侵入者!?
放課後。
学園の喧騒から離れ、クランツベルン家の馬車は静かに城へと戻っていた。
窓の外、沈みかけた夕日が街を赤く染めている。
「……つかれたぁ……」
誰もいないのをいいことに、ミアはぐったりと背もたれに沈み込んだ。
完全にお嬢様モード解除である。
「本日も見事なご活躍でございました」
向かいに座るデゼヌが、いつもの調子で言う。
「どこが……」
「学園内における影響力の拡大、並びに重要人物との接触」
「そんな大層なことしてないよ!?」
「結果として、でございます」
さらっと言い切る。
否定できないのがつらい。
「レオンハルト殿下に加え、ルーヴェン家のご令嬢とも関係を築かれました」
「“築いた”っていうか“目つけられた”の間違いでは……」
「見方の問題でございます」
デゼヌは微笑んだ。
絶対ポジティブに変換してる。
(というかなんで知ってんの?)
隣ではキュリルが楽しそうに笑っている。
「いやぁ、面白くなってきたじゃないか」
「他人事だと思って……」
「実際他人事だからな」
「うわぁこの蝙蝠ひどい」
「ですが」
ルシナが静かに口を挟む。
「リスクは確実に上昇しています」
「だよねぇ……」
ミアは天井を見上げた。
「特にレオンハルト殿下は、いずれ確信に近づく可能性があります」
「うん、あれはもう勘いいとかそういうレベルじゃない……」
「セリスティア様も同様です」
「うん……あの人はなんか別の意味で怖い……」
思い出してちょっと震える。
あの笑顔こっわい。絶対何か企んでるタイプだ。
「では、どうなさいますか」
デゼヌが静かに問う。
その声は、いつもの柔らかさの中にほんの少しだけ重みがあった。
「方針の確認を」
ミアは少しだけ黙った。
窓の外に目を向ける。
夕焼けの街。
人間たちが、何も知らずに暮らしている場所。
そして——
その裏で、魔族が“敵”とされている世界。
「……変わらないよ」
ぽつりと呟く。
「うん?」
キュリルが軽く首を傾げる。
ミアは姿勢を少しだけ起こした。
さっきまでのだらけた様子が、ほんの少しだけ消える。
「バレないようにしながら、ちゃんとやる」
それだけ言う。
でも、その中身は単純じゃない。
「人間の中で生きて」
「学んで」
「繋がって」
「……それで」
一度だけ、言葉を区切る。
小さく息を吸って——
「変えていく」
静かな声だった。
でも、確かに芯があった。
馬車の中が、一瞬だけ静まる。
そして——
「……よろしいかと」
デゼヌがゆっくりと頷いた。
「それが、お嬢様のご意志であれば」
「うん」
ミアも小さく頷く。
すると、キュリルがにやっと笑った。
「で、その過程で“世界征服”もやるんだろ?」
「やるよ?」
即答だった。
「そこは譲れないから」
「ブレないなぁ」
「ロマンだからね!」
さっきまでの空気が、少しだけ緩む。
ルシナが小さくため息をついた。
「優先順位が不明確です」
「ちゃんとあるよ!?」
「どの順ですか」
「えっと……」
一瞬考えて。
「魔法!共存!世界征服!」
「順番がおかしいです」
「なんで!?」
いつものやり取り。
でも、その奥には確かな意志がある。
魔族と人間との共存。
やがて馬車は屋敷へと到着した。
扉が開く。
夕焼けに染まる屋敷が、静かに佇んでいた。
——だがそれは表の顔であり。
同時に、裏の拠点でもある。
「おかえりなさいませ、ミア様」
使用人たちが頭を下げる。
ミアは軽く頷いた。
「ただいま」
そう言って、一歩踏み出す。
その瞬間——
空気が、わずかに変わった。
ぴり、と。
ほんの僅かな違和感。
ミアの足が止まる。
「……デゼヌ」
「はい」
デゼヌもまた、目を細めていた。
「屋敷内に、外部の魔力反応がございます」
一瞬で、空気が張り詰める。
キュリルの表情から笑みが消えた。
ルシナも静かに構える。
「……へぇ」
ミアはゆっくりと目を細めた。
そして——
ほんの少しだけ、口元を上げる。
「面白いじゃん」
もう完全にスイッチが切り替わっている。
昼の令嬢の面影はない。
夜の“魔王”の顔だった。
「歓迎しないとね」
その声は、少しだけ楽しそうだった。
——侵入者が誰であれ。
ここがどこか、分からせてやる必要がある




