88話「ハンバーガーショップバイトヘルプ事件③」
しかし数分後。
「ね、ねえどうしようっ⁉もうバンズ残り二回分しかないよ~⁉」
「何回失敗したらそうなんだよ⁉山ほど積んであったぞ⁉なんで機械に入れたら自動で焼けんのに焦げるんだよ⁉どういうことなんだ⁉」
「しっ、知らないよ!僕はただ機械に入れてるだけだもんっ!」
「ふっ。まあこんなこともあろうかと冷蔵庫を確認しておいた。安心しろ。予備の分は解凍中だ。そろそろ使えるぞ」
「きゃー!一ノ瀬くんかっこいー!今までで一番輝いてるよ!」
「まあそう褒めるな。当然だ」
しかし。
「ね、ねえ一ノ瀬くん⁉解凍中のバンズにありがたかってたよ⁉もう使えないよお!」
「ま、まあ落ち着け。これも想定内だ。そんなこともあろうかと次の手をうってある。近くの支店に電話して在庫の予備をわけてもらえるよう手配した」
「ええっ⁉すごい!仕事できる男の人って素敵!」
「ふっ。よせやい。まあ俺にかかればこのくらい余裕だ。任せておけ」
またまた数分後。
「いっ、一ノ瀬君⁉今電話があって大量注文入ったから貸せなくなったって⁉あ、あのっ、ど、どうする?」
おそるおそるバツの悪そうな顔で聞いてくる。
「お、お、落ち着け。だ、大丈夫だ。急ぎの在庫発注はかけてある。そろそろ着く頃だろう。それまではさっき棚の奥に見つけた消費期限ぎりぎりのバンズが十枚くらいある」
「びっ、びっくりしたあ~!ほんとにすごいよきみ!ここまで対応できるなんて!よ、よかった~!あとでほっぺにちゅーしてあげる!なーんてねっ!」
「ふ、ふふん。ま、まあな。このくらいで、と、取り乱す俺ではない。これが上に立つ者の余裕よ」
またまたまたまた数分後。
「あ、あのー、一ノ瀬くん?そ、その、ね?い、今連絡があって……。発注かけたトラックが事故って、ば、バンズ全部つぶれたって……。つ、次の、手は?は、ははは」
「あるかあああああああああああ!どうなってんだこの不運は!どう考えてもお前のせいだろうが!どれだけうまくいかねえんだよ!どんだけポンコツで不幸体質なんだよ!」
「ぼっ、僕のせいじゃないかもしれないじゃないか!ひっ、人のせいにしないでよっ!」
「じゃあなんでお前は申し訳なさそうなんだよ!もう手なんかねえよ!張り切りすぎ
だろこの疫病神が!」
「ああっ!言っちゃいけないこと言ったぁ!泣 僕だって好きでこんなんじゃないもん!そんな目で見ないでよお!」
しかし、白銀の本気はこんなものではなかったのだ。俺はあの時、白銀とポジションを変わるべきではなかったのだ。
「おーし、ピクルス借りてきたぞー」
ちょうどあっちゃんが帰ってきた。
「良いところに帰ってきたなあっちゃん。ここで残念なお知らせがある」
「バンズだろ?さっき借りに行った先でないって謝られたから事情は知ってる。他の店舗に借りてきた。ったく。このお嬢ちゃんはいったい何者なんだ」
「おお~っ!」
やるじゃねえかお前。
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
白銀が拝み始めた。
「まあまた何かあったら呼べ」
そう言って後ろに下がって行った。
「後ろで何してるのかな?」
「エロ本読んでるか、タバコ吸ってるか、昆虫が喧嘩してる動画見てるな」
「な、なにそれ」
少し引いていた。
それからまたしばらく経った。
「ね、ねえ、あの、さ?お、怒らない?」
そわそわしながらえへへっと媚びるような笑顔をぎこちなく浮かべた白銀が近づいてきた。
「おこる」
「なんでさー!怒らないでよ!」
などと逆ギレしてくる。
