オークション
季節は春から初夏へ。
日差しが少しばかり眩しさを増してきた頃、レガリア大学の歴史ある大講堂は、異様な熱気と殺気につつまれていた。
「……なぁ、クロード」
「なんだい、ルーク?」
「俺、お腹痛くなったよ。帰っていいかな?」
「だめだよ。僕たちの家門が『ノブレス・オブリージュの辞退』なんて噂されたら、ヴェルディエ侯爵が泣いちゃうよ?」
爽やかに微笑むクロードの横で、俺は胃のあたりをギュッと押さえて溜息をついた。
壇上に並べられた豪奢な椅子。そこに座らされているのは、俺、クロード、リュシアン先輩、そして先日のヘイジングから立ち直ったものの死んだ目を出しているライナーなどといった、学内でも「注目株」とされる生徒たちだ。
……本日は、レガリア大学の伝統で、三年に一度行われる慈善行事『聖ルキウスの施物と調停』こと通称『選友会』の日である。
百年ほど前、学内の流血沙汰を鎮めるために始まったとされるこの行事。現在は形骸化…というか、異形へと進化を遂げた。
その内容は、「高額な寄付金を寄与した者が、一週間、指名した優秀な学生とペアを組み、講義受講や討論の補佐を受ける権利を得る」というもの。
何がどうなってそうなるのか、さっぱり意味がわからないが、要は教授陣に指名された優秀な生徒を品物にしたオークションだ。
寄付金はすべて聖ルキウス基金を通じて貧困層へ寄付されるため、貴族としての体面上断れない。
俺はクロード越しにこっそり(でもないけど)先輩に話しかける。
「いやぁ~、それにしても意外ですね。リュシアンさんって、こうゆうのサボりそうなイメージなのに。ははは…」
俺の言葉に、先輩は心底嫌そうに眉間に皺を作る。
「あぁん?……そうか、前回はお前らはまだ入学してなかった頃か」
「はい、俺とクロードは三年前の秋入学だったので」
「なるほどな。……まぁ、察しの通り、前回はバックれたけどな。ちっ、マジで反吐が出るぜ」
めずらしく、先輩が少し顔色を悪くしてる。
「くそっ、本当に……とんでもねぇ学術貢献度のペナルティつけられちまってよ……。今やられるのは、流石にうまくないから、な……」
「ひぇぇ…」
ダメだ、おなかいたいいたい作戦は中止だ。
そして、前回も選ばれてたって流石ですリュシアン先輩。
……ってか、そもそもどうして俺がここに居るんだ? 成績はともかく、目立つような事してないだろ?
なんて現実逃避したところで、イベントは容赦なく進んでいくんだけど。
「それでは! 続きまして、モルダウ公国の超新星! 入学早々、主席クラスの成績を叩き出しているライナー・フォン・ロゼンタール君です!」
司会進行を務める古株の生徒が声を張り上げると、客席の一部から黄色い声援と、金持ちそうな若手貴族たちの声が上がった。
「五百ギルダー!」
「八百ギルダーよ!ライナー様は私の物よ!」
「千ギルダーだ! 彼のノートを補佐に欲しい!」
「くっ……! 不合理だ! 勉学の権利を金で買うなど……っ!」
横目で見ると、ライナーが銀縁眼鏡を押し上げながら屈辱に震えている。
夜の大図書館の時よりも悔しそうに見えるのは、きっと気のせいだろう。
だがまぁ、ライナー君。君の優秀さが認められて千二百ギルダーで無事に落札されたんだから、良しとしなさい。
「さあ! 続いては……アルテンブルク公国伯爵家嫡男!リュシアン・フォン・グラフェンベルク殿!」
会場が突如として大きく湧く。こりゃすごい。
当のリュシアン先輩は、壇上の椅子で深く足を組み、心底イヤそうに客席を見下ろしているがな。
「二千ギルダー!」
「二千五百!」
「三千! 三千ギルダーですわ!」
主に競っているのは、令嬢たちのようだ。まぁ、こんな時でもないとお近づきになれないしね。
そういや、先輩って嫡男だよなぁ。婚約者とかいないのかな?
