87話 「ハンバーガショップバイトヘルプ事件②」
「白銀、緊急事態だ。俺はトイレに行ってくる」
「ええっ⁉僕一人⁉むっ、無理だよ!」
「大丈夫だ今お客さんは途切れていてチャンスだし、最悪後ろにあっちゃんがいる。
呼べば助けてくれる」
「そ、そう?でも、早く帰って来てよ?」
尚も心配そうな表情を浮かべている。
「任せろ」
「うん。それと、3番行ってきますでしょ」
「それそれ」
ということでトイレに行くが、なんと人が入っているではないか。いつもより激しくないからある程度なら我慢できるが、長すぎるともたない。どうしようかと悩み、俺はあることを考えついた。
『ピーッ。ピーッ』
ドライブスルーのセンサーが人を感知し反応する。
『いらっしゃいませ。ご注文どうぞー』
白銀の声が少しくぐもって聞こえてきた。
『わんわんわんわんっ!わんわんっ!わんっ!』
『きゃあ可愛い! わんちゃんですか? お腹空いてるのかなあ。あ、すいません。ご注文は何になさいますか?』
『どっちかというとお腹が痛いです』
『なにしてるのさ君は! しょうもないことしてないで早くトイレ済ませてきてよ!』
俺だと気づいた白銀が声を荒げる。ドライブスルーのこもった機械的な声が響く。
『それが誰か入ってんだよ』
『ドライブスルーで会話続けないで! 早く戻って来て!』
『へえへえ』
「ようお待たせ」
「さっきまでのことをまるでなにもなかったかのように戻ってきたね」
睨んでくる白銀。
「世の中にはあんな客もいるんだということを知ってもらいたくてだな」
「人間ですらなかったけどね」
「ギクッ」
痛い所をついてくる。
「悪かったよ。お前いじるの楽しいんだよ」
「最低。女の子困らせて楽しむとか男の子としてどうかと思うよね」
いじけてそっぽを向いてしまった。
「ごめんって。帰りになんかドリンク奢るからさ」
「L?」
「おおよ」
「ふーん。じゃあ許してあげようかな」
そう言って見せた顔はにやりと笑っていた。
「なんだよ初めからあんまり怒ってなかっただろ」
「君は僕の扱いが雑だからこうして怒ってみせないと調子に乗るでしょ。だからこう
やって怒って見せるの」
「いやー、ぐうの音も出ねえや」
「ふふっ。まあ僕が怒ったりするのは君にだけなんだけどね」
「そうなのか?」
「だって君は果てしなくノンデリカシーだからね。流石の僕も怒るよね」
などと話しているとまたオーダーが入った。しかし大した量ではなかったことや、俺たちも慣れてきたこともあり、白銀も頑張ってくれたため割とトラブルなくスムーズに進んだ。
「ね、ねえ」
ちょっとして落ち着いてたのか、白銀が前の方から後ろの俺の方まで近づいてき
た。
「ん?どした?」
「あ、あのさ、僕今月でもう、終わりじゃない?」
「おう。らしいな」
「それでさ、お願いがあるんだけど……」
もじもじしながら指をいじいじして上目遣いで見てくる。
「なんだよ」
「僕もハンバーガー作ってみたい!」
「おおいいんじゃね」
「えっ⁉」
どうやら思い切って言ったのか驚いている。
「作ればいいじゃん」
「そ、そんなにあっさり⁉」
「最後だし作りたいんだろ?作り方教えてやるよ。簡単だからやってみればいいいじ
ゃん」
「うっ、うんっ!」
嬉しそうに目をキラキラさせている。
「いやー、他の人だったら危ないから絶対ダメだって言って作らせてくれなかったと
思う。よかった君で」
「たしかに危ないっちゃあ危ないな。でも俺はトイレに行きたくなることが絶対あるからな。お前に作ってもらえる方が助かるんだよなー。あ、鉄板とかフライヤーは危ないからやめとくか」
「ううんっ!そっちもやってみたいの!」
「えー、そこはさすがにお前にさせるのは怖いぞ」
「サポートくらいでいいから!お願い!ちょっとでいいの!最後にやってみたい!」
