秘密結社
教養学部までは『お勉強』で済んだが、これからは違う。――
リュシアンさんの言葉の片鱗を感じて、また胃痛が悪化しつつある今日此頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。ごきげんよう、ルーク・フォン・ヴェルディエです。
「……ルーク様、今朝の分です」
朝食を摂っていた書斎で、長年我が家に仕える執事が恭しく銀のトレイを差し出してくる。
トレイの上に載っているのは、端が少し焦げ、黒い蝋で封をされた不気味な手紙だ。
「……またか」
「はい。今朝方は、当家に野菜を納入する業者の下働きが、裏口の隙間から滑り込ませようとしておりました」
「ご苦労様。で、その下働きは?」
「庭師と護衛がその場で取り押さえ、総督府警邏隊へ引き渡しました」
相変わらず容赦ないな。まぁ、当然なんだけど。
「不届きな納入業者とは即座に契約を解除し、念のため手紙の毒物・呪導検知も完了しております」
「完璧すぎてぐうの音も出ないよ」
うちの護衛陣、マジ優秀。仕事が早すぎるんだよね。
最近、こういうのがちょくちょく来るようになってる。話を聞くと、クロードの屋敷もそうみたい。
うちで使っている業者の下働きを脅すなり買収するなりして、『密書』を送りつけてくる。
その度、出入り業者を変更したり制裁を加えたりしなきゃいけないから、正直めんどくさいことこの上ない。
……いや、変なハナシさ。
うちの護衛陣が優秀すぎるせいで、俺に直接届くことなく、全部未遂になっちゃうのよ。だからさ。
朝起きたら枕元に差出人不明の手紙が~!
どひゃぁ、おったまげ~!
みたいなの、ちょっとだけ憧れてたりして。へへ。
え、手紙の差出人はだれからだって?
それがさ――レガリア大学にいくつか存在する「秘密結社」から、らしいんだよね。
◇
ってなわけで。
学内の事情にめちゃくちゃ詳しいリュシアンさんに相談しようと、大図書館の三階最奥に来たわけだ。
陽光が静かに差し込む閲覧室の窓際。
相変わらず分厚い専門書を捲っていたリュシアンさんに、事の経緯をかいつまんで話す。
「――というわけでして。俺的には、割と変なことやってくるな~、くらいにしか思ってはいないんですけどね」
「ふん」
リュシアンさんはページを繰る手を止め、片眉をピクリと上げた。
「手紙なんて、普通に渡してくれればいいと思いません? なんかこう……裏工作でコソコソするのが通じると思われてるのがちょっと」
「甘く見られたもんだな」
「そうなんですよ。諸公国連合の筆頭、レオポルド大公国の貴族……それも侯爵家が舐められてるのかなって。正直、そこはちょっと心外なんですよね」
俺が溜め息をついて頭を抱えると、リュシアンさんは鼻で笑った。
「で? お前が困ってるのはそこだけか?」
「あ、いや。俺よりクロードがヤバくて」
「クロードが?」
「『簡単に雇用主を裏切るような脆弱な業者は要らん』とか言って、めちゃくちゃ辛辣なんですよ」
「それは一理あるだろ」
「このままほっとくとあいつ、関わった業者を商会ごと全部潰しかねない勢いで……」
それを聞いたリュシアンさんは、一瞬だけ読む手を止めた。
……あのリュシアンさんが、ほんの少しだけ引きつったような、苦い顔をしている。
「……それは、えげつねぇな」
「でしょう!? 脅されて嫌々手を貸した奴もいるだろうに!」
「容赦ねぇな」
「ええ。だから学園都市が経済的に荒廃する前に、ちょっとお知恵を借りようかと」
ふう、と息をついて仕切り直す。
「ところで、この秘密結社って噂には聞いてましたけど、具体的に何なんですか?」
リュシアンさんは椅子の背もたれに体を預けた。
「あぁ。大体が少数精鋭で、七人から十五人くらいの組織だな」
「へえ、結構こじんまりとしてるんですね」