「怒るに決まってんだろうが!今度は何を落とした⁉壊した⁉正直に言え!」
「パティ全部焦がしちゃった~泣」
「な、なんだとおっ⁉」
「し、しかもポテトも全部落としちゃった~泣」
「き、きさまあ~っ⁉想像をたやすく超えてくるなっ!」
「どっ、どうしよう⁉」
またもや泣きそうな顔を浮かべている。
「野菜は全部食べちゃった泣」
「最後のはおかしいよなあ⁉アオムシかお前は!何もねえじゃねえか!どうすんだよ!どうしようもねえよ!」
脳みそをフル回転させて解決策を模索する。
「な、何かないか⁉そうだ!ポテトは予備が冷蔵庫にあっただろ!」
「お湯こぼしちゃって全部ふにゃふにゃに……」
「離れの冷蔵庫にも箱で置いてある!ひと箱あったはずだ!パティもひと箱あるぞ!いける!」
「そ、それが~」
両手を体の内におさめて、申し訳なさそうに縮こまっている。
「なんだ」
「そのー」
「正直に言え」
「ドア閉め忘れて、その、全部、腐っちゃって、あ、あはは」
「このバケモンがあああああああああああああああああっ!」
「ば、バンズならあります。あ、あはは」
最早泣いていると言っても過言ではないほどの涙を目にためて、やけ気味に笑う。
「よーしハンバーガー屋さんはやめだやめだ!今日からパン屋さんだ!ゆきあんどい
ちのベーカリーショップ開店!そうと決まれば看板書き換えねえとなあ!ペンキねえからケチャップでいいか!マヨネーズパンにマスタードパンにピクルスパンに種類はたくさん!ちょっと甘めのシロップパンにミルクパンもあるぞお!よーしたくさん売るぞお!」
「おおー!」
二人で手を上に突き上げる。
「いいわけねえだろうが!殺すぞガキどもお!誰が買うんだよバカども!よくもまあここまで問題を起こせたな!今から他の支店で借りてくるから死ぬ気で耐えてろ!客帰すなよ!」
そう言い捨てて急いで出て行った。
「パン以外何もないけど、どうする?」
「い、一応さっきバイト前に公園とか道で摘んだ雑草ならあるけど……」
「よーし!新商品道端バーガーの販売開始だあ!」
「おー!」
おいおい楽しくなってきたな。
「僕雑草料理は得意だよ!」
「飲食店で聞いたこともねえジャンルだな。どこの採集民族だ」
「まずヨモギとドクダミを洗って細かく切るの。別に玉ねぎとニンニクもみじん切りして、ひき肉と卵とパン粉と塩コショウを切った具材と混ぜて、ボウルでこねます。はい!これを焼いたらパティになるよ!」
鞄から取り出した雑草を綺麗に洗って、次々と調理していく。
「おおっ!なんかそれっぽいぞ!お腹壊さないだろうな!」
「僕いつも食べてるから平気だよ!」
「お前はほら、落ちてるもんも残飯もなんでも食べるし人外みたいなもんじゃん」
「もっと言葉を選んでもらっていいかな⁉女の子に言っていい言葉じゃなさすぎるんですけど⁉流石に落ちてるものも残飯も食べないし!」
憤慨する白銀。
「俺でも食べれるのか?」
「食べれるよ。これはそこまで刺激強くないから」
「よし。ならあとは葉っぱだ。なにか挟める葉はないか?」
「それならこのノゲシっていう葉っぱがレタスに近いよ」
「よしよしいけるぞ!これでバーガーは作れるんじゃないか⁉」
「うん!全然おいしいよ!」
できあがったバーガーを食べてみて、親指を立てる白銀。その後ケチャップやマスタード、ソースなど合うものを色々試して完成させる。
「この調子でポテトの代わりも作ろう!」
「うんうん!タンポポはどうかな?」
「いいぞ!それありだ!ドリンクはどうする⁉」
「野菜ジュースみたいにブレンドして作ろうよ!」