顔を近づけて懇願してくる。
「うっ、まあそんなこと言われたら断れないわな。わーったよ。火傷しないように気をつけろよ」
「うん!ありがとう!」
ということでさっきあっちゃんに教わったことを白銀にも簡単に教えてやる。しか
し。これが悪夢の始まりだった。
「いいか。まずパティを焼く。これはここから一枚取って鉄板の上に置くだけ。鉄板は熱いから絶対素手で触るなよ」
「はい!」
「置いたらタイマーを二分押して蓋する」
「はい!」
返事だけは素直に元気で大変いい。
「その間にバンズを機械に入れてボタンを押す。ブザーが鳴ったらボタンを押すと完
成。勝手に焼ける」
「はい!」
「そしたらポテトを必要な分だけ網かごに入れてフライヤーに落とす。二分押す」
「はい!」
「これであとはタイマーが鳴るまで待つ。俺ドリンク入れてくるから、その壁に貼っ
てある作り方見ておいてくれ」
「わかりました!」
やる気と気合いはばっちりだ。
ドリンクを入れ終え戻ってくると、バンズもパティもポテトもすべてあがってい
た。
「よし全部準備できたな。実際にハンバーガーを作って――――どうした?」
「全部焦げてる」
口を開けて固まっている白銀から返ってきた返事に、見てみると本当に全部黒焦げ
になっていた。
「なんでだ⁉タイマー通りにやったか⁉」
「やったよー!ちゃんとタイマーなったらすぐ取ったし、すぐあげたよ!」
「もう一回やってみよう。まだ時間はある」
しかし、何度やってもすべて焦げている。真っ黒だ。
「なんでパティまで焦げんだよ!ただ機械に入れるだけだぞ⁉どうなってんだお前
は⁉」
「僕のせいなの⁉わかんないよ!僕言われた通りにやってるもん!」
頭を抱える俺たち。
「もしかしたら火力が強いのかもしれない。今度は俺がやってみる」
「うん」
しかし。俺がやると普通にしっかりと焼ける。
「「……」」
「じゃあおつかれ白銀。後ろはこんな感じだ。楽しかったか?」
「諦めないでよ!見捨てるのが早いよ!全然楽しくないし!」
「はあー。よし分かった。ならお前の時だけ火力を落とそう。それならいけるかもし
れない」
「う、うんっ」
俺は機械のボタンをいじって火力を落とす。しかし、今度は逆に全然焼けない。
「なんで焼けないんだよ!どうなってんだお前は!ふざけんな!」
「僕に言わないでよ!そういうの八つ当たりって言うんだよ!」
「いいやこれはいつものやつだ!お前の体質だ!」
「うっ!もういいもん!焼けるまで焼けばいいんだよ!揚げればいいんだよ!見てケ
ースバイケースでやればいいんでしょ!」
「おいおいお前にそんな高等テクニックができるのか?」
「できるもん!焼き肉屋で働いてたことあるんだからね!」
などと強気に言い返してくる。
「そこはなんでクビになったんだ?」
「生のお肉お客さんに食べさせちゃってあたらせちゃった。あはは」
「じゃあ無理だよ!」
「できるもん!」
というわけで俺は白銀と焼き加減を死ぬ気で見ながら、前のドリンクや会計の仕事
もこなすことになった。これがまた疲れる。
「おいおいおいおい!なんでこういう時に限って死ぬほどオーダー入るんだよ!バー
ガー全部で20個入ったぞ⁉ポテトはS3つにM5個にL3個⁉ええいかごに入るだ
け入れろ!あとはフィッシュ3にエビフライ2にチキン8に入るかあ!これ以上入んねえよ!ふざけんな!」
「うわわわわわっ!スルーがずっと鳴ってるよ~⁉取れる⁉」
「レジも三人並んでる!もう五分は待たせてる!そっち優先だ!お前はとるなよ⁉死
ぬ気で焼き加減を見とけ!フライヤーも見るんだぞ⁉」
「そんな同時にできないよ~!何十個あると思ってるのー⁉」
「やるんだよ!じゃお前がレジやるか⁉いいんだぞさっきの配置に戻しても!」
「がんばります!」
ったくこいつは。ほんとにすごい不幸体質だな。
