第14話 おれ、数字だけは読めるんだ
査定の朝、中継所の前庭に卓が二つ出された。
一つはダリウス様の卓。羊皮紙と、羽根ペンと、砂時計が置いてある。もう一つは、わたくしの卓だ。上には何も載っていない。
「載せるものは、そちらでお持ちください」
ダリウス様が言った。
「承知しました」
わたくしは荷を下ろして、中身を卓に並べはじめた。
◇
並べられるものは、多くなかった。根の切れ端が二握りと、豆粉が指三本ぶんほど。それに塩の壺と、空になった油壺。鍋を二つ置いて、包丁と砥石を並べ、いちばん端に綴じ本を置いた。
十八日ぶんを積んで出た荷が、これだけになっている。並べ終えると、卓の上はまだ半分以上が空いていた。空いている部分のほうが、いま持っている情報としては正確だった。
ダリウス様が砂時計を返した。
「一刻で、七人ぶんの食事を組み立てていただきます。組み立てる、とは実際に作ることではありません。何を、どれだけ、どう配るかを示すことです」
「はい」
「ただし条件があります。使えるのは、いまその卓の上にあるものだけです」
周りで見ていた隊の面々が、小さくざわついた。
「宿の食材は使えないのですね」
「使えません。遠征の査定ですので」
◇
わたくしは砂時計を見た。砂は落ちはじめている。
卓の上のものだけ。根が二握り、豆粉が指三本。七人ぶんには、どう考えても足りない。
こういうとき、やってはいけないことが一つある。足りるように見せることだ。嵩を増やす手立てはいくらでもある。湯を多くして薄め、塩を強くして満ちた気にさせ、器を小ぶりに替えて底を浅くする。三つ重ねれば、二食ぶんが四食ぶんに見える。
見えるだけだ。実際の中身は変わらない。変わらないものを変わったように配れば、二日目に誰かが気づく。気づいた人は黙っている。黙ったまま、次の日から配る量を疑いはじめる。
疑いは飢えより早く隊を壊す。補給点が空だった夜に、わたくしは残りを全部その場へ並べた。あれは誠実さの表明ではなく、いちばん効率のいいやり方だった。
だから、そうはしない。わたくしは綴じ本を開いて、白紙の頁に線を引いた。
「まず、七人を三つに分けます」
ダリウス様が顔を上げた。
「分ける、とは」
「荷を運ぶ量が違いますので、要る量も違います。重い荷を担ぐ方から順に、多く配ります」
「均等ではないのですか」
「均等ではありません」
わたくしは線の左側に、名前を書いた。
「ボルドさんとハンスさんが、いちばん重い荷を担ぎます。次がグレン様とミルカさん。ニコさんとリィズさんとわたくしが、いちばん軽くなります」
「不公平ですね」
「不公平です。ですが、公平に割ると、重い荷を担ぐ方から先に倒れます」
ダリウス様の羽根ペンが、そこで止まった。
◇
「続けてください」
「はい。根は二握り、豆粉は指三本ぶん。合わせて、湯を足しても二食ぶんにしかなりません」
「では、七人ぶんは組めませんね」
「組めます。二食ぶんを、一日と半分に伸ばします」
わたくしは塩の壺を卓の中央へ置いた。
「根を刻んで豆粉と練り、塩を強く当てて薄く伸ばします。薄くすれば早く乾き、乾けば保ちます。一枚を六つに割って、一人一つ。朝と夕で二回」
「それでは、腹は満ちないでしょう」
「満ちません。ですから湯を配ります。塩を効かせた練り物と湯を一緒に取ると、腹の中で嵩が出ます。満ちた気になる、という言い方が正しいかと存じます」
「気になるだけで、実際には足りていない」
「はい。足りておりません」
わたくしは指を三本立てた。
「足りない場合、人は三つの順で落ちます。まず手先が利かなくなり、次に判断が遅くなり、最後に歩けなくなります。歩けなくなる前に判断が鈍りますので、隊としては二番目でもう危のうございます」
「それも数えたのですか」
「数えました。人の落ち方は、器の減り方に先に出ます」
わたくしは頭を下げた。
「ですから、これは一日半で終わる献立です。一日半のうちに、買える場所へ着かなければなりません。着けない場合、この組み立ては失敗いたします」
◇
ダリウス様は羽根ペンを置いた。
「……あなたは、失敗すると先に申告するのですね」
「はい」
「なぜ」
「隠して配ると、途中で気づかれます。気づかれた時点で、次の日から誰も指示を聞かなくなります」
三年前の隊のことを、わたくしは言わなかった。言えばリィズさんの話になる。
「一日半で着ける距離かどうかは、隊長のご判断です。わたくしは献立しか組めません」
ダリウス様はしばらく黙っていた。それから、羊皮紙に何かを書いた。
「運用としては、認めます」
息が抜けた。
「ただし」
◇
ダリウス様は、もう一枚の羊皮紙を出した。
「規定第七条。帯同者の実地査定は、当該遠征の補給が規定量を満たしていた場合にのみ有効とする」
「……はい」
「あなたがたの補給は、規定量を満たしています。表がここにあります」
その紙が、卓に滑らされた。わたくしは覗き込んだ。十八日ぶん、七人ぶん。行ごとに数量が並んでいる。いちばん下に、二つ目の補給点で六日ぶんを受け取った記録が入っていた。
受け取っていない。
「これは」
「ギルドの控えです。数字は合っております」
「合っておりません。補給点は空でした」
「では、証明を」
わたくしは綴じ本の後ろを開こうとした。写しはある。けれど、写しは誰でも書ける。
開きかけた手が、横から止められた。
「ちょっと待って」
ニコさんだった。
◇
ニコさんは卓の紙を覗き込んで、指で行を追っていた。
「これ、変だよ」
「どこがです」
「ここ。二つ目の補給点の行」
ニコさんの指が、下から三行目で止まった。
「日付が第八日になってる」
「はい」
「おれたち、二つ目の補給点に着いたの、十日目だよ」
空気が止まった。
「セラさんの帳面にそう書いてある。おれ、毎日見てたもん」
ニコさんは顔を上げた。
「第八日に受け取れるわけないじゃん。まだ着いてないんだから」
◇
ダリウス様が紙を手に取った。取ってから、動かなくなった。
この方は数字を見ると黙る。三年間でそれだけは学んだ。
「……行程表と、突き合わせておりませんでした」
「ギルドの控えは、商会から届いた数字をそのまま写しておられますね」
「そうです」
「写した数字が正しいかどうかは、確かめておられない」
ダリウス様は答えなかった。
わたくしは、そこで初めて気がついた。この方は、書かれた数字を疑わない。疑わないから査定官になれた。疑わないから、書き換えられたら気づかない。
長所と弱点が、同じ場所にある。
「ニコさん」
「ん」
「よく気づかれました」
ニコさんは鼻の頭を掻いた。
「おれ、数字だけは読めるんだ。配給表で育ったから」
ニコが数字に強い理由は第6話で出しています。孤児院の壁に貼ってあった配給表を読んで、足りない日を先に知っていた子です。その読み方が、八話ぶん置いてここで効きました。
ダリウスの「数字を疑わない」は第9話で書きました。長所と弱点が同じ場所にある人を、悪役として書きたかったのです。
次回、日付が一つ合わないだけで、話がどこまで動くかを書きます。ダリウスは規定の側から降りません。
【今日の遠征飯】根と豆粉の練り物、塩強め/制約:一日半で買える場所へ着くこと/ひとこと:足りないものを足りるように見せるのは、嘘になります。




