レメナ!
「では、また講義で」
レオンハルトはそれだけ言い残し、背を向けた。
無駄のない動きで去っていくその姿を、ミアはしばらく見送る。
周囲のざわめきも、少しずつ元に戻っていった。
「……はぁ」
誰にも聞こえないように、小さく息を吐く。
(なんなのあの人……いきなり核心ついてくるじゃん……)
冷や汗がじんわりと背中に浮かんでいた。
ほんの一歩間違えれば、何かを見抜かれていた気がする。
(危な……ほんとに危なかった……)
気を抜きかけた、その時。
「ミア」
聞き慣れた声が、すぐ後ろから響いた。
びくっと肩が跳ねる。
ゆっくり振り返ると——
「やっぱりミアだ」
そこには、柔らかな笑みを浮かべた少女が立っていた。
淡い光をまとったような金髪に、透き通るような瞳。
どこか人間離れした美しさのエルフの少女。
「レメナ……!」
一瞬で、ミアの表情が緩む。
「久しぶり!」
思わず声が弾む。
だが次の瞬間、はっとして周囲を見渡す。
(やば、めっちゃ素でてた)
ミアは慌てて姿勢を整える。
「……お久しぶりです、レメナ様」
ぎこちない敬語。
それを見て、レメナはくすっと笑った。
「なにそれ」
「だ、だってここ学園だし……」
「さっきまで普通に話してたじゃん」
「……見てたの?」
「うん、ばっちり」
レメナはにこにこと頷く。
「魔族どう思うか聞かれて固まってたんだよねっ」
「やめて!?」
即座に止めに入る。
「ちょっと!声!声抑えて!」
「あ、ごめん」
全然反省してない顔で言う。
ミアはぐったりと肩を落とした。
「……ほんと心臓に悪いからやめてほしい」
「でもうまくごまかしてたよ」
レメナは素直に感心したように言う。
「さすがだね、“魔王様”」
「だから…それやめてってば……!」
ミアは小声で抗議する。
周囲に聞こえないか、ちらちら確認しながら。
「大丈夫だよ、この距離なら誰も聞いてないって」
「そういう問題じゃないの!」
ミアは半泣きで訴える。
そんな様子を見て、レメナはまた楽しそうに笑った。
「相変わらずだね」
「……そっちこそね」
少しだけ拗ねたように言う。
でも、どこか安心している自分もいる。
(……やっぱり楽だな)
レメナは、最初から全部知っている。
私が魔族であることも。
“魔王ごっこ”をしていることも。
ごっこじゃないけどね!?
そして——その裏にある本音も。
「ねえ、ミア」
ふと、レメナが少しだけ真面目な声で言った。
「さっきの人、気をつけた方がいいよ」
「……やっぱりそう思う?」
「うん」
レメナは小さく頷く。
「あの人、一筋縄ではいかないタイプ」
「うわぁ……」
頭を抱えたくなる。
「しかも、“自分が正しい”って本気で信じてる人らしい」
「一番めんどくさいやつじゃん……」
「でしょ?」
二人で小さくため息をつく。
そして——
ふと、ミアは空を見上げた。
青く澄んだ空。
穏やかな朝。
(……でも)
ほんの少しだけ、思う。
(ああいう人がいるから、難しいんだよね)
そして同時に——
(だから、やる意味がある)
そう考えながらミアは視線を戻す。
するとレメナがじっとこちらを見ていた。
「……なに?」
「いや」
レメナはくすっと笑う。
「ちょっとだけ、“それっぽい顔”してたから」
「それっぽいって何!?」
「魔王っぽい」
「やめて!」
即否定。
けれど——
その否定は、どこか少しだけ弱かった。
ミアは軽く咳払いをして、いつもの“お嬢様の顔”に戻る。
「……さ、講義の時間ですよ」
「うん」
レメナも頷く。
二人は並んで歩き出した。
表向きは、ただの学生として。
けれどその裏で——
世界の均衡に関わる秘密を抱えながら。