しかしさすがにこの量は限界だ。二人じゃ回せない。おまけにこちらのメンツはトラブルメーカー一人となんちゃってヘルプ店員ときた。あいつを呼ぶしかない。
「おいあっちゃん!手貸してくれ!オーダーが大量に入った!」
「あ?」
後ろの事務所まで声を掛けに行くとエロ本を読んでいた。
「てめえ今エロ本読んでやがったなクソオヤジ!」
「バカ言え。これは俺のバイブルだ」
「いいから早く来い!お客さん待たせてるんだよ!」
「それを早く言え」
あっちゃんが入るやいなや、停滞していた状況がすぐに解決していった。スルーを
取りながら白銀のサポートをし、あくまで白銀にさせるが絶対に焦げないように助言
する。そしてそれと同時に俺の状態も把握し的確に次の指示を出してくる。こうして俺たちはなんとかこの繁忙期をやりすごした。
「はあ~っ!」
白銀がしゃがみこんで大きなため息を吐く。
「疲れた~!」
「ほんとだよ。どうなってんだこの忙しさは」
「俺はこのバイト何年もやってきたが三人でこの忙しさは経験したことないぞ。以上
すぎる。一体どこからお客さん来たんだよ」
俺たちとは違いどこか余裕がありながらも、ふうと軽くため息をつくあっちゃん。
「こいつが呼んでるんだよ」
俺は白銀に視線を送る。
「ぼ、僕じゃないかも、し、しれないじゃないかっ」
「俺の目を見て言ってみろ」
視線をさまよわせて自信なさげに言う白銀。
「じゃあ俺戻るから、また忙しくなったら呼べ。と言ってももうこんなに忙しくはな
らないと思うが」
そう言ってあっちゃんは戻って行った。
「どうだ?バーガーの作り方は覚えたか?」
「結構覚えたよ!あつしさんあんなに忙しいのに僕に作り方まで教えてくれてたんだ
よね!すごいよあの人!すっごく丁寧で分かりやすかった!優しいし良い人だねよね」
「可愛い子には優しいんだよ。ただのエロおやじだから騙されんなよ」
「へっ⁉」
急に顔を赤くして目をパチパチさせている。
「なんだよ」
「い、今、ぼくのこと、か、かわいいって……」
「いやまあその、顔の話だよ。別にお前は顔は整ってると思うぜ」
「あー!なにその言い方~!顔はいいけどみたいな!だけどなにさー⁉」
不満げに頬をふくらませて抗議してくる。
「けどとんでもねえ不幸少女だからなー。おまえけに人の物盗む泥棒だし」
「君だって人のこと言えないじゃないか!ノンデリだし下品だし、ろくでなしだ
し!」
「んだとー」
「ぷっ!あははははははっ!」
急に笑い出す白銀。
「でも君とあつしさんどこか似てるんだよね。ぶっきらぼうだし、素直じゃないけど、でも優しくて、面白くて、いい人だなって。ふふっ」
くすくす笑って楽しそうな白銀。
「んだよそれ。恥ずかしいこと言うなっつうの」
「あー!照れてるー!かわいー。そういうところだよね」
などとニヤニヤしていじってくる。
「うるせえよ。さっさと仕事すんぞ。洗い物たまってるぞ」
「はーい」
後ろの調理に慣れてきた白銀は、その後もバーガーやフライヤーをこなし、なんな
らあっちゃんに野菜の仕込みまで教えてもらっていた。焦がさずにできるようになってきた?のかもしれない。もう見張らなくて大丈夫と俺は後ろは任せて前の方の仕事
に取り掛かる。
そして、今度はスルーからダブルテリヤキバーガ―が入った。白銀に任せて俺はドリンクを入れる。
「ダブルテリヤキバーガーです!」
白銀ができあがったバーガーを渡すが、それをとめる。
「ちょっと待て。ダブルじゃないぞ。あと一枚パティをのせるんだ」
「ギクッ。こ、このお店のダブルはレタスを二枚のせるんだよっ」
「なわけあるかっ!ちょっと鉄板見せてみろ!」
「あっ!待ってダメ!」
鉄板をのぞいてみると、黒焦げになった無残なお肉でひしめいていた。
「全部焦がしてんじゃねえか!何回失敗してんだよ!タイマー押して鳴ったら返す!
これだけだぞ⁉」
「だ、だって!何回押してもタイマーの数字が増えてくんだよ!僕の時だけカウント
ダウンしないんだよこのタイマーは!」
「そんなわけあるか!ストップウォッチじゃねえんだぞ!そんな機能はねえ!嘘つく
な!」
「ほんとなんだよ!見ててよ⁉」
「な、何だとおおおおおお⁉ガチじゃねえか!どうなってんだてめえは!」
白銀がスタートを押すとなぜか数字が増えていく。
「もうお前はタイマーを使うな!感覚で焼くんだ!自分を信じるな!」
「どっちなのさ!」
ドライブスルーの窓口まで行くとタクシーに乗ったリナとルカがいた。
「お待たせしましたー」
「げっ。ルカ。なんかこの店員見覚えのある顔してるの」
「おっ!英一じゃねえか!ここでバイトしてんのか⁉」
嬉しそうなルカ。
「なんだお前らかよかったよかった」
「なんかサービスしてくれよ」
「じゃあペーパー一枚多めに入れといてやるよ」
「そんなクソみたいなサービスいらないの!ポテト多めに入れるの!」
「じゃあドリンクの氷二倍に増量しといてやるよ。持ってけ泥棒!」
「それはただ薄めてるだけなの!このクソどけち!」
「じゃあルカのポテトにリナの分から増やしとくわ」
「死ぬといいの!」
キレて車窓から身を乗り出そうとするリナ。
「一ノ瀬くん!ダブルテリヤキバーガーなんとかなったー?」
厨房から白銀の声が響いてくる。
「ばっか声でけえよ!今から誤魔化すんだよ!」
「聞こえてるの。怪しいの。リナのダブルテリヤキバーガーがなんなの?ちょっと見
せるといいの」
「あっ!分かったぞちょっと焦がしちゃったんだろー」
訝しむようなリナとその後ろから身を乗り出して楽しそうなルカ。
「ま、まあそんなところだ」
「なんか怪しいの。これほんとにダブルなの?」
紙袋からバーガーを取り出し疑わしそうに手のひらに乗せるリナ。
「ああ。うちのダブルテリヤキバーガーは包み紙がダブルになってんだ。それじゃ、
お買い上げありがとうございましたー」
「ふざけるななの!そんなわけないの!閉めようとするななの!なんでたかが包み紙一枚に200円も払わないといけないなの!金返すの!」
「うちは安全重視でやらせていただいてますので。これで染み出すことなく安全にお
食べ頂けます」
「おお!たしかにそれは安心だ!」
ポンッと納得するルカ。
「ルカは黙っとくといいの!このゴミクズバイト!あとでクレームの電話入れとくなの!」
「冗談だよ。レタスをダブルにしてあるんだよ」
「冗談になってないの!それも聞いたことないの!お前覚えておくといいの!絶対許
さないなの!」
キレ散らかすリナ。
「ていうかこれポテトも少なくねえかー?」
今度はポテトに気づいたルカ。あいつ。白銀のやつ計らずに揚げたな。それとも床
に落としたのか。
「ほんとなの!Lサイズのくせに少ないの!もっと入れるといいの!」
「当店のLはそのサイズになりますねー」
「嘘つくななの!お前Lの意味分かってないの!」
「当店のLはランダムのLでございますよお客様」
「このクソボケ!ランダムのスペルはRから始まるの!早く入れてくるの!」
「あっはっはっはっ!英一お前さすがだぜ!」
駄々をこねるリナと楽しそうなルカ。
「じゃあこのSサイズも見るといいの!これも少ないの!」
「当店のSは少しのSですのでそれで正常でございますー」
「死ぬといいのこのカス!」
「あっはっはっはっはっ!」
「ルカうるさいの!このポテトルカの分にするの!」
とうとうルカに当たり始めたリナ。
「なっ、なにい⁉それは困るぞ!おい英一!じゃああたしのMサイズだけでも増やしてくれよ!」
「MサイズのMはまあまあのMですのでもう少し入れてきますねー」
「このハゲえ!タクシー!車であいつにぶつかるの!」
「無理ですよお客さん」
困った顔のタクシー運転手。
「一ノ瀬くーん。これアイスコーヒー?お茶?コーラ?どっち?」
「えーっとたしかコーヒーとお茶だったな」
「どっちがどっちかわかんないよー」
「飲んでみればいいだろー。どうせバレねーよ」
「えー、流石にちょっとダメだよー。あとこのスープなんか色おかしくないー?ちょ
っと黄ばんでるよー?」
「大丈夫大丈夫!バカだからわかんねえーよ!アホだから水で薄めても気づかねえか
ら大丈夫だ。そのまま出していいぞー」
「聞こえてるのこのクソ店員!」
窓を閉めるのを忘れていたためしっかり聞こえていたリナが叫ぶ。
「ていうかこのバーガー二つともぺちゃんこだぜー。英一これほんとにおいしいのか
ー?」
ポテトを持って戻るとルカが紙袋から取り出したバーガーを見て尋ねてきた。どう
やら白銀は失敗したようだ。中でつぶれてしまったのだろう。
「わーったよ作り直すよ。これはさすがにな。あと五分くらい待ってもらっていい
か?」
「おーういいぜ~!ちょっとサービスしてなー!」
「じゃあちょっとずつ増しにして作ってやるよ」
「サンキュー英一!」
「なんでリナの言うことは聞かないくせにルカの言うことは聞くの!ムカつくの!こ
いつ殴りたいの!」
気前のいいルカと心の狭いリナ。無視して窓を閉めると厨房に戻る。
「おい白銀。お前包むの練習した方がいいな。中でつぶれちゃってたぞ」
「えっ⁉そ、そうなの⁉ごめんなさい」
またしおらしい顔になる白銀。
「あーこれはちゃんと教えてないやつが悪いんだよ。あっちゃんが悪い。俺のやり方
教えるから」
「うん!」
俺がバンズを焼いて白銀がチキンを焼く。そして焼き上がったチキンをパティに挟んで、オニオンやキャベツ、タレをかけて完成したバーガーを包み紙に挟む。
「俺は、こうやって一回挟んで、そのあと四隅あると思うんだが、まず横の角を中に折り曲げて、片手で押さえて、残りの前と後ろを折り曲げてテープでとめて完成だ。あと一つあるからやってみろよ」
「えっと、こう?」
白銀は見まねでやってみるが、しわがよってクシャクシャであまり美味しそうには
見えない。
「んー。ちょっと違うな。先に横の二つを折り曲げる時にもっと大きくとるんだよ。そしたら最後に前と後ろをちょんって曲げるだけで綺麗に見えるから」
「こ、こうかな?」
しかしまだ汚い。
「えーっと、んー、口で言うだけじゃ難しいよな。ちょっといいか?」
俺は白銀の後ろから手を取ると、実際に指を動かして体で覚えてもらうように教え
る。
「えっ。いや、その、今ちょっと油くさいし、汗もかいてるから困るっていうかなん
ていうかその……」
なぜか頬を赤くして嫌がる。
「別に臭くないと思うけどな。実際に指で覚えた方が早いかと思ってな。いいか?最
初にここを掴んで折り曲げる。そして、片手で押さえて、もう片方の空いた手で蓋するように折り曲げる。最後にテープでとめて完成だ。分かったか?」
「……ごめん。全然頭に入らなかったかも」
「だからね?もっかい言うよ?」
「もっ、もういいからっ!分かった!見ながら覚えるから大丈夫だよ!」
俺を押し戻すともう一度包み直そうとするが、やはりあまり綺麗とは言い難い。
「まあいいか。これ以上待たせたらうるさいやつがいるしそのまま出そう。おいおい
覚えればいいさ」
「……ちょっと僕3番行ってくる」
自分の洋服の匂いをくんくん嗅いでると思ったら急いでエプロンを脱いで事務所に
行ってしまった。
「悪いなお待たせ。ほら。これ新しいやつな。これがリナので、これがルカのだ」
「なんかリナのめっちゃ形悪いの!なんでこんなしわよっててクシャクシャで汚い
の!さっきとあんまり変わってない気がするの!ルカのと交換するといいの!」
「ダメだ!これはあたしのだ!」
俺が袋から出して見せたバーガーにケチをつけるリナ。
「はいちゃんと膨らんだバーガー二つな。こっちのつぶれたのは、あー、お前にやるリナ」
「お前今どこ見て言ったのか言ってみるといいの!ぶっ殺してやるの!」
リナが自分の胸を押さえてぶちキレる。
「じゃあな~英一~!またな~!」
「またおこしくださいませー」
「クビになるといいのー‼」
ご機嫌なルカと不機嫌なリナを乗せたタクシーを見送って窓を閉める。
厨房に戻ると、トイレから戻って来ていた白銀がチラチラこちらを見てくる。
「なんだよ」
「えっ⁉い、いやその、べつになんでもない、けど」
「なんだまたなんかやらかしたのか?怒らないから言ってみろ」
「違うから!そうじゃないよ!そうじゃなくて!」
「そうじゃなくてなんだよ」
「なんでもない!」
もーっと口を膨らませて鉄板の焦げカスを掃除する白銀。しかし、その後もやけに
視線がちらちらと気になる。
「あの、なんなんだまじで?」
「な、なんでもないよ別に」
俺と目が合うと急いで逸らす上になぜか言いたがらない。
「あー、うんこか?腹くだしてんだろ?ったくお前はそっちゅうつまみぐいするから
うんこしたくなんだよ。俺はそういうの気にしないから気にせず行ってこい。でもうんこかー。勤務中にうんこかー。勤務内うんこかー」
「ちっがうから⁉その勘違いほんとに不快だから今すぐやめてもらっていいかな⁉しかも気にしないとか言いながらめちゃめちゃ気にしてるし!どの口が言ってるのかな!さっきもうんこしに行ってたくせに!」
「はいはい早く行ってこいって」
「だから違うの!香水!つけてきたの!匂い気になるから!言わせないでよ!ほんと
そういう所だよね⁉」
「ああ硬水ね。お前あれはやめとけってあれほど言ってるのによ。あれは日本人の体
には合わないって。軟水にしとけって。だからお腹壊してうんこするはめになるんだよまったく」
「香水!ほら!分からないなら飲んでみるといいよ!ほらほらほら!体で覚えるといいよ!」
キレた白銀が口に香水を入れようとしてくる。
「やめっ!分かった!冗談だろ!分かってるよ!お前が急にそわそわして恥ずかしい空気出すから!わざととぼけたんだよ!ちゃんと良い匂いするから!」
「いいや許さないね!ちゃんと良い匂いするとか最低な答えだし!ほら!鼻が悪いんでしょ!ほら!鼻に直接入れてあげるよ!しっかり嗅ぐといいよ!」
「ごめんって!もともと良い匂いしてたよ!別に香水使わなくてもさっき近づいて教えた時良い匂いしてたから!だから恥ずかしかったんだよ!指摘するのが!別に油とか汗の臭いしねえから気にすんな!まじで!」
「え?さっき、ちょっと恥ずかしかったってこと?」
急に動きを止めて口を開けて尋ねてくる。
