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めぐりメグル  作者: Jiru-man


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3/4

雪原

挿絵(By みてみん)


白い息が、ふっと目の前に浮かんだ。

自分のものなのか、誰のものなのかもわからない。

気づけば私は、果てのない雪原に立っていた。


「ウパシ!」


遠くで誰かが呼ぶ声。

その声に応えるように、白い犬が雪を蹴って駆けていく。


挿絵(By みてみん)


精悍な体つき。

狼の血を継いでいるんだと、なぜか確信した。

見慣れているはずなのに、どこか懐かしい。


──あれは……ウパシ?


胸の奥がじんと熱くなる。

理由はわからない。

でも、知っている。

ずっと昔から知っていた気がする。


犬の後ろには、広い背中の男がいた。

雪を踏みしめ、振り返り、私の名を呼ぶ。


「アベナンカ!」


その名を聞いた瞬間、

世界が“カチリ”と音を立ててはまった。


そうだ。

私は──アベナンカ。


挿絵(By みてみん)


知っていたはずなのに、

いま呼ばれて初めて思い出したような、不思議な感覚。


男は部族でも指折りの狩人だ。

そうだ、名はエコリアチ。

弓も罠も巧みに扱い、鹿も鮭も、いつもたくさん持ち帰ってくれる。


──無事で帰ってきて。


私は笑顔で手を振った。

けれど胸の奥がざわついた。

理由はわからない。

でも、わかる。


「今日は行かないで、家でゆっくりしてて」

気が付いたらそう口走っていた。


私は咄嗟にタマサイを触った。不安だったからだ。

タマサイとは、首飾りだ。

エコリアチが川底で見つけた綺麗な石を磨いて作ってくれた。


私はこのタマサイを肌身離さず身に着けていた。


何故だろう?

どうして引き留めたのかは、自分でもわからなかった。

身体が震えたのだ。

このまま、ウパシもエコリアチも、どこか遠くへ行ってしまうような──

そんな不安に襲われたから。


エコリアチは笑って言った。

「何も心配いらない」と。

ウパシも、私に甘えたいだけ甘えて、そして走り去った。


気がつけば、一人と一匹の姿は、白い雪原に飲み込まれていた。


冬の山であろうと、獲物を追えば数日は帰ってこない。

私の不安はやがて薄れ、日常へと戻っていく。


雪が降る前に集めておいたアットゥシ(樹皮衣)の材料を広げ、エコリアチのためにアットゥシを作り始めた。


その手元に、白い雪が静かに舞い落ちてきていた。

白い吐息で手を温めながら──


「山が荒れなきゃいいけど」


そう呟いていた。


◇◇◇


それから三日が過ぎた。

酷いときは一週間も戻らないときもある。慣れていたはずなのに、アベナンカの心は乱れることが多かった。


気を紛らわすため、エコリアチの好物であるラタㇱケㇷ゚を作る。

かぼちゃや豆を煮込んだ料理で、いつも美味しいと笑って食べてくれた。


── カラカラン


料理をするアベナンカの背後で音がする。

振り返ると、イタと呼ばれるお盆が落ちており、二つに割れていた。

このイタはエコリアチが父から譲り受けたもので、気に入って使っていた。


二つに割れたイタを見たことで、アベナンカの胸中に不安が渦巻いた。

じっとしていられない。

走っていって、エコリアチに飛びつきたい。


そう思うと、居ても立っても居られなくなり、外に飛び出していた。


外に出ると、雪が音もなく降っていた。

黙って見上げていたが、なんだろう焦げ臭いことに気が付いた。


アベナンカのいる家は、どちらかというと集落の端のほうにある。

集落の中心のほうがなにやら騒がしい。


煙が方々で上がっていた。

そして、紛れもない悲鳴が聞こえる。


この辺りは川に近いこともあり、チプと呼ばれる小舟がたくさんあった。

川が凍る前に引き上げ、立てかけてあるのだ。


アベナンカは反射的にそのチプの陰に身を隠した。


やはり切れ切れに悲鳴や怒号が聞こえる。

焦げ臭い匂いがどんどん濃くなってくる。


── 怖い


アベナンカは恐怖を覚えた。

そして、強くエコリアチを想った。


── 早く帰ってきて


アベナンカは強く祈った。

もうすぐ、ウパシの吠える声が聞こえ、そしてエコリアチが帰ってくる。


そんな夢想をしていたのだが……


聞こえてくる足音に、アベナンカがハッとした。

誰かがきている!


慎重に物陰から顔を出し、辺りをうかがう。

いる!


