86話 「ハンバーガショップバイトヘルプ事件①」
秋も深まり、すっかり寒くなってきた十月の暮れ。学校が終わり、お家の中でスマホを片手にそわそわと歩き回りながら俺は人を待っていた。
「まだ来ねえのかよ。追跡情報は三時間も前に発送中で、すぐ近くの出荷場についてるはずだぞ。なぜ来ない」
落ち着きなく歩き回っていると、チャイムが鳴った。
「今行きます!」
チャイムが鳴り終わらぬうちに玄関へとダッシュする俺。配達員さんに労いの声をかけようとドアを開けると、目の前に立っていたのは泣きそうな顔の白銀だった。
「たっ!大変なんだよ一ノ瀬くん!もうほんとにどうしようもなくてっ!君しかいないんだ!今すぐ一緒に来て⁉」
切羽づまった様子で、早口でまくし立てると、俺の服の袖を引っ張り連れ出そうとする。
「やだよ。なんで配達員さんじゃなくてお前なんだよ。俺は今今後の人生を左右すると言っても過言ではない瀬戸際なんだ。他を当たりな」
「そんなことよりこっちの方がやばいんだよ!どうせ大したことないんでしょ⁉とにかく事情は歩きながら話すから急いで着替えてきてよ!」
「やだ!今家を空けるわけにはいかねえんだ!お前こそどうせろくでもないこと持って来たんだろ!あさぎにあたれよ!俺は今忙しいんだ!」
そう言ってドアを閉めようとするが押さえられる。
「あさぎちゃんにはできないようなことなの!お願い!君しかいないの!助けると思って!ね⁉」
「俺は今忙しいの!どうせ腹減って死にそうなんだろ?分かったよほら。このあらびきソーセージやるからさっさと帰んな」
「ち・が・う・よ!そんなことじゃないよ!ていうか一体なにがそんなに忙しいのさ!そんなに言うんだったら話してみてよ!」
「あのな?最近寒くなってきただろ?それでな?この時期は夜トイレに行くのがつらいんだ。俺は夜中にお腹が痛くなることがよくあるからな。そんな悩みに直面していたらだ、町で妖しげな妖気を放つ老婆に声を掛けられた。
『この金を産むがちょうをおまえにやろう。このがちょうにうんこをすると、次の日には金に変わるんだ。ただしひとつだけ約束するんじゃ。毎日必ず綺麗に磨け。さすればがちょうはお主に応えるじゃろう。ほい五万円』と。
こいつで俺は億万長者になるんだ!今からそいつが届くんだ!分かったらこのソーセージ食って帰んな!しっしっ!」
「そんなしょうもないことで帰らないよ!ほんとにしょうもないし!君完全に騙されてるからね⁉僕でも分かるよ⁉大体その話おまるじゃないから!うんことか汚いものじゃなくて、金を産むがちょうの童話の話だよね⁉そのがちょうのおまるは金じゃなくて菌しか生まないから!それ以前にその年でおまるなんか買って恥ずかしくないの⁉」
などと俺のがちょうくん、名付けてグーフィーくんにケチをつけ始める。
「恥ずかしくない!お前は俺が金持ちになるのを僻んでいるんだな⁉俺をだまそうったってそうはいかないぞ!お前には金分けてあげないからな!この泥棒めが!」
「そんな日は来ないの!っていうか!時間ないから早く来て!そんなことよりこっちはほんとにまずいんだよ!お願い助けてよ!」
「そんなこととはなんだ!もし俺のいない間に配達員さんが変な気を起こしてがちょうを奪ったらどうする気だ!」
「配達員さんが荷物の中身と住んでる人を見て通報するようなことはあっても盗むことは絶対にないから!もうお願い早く!ほんとに怒られちゃうよ!」
潤んだ瞳に泣きそうな顔で上目遣いで懇願されるとこちらも見過ごすわけにはいかない。がちょうは後日再配達してもらうことにした。
「はあ。わーったよ。まったく。どうせほんとに大ピンチなんだろ?今度はどうした?一体どんなトラブルを持って来た?」
俺は上着を羽織ると外に出てドアを閉める。白銀の隣を歩きながら話を聞く。
「ありがとう!ほんとに助かるよ~!こんなとき助けてくれるの君とあさぎちゃんくらいしかいなくて!」
などとソーセージをくわえながら安堵したように告げる。ほんとに急いでるんだろうな。
