夜梟の爪
今日で最後(の予定)になる、秘密結社潰し行脚。
俺達は今、旧市街の地下に張り巡らされたカビ臭い古い水路の跡地にいる。
嫌だなぁ。なんか不衛生だし不気味だし、あんまし長居したくないんだけど。
「で、本当にこんな所にアジトがあるの?」
前を歩く二人の背中に問いかける。
今回の件で思ったけど、この二人って「仲良くなった」と言うとちょっと違うんだけどさ。妙に馬が合う所を発見したんだよね。敵だと認識した相手に対して一切の容赦がないとこなんて、完全に同類である。
「あぁ。手紙に押されていた封蝋の成分を分析したところ、旧市街の地下水路にしか生息しない苔の胞子が混入していたんだよ」
クロードが爽やかに答える。
「それに、四年前、リュシアンさんが潰した『夜梟の爪』の拠点がまさにこの地下水路だと聞いたからね。バカの一つ覚えのように同じ場所を使っているだろうと当たりをつけたら、大当たりだったよ」
「ハッ、進歩がなさすぎて欠伸が出るぜ」
フードを目深に被ったリュシアンさんが、呆れたように鼻で笑う。
まあ考えてもみれば、リュシアンさんが怖くて大っぴらに活動できなかったんだろうし、潜伏先なんて限られるか。
今回の『夜梟の爪』からの密書には、『銀の天秤』と『鉄と鉄』と違って脅迫状が混じっていた。
『◯日の◯時に◯◯へ来い! さもなくば悪事(でっち上げ)を告発する!』みたいなやつ。
で、「大人しく従うわけねぇだろ」ということで、二人はアジトを暴いて前夜に先回り突撃しようという計画を立てたわけだ。エグい。
そんなこんなでしばらく歩くと、開けた地下室に出た。
そこには黒いローブを着てフクロウの仮面をつけた怪しい集団が十数人、なんか地味な書類作業をしている。
「ねぇねぇリュシアンさん。昔、あの格好してたんですか?」
「……するわけねぇだろ、アホが」
ですよね! よかった~!
リュシアンさんが部屋に進み出てフードを脱ぐ。松明の光に、その美しい顔が浮かび上がった。
「っ……!? り、リュシアン……!? どうしてここに……!?」
一番豪華な仮面を被った男が、驚愕のあまり手にしていた書類をバラバラと床にぶちまけた。
どうでもいいけど、リュシアンさんって行く先々で似たようなリアクションされてるよね。
トラウマ製造機かな?
「……その声、まさか、下っ端ゼノか?」
リュシアンさんが、何やら気づいたようだ。
「下っ端?知ってる人ですか?」
「あぁ、四年前のメンバーで、俺を除けば一番浅いメンバーだ。パシリをやらされてた奴だが……。そうか、お前が復活させたのか……」
「ぐぅっ……、な、なぜだ……!? なぜお前たちがここにいる!? 手紙には明日の中庭を指定したはずだし、この隠れ家の場所など誰も知らないはずだぞ!?」
「手紙の封蝋についた苔の胞子と、あなたの学習能力のなさから一瞬で特定できましたよ」
クロードが実に爽やかな笑顔で言い放つ。
「明日の待ち合わせを律儀に待つとでも思いましたか? 工作のレベルが低すぎますね。初歩的な地学と魔術痕追跡の授業からやり直すことをお勧めします」
うわぁ……相変わらず笑顔でえげつない煽りを叩き込むなぁ……。
「くそっ……! だが、お前たちがここに来たところで既に手遅れだ!」
狼狽しながらも、ゼノは勝ち誇ったように散らばった羊皮紙の中から一枚を掲げた。
「ここにあるのは、ルーク・フォン・ヴェルディエの名が記された『反王政派閥への資金受領の秘密誓約書』だ! 当結社の古文書鑑定魔術師が完璧に筆跡を偽造した逸品……! 明日の朝、これが大学の審問会に提出されれば、ルーク、お前は一発で退学! その後は国家反逆の嫌疑で審理庁送りだ!」
