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婚約解消されたので、S級冒険者と契約結婚しました。条件は「遠征飯を一緒に食べること」だそうです  作者: 琴吹あんず


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第6話 もう一杯ある?

 十二日目に、荷を数え直した。


 往路で十日、復路で四日。合わせて十四日ぶんの食糧を積んで出たはずだった。ところが残りを量ると、三日ぶんしかない。


 量り方は決めてある。麻袋を吊るして、目盛りの入った棒で釣り合いを見る。秤は重いので持ってこられないが、棒と紐なら荷にならない。母が使っていたのと同じやり方だ。二度数えて、三度目は綴じ本と突き合わせた。


 わたくしの記録では、四日ぶん残っていなければおかしい。豆も、干し肉も、穀の粉も、配った量は一日ずつ書いてある。書いた量を足して、積んで出た量から引く。答えは四日ぶんだ。何度やっても四日ぶんになる。


 目の前にあるのは、三日ぶんだった。


 「一日ぶん、足りません」


 夕方の休みに、わたくしはリィズさんへ言った。


 「食べすぎたんでしょ」


 「いいえ。配った量は全部書いてあります」


 綴じ本を開いて見せた。日付と、人数と、量。十一日ぶんが並んでいる。リィズさんは指で数字を追った。追い終えて、眉を寄せた。


 「……合ってるわね」


 「はい」


 「じゃあ、出るときに一日ぶん足りなかったのよ。ギルドの受け渡しでよくあるわ。麻袋の数は合ってて、中身が軽い」


 「そういうことが、よくあるのですか」


 「よくはないわ。たまにね」


 リィズさんは地図を見た。それから、空を見た。


 「四日で下りるところを、三日ぶんで下りればいいだけよ。一日抜けばいいんだから」


 「抜きません」


 「あのね」


 「三日ぶんを四日に伸ばします。抜くのと、伸ばすのは違います」


   ◇


 その晩から、わたくしは配る量を減らした。


 減らすといっても、器の底が見えるほどではない。豆を挽いて汁に溶かせば、同じ量でも嵩が増える。粉になった豆は水を抱えるからだ。そのぶん腹には溜まるが、力にはなりにくい。だから何日も続けてはいけない。


 もう一つ、塩をわずかに強くした。塩気があると、人は少ない量でも満ちた気になる。母がそう言っていたし、実際そのとおりだった。屋敷にいたころ、来客が多くて肉が足りない晩に、何度も使った手だ。