「それで?」
「うんそれでね、実は今バーガーショップでバイトしてるんだけど、今日のシフトは僕含めて5人いたんだ。でも昨日四人で飲みに行ったらしくて、その時に四人とも風邪もらっちゃったようでね。今日僕一人しかいなんだよ!他のバイトの人がヘルプに来る予定だったんだけど、四人全員ともトラブルに巻き込まれて来れないってなって!僕一人で出勤ってなって!それで君に泣きついたんだよ」
「なるほどなー。それは確かに大変だ。ただでさえ災害級のお前が一人なうえに、しかもヘルプ全員不幸になってるあたり流石だと言わざるを得ないな。あと四人で飲みに行ってお前はハブられてるあたり辛いな」
「そっ、そんなことまで気づかなくていいの!」
顔を赤くして軽く睨んでくる。
「じゃあ今お店は誰が回してるんだ?」
「店長と店長と古い付き合いの元従業員さんの人。最低あと一人は欲しいってなって、君のところまで走ってきたってわけ」
「ふーん。なるほどなー。でも5人で回せるくらいだろ?その古い友人は元従業員だし、結構仕事できるとみると、二人分くらいの仕事はしそうだし、俺がまあ頑張れば、一人分くらいの戦力にはなるしぎりぎり……」
言いかけて白銀を見た。
「マイナス一して総合で二人分くらいの戦力かー。うん。厳しいな」
「なんで僕はマイナス換算なのさ!僕だって皿洗いとかレジとかくらいならできるもん!」
むきになって怒ってくる。
「じょ、冗談だろ冗談。まず俺はお前に仕事教えてもらわないと何も分からないんだし、期待してるぜ先輩」
「せっ、先輩⁉」
その響きの余韻に浸って気持ちよさげにしている白銀。
「まっ、まあ困ったことがあったら何でも僕に聞いたらいいよ後輩君!いつでも力になるよ!」
「分かるよ白銀。俺もサッカー部時代は後輩ができてウキウキしてたものだ。あいつらからはヒーローだと崇められていたな」
「え?そうなの?君そんなにサッカー上手なの?」
「うんこ拾いにおいて俺の右に出る者はいなかった。後輩にはありがたがられたものだ」
「へ、へーそ、そうなんだ……。そ、それでヒーローか。な、なんかごめんね?」
可哀想な人を見る目を向けられる。
「ばっか謝んな泣きたくなるだろうが」
「あ、あはは」
話しているうちにバイト先のバーガーショップに着いた。そこまで大きくない道路に面して建っていて、店の中も人は少ない。そんなに忙しくはなさそうだ。
「おはようございますー」
「ございまーす」
裏口から控室に入ると、厨房の方から忙しそうにドタバタ駆け回る音が聞こえてきた。
「店長!ヘルプの人連れてきましたー!」
白銀が厨房をのぞいて叫ぶと、店長らしき人の声が返ってきた。
白銀の声に店長と思しきおじさんが駆けつけてきた。
「君が友達かい⁉ よかった助かったよお! じゃあ白銀くんは帰っていいからね! お疲れ様!」
「あれえ⁉ どういうこと⁉ 人少ないのに僕帰っちゃったらマズくないですか⁉」
しれっと帰されそうになる白銀。
「いやほら、今日はあれだから。お客さん少ない日だから! 大丈夫だから! ね!」
「いやでも僕が連れてきたんですから責任もって教えないとですし! 大丈夫です残ります!」
「いやいや! 私の古い友達も来るからほんとに大丈夫! 帰って休んで! 風邪流行ってるし! ね⁉ 勉強しな⁉」
「いやいやいやいや! 生活かかってますから! 絶対帰りませんから! なんなら閉店までやる覚悟です!」
意地でも帰ろうとせず言い返す白銀。帰るどころか居残る気らしい。
「いいから帰りなさいよ! ただでさえ人いないのに君と新人両方のめんどう見れないの! 正直言っていない方が助かるの!」
「ああっ! ひどい! 新人よりは僕の方がいいじゃないですか!」
店長もしびれを切らしてとうとう本音を漏らしてしまう。
「ごめんだけど新人の方がいいの!」
「がーんっ」
涙目で助けを求めるように俺の方を見つめてくる白銀。
なるほど。人が欲しいというのは白銀の代わりの人が欲しいということか。
「あっ、もしもし? どうされました?」
