ペア
選友会が終わり、翌日から始まった「オークションペア適用期間」。
俺の予想していた最悪のシチュエーションは、初日から寸分たがわず現実となった。
講堂の大教室。
一番後ろの席で、俺たちは【エレノア ➡ クロード ➡ ルーク】という並びで座っていた。
エレノアはここぞとばかりにクロードに猛烈なアピールを繰り返すも、クロードはそれを爽やかな笑顔で往復ビンタするように交わしながら俺に絡んでき、俺は胃痛をふくらませる。
いかんせん、エレノアがクロードへの思いを拗らした末に凶行に走る、例の夢が脳裏にちらついてしまうのだ。……これ、対象が俺になったりしないよね?
「ルーク様、先ほどからクロード様との距離が近くありませんこと!?」
「エレノア、お前よく見ろ。俺じゃない。クロードが服の袖を引っ張ってくるんだよ! 」
「ルーク、離れたら僕が寂しいじゃないか」
「をぃをぃをぃをぃをぃ、マジでその言い方は余計な誤解を生むからやめろ!」
焦る俺を見て、クロードはくすくす笑っている。……確信犯でやってるんじゃないよね?
◇
「今回の課題である『境界領土における徴税権の帰属問題』についてですが――」
三日目の合同討論会のグループワークでも、この地獄は続いた。
エレノアははクロードの家門であるヴァルテンベルク侯爵家に相応しい教養を持つ淑女として超高レベルな意見を提示するも、クロードはそれをさらに上回る狂気のロジックで論破しようとしてる。
そして俺は……、そう、言うなれば、クッション材であり潤滑油。
とか言いながら、なるべく二人の間には入らないようにしてるんだけどさ。
本来、クロードと一緒に居れるのは、大金を積んだエレノアの正当な権利なわけだしね!
ふと隣の班を見ると、うっとりと見つめてくる令嬢たち(何があった)に囲まれながら、心底ダルそうに課題をこなしていたリュシアン先輩と目が合った。
『リュシアンさん……助けてください……』
俺が目で訴えると、先輩は呆れたように肩をすくめた。
『あれは無理だ。俺を巻き込むな。大人しく五万ギルダーの愛を享受しとけ』
『冷たいっ!! どうせなら俺だって可憐な令嬢に買われたかったのにっっ!!』
『金にモノをいわせて男を買う女の事は可憐って言わねぇんだよ。ってか、なんだかんだ言って、割と余裕そうだよな、お前』
バッサリ切り捨てられ、俺は内心で涙を飲んだ。
ちなみにライナーの班はというと、落札者(子犬みたいな女の子だ)の熱心な「ノート見せてください!」攻勢に対して「不合理だ……! 勉学とは自己の研鑽であり……っ!」と真っ赤になりながらも、なんやかんや丁寧にサポートしていた。うんうん、真面目すぎるきらいはあるけど、やっぱり根はいい子なのよね。
◇
そして、待ちに待った一週間の任期が満了した日の放課後。
「あぁ……終わった……」
俺は回廊のベンチで、完全に灰となっていた。
胃の痛みはピークに達し、この一週間で体重が二キロは落ちた気がする。
「お疲れ様、ルーク。一週間、楽しかったよ」
「楽しいってか、普段の日常にエレノアが参加しただけだがな」
恨みがましい目を向ける俺に対し、クロードはどこか寂しそうな、少し自嘲気味な笑みを浮かべた。
「でも、ルークって割とすぐふらっと居なくなったりするでしょ?いつもより一緒に居れて、僕は嬉しかったよ……」
「クロード?」
「ルークはさ、僕が居なくても大丈夫だろうけど……。でも、こうすれば、ずっと一緒に居れるかなって――」
……ん?
「っちょ、ちょっと待て!」
俺は勢いよくベンチから身を乗り出した。
あれ、クロードって何か勘違いしてないか?
いや、俺がちゃんと説明していなかったのか? あれ? あれれ?
「クロード、俺がお前の横にずっと居ないのはさ、お前が人気者だからだぞ? 俺がずっとお前の隣を独占してると、いろいろ政治バランス的に都合が悪いってのもあるし。とりあえず、お前が他の人間とも絡みやすいように、わざとたまに離れてるんだよ!」
俺がまくしたてるように言うと、クロードはどこか迷子になった子供のような目で、俺を見つめた。
「……僕とずっと一緒に居続けるのが嫌だったんじゃない?」
あ、やっぱりそういう勘違いだったのか……。
「は…、当ったり前だろ、何バカな事言ってるんだよ」
俺は張り詰めていたものが抜けて、思わずぷっと吹き出し、そのまま大笑いしてしまった。
クロードはポカンとした後に「……よかった」と小さく呟き、少しはにかんだ。
それはもう、神の使いが存在するとしたらこんな顔なんじゃないかって思うような、極上の笑顔だった。
――そして
「じゃぁ、僕と一緒にいるのが嫌じゃないんなら、次回も安心してクロードを『落札』できるね」
この美しい愚か者は、平然とそんなことをのたまうのだった。