「ところで、リュシアンさんって婚約者いないんですか?」
「おま……それ、今ここでする話か?」
呆れられた。
結局リュシアン先輩は、七千五百ギルダーを提示したどこかの高位貴族の令嬢(というか、その背後にいる実家の金力)にあっさりと競り落とされたのであった。
リュシアン先輩って喧嘩っぱやく、暴力の権化として有名だけど、なんだかんだ面倒見いいから彼女の貞操以外は心配ないでしょう。
そして、刻一刻と迫る、俺の番。
「ルーク」
ふと、隣から静かな声がした。
見れば、クロードがサファイアブルーの瞳をかつてないほど真剣に輝かせて、俺を見つめている。
「ん? どうしたクロード?」
「僕が競り落とされたら、一週間、その落札者と行動を共にしなきゃいけないんだよね?」
「まぁ、ルール上はそうだな。講義の席も隣同士だし、討論の準備もペアだ」
「……絶対に嫌だ」
「お、おう……? 今しがたお前の口からノブレス・オブリージュがなんだのって、聞いたばかりな気がするんだがな?」
「ルーク、君が僕を競り落としてよ」
「……はぁ!?」
思わず素でデカい声が出た。
「馬鹿言え! 俺もお前も出品者だぞ!? 買い手に回れるわけないだろ!」
「寄付なら僕の個人資産からいくらでも出せる。ルークが僕を買ってくれれば、一週間ずっとルークと二人で講義を受けられるだろ?」
「わざわざ買わなくてもいつも一緒に受けてるだろうが!いや、そうじゃなくてだなぁ…」
一見まともそうだが明らかに正気でないクロードに必死にツッコミを入れていると、司会がテンション高く叫んだ。
「さあ! お待たせいたしました! 本日の目玉! 『ヴァルテンベルク侯爵家の光』、クロード・フォン・ヴァルテンベルク殿です!!」
――ドカンッ!!
講堂が揺れた。
地鳴りのような歓声と悲鳴が上がり、客席の最前列に陣取っていたエレノアが、扇子を激しく開いて立ち上がった。
「 八 千 ギ ル ダ ー で す わ ! ! !」
おいっ、最初から跳ね上がりすぎだろ!!
会場が一瞬静まり返るが、すぐに別の令嬢が叫ぶ。
「八千百ギルダー!」
「九千ギルダーよ!! クロード様を独り占めできるなら安いものですわ!!」
熱狂、狂乱、阿鼻叫喚。
札束が飛び交い、数字が跳ね上がっていく。
クロード本人は、まるで極寒の氷河のような冷ややかな目で見下ろしているが、ファン心理というのは恐ろしいもので、その冷酷な視線すら「神々しい……!」と歓声を浴びている。
やれやれ。とりあえず、これでクロードの買い手は決まるだろう。エレノアか、あるいは別の富裕層の令嬢かは知らないがな。
◇
――そして、ついに最後の瞬間がやってきた。
「さあ! 本日のトリを務めますのは! ヴェルディエ侯爵家嫡男にして、その親しみやすさと頭脳で密かなファンも多い美少年! ルーク・フォン・ヴェルディエ殿です!」
よし、サクッと千ギルダーくらいで誰かに落札されて、平和に一週間を過ごそう。
「それでは、ルーク殿の入札を開始――」
「五万ギルダー」
――静寂。
講堂全体から、すべての音が消え去った。
「……はぇ?」
声の発信源を見ようと、俺はギギギッっと首を動かした。
そこには――先ほど、一万三千ギルダーという過去最高額でエレノアによって落札されたはずの、クロード・フォン・ヴァルテンベルクが、優雅に手を挙げていた。
「ク、クロード様……!? あなた様はすでに出品者として落札されて……!」
狼狽する司会者に、クロードは極上の、しかし瞳の奥に宵闇を宿した笑顔を向けた。
「選友会の規約第4条第2項。『落札された者は、得た資金と同等以上の寄付金を積むことで、買い手としての権利を重複して行使できる』。違ったかい?」
「え、あ、はい! たしかに教職員用の古い規約には存在しますが……!」
「なら問題ないね。僕はヴァルテンベルク家の名において、五万ギルダーを聖ルキウス基金へ寄付する。そして……ルークを一週間、僕のペアとして競り落とす」
講堂全体が、ざわ……っ、と大きく揺れた。
エレノアが「なっ……! なにをやっていますのクロード様ー!!」と顔を真っ赤にして叫び、周囲の生徒たちが「侯爵家同士の巨大感情……!」「またあの二人か……!」とヒソヒソ囁き合っている。
……待て。
ちょっと待ってくれ。
クロードが五万ギルダーで俺を買った。
ということは、俺は一週間、クロードの「専属ペア」として四六時中一緒にいなければならない。
しかし、クロードを落札したエレノアは、ルール上「クロードとペアを組む権利」を持っている。
つまり――。
【エレノア(買い手) ➡ クロード(落札者/買い手) ➡ ルーク(落札者)】
という、地獄の数珠繋ぎペアが完成してしまったということか?
「ルーク」
クロードが、すっと俺の隣に歩み寄り、心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「これで一週間、ずっと一緒だね」
遠くでエレノアが般若のような顔で何かを叫んでいる。
リュシアン先輩が「お前も大変だな……」と、憐れみの籠もった目でつぶやいた。
「は、ハハハ、楽しみだなぁ……」
俺は、激痛を訴え始めた胃袋をギュッと押さえて天を仰ぐのだった。