「ん~……? はぁ」
呆れ果てて、俺は思わず、深い深いため息をついた。
「クックックッ……。ルーク・フォン・ヴェルディエよ、 恐怖で声も出ないか! 助かりたくば、我ら『夜梟の爪』の忠実な犬となり——」
「いや、そんな拙い偽造、一瞬でバレると思うけど。ねぇ、クロード?」
「ええ、ルークの言う通りです。我がレオポルド大公国の高位貴族が署名などの文書に用いるインクには、特殊な防犯の仕掛けが施されています。詳細は控えさせてもらいますがね。ともかく、その偽文書にはそれが含まれていない。……不服なら審理庁に委ねてみますか? 即座に偽造と判定され、逆にあなた方が文書偽造罪で即座に投獄されますよ」
「な……なにぃぃぃ!?」
自信作だったのか、ゼノは仮面をズリ下げて絶望の表情で固まっている。
「ホント、四年前から何も進歩してねぇな」
リュシアンさんが呆れたように首を振った。
「だ、黙れぇぇぇ! 殺せ! こいつらをここで消せぇぇぇ!!」
あ~あ。前にもどこかで似たような光景があった気がするんだけど、デジャヴュ?
叫び声とともに、黒ローブの団員たちが一斉にナイフを抜いて切りかかってくるのだが——
「ぎゃあああっ!?」
「ひ、ひえぇぇっ!?」
「やめっ、ゆる、しにたく……っ!」
リュシアンさんの血統魔術と体術の合わせ技によって、一瞬で地獄絵図が完成した。
あっ、ヤバ、今の関節の音えぐっ。ムリムリ、見てらんないや。
一方、クロードはというと。ゼノの腕を優雅な所作で捻り上げ、壁にドカンと叩きつけていた。
「さて」
「ひっ……!」
「君たちは『秘密を握る者こそが他者を支配できる』と考えている。そうだね?」
「な、何を……」
「ですから、同じ方法でお返しします」
クロードはにっこりと微笑んだ。
「ここ数日で、構成員の名前、家、資金の出所、連絡役、密書の運搬経路まで一通り調べさせてもらいました」
「な……」
「つまり今、秘密を握られているのは君たちの方です」
ゼノの顔から、さっと血の気が引いた。
そこに団員を一掃したリュシアンさんが近づいていく。
「で? 『裏から学府を操る真の支配者』さんよぉ。他に何か仕掛けはないのか? これじゃ遊び足りないぜ」
「ひ、ひぃぃぃっ! ご、ごめんなさぃぃぃ! リュシアン様! もう二度と悪さはしませんからぁぁぁ!」
クロードがパッと手を放すと、ゼノはふらふらと数歩よろめいた。そして、これから突きつけられる現実の重さに耐えかねたのか——白目を剥いてパタっと倒れた。
合掌。
◇
数分後。
地下道を脱出してきた俺たちは、夜風を浴びていた。
「おわった~~~!!」
全力で伸びをする。晩秋の肌寒い風が、今の火照った身体には心地よい。
「ふぅ……これで『三つの結社』、全部終わりだな」
リュシアンさんは満足そうにシガレットの紫煙をくゆらせている。
「ええ。これで大学内の不穏な動きも一掃されました。僕とルークの平和な学生生活も守られましたね」
満足気に爽やかに微笑むクロード。
「しかし、おかげさまで勉強になりました」
「あぁ、これでもう今後はお前らだけで結社くらい潰せるだろ」
「やめてください。今後とかあるんですか?」
まぁ、二人とも満足そうだし、これで平穏が戻ってくるなら良しとするか。
「……ねえ二人とも。これで本当に終わりだよね? 四つ目とかないよね?」
俺が念を押すように尋ねると、二人の麗人は顔を見合わせ――
実に凶悪で楽しそうな笑顔を浮かべたのだった。