「それぞれ異なる目的や隠れアジトを持っているが……まあ、シンプルに言えば権力エリートの集まりだ」
「権力エリート」
「今は何個あるかは知らねぇがな。お前ら二人レベルの家格がありゃ、全結社から一斉にスカウトが来てもおかしくねぇ」
なるほど。
最高峰の爵位である「侯爵家」の御曹司二人を囲い込めば、学内での勢力争いで圧倒的有利に立てるってわけか。
「ところで、リュシアンさんも、どこかに入ってたりしたんですか?」
「ん? 俺か?」
「ええ」
「入ってたぜ。昔な」
「へ~! やっぱり! フェローになったタイミングで辞めたとかですか? リュシアンさんがいたとこなら、俺も入ってみようかなぁ」
「もうない」
短く即答された。
「……え?」
「もうないって言ってんだよ。俺が入っていたとこは」
「……それってどういう」
「潰したからな」
口元にニヤリと、めちゃくちゃ凶悪な笑みを浮かべる先輩。
「えっ」
「そんときは確か、百年だか何だか知らんが、一番長く続いてるっていう老舗に入ったんだ」
「はあ……」
「ま、気まぐれだ。だが入ってみりゃ議論はつまんねーくせに、選民意識だけは無駄に高くてな。……こいつら、いらねーなって思ったから三日で潰した」
「うわぁ……」
ドン引きして引きつった声を漏らす俺をよそに、リュシアンさんは実に楽しそうに目を細めた。
「それ以来、俺のところに秘密結社からのスカウトが来たことはねぇな」
「でしょうね!! 入った瞬間に歴史ある組織を破壊されると思ったら誰も誘えませんよ!!」
「……おい」
リュシアンさんが、実にいい顔で俺を見ている。
どうしよう、嫌な予感しかしない。
「ちょうどいい暇つぶしだ。お前らに届いた手紙、全部持ってこい」
「……え?」
「全部潰そうぜ」
「うへぇ……」
「……ちなみに、どうやって潰すんです?」
「ふん。こういう連中は、何かしら自分たちを特別だと思う理由があって集まってんだ。そこを潰せば、勝手に瓦解する」
「そんな簡単にいきます?」
「俺が前にいたところは三日で消えたぞ」
「参考にならない実績出すのやめてもらえます?」
◇
大図書館を後にした俺は、その足でクロードの邸宅へと向かった。
学園都市の一等地に構えられたヴァルテンベルク侯爵家が所持するタウンハウスは、うちの屋敷に輪をかけて隙がない。俺にすら門番がビシビシ圧をかけてくる。
「ルーク様、お待ちしておりました」
執事に案内されて応接間に通されると、クロードは優雅に紅茶を嗜んでいた。
テーブルの上には、すでに数枚の『密書』と、分厚い書類の山が整然と並べられている。
「ルークか。……リュシアン先輩は何だって?」
「『ちょうどいい暇つぶしだ、手紙を全部持ってこい、全部潰そう』ってさ」
「なるほど、実に理解と行動が早くて助かる」
助かる、じゃないんだよ!
もしかして、『穏便』って言葉を知ってるのはこの世で俺だけなのかな?
「それで、そっちの手紙の山は?」
俺が尋ねると、クロードは薄いティーカップをソーサーに静かに置いた。
「今朝、我が家の給仕を裏で買収して持ち込もうとした密書と、ここ数日で押収した分だ。……買収された給仕はすでに解雇した」
やっぱり仕事が早すぎるし、微塵も容赦がない。
「ちなみに、裏で指示を出していた人間についても調べさせている。結社の構成員まで辿れれば、こちらから直接話をつけられるだろう」
「待ってクロード、『直接話をつける』って何する気? 街の経済活動を止めるのはやめてよ! リュシアンさんも『えげつねぇな』って引いてたからね!?」
「リュシアンさんが……? 僕の対処は極めて合理的で法的な手続に則っているつもりだが」
心底不思議そうに、こてりと首を傾げるクロード。
お前の「合理的」は、一般市民や商人にとっては災害と同義なんだよ!