ここで、店長に突然電話がかかってきた。
「今からですか⁉ 緊急会議⁉ ええ⁉ こっちも今お店の状況が――――」
電話を切った店長がこっちに戻って来る。
「ごめん今から会議入ったから、行かないといけなくなっちゃった。私ぬけちゃったら二人になっちゃうから、白銀さんもいていいことになったから」
「やったあ! ありがとうございます!」
「でも、分かってるよね? 次床掃除の洗剤が入った水バケツを、フライヤーの油にぶちまけたらその場で帰ってもらうからね?」
「は、はい! その節は本当にすみませんでした!」
「なにやってんだお前はほんとに」
「一度ならいいけどすでに三回してるからね」
もはやバイトテロだろ。
「じゃあ二人とも頼んだよ! すぐにヘルプのお兄さんが来るから後はその人の指示に従ってね!」
そう口早に告げると慌てて出て行った。
「なんか緊張するなー。怖い人だったらどうしよう」
白銀は不安げな顔だ。
「大丈夫だろ。だったらその場でやめますよ?って脅せばいいんだよ」
「いい根性じゃねえか」
聞こえていたようで、店長代理の男が控室に入ってきた。
「げっ」
男は顔を見た途端に大きく口を開け、顔を歪ませる。
「「ヘルプってお前かよ!」」
お互いに同じことを叫ぶ。
そう。ヘルプの男はなんちゃって警備員の加賀あつしだった。
「おいおい遊びじゃねえんだぞ?お前に仕事が務まんのか?」
「こっちのセリフだガキが!誰に口きいてんだお前は!お前役に立つんだろうな!」
怒鳴ってくるあっちゃん。
「え?え?」
かたまって交互に俺たちを見る白銀。
「俺はバイト経験はそれなりにあるんだよ。飲食店もやったことある。戦力にはなる
ね。問題はお前だ。石を拾うこととカブトムシを捕まえることしかできないお前に店長代理が務まるのか?バーガーに石とか入れるんじゃねえぞ?」
「それ以外もできるわクソガキが!こちとら社会人だぞ!なめるんじゃねえ!お前こそトイレに籠ることしかできねえだろうが!ずっとトイレ掃除してて終わりだろうが!」
「あのー、二人は友達なの?」
ずっと黙って聞いていた白銀がおずおずと尋ねる。
「「ちげえ!」」
「ひゃあっ⁉」
俺たちの大声に縮こまる白銀。
「おいおっさんのくせに叫ぶんじゃねえよ。白銀が怖がってるだろうが。年考えろ年」
「うるせえ。おじさん関係ねえだろうが!大体俺はまだ35だ!おっさんじゃねえ!」
「十分おっさんだっての」
「ま、まあまあ二人とも喧嘩はそれくらいにして今日だけでも仲良くしませんか?
ね?」
恐る恐る間に入って仲介しようとする。
「「ふん」」
白銀の無害さにあてられ、俺たちはとりあえず協力することにした。
「よしじゃあ今はお客さん少ないから二人で足りてる。お嬢ちゃんこいつに最低限使えるように仕事教えてあげてね。えっと、名前はなんだったかな?」
「あっ、はい!白銀ゆきといいます!よろしくお願いします!」
緊張しているのか少し気を張っているように見える。
「ゆきちゃんね。よろしくね。俺は加賀あつし」
「スケベだから気をつけろ」
「え?そうなの?」
「余計なこと言うんじゃねえぞ英一!俺はすけべじゃねえ!」
むきになって言い返してくる。
「石にしか興奮しねえ変態だから気をつけろ」
「俺は人間の女の子がタイプだよ!うそばっかりつきやがって」
「そう言えばさっきここに来る途中で石拾ったんだけどよ。これ見てみ」
「お?見せてみろ。ふむふむ。おお。これはまた独特な石を。この曲線、エロいな。
そしてこのくぼみがまたいい味を……はっ⁉」
覗き込んですっかり夢中になっているところを、白銀の訝し気な視線で我に返る。
「ほら見ろ変態だ」
「てめえはめやがったな⁉」
「変態」
なぜか俺にジト目を向けてくる白銀。
「俺かよっ⁉」
こうして挨拶も済ませ、仕事に入ることになった。制服に着替えて厨病に向かう。
「俺は後ろで電話対応とか他店へのヘルプ要請とかするから何かあったら呼べ。い
や、何か起こる前に必ず呼べ」