「それだ!これが新メニュー雑草バーガーセットだ!」
「「いえいっ!」」
二人でハイタッチする。
「意外とうまくね?」
「そうだよ!僕いつも食べてるもん」
「これをセットで500円とかで売ったらぼろもうけじゃねえか!最高だ!ビラ撒いてこようぜ!キャッチコピ―は『これを食べて強くなれ!魅せろ雑草魂』」
「いいね!」
「これどこの公園の雑草だ?」
「東棚町公園だよ」
「おーし、いろいろ借りてきたぜー」
あっちゃんが帰ってきたようだ。
「おい見ろあっちゃん!新メニュー考えたぜ!」
「うんうん!」
「勝手なことを。まあ一応見せてみろ」
俺たちはバーガー、ポテト、ドリンクのセットを並べる。
「なんだこれは?どうやって作った?肉もポテトもなかっただろ」
「すごいぜ!これ全部雑草から作ったんだ!パティも雑草、リーフも雑草、フライも
雑草、ドリンクも雑草。材料費タダ!雑草バーガーセットだ!名付けて道端バーガー!キャッチコピーは『これを食べて君も強くなれ!魅せろ雑草魂』だ!」
「なんだそのイカれたセットは⁉つぶれるわ!どんなもん作ってんだてめえらは!なんだそのゴミみたいなキャッチコピーは⁉」
「なんだよ。じゃあ『懐かしの東棚町の味。踏まれた数だけだしが出ます』とかにしとくか」
「そういう問題じゃねえんだよ!それで誰が買うんだよ!汚えだけだろうが!」
二人呼ばれしっかりとお説教をされたのだった。
「怒られたな」
「いいと思うんだけどな。なんか僕のすべてを否定された気分だよ」
「あれがご飯だもんな」
雑草バーガーは賄いとして後で食べることにして後ろの方に置いておく。そしてあっちゃんが借りてきたポテトやらパティやら野菜やらを準備していく。
「いいか?もう落とすなよ?これが最後だからな?次はもうほんとに終わりだぞ?」
「それふりでしょ?流石に僕も君のノリが分かってきたよ」
「ちげえわ!まじで次やらかしたらお前を調理するからな!」
「冗談でしょー。怒らないでよ。もう大丈夫だよ」
一体何を根拠に言っているのか。
「ていうか流石にもう十分作っただろ?そろそろポジション戻そうぜ」
「えー。もう少しだけやりたい」
「だめ!もう次はねえんだよ!パティ焦がされても困る」
「ケチ~!ぶーぶー!」
頬をふくらませて抗議してくるが、しっしっと追い払うように前に行かせる。する
と今度は前で洗い物を始めるが、やけに割れるような音が聞こえてくる。
「ガッシャアンッ!パリインッ!」
「おいそれ絶対割れてるだろ⁉」
「な、なんか水があふれてっ⁉うわわわわわっ!」
今度はシンクから水があふれて床に零れている。
「洗い物一つでここまでトラブル起こせるの才能だよもはや!」
そしてシンクは俺が対応し、白銀にはできあがったバーガーを持っていってもら
う。
「うわわわわわわわわわっ⁉」
しかしまた大きな音が鳴り、何かが落ちる音がする。
「すっ、すすすっ、すみませんっ!」
「はあっ」
俺は急いで席へ向かう。
「どうした?」
「ちょ、ちょっとこぼしちゃって、あ、あはは」
「お客さんにはかからなかったか?」
「ぎ、ギリギリ」
「そうか」
一旦掃除用具入れへ向かう。
「落としたのはドリンクだけか?ポテトやバーガーは?かかったりしたか?」
「大丈夫だと、思う、ます」
どんどんしょんぼりしていく白銀。
「そんなにしょんぼりするな。別に怒ってない。お前はかからなかったか?」
「へ?」
「ん?」
「ぼく?ちょ、ちょっと濡れたけど……」
呆けたような面食らったような顔をしている。
「なに間抜けな面してる?」
「だ、だって、僕のこと心配されるのなんてあんまりないから……」
「あのな、当たり前だろ?お前は一生懸命やってる。それは分かる。ミスは誰だって
する。お前は人より多いがわざとじゃないことくらい分かる。俺たちは今店員である以上お客さんのことを最初に聞いたし、お客さんを優先しないといけないが、それと同じくらい、なんなら俺は真面目じゃないから、それよりもお前が怪我してないか、お前が凹んでないか、そっちの方が大事だ」
白銀の目が大きく見開かれる。
「あ、あり、ありが……」
次の瞬間、白銀の目から涙があふれる。
「ぽろっぽろっ」
「え、ええ⁉お、おいっ⁉どうした⁉なんで泣くんだよ⁉」
「だ、だって、こんなにっ、優しくされたの、初めてだしっ。いつもっ、いつもミスばっかりでっ、怒られてばっかりでっ。どんくさくてっ、おっちょこちょいでっ、すぐ嫌われてっ、クビにされてっ、居場所なんかどこにもなくてっ、こんなに優しくしてもらえてっ、最後に楽しく働けるなんて思わなかったからっ、嬉しくてっ、色んな想いが溢れて、きてっ。ご、ごめんねっほんとにっ」
しゃべる度に涙が溢れていく白銀を見て俺は今更気づいた。この子がほんとに強いことに。白銀は、今までずっと拒絶され続けてきたのだ。嫌われ続けてきて、追い出され続けて、それでも、逃げなかった。自分から辞めたりしなかった。何十軒ものバイトに挑み続けた。
傷つき続けながらも、一人戦い続けていた。ボロボロの心で、作り笑いを浮かべ続けた。白銀のこの癖は、もしかしたら、傷ついた顔を隠すための防衛術だったのかもしれない。いつも浮かべる作り笑いは、苦笑いは、繊細すぎる心が表れやすい表情を隠すために彼女が身につけた癖だったのかもしれない。
「白銀。ずーっと、一人で頑張ってきたんだな」
「へ?」
「俺は、お前より強いやつを見たことがないよ。今まで、よく頑張ったな」
白銀の頭を優しくなでる。
「え?」
「俺は、お前のこと救ってやれないけど、でも、俺は思うよ。どんなに仕事ができる
やつよりも、どんなに賢いやつよりも、お前みたいに優しくて、強くて、一生懸命なやつの方がずーっとかっこいいって。お前の方がずっと価値がある。誇れよ、自分のこと卑下すんな。
これから先、辛いことたくさんあると思うけど、その度に自分のこと責めたくなると思うけど、お前はそれでいいんだよ。お前はお前のままでいい。お前みたいなやつって実はそこそこいると思うんだ。でも大体腐っちゃうんだよ。一生懸命やっても意味ないなら、もういいやって。自分のためだけに生きようって。そうなるのが普通だと思う。でもお前は、どれだけ嫌われても、否定されても、失敗しても、絶対手を抜かないで、優しくあり続けて、戦い続けて、誰かのために生き続けた。
かっこいいよお前。誰にでもできることじゃない。お前はお前のままでいい。世の中の常識に惑わされんな。俺たちは仕事するために生まれてきたんじゃない。自分らしく生きるために生まれてきたんだ。そのまま自分を貫いてくれ。俺はお前を尊敬する。頑張れ。いや、もう頑張ってるか。あんまり頑張りすぎんなよ。ほどほどにな」
ぽろぽろっ。次から次へと白銀の目から涙がこぼれていく。
「うっ、ううっ、ぼ、僕、こんな自分のこと大嫌いなんだっ。ひっく。ほんとにいっ
つも迷惑ばかりかけてっ、役立たずでっ、なんでこの程度のことも普通にできないんだろうって、僕って生きてていいのかなってっ、ずっとっ、ひっく、考えててっ。
だから、うっ、そんなことっ、言ってもらえたの初めてでっ。嬉しくてっ!僕のことそんなに見てくれてるのがっ、考えてくれてる人がいることがっ、幸せでっ!
ごめっ、何言ってるかわがんないよねっ。とにかくほんとに、なんて言ったらいいかっ!なんだろっこれっ。うっ。ていうか、絶対ひどい顔になってるっ」
ぐしゃぐしゃになった顔で俺を見上げる。
「なってねえよ。たくさんしんどいこと経験してきたんだな。ほんとに苦労してきたんだな。ごめんなもっと早く気付いてやれなくて。気づいたところで俺にはなにもできやしないんだけど。でも、いつかいい場所が見つかると思う。お前のこと理解してくれて、受け入れてくれて、お前が心の底から楽しめる場所が見つかると思う。お前にしかできないことがきっとあるよ。人には役割があるんだ。いつか必ず輝ける日が来るから、それを探すんだよ」
「そんな場所あるのかな。そんな日がほんとに来るのかな」
「必ず来る」
俺は強く頷いて見せる。
「なんでっ君は、そんなにっ、優しくしてくれるのっ⁉」
「お前が優しいからだよ。お前が優しくしてくれるから、優しくしたくなるんだ」
「そんなこと別に――――」
「あるんだよ。お前は今まで見てきた中で一番優しい心を持ってる」
「っ⁉あ、ありっ、ありがとうっ」
またぽろぽろと泣き出す白銀。
「ずびーっ!」
ひとしきり泣いた後、真っ赤になった顔で涙を拭い鼻をかむ。
「ごめんねみっともないところ見せて。あはは」
「そうでもねえよ」
白銀の目を見て、真摯に伝える。みっともなくなんかないから。白銀は最初居心地悪そうに身をよじっていたが、やがて、口をぎゅっとむすんで恐る恐る俺の目を見つめてきた。お互いに見つめ合う。
「「……」」
「おーい大変良いところで悪いんだけどよ、何か忘れてない?」
事務所のドアから顔をのぞかせたあっちゃんがジト目で俺たちを見ていた。
「「あっ⁉」」
完全に忘れていた。俺たちはモップを取りにきたんだった。水をこぼしたまま放置してしまっていた。
「ったく。俺が片付けといたよ。今暇だから一人で回せる。俺がやっとくからお前ら
はもう少し青春しとけ。ったく愛おしそうに見つめ合いやがって。なんで俺はいつもこの役割なんだこのやろう」
「「べっ、別にそんなんじゃねえよ(ないよ)!」」
「はいはい」
そう言い捨ててあっちゃんは扉を閉めて行った。気まずい時間が流れる。
「あ、あの、ね」
やけに顔が真っ赤な白銀が、落ち着きなく視線をさまよわせながら、やけに目をパチパチさせている。すうーっと大きく息を吸い込むと、何かを決めたのか、真っ直ぐ俺のことを見つめてきた。
「いつか僕が心の底から楽しめる場所が見つかるって言ってくれたよね?」
「ああ」
「嬉しかった。見つかるといいな」
「見つかるさ」
「うん。でもね、僕はもうすでに一つは見つけてるんだ」
「そうなのか?」
「うん。それはね、きみ」
「え」
耳まで真っ赤にして上目遣いでこちらを見てくる。
「君といると、嫌なこと全部忘れられるくらい楽しくて、幸せで、笑えて、自分らしくいられるんだ。しょうもないこと言い合って、ふざけて、かきまわされて。僕はこんなに君に救われてる。もっと一緒に色んな所行きたい。色んなバカなことしてみたい。だ、だから、僕はっ、きっ、君のことがっ!」
「っ⁉」
最初は幸せそうに、かみしめるようにそう言ってくれていた表情が、不安げで、でも真っすぐで、熱いくらいの眼差しと覚悟のこもったものに変わり、俺はついドキッとする。
「だーかーらー!トリプルが欲しいんです!このチーズバーガーのトリプルが欲しい
んです!」
ドアの向こう、レジの方からお客さんの大きな声が聞こえてきて、言葉が遮られる。
「ですから今日ははトリプルはやっていなくてですね、金曜日から日曜日限定なんですよお客さん」
「私は今食べたいの!ダブルじゃお腹いっぱいにならない!」
「な、なんかもめてるな」
「もう、なんでこういう時に限って。はあっ。いつもこうなんだからっ」
落ち込んでいる白銀。
レジの方に行ってみると、二夕見しおだった。
「おいてめえなにしてんだ」
「ああ~⁉あんたなにしてんのよこんなとこで!まさか働いてんの⁉あんたが⁉」
「なんだそのむかつく反応は。ヘルプだよヘルプ」
「おお英一知り合いか!よかったよこのお嬢ちゃん何回言っても聞かなくてよ、ちょっと頼むよ」
あっちゃんが安堵したように俺に助けを求める。
「てめえ迷惑かけやがって。トリプルは金、土、日曜日以外はやってねえんだよ!今日はない!分かったか?」
「あんた顔なじみなんだからそれくらい作りなさいよ!融通利かせてよ!」
「二個頼めばいいだろうがよ。二個」
「トリプルの方が安いのよ。最近ゲーム買ったからお金ないの!そうだあんたまけなさいよ。私とあんたの仲なんだからいいでしょ?」
ふふんと言い寄って来る二夕見。
「どうせエロゲでも買ったんだろうが。このスケベが。自業自得だろ」
「かっ、買ってないし!全年齢版だから!ちょ、ちょっとはあるけど!健全な乙女ゲームだもん!」
頬を赤く染めて言い返すが、俺の隣の白銀に気づき眉をひそめる。
「ん?ていうかあんたの隣の子誰?知り合い?」
「友達だよ。ヘルプ頼まれてな。まあしぶしぶな」
「ふーん。なんか距離近くない?」
不機嫌そうにジト目で見てくる。
「初対面でガンつけんなよ。こっちは白銀ゆき。見た目に騙されるな。こんななりでとんでもない不幸体質だ」
「そんな人を疫病神みたいに言わないでよ。あ、あの、は、初めまして。よ、よろしくお願いします」
「は、はあ。どうも」
緊張しながらも丁寧にあいさつする白銀と、不機嫌そうにぶっきらぼうに返す二夕見。
「こいつは二夕見しお。こいつはまあ、クソ女だ。関わるな」
「あんたそうとう死にたいらしいわね!クソ男が偉そうな口利いてんじゃないわよ!客の前で鼻ほじんな!」
俺につっかかりながらも、その後鋭い眼光で白銀を見て、白銀は困ったように苦笑いを浮かべている。
「ねー、ほんとに、何もサービスしてくれないのー?せめてポテトの量くらい増やしてくれてもいいじゃない」
「じゃあガムシロップとミルクつけてやるよ」
「それはセルフサービスでしょうが!」
「分かったよ。じゃあバーガー一個無料でやるよ」
「ほっ、ほんとにっ⁉もうそういうところがかっこいいんだから!素敵!」
両手を合わせて頬にすりすりさせてあからさまにごまをすってくる。
「急に手のひら返しやがって。じゃあフィッシュバーガ―フィッシュ抜きとてりやき
バーガーテリヤキチキン抜きどっちがいい?」
「何を食べればいいのよ!肝心なのが入ってないでしょうが!パンと野菜しか入ってないじゃない!」
「じゃあ俺はもう戻るから。お前らあと任せたぞ」
あっちゃんは何かを察した様子で、気まずそうにさっさと戻って行ってしまった。
「一ノ瀬くーん♡」
「無理に高い声出してキモイ呼び方すんな」
「ナゲット食べたーい♡」
「だめ」
「けち!けちけちけちけち!どけち!」
ぐちぐちぐちぐちうるさい二夕見。
「うるせえなあ。わーったよ。試作品のセットなら無料で食っていいぜ」
「ほんとー⁉もうそういうところが素敵!」
「分かりやすく忖度すんな」
「その、一口だったら、食べさせてあげて、いいわよ?ひ、一口だけよ?」
今度はなぜかそわそわし始める。
「あ?いらねえよ。お前が口付けたらもう食べられねえだろうが」
「どういう意味だっ⁉」
ギャーギャー叫ぶ二夕見を置いて厨房に下がる。
「な、なんか、仲良さげだね。どういう関係なの?」
ずっと黙っていた白銀が口を開く。
「ん?同じ部活のやつだ。よくケンカするな」
「つ、付き合ってるの?」
「いや?付き合ってないぞ。逆にそんな風に見えるか?」
「……見えるよ」
「なに?」
「ううん。なんでもないや。二夕見さん可愛い子だね。なんか、一ノ瀬くんも楽しそう。二人ともすごく生き生きしてた」
そういう割にはなぜかどこか悲しげに見えた。
「別にんなことねーと思うけどな。どうした?」
「なんでもないよ」
「?そうか。そういえばさっき言いかけてたこと、なんだった?」
「……あー。ううん。大した事じゃないから。気にしないで。それより二夕見さん怒ってたよ。ちゃんと話してきた方がいいよ?」
「あいつはいつもあーなんだよ」
「ダメだよ女の子には優しくしないと。あはは」
そう言った白銀の横顔は、どこか泣いているようだった。
その後調理を終えた俺は、後ろの方の試作品のセットを加熱して温めると、二夕見
の席に置く。
「ほらよ。新商品のセットだ」
「えー普通に美味しそうじゃない!これほんとにただで食べていいの⁉ポテトと飲み物まであるじゃない!」
「キャー!」などと言ってテンション上がっている。
「いただきます」
手を合わせて、バーガーに小さくかぶりつく。
「おいしー♡ちょっと酸味が効いたお肉に、歯ごたえがなんか普通の野菜と違うかもー!」
「そう言ってくれると嬉しいな」
白銀が嬉しそうにポリポリ頬をかいている。
「このフライもなんかちょっと苦みがあるけどおいしいわねー。これ何使ってる
の?」
「タンポポだ」
「えーすご!たんぽぽって食べられるの⁉こんなに美味しいんだ!」
一人感動している。
「この飲み物はどうかしら」
そう言うと雑草ブレンドジュースを飲む。
「野菜ジュースより苦めの感じね。私は嫌いじゃないわ。ちょっとコクが強いけど。これなんでただなの?材料安いの?」
「まあ雑草だからな。そこらへんに生えてるやつ使ってるから。これは全部東棚町公園に生えてるやつだしな。パティもリーフもタンポポもドリンクも。うめえか?」
「ぶふーっ!なんっ⁉なんってもん食わせんのよ⁉はっ、はあっ⁉公園の雑草⁉ぺっぺっぺっぺっ!どうすんのよもうけっこう食べちゃったじゃない⁉どうりで灰汁が強いわけよ!どんな貧乏料理よ!原始人くらいしか食べないわよ!」
「おいおいこれを毎日食べてるやつだっているんだぞ。口を慎め。なあ白銀」
「あ、あはは。まあ普通の人はしょうがないよ」
「あんたよくもやってくれたわね⁉」
涙目でキレて掴みかかってくる二夕見。
「おまえがなんかよこせってうるせえから出してやったんだろうが」
「誰が試作品失敗作の処理させろって言ったのよ!このクズ!お腹壊したらあんた許
さないからね⁉」
また店内でギャーギャー騒ぎ出す。あまりに長いこと騒ぐので他のお客さんも気に
し始めた。
「分かった!ナゲットおごるよ!」
「ほんと⁉」
「だから早く帰れ!」
お土産にナゲットを持たせると、さっきまでのことなど忘れたかのようにウキウキで帰って行ったのだった。
俺たちはそろそろ退勤の時間のため、片付けにとりかかる。
「どうした白銀?元気ないな」
「えっ?あ、いや、そんなこと、ないよ」
そう言う割にはやはりどこか悲しそうに微笑む。どうしたんだ一体。
そして夜勤の人たちが出勤して来て、更衣室で着替え帰り支度をすませた俺たち。
「おうおつかれお前ら。二人でよく頑張ってくれたな。ほんとによくやってくれた
な」
「まあ俺たちにかかればこんなもんよ」
「ふふん」
得意げな白銀。
「まあお前らほんとによくもまあやってくれたよ。クレーム二十件。機械故障四台。焦がしたバンズ100枚。焦がしたパティ200枚。ポテトひと箱分ロス、レタス、トマト、玉ねぎ消失、離れの冷凍庫の中身すべて腐敗、破損した食器30枚、コップ20個。この四時間の売り上げ15万。損失約100万。総合して85万の赤字だ」
「「……」」
「今月どころか一年は給料ないと思え。今後死ぬ気で働け。なんならついでに俺の給料もねえよ」
こめかみをぴくぴくさせながらなんとか冷静に告げるあっちゃん。
「なにか言いたいことはあるか?」
「「お世話になりました」」
二人で息ぴったしに頭を下げる。
「ふー疲れた疲れた。よーし賄いでも食って帰ろうぜ」
「次はなんのバイトしよーかなー。あっ、僕イチゴシェイク食べたーい!」
「殺してやるからなてめえらああああ!」
あっちゃんの叫び声が夜の街に響いた。




