーブルを叩くエレノア。えー、今更そこぉ?
「いやいや、別に昔からと変わらずつるんでるだけだし、急にどうした?」
「違います! サロンでお見かけしなくなったから言ってますの!」
あー……。そういや最近、一般サロンに顔を出してないかもな。
「同じ講義を受ける機会も減った上に……サロンでお見かけすることすら無くなって……」
さっきまでの勢いはどこへやら、今にも泣き出しそうにシュンとするエレノア。
そっか。こいつ、クロードを追って大学に来たのに、学部が変わって会える機会が激減しちゃったのか。
「お近くに侍れなくても……遠くからでもせめて、お元気そうな姿を拝見できればと思っておりましたのに……」
しおらしく語るエレノア。
かわいいところあるじゃん、と思った瞬間――キッ!!と激しい殺気とともに睨みつけられた。
「ルーク様が、クロード様を個人研究室に留めていらっしゃるのでしょう!?」
「え」
「そのお達者な口で連れ込んで! ふ、ふけ……不潔にも、二人きりで!!」
ぶほぅっっ。
あまりの発言に、飲んでいた紅茶を盛大に吹き出した。
「おまえ、何バカな事言ってるんだよ!? 不潔とか二人きりとか、まだ変なウワサ真に受けてるんだろ!!!!」
収束したと思って油断していたが、俺とクロードの変な妄想話がこんなところで牙を剥いてくるとは。胃がしくしくしてきた。
「違うよ、まったく……。最近サロンに顔を出してないのは、上級サロンにいるからだよ」
「上級……サロン……ですか?」
「そう。上位学部に入ったばかりだしな。情報収集と顔つなぎのために入り浸ってたの!」
やれやれ、と胸を撫でおろしながらため息をつく。
でもまあ、エレノアの金切り声のおかげで気づけたこともある。
教養学部の生徒との社交もおざなりにしちゃダメだよな。
クロードの将来の人脈形成のためにも、教養学部とのパイプも大事にしないと。
「わかった。ちょっと俺も思うところがあるからさ。対応は考えるよ。……まあ、あまり期待はするなよ?」
そう俺が言うとエレノアは、ぱぁっと花がほころぶような笑顔をさかせた。
「まあ! ご理解いただけたなら何よりですわ!」
現金なやつだなあ。まあ、機嫌が直ったなら何よりだ。
子供の頃からの付き合いで忘れがちだが、エレノアはクロードの従姉妹なだけあって、かなりの美少女である。
やっぱり美少女は、ツンツンしてるより笑顔でいるに限るよな。
◇
「クロードさ、最近上級サロンばっかりだろ? すごく勉強にはなるんだけどさ」
「ふふ、ルークは退屈だった?」
「退屈っていうか、まぁ、肩は凝るかな。 周りはお堅い先輩ばっかりだしさ」
「教授陣は、保守的なアルテンブルク公国出身者が多いしね。多少は影響もあるのだろうさ」
「……でもまあ、改めて思ったんだよ。今後こっちに上がってくるような優秀な教養学部の生徒とも、今のうちにコネクションを持っておいて損はないんじゃないかって」
「ほう? ルークがそんなビジネスライクなことを言うなんて珍しいね。僕との時間を減らしてまで、他の生徒と仲良くなりたいの?」
「言い方! 別に減らそうなんて言ってねぇだろ。たださ、ほら、クロードの将来のためにも下の世代に顔を売っておいて損はないだろ?」
「なんだい、僕のためを思って提案してくれたのかい? まぁ、ルークの意見も一理あるとは思うが」
「だろ? だからさ、上級サロンばっかりじゃなくて――」
「ああ。僕たちも今まで経験はなかったけれど、自分たちでサロンを主催してみよう、ということだね」
……ん?
いやいや、そこまで大事にするつもりはなかったんだけど。
でもまあ……確かに、有象無象と手当たり次第に関わっても仕方ないし、そういうことなのか?
あれ? 俺、なんのためにこの話振ったんだっけ?
「……うん? まあ、そういうこと……なのか?」
「ふふっ。二人でこういうイベントの準備をするのって、全学自由討論会以来だね。楽しみだな」
「お、おう。クロードが乗り気なら、俺も嬉しいよ」
「役割分担が必要だね。ルーク、招待客の選定は任せてもいいかな? 僕は会場や従者の手配をしておくよ」
「ん? 別にいいけど……お前、呼びたいやつとかいないのか?」
「……ルークに任せるよ。初めてのことだし、招待客の人数はとりあえず15人くらいでいいよね?」
「おう。じゃあ招待客の選定や招待状まわりは俺がやっておくわ。開催は3週間後くらいか?」
「そうだね。2週間以内に招待客を決めて、それに合わせてケータリングの手配をしよう」
そう言って、クロードは無害を装った美しい笑みを浮かべた。
「ふふ、ルークが選ぶ招待客、楽しみにしてるよ」
……待て。こいつがこの笑顔を見せるときって、絶対ろくなことがない時なんだよな。
嫌な予感がする。