 どちらも、ごまかしではある。ごまかしだと自分で思っている手を使うときは、必ず期限を決めておく。四日目の朝まで。それを過ぎたら、正直に足りないと言う。


 誰も気づかなかった。


 ただ一人を除いて。


 「セラさん」


 二杯目を注ごうとしたところで、ニコさんが器を引いた。


 「今日、いい」


 わたくしの手が止まった。


 「まだございます」


 「うん。でも、いい」


 ニコさんは器を膝に置いた。中身は一杯ぶん、たしかに減っている。


 「なんで減らしたの」


 「……お気づきでしたか」


 「塩が濃い。濃くするのは、量が足りないときだって」


 火の向こうで、リィズさんが顔を上げた。


 わたくしはニコさんの隣に座った。座ってから、聞くかどうかを少し迷った。迷ったのは、聞けば答えが返ってくるとわかっていたからだ。


 「ニコさんは、どこでそれを」


 「孤児院」


 あっさりした返事だった。


 「南門のとこにあるやつ。おれ、十四までいた」


 「そうでしたか」


 「配給が来る日と来ない日があってさ。来ない日は、汁が塩辛いんだよ。院長先生が薄めるから」


 ニコさんは膝の器を持ち上げて、覗き込んだ。


 「だから、塩辛い日は二杯目もらいに行っちゃだめ。もらったら、誰かの一杯が消える」


   ◇


 わたくしは、この十二日ぶんの表を思い出していた。ニコさんはいつも一番に器を返す。三杯食べる。誰よりも早く、誰よりも多く。


 早いのは、遅いと無くなるからだ。


 多いのは、明日あるとは限らないからだ。


 「食べられるときに食べておくのだと、思っておりました」


 「そうだよ」


 ニコさんは笑った。笑ったまま、少し声を落とした。


 「でも、それって、みんなのぶんがあるときの話だからさ」


 「はい」


 「配給表、読めたんだよ、おれ。壁に貼ってあるやつ。何人ぶん来て、何人いるか。だから、足りない日は先に分かった」


 「読めたのに、召し上がっていたのですか」


 「うん。足りてる日はね。足りてる日にちゃんと食べとかないと、足りない日に立てないから」


 わたくしは黙っていた。この人は数を読める。読めた上で、食べる日と食べない日を自分で決めてきた。十四になるまで、ずっとだ。


 わたくしは自分の綴じ本を思い浮かべた。あの表に「ニコさん、三杯」と書くたび、わたくしはこの人を大食いの子だと数えていた。数えていただけで、なぜ三杯なのかは一度も書かなかった。


 数は、理由を書いてくれない。理由は、聞かないと出てこない。


 わたくしは器を取って、鍋のほうへ立った。


 「セラさん?」


 「一杯ぶん、お注ぎします」


 「だから、いいって」


 「今日は足りております」


 振り向いて、はっきり言った。


 「三日ぶんを四日に伸ばす計算は、もう立てました。伸ばした上で、あなたの二杯目は入っております。減らしたのは塩ではなく、四日目の朝のわたくしのぶんです」


 ニコさんが口を開けた。


 「え、それ」


 「わたくしは、四日目の朝に食べなくても倒れません。あなたは弓を引きます。引く人が先です」


 「いや、でも」


 「二杯目です」


 器を押しつけた。押しつけてから、少し強すぎたかと思った。ニコさんは器を両手で持ち上げて、持ち上げてから、いつもの言葉を言った。


 「……もう一杯ある?」


 「ございます」


   ◇


 火が小さくなってから、リィズさんが隣に来た。


 「あなた、四日目の朝はどうするの」


 「水を飲みます」


 「馬鹿ね」


 言い方は冷たかった。けれど、この人が座ったのはわたくしの隣だった。


 「明日の朝、わたしのぶんから半分出すわ。治癒師は座ってるだけだもの」


 「座っておられません」


 「口答えしないの」


 リィズさんは膝を抱えた。しばらく火を見て、それから言った。


 「ねえ。契約は一年でしょう」


 「はい」


 「一年経ったら、どうするの」


 わたくしは答えられなかった。考えたことがなかったからではない。考える必要がないと思っていたからだ。一年後には、わたくしはまた家庭的ではない女に戻って、屋敷へ帰る。三行の紙は切れて、それで終わる。


 帰ったところに何があるのかは、考えていなかった。父の帳面の右端は赤いままだろうし、麦の穂の印が押された受取も、たぶんまだ増えている。一年ぶんの報酬を持って帰っても、それは穴の大きさを測る道具にしかならない。


 そのはずだった。


 「まだ、決めておりません」


 「決めておきなさい」


 リィズさんは立ち上がった。立ち上がりながら、火の向こうへ目をやる。岩の上に、白い布のかかった器が置かれていた。


 「決めないでいると、あの人みたいになるわよ」

 ニコが人の倍食べる理由を、彼自身は一度も「かわいそうな話」として語りません。彼にとっては配給表の読み方の話で、生活の技術です。そういうふうに書きたい登場人物でした。


 リィズの最後の一言は、この人なりの親切です。言い方は最後まで直りませんが。


 次回、セラはいちばん最後まで残ってみることにします。試していないものが、一つだけあります。


 【今日の遠征飯】豆を挽いて嵩を増やした汁/制約:一日ぶん足りない麻袋/ひとこと:抜くのと、伸ばすのは違います。

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