「いやまあ恥ずかしかったって言うか、教えるにはあれしかないかなって思ったし、途中でやめるのも意識してるみたいでキモかったからなんていうか、ああもうなんだよお前はどうしたいんだよ!この空気どうしてくれんだよ!」
「だ、だって、あんななんでもないみたいな顔してたから、驚いて……」
などと頬を赤く染め、もじもじし出す。
「おいてめえら減給すんぞ。いちゃいちゃすんな」
「うおっ!」
「ひゃあっ⁉」
突然後ろからあっちゃんが現れて殺意高めな声でこぼすため二人して驚く。
「ばっか別にいちゃいちゃしてねえよ」
「そ、そうだよ。し、してませんから」
「ふん。じゃあ嬢ちゃんには野菜の仕込みしてもらおうかな。後ろに来てくれ。英一
は前で皿でも洗ってろ」
と俺たちを引き離し仕事をさせようとするあっちゃん。ちなみに白銀が焦がした大
量のパティはなぜか消えていた。恐ろしい女だ。ほんとにお腹痛くなってトイレ行ってたんじゃないだろうな。
その後仕事を覚えてきた白銀は後ろで野菜の仕込みをしていた。
「ドッシャァァンッ!」
「ああああああああっ⁉」
大きな音と叫び声が響き渡り、何かが落ちる音がした。
「どうした?」
「どうしよう一ノ瀬くん⁉」
泣きそうな顔の白銀が近寄ってきた。
「またなんだよ」
「ピクルス全部落としちゃった!」
「手に油でも塗ってるのかお前は?」
「だ、だって!わざとじゃないもん!僕だってがんばってるもん!予約の注文そこそ
こ入ってるよーどうしよう!」
「あー、分かったきゅうり入れとけきゅうり。きゅうりが腐ったらピクルスになるっ
てばあちゃんが言ってた」
「なわけねえだろうが!殺すぞクソガキ!」
どうやらタイミング悪くあっちゃんが見に来ていたようだ。
「げっ、あっちゃん」
「お前らよくもまあこの一時間でここまでやってくれたな!クレーム十件に機械二台
破壊!俺が全部責任背負うんだぞ⁉」
「なんだあうちのばあちゃんが悪いってのか」
「てめえが悪いつってんだよ!ばあちゃんのせいにしてんじゃねえぞ!」
「あと白銀ちゃん!君次へましたらバイト代から引いとくからね!」
とうとう白銀にも厳しくなったあっちゃん。
「えええええええ⁉そっ、そんなあ!破産しますけど⁉普通にマイナスですけど⁉」
「どんまい白銀強く生きろ」
「足りねえ分はてめえから引くんだよ英一!てめえら死ぬ気でやれ!」
「なんだとお⁉やべ。ストレスでお腹痛くなってきた。ちょっとシェイク作ってきま
す」
「3番行ってきますだろうが!てめえ次その隠語使ったら殺すからな⁉」
トイレから戻ってくるとあっちゃんがいなかった。
「あっちゃんどこ行った?」
「なんか他のお店にピクルス借りに行ってくれるって」
「へー。よかったじゃん」
「申し訳ないです」
などと恐縮している白銀。
「いいんだよあいつは責任取るのが仕事だから。それ以外はエロ本読んでるかたばこ吸ってるだけだから、こういう時くらいこき使ってやれ」
「でも僕のせいで悪いよ」
「そんなことより、問題は、あいつがいない間どう乗り切るかってことだよ」
「そ、そうだよね」
また不安そうな白銀。
「おいおいなんだその顔は。この俺様がいるんだぜ?そんな顔すんじゃねえよ。任せろ」
「ふふっ。なんか、君はほんとにどんな時も変わらないんだね」
「なんだそりゃ」
「安心してきたな」
にっこり笑って、強張っていた肩の力が抜けている。
「そりゃよかったよ」
「うん!ありがとね!」
そう言って笑って見せた白銀の顔はいつものように柔らかかっ