「まあいいや、とにかくその手紙全部持って、一緒に図書館行こうぜ。リュシアンさんが手ぐすね引いて待ってるから」
◇
かくして、俺とクロードは押収した『密書』の束を抱え、再び大図書館の三階最奥へと舞い戻ったのだ。
テーブルの上にドサリと置かれた手紙の山を見て、リュシアンさんは実に凶悪で楽しそうな笑みを浮かべた。
「ほう……思ったより溜め込んでたじゃねぇか」
「うちの護衛と、クロードのところの法務部が片っ端から捕獲・押収した分です。……で、これからどうするんですか?」
俺が恐る恐る尋ねると、リュシアンさんは細い指先で手紙の封蝋を弄んだ。
「どうするもこうするもねぇだろ。相手の正体を特定して、向こうが二度と立ち上がれねぇように根元から叩き折る。……それだけだ」
「物騒がすぎる……」
「まあ待て、ルーク。まずは敵を知ることからだ」
クロードが冷静に手紙を一通取り出し、テーブルの上に広げた。
「差出人の紋章から見て、主要なものは三つ。一つは伝統派の大貴族で構成される『銀の天秤』。もう一つは実務派や軍事領域の学生が集まる『鉄と鉄』。そして最後が、正体不明の謎の結社だ」
さすがクロード、いつのまにか秘密結社の特徴まで押さえていたのか。
「正体不明ってのは?」
「ああ。差出人の名前も紋章もなく、ただ漆黒の蝋で『アウル』……フクロウの刻印がされているだけの手紙だ」
それを聞いた瞬間、リュシアンさんが獲物を見つけた猛獣のようにギロリと目を光らせた。
「ハッ!『夜梟の爪』か。まだ残ってたのか、あの気取り屋ども」
「知ってるんですか、リュシアンさん!?」
「ああ。昔、俺が潰した結社の生き残りか、名前だけ騙ってる二代目だな。議論もまともにできねぇくせに、暗号だの儀式だのが大好きな痛ぇ奴らだ」
さらっと元犠牲者(?)の情報と悪口をセットで披露された。
「よし、決まりだ」
リュシアンさんは楽しそうにコキりと首を鳴らすと、手紙の山から『銀の天秤』の紋章がついた一通を指で弾いた。
「まずはこの『銀の天秤』から料理してやるか。こういう結社を潰す時はな、まず『何を根拠に自分たちは特別だと思ってるのか』を見るんだよ」
「銀の天秤の場合は、伝統と知性、そして家格でしょうか」
クロードが間髪入れずに答える。
「そんなところだ。だったら全部まとめて、くだらねぇって分からせてやればいい」
「なるほど。構成員を一人ずつ排除する必要はない。結社に所属すること自体の価値を失わせればいいわけですね」
「そういうことだ。流石、話が早ぇな」
「ふふっ、ありがとうございます」
「――そこでだ。今夜、奴らが旧市街のサロンで密会を開く。突撃といこうじゃねぇか」
「えっ、今夜?旧市街?なんで知ってるんですか?」
俺はもう、二人のスピード感についていけなくなっている。
「何を言っているんだルーク。手紙が招待状だろうに」
クロードが真顔で手紙を掲げた。
「えっ、それ脅迫紛いの密書じゃないの!?」
「お前、それじゃ誘いにならないじゃねーか」
呆れたようにリュシアンさんがハァとため息をつく。
「いいか。各秘密結社には、それぞれの合言葉や暗号があるんだ。そして、招待状にはそれらが使われている。要するに、招待状の暗号を解き、集会に参加する事が、入会の第一段階って事だ」
「一番直近で開催されるのが、『銀の天秤』だ。僕も、ここから処理するのが妥当だと思います」
クロードも事もなげに頷いている。
……なるほど。あの妙ちくりんな密書は、解読できる頭脳があるか試す『一次試験』だったわけだ。
で、それを秒で解読した二人が「今夜叩き潰しに行こう」と。
呆然とする俺を置いて、二人の美しい天才は「どうやって完膚なきまでに叩き潰すか」を楽しそうに話し始めるのであった……。