「あいあいさー」
「はい!」
タイムカードを押すと二人で仕事用の靴を履く。
「よーし。じゃあ最低限のこと教えるね!これがバンズを焼く機械で、ここがパティ
を焼く鉄板。その向かいのここがポテトとかオニオンフライを揚げるフライヤーです。大体この三つで作ります」
白銀が丁寧に案内して説明してくれる。
「あっ、バンズとかパティって分かる?」
「あー。たしか、バンズがパンのことでパティが挟む肉のことだったか?」
「そう!流石だね!じゃあ次は前に来て」
後ろの方の厨房から前の方のカウンター付近に移動する。
「ここがレジで、その奥の方に洗い場があるの。ここで洗い物をします。で、ちょっ
と戻って左奥にドライブスルー用のレジがあるの。ここの窓を開けると車が止まる所が見えるよ。大体こんな感じかなー。ここら辺はお客さんに見えるから気をつけってもう鼻ほじってるし⁉ストーップ‼鼻ほじるの禁止!お店つぶれるから!」
「やる気スイッチ押してたんだよ」
「どこにスイッチがあるのさ!ていうか思いっきりほじってたけどね⁉今日は絶対鼻ほじらないで!」
「おいおいそんなことしたら能率が50%落ちるぞ」
「君の構造は一体どうなってるの!」
お客さんから俺を隠して見えないようにしながらツッコんでくる白銀。
「分かったよ。じゃあどうしてもほじりたくなったらこの手袋付けて、後ろの方の厨房でほじってよ。こら!鼻くそとばさない!フライヤーとか鉄板に入ったらどうするの⁉君はほんとに!」
腰に手を当ててもーっと怒る白銀。
「ふあー。おーし。スイッチ入ってきたぞ。まあまあ任せとけって。これはイラつくお客さんに対する態度だ。普通のお客さん用の接客は心得てる」
「イラつくお客さんにやってもダメだから!クレームにつながるでしょ⁉君僕のこと
言えないんじゃない⁉よくクビにならなかったね⁉」
「本気を出せば俺の鼻をほじる速度は最速で0,1秒を切るからな」
「どんな特技身につけてるのさ。鼻血出るよ?」
「イラつくお客さんにバレないようにつけるのにハマってたこともあったな。ほら。お前も小さい時くっつき虫バレないようにつけたりしただろ?それと一緒だ」
「一緒にしないでもらっていいかな⁉大体君いくつ⁉最低すぎるんだけど!」
白銀があまりにうるさいので手を洗って鼻は極力ほじらないことにした。
「あ、そうだ。これインカムね。これつけて。ドライブスルーの車が来たらピッピッ
て音が鳴るから。そしたら横にボタン三つがあるんだけど、一番上を押すと声入るから。もう一度押すと声が切れます。二番目は音量を上げる時ね。一番下は従業員同士での連絡の時に押すとインカムつけてる人にだけ聞こえるから」
「ピッ。うんこ行ってきます」
「最低すぎる業務連絡しないで!早すぎるよ!あとトイレはお客さんに分からないように『3番行ってきます』って言うの!」
『はい?』
インカムから知らないおばさんの声が聞こえた。
「君一番上押したでしょ⁉お客さんに声聞こえてるし!いつからいたの⁉多分さっき僕がインカムつけないで教えてた時だ!君が出てよお!」
「うっ。お腹がもう限界だっ」
「君覚えておくといいよ!」
涙目で恨みがまそうに見てくる白銀。
「冗談だろ。俺が出るよ」
『ピッ。大変失礼いたしました。お待たせいたしました。ご注文お決まりでしたらどうぞ』
『はい。チーズバーガーとポテトMサイズとコーラLサイズひとつで』
『ありがとうございます。お車お気をつけてお進みください。ピッ』
俺はインカムを切ると白銀に親指を立てる。
「すごーい。ドライブスルーとったことあるの?」
驚いた顔で両手を顔の前で合わせて見つめてくる白銀。
「初めてだが、まあ、お客さん側で来たことあるし、飲食店で働いたことあるから
な。適当だけど、どこも似たようなもんだろ」
「なーんだちゃんとしたらできるじゃないか。僕も今日は頑張るぞー!おー!前の接客も後ろのフライヤーもパティ、バンズも全部コンプリートだっとっとっおっ⁉」
