我が名は魔王ミア・クランツベルン!!!
「ふはははは!ついにこの時が来た!」
夜の城に、やけに通る声が響き渡った。
高い天井に反響し、重厚な石壁に跳ね返り、やたらと壮大に聞こえるそれは——内容さえ気にしなければ、まさに魔王の演説そのものだった。
「我が力をもって、この世界を恐怖に染め上げ——」
「お嬢様」
すっと、一歩前に出た老執事が静かに口を挟む。
「声量を、もう少しお控えくださいませ」
「……え?」
ミアはきょとんと目を瞬かせた。
「外に漏れております」
「えっ、ちょ、ちょっと待って!? 今めちゃくちゃいいとこだったんだけど!?」
「存じております」
老執事であるデゼヌは微動だにしない。
「ですが“恐怖に染め上げる”前に、近隣住民に通報される可能性がございます」
「それは困る!」
そう言って、ミア・クランツベルンは、びしっとマントを翻して向き直る。
——一応、威厳はある。見た目だけなら…ね?
「……こほん。では、気を取り直して」
小さく咳払いを一つ。
今度は声量を少し抑え、しかしそれでも無駄に格好つけながら、ミアは両手を掲げた。
「我が名はミア! この地を支配する者にして——」
「名乗りは既に周知されております」
「なんでさっきから全部止めるの!?」
思わず素に戻る。
その様子を、少し離れた位置からくすくすと笑う影があった。
「いいじゃないか、ミア。せっかくの“魔王ごっこ”なんだろ?」
長身の青年——キュリルが、壁にもたれながら楽しそうに言う。
「ごっこじゃないし! 本気だし!」
「本気でそれなら、なおさら問題ですね」
淡々とした声でそう言ったのは、メイド服の少女——ルシナだった。
「計画性が皆無です」
「うっ……」
ぐさりと刺さる。
ミアは一瞬言葉に詰まり、しかしすぐに顔を上げた。
「で、でも! 世界征服ってロマンじゃない!?」
「否定はいたしませんが」
老執事であるデゼヌが静かに目を細める。
「まずは足元から固めるべきかと」
「うぅ……」
完全に正論だった。
しばしの沈黙が流れる。
そして——
「……じゃあ、今日は魔法の実験にする」
不貞腐れた顔でぼそっと呟く。
「それは賢明です」
即座に頷くメイドのルシナ。
「破壊規模は?」
「小さめで!」
「前回も同じことをおっしゃっておりましたが」
「今回はほんとに小さめだから!」
ミアはそう言いながら、片手を掲げ、くるりと回す。
空気が、わずかに震える。
次の瞬間——
「——いくよ!」
ぱあっと光が弾けた。
眩い魔力が渦を巻き、圧縮され、そして一気に解き放たれる。
轟音。
爆ぜる衝撃。
夜の空に、派手すぎる光が咲いた。
——その威力は、とても“練習”とは呼べないものだった。
「……規模が大きすぎます」
デゼヌが、いつの間にか背後に立っていた。
「うっ」
「制御が甘いのです。威力に対して精度が伴っておりません」
「ロマン優先した結果です……」
「知っております」
容赦がない。
ミアは肩を落とし、しかしどこか満足そうに夜空を見上げた。
「でもさ、綺麗じゃない?」
ぽつりと呟く。
静寂の中、消えゆく光の余韻だけが残る。
デゼヌは一瞬だけ目を細め、そして小さく息をついた。
「……ええ、美しいですな」
その言葉に、ミアは少しだけ嬉しそうに笑った。
翌朝。
「ミア様、本日も素晴らしい出来でございます」
「ありがとうございます」
優雅に微笑みながら、紅茶を口に運ぶ少女がいた。
背筋は真っ直ぐ、所作は完璧。
昨日の“魔王”と同一人物とは…とても思えない。
「本日の講義も頑張るように」
「ええ、もちろん」
穏やかに頷く。
誰も知らない。
このお上品な令嬢が——
昨夜、世界征服を宣言していたことを。