複数の男がこちらへと向かっている。

どうするべきか?


アベナンカは迷った。

やってくる男たちの衣服には、血が付いていた。


その時、アベナンカの頭の中に声が響いた。

アベナンカは、とっさにタマサイを外してそっと置いた。

きっとウパシが気が付いてくれる。


その時、頭の中に声が響いた。


── 走れ!


その声に従うように、アベナンカは走った。

雪深い山を目指して。

エコリアチがいる方向へ。


「おい、女が逃げたぞ!」


迫りくる男達はアベナンカに気が付いた。

男達も走り出す。


◇◇◇


純平はソファーで横になっていた。

今日は色んな事があったな、そうやって先ほどまでの事を思い出す。


── 彼女の瞳は鳶色なんだ!


千代里の瞳が純平の心を掴んで離さなかった。

自然と手を伸ばしていた。


何に向かって?


「アベナンカ……」


寝言なのか、半分寝そうになりながら、純平がつぶやく。


── そして純平もまた、過去へと呼び戻されていた


すっかり遅くなった。

エコリアチは歩を早める。


少し先を走るウパシは、時折立ち止まっては振り返る。

早く来い、そう言わんばかりに。


予想以上に獲物が見つからず、どんどん山奥へ踏み込んでしまった。

やっと鹿を仕留めたのだが、帰りにだいぶかかりそうだった。


そして、あとすこしで集落というところまできているが、疲労のあまり歩が遅くなっていたのだった。


── ワゥ、ワンワンワン


ウパシが激しく吠えていた。

何があったかとエコリアチも歩く速度を上げた。


なんだろう?

集落のほうから、幾筋もの煙が立ち上っている。


火事でも起こったのだろうか?

炊事で上がるようなものではなく、炊事の煙にしては不自然だ。


いつしか疲れも忘れ、獲物の鹿も放り出して、エコリアチは走り出していた。


やがて山を出た。

アベナンカと別れた雪原まできていた。

ここまでくれば集落は目と鼻の先だ。


そのとき、ウパシが何かを咥えて戻ってくる。


── !!


ウパシが咥えているものは、アベナンカのタマサイだった。


「アベナンカ!」


エコリアチは叫んでいた。

同時にものすごい勢いで走り出す。


見えてきた家には、火が付けられている。

外から中を見たが、中には誰もいないようだ。


集落の中心側へ走り出す。

そこは目を覆う惨状が待っていた。


村の男達が、斬られ、あるいは矢がささった状態で倒れている。

見知った男達を揺すってみるが、ほとんどが息絶えている。


「エ、エコリアチ、お、おそ…」


そこまで言うと、男が血をゴボリと吐き出す。


「どうした、何があったんだ!?」

「襲われた…」


そこまで言うと、ガクっと首が垂れた。


「おい、おいって、起きろ」


エコリアチはいつまでも揺すっていたが、男が起きることは無かった。


アベナンカを想い、すぐにでも走り出したい。

だが、辺りに倒れる村の人々の虚ろな視線が、エコリアチに注がれる。


「アベナンカ!」


エコリアチは一声叫ぶと、倒れていた村人を抱え歩き出した。


◇◇◇


雪原に十六の土を盛った。


挿絵(By みてみん)


通常であれば、キナという蒲の野草で包み埋葬するのだが、この状況ではそのまま土に埋めるしかなかった。


雪に覆われた土は固く、全員を埋葬する穴を掘るのには、ひどく苦労した。


ヒグマや狼がいるのだ。

そのままにしておくことはできない。


静かに祈って、必ず戻ってきちんと埋葬しなおすと約束した。


エコリアチが村中の村人を確認したとき、いくつかの痕跡を見つけていた。

まず足跡だ。


足跡は、全て北へ続いている事。

そして、柱に刺さった矢。

ウパシも新たに布を咥えてきた。


矢の羽には特徴があった。

ここらでは使われていない羽だった。

北の部族が使っているものだ。


それから、ウパシが咥えてきた布だ。

この刺繍は、やはり北の集落で見た覚えがあった。


北の部族の仕業かわからないが、この痕跡がある以上行くしかなかった。

倒れていたのは全て男性のみで、どの家にも女性はいなかった。


つまり、女性は全て連れ去られたということだろう。


「ウパシ、来い。北へ行く!」


── ウォン


わかったと答えるように、ウパシはすでに走り出す。

アベナンカはきっと生きている。


エコリアチはそう言い聞かせて、北へと歩き出した。


必ず連れ戻すんだ。

今度こそ、アベナンカを救うんだ。


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