いざ学園へ!
クランツベルン家の馬車は、静かに石畳の道を進んでいた。
窓の外には、整えられた街並みと、朝の光に包まれた人々の姿。
その中心にそびえるのが——王立学園。
この国の未来を担う貴族や王族たちが集う場所だ。
「……今日も平和だね」
ぽつりと呟くミア。
朝からデゼヌの指導を受けて疲れているようだ。
(ほんと疲れる…令嬢モード)
昨夜、屋敷の一部を吹き飛ばしかけた人物とは思えない落ち着きだった。
「“今のところは”、でございますが」
デゼヌが穏やかに返す。
「うっ」
軽く刺さる。
(そういえば昨日吹き飛ばしたのどうなったんだろ…)
「ご安心ください。修復は既に完了しております」
「えっ!?仕事早すぎない?」
思わずミアは振り返った。
「当然でございます」
誇るでもなく言い切るあたりが、いつものデゼヌだった。
おそらく怪しまれないように工作もしてくれたのだろう。
隣ではキュリルがくつくつと笑っている。
「いやぁ、見事な花火だったな。あれで“練習”って言い張るのは無理があるだろ」
「うるさいなぁ……!」
「事実です」
ルシナが即座に追撃する。
「ミア様は出力に対して制御が——」
「はいはい分かってますー!」
話を遮り、ミアは勢いよく窓の外を見た。
ちょうど、学園の門が見えてくる。
大きく、重厚で、いかにも“格式”という言葉が似合う門だ。
馬車はゆっくりと停止した。
「到着でございます」
そう言ってデゼヌが扉を開けた。
ミアは一度だけ深呼吸をした。
そして——
すっと背筋を伸ばす。
「……それでは、行ってまいります」
声の調子も、表情も、完全に“令嬢”のそれに切り替わる。
先ほどまでのやり取りが嘘のようだった。
優雅に馬車を降りる。
周囲には既に多くの学生たちが集まっており、その視線が一斉にミアへと向いた。
「クランツベルン家の……」
「噂の方ね」
「成績首席の……」
ひそひそとした声が聞こえる。
ミアはそれらを気にすることなく、にこやかに微笑んだ。
完璧な対応を心掛ける。
——あくまで表向きは。
だが――
(……うわ、人多いなぁ……)
内心では完全に圧倒されていた。
(というか、なんかめっちゃ見られてない?)
ちらっと横目で確認する。
見られている。めちゃくちゃ見られている。
(落ち着け私……魔王だぞ……)
なぜか基準がズレているような。
そんな中——
「初めて見かける顔だな」
不意に、低くよく通る声がかかった。
ミアはゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、数人の護衛を連れている一人の少年だった。
整った顔立ちに、無駄のない立ち姿。
纏う空気が、明らかに他と違う。
「ヴァルディス家の……」
「いや王子様よ」
周囲がざわつく。
少年——レオンハルト・ヴァルディスは、まっすぐにミアを見ていた。
「クランツベルン家の令嬢、だったか」
「はい。ミア・クランツベルンと申します」
丁寧に一礼する。
完璧な所作。
レオンハルトはわずかに目を細めた。
「噂は聞いている。優秀だそうだな」
「恐れ入ります」
にこり、と微笑む。
外から見れば、非の打ち所がないやり取り。
——だが。
(うわ、この人めっちゃ強いかも)
ミアの直感が、静かに警鐘を鳴らしていた。
面倒くさい予感しかしない。
「一つ、聞いてもいいか」
「はい、何なりと」
レオンハルトの視線が、ほんのわずかに鋭くなる。
「君は——魔族について、どう思う?」
一瞬。
本当に、ほんの一瞬だけ。
ミアの思考が止まった。
(え、いきなり!?)
内心、全力でツッコミをする。
しかし表情は崩さない。
崩せない。
ほんの刹那で、答えを組み立てる。
「……恐ろしい存在だと、一般的には言われておりますね」
あくまで“他人事”のように。
曖昧に。
逃げ道を残して。
レオンハルトはじっとミアを見つめていた。
「そうか」
短く、それだけ言う。
だがその目は——
何かを見極めるように、鋭かった。
(こわ……)
ミアは心の中で、そっと息を吐いた。
(うわぁ…絶対気をつけないとダメなやつだ……)
そして同時に——
ほんの少しだけ、思う。
(……でも)
口には出さない。
出せるはずもない。
(こういう人がいるから、変えたいんだよね)
その考えを胸の奥に押し込め、ミアは再び微笑んだ。
完璧な令嬢として。
——そして、誰にも知られない“魔王”として。