白銀がそう意気込んで一歩踏み出すと、そこだけ油が漏れていたようで、つるっと足を滑らせる。盛大にこけ、片方の業務用シューズが飛んでいく。そしてもう片方の足も滑ってそっちの靴は真上に飛び、靴下まで脱げてしまう。前に飛んでいった靴はレジ付近まで飛ぶと、その向かいの食器置き場にぶつかり、重ねておいてあったガラスのコップが地面に落ちて割れる。
「ガッシャアアッッン‼」
そして真上に飛んだ靴は天井にぶつかるとフライヤーの中に落下し、油が跳ね散る。靴下はそのままバンズを焼く機械の中に挟まり、ビーッビーッと甲高い音が鳴り響く。
「ほんとに全部コンプリートだよ!もう何もすることなくなったよ!終わりだよ!全部使えねえよ!閉店だよ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
うずくまって謝る白銀。
「とりあえず立てるか?」
泣きべその白銀の腕を掴んで立ち上がらせる。
「なっ、なんの音だあ⁉」
慌てたあっちゃんが駆けつけてきた。
「英一!何があった⁉」
「コップ7個破損。フライヤー異物混入。バンズ機械故障」
「まだ来て五分も経ってないんだがああああああああああああ⁉」
あっちゃんの叫び声が響き渡る。
「ううっ。すいませんすいません!本当に申し訳ありません!」
頭を下げてひたすら謝る白銀。
「お、お嬢ちゃんがやったの?」
「はっ、はいぃっ!」
「な、何があったの⁉けがは⁉」
「怪我はしてねえよ。ちょっとドジったんだよ。生粋のドジっ子なんだよ。おっちょこちょいなんだよ」
「ドジとかおっちょこちょいで済むレベルかあ!何があった英一⁉説明しろ!」
「油が床に零れてたのが悪いんだよ。それで滑って転んで飛んでった靴でコップが落ちて、もう片方の靴がフライヤーに入って、靴下がバンズの機械に挟まったんだよ」
「どんなミラクルだよ!もっとましな嘘つけ!どうせてめえがやったんだろ⁉」
信じてないあっちゃんが俺に詰め寄る。
「ほんとだよ。俺はこれをミラクルドジと呼んでいる」
「やかましいわ!」
頭をガシガシかいて、大きく深呼吸すると、顔を上げるあっちゃん。
「まあいい。コップは予備がある。フライヤーは油を全部換える。バンズの機械はちょっとエラー起こしただけだ。まだ大丈夫だ。英一はスルーの会計の仕方は分かるか?」
「まあ多分できる」
「じゃあお客さん待たせてるからそこを先に頼む。少し時間をもらえるように交渉してくれ。お嬢ちゃんは怪我はないんだな?」
「はっ、はい」
「じゃあとりあえずトイレで身だしなみ整えてきな。その後でいいから床の油を拭いといてもらっていいか?俺は片付けと対応するから」
と冷静に指示を出し、気遣いを忘れないあっちゃん。
「あ、あの、ほんとにすみませんでした」
身を縮こませて、申し訳なさそうに謝る白銀。
「いいよ怒ってない。若いうちはできるだけ派手に失敗しとくもんさ。いい経験になったな。でももう転ぶなよ」
「はっ、はい!」
顔をパーッとさせて元気よくトイレに駆けて行く白銀。
「かっこつけやがって」
「俺はもともとかっこいいんだよ」
「ミスしてたのが俺だったらぶちぎれてたくせによ」
「ったりめえだ。てめえはミスしても申し訳なさそうにもしねえだろうが」
「まあな」
「飲食店で鼻をほじるんじゃねえ!殺すぞガキ!」
「手袋してんだからいいだろうが」
「さっさと手袋替えてこい!」
まったく。なんだこの対応の差は。
その後お客さんに少し時間がかかることを伝え、待ってもらうことになった。そして身だしなみを整えた白銀が戻って来て油を拭く。
「なんかお前雑巾で床掃除するの様になるなあ」
「それバカにしてるよね!」
ムッとした顔で見上げてくる。
「なんかお前こういう不憫な感じの仕事似合うんだななあ」
「しゃべってないで君もやることやりなよ!」
「もう会計は終わったし、ドリンクも入れた。あとはバーガーができるのとポテトが
揚げあがるの待ちだ」
「え、ドリンクの入れ方教えたっけ?」
驚いたように聞いてくる。
「紙コップの