ミアの事
ここで私の事を語っておこうと思う。
——もっとも、こんなものは本来、誰にも知られてはいけないことなのだけれど。
ミア・クランツベルン。
それが今の私の名前であり、人間社会における身分だ。
クランツベルン家は、この国…ヴァルディス王国でもそれなりに名の通った貴族の一つで、財力も影響力もそれなりにある。
少なくとも、学園に通うにあたって不自由することはない程度には。
……ただし。
それはあくまで“表向き”の話だ。
本当の私は——
魔族だ。
それも、ただの魔族ではない。
魔王の血を引く者。
……なんて言うと大層に聞こえるけど、実際のところはちょっと魔法が好きすぎるだけの普通の少女である。たぶん。
いや、たぶんじゃない。そうなのだ。
とにかく、クランツベルン家というのは、人間社会に潜り込むための“仮の顔”だ。
屋敷の中にいるのは人間に姿を変えている魔族たち。
執事のデゼヌも、メイドのルシナも、そしてまあ私のペットの蝙蝠のキュリルも——みんな人間ではない。
そして私は、その中でも一応“上に立つ立場”にいるらしい。
らしい、というのは——
「ミア、ぼーっとしてる」
隣からの声で、現実に引き戻される。
「してない」
「してたよ」
レメナは相変わらず、遠慮がない。
学校の廊下を二人で並んで歩きながら教室へと向かう。
あ、そうそう彼女はエルフだ。
それも、ただのエルフじゃない。
王族の血を引く、いわば“本物のお姫様”。
そして——私の従妹でもある。
血の繋がりとしては、母方の関係になる。
私の母がエルフの女王の娘で、その流れでレメナとも親戚関係になる、というわけだ。
だからレメナは、私の正体を知っている。
幼少期から、全部。
魔族とエルフのハーフであることも。
クランツベルン家の本当の姿も。
そして、私が夜な夜な「世界征服〜!」とか言って遊んでいることも。
「今また変なこと考えてたでしょ」
「考えてない」
「顔に出てる」
「うそでしょ……」
思わず自分の頬を触る。
そんなに分かりやすいだろうか。
「まあいいけど」
レメナはくすっと笑った。
「ミアってさ、隠してるつもりでも結構そのままだよね」
「それ褒めてる?」
「半分くらい」
「半分だけかぁ……」
微妙すぎる評価だった。
でも、嫌な感じはしない。
むしろ——
(……めっちゃ楽)
正体を隠さなくていい相手がいるというのは、思っていた以上に気が楽だった。
この学園で、完全に“素”で話せる相手はほとんどいない。
みんな、何かしらの立場や思惑を背負っている。
それは私も同じだけど。
「でもさ」
レメナがふと、少しだけ真面目な顔になる。
「ミア、本当にこのままでいいの?」
「……なにが?」
「人間の中にいて、貴族やって、魔族隠して」
言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。
「それで、ちゃんとやりたいことできてる?」
一瞬だけ、足が止まりかける。
でも、すぐに歩幅を戻した。
「……できてるよ」
軽く答える。
なるべく、いつも通りの調子で。
「だってさ」
少しだけ笑ってみせる。
「こうして人間の中にいないと、分かんないことも多いし」
それに——
「魔法の研究も進むし」
「結局そこなんだ」
「そこ重要だからね!?」
ちょっとムキになる。
レメナはあきれたように肩をすくめた。
「はいはい」
でも、その表情はどこか安心したようにも見えた。
「……まあ、ミアがそう言うならいいけど」
「なにそれ」
「ちゃんと見てるってこと」
さらっと言われて、少しだけ言葉に詰まる。
「変なことしたら止めるからね」
「しないよ…」
「どうかな」
「する前提なのやめて!」
抗議しながらも、どこか嬉しくなる。
見ていてくれる人がいる。
止めてくれる人がいる。
それはきっと——悪いことじゃない。
「ほら、教室あっち」
「あ、ほんとだ」
気づけば、もうすぐ教室だった。
教室の中には、既に何人かの生徒が集まっている。
その中に——見覚えのある姿。
(うわ、またいる……)
レオンハルトが、静かに立っていた。
こちらに気づいたのか、視線が合う。
ほんの一瞬。
それだけで、空気が張り詰めるような感覚がした。
「……ほらね」
レメナが小さく囁く。
「気をつけた方がいいって言ったでしょ」
「うん、今めっちゃ実感してる……」
ミアは小さく息を吐いた。
そして——
再び、完璧な令嬢の仮面をかぶる。
「それでは、行きましょう」
「うん」
二人は並んで教室へと向かった。
——そして、少しずつ動き始める運命の中へ。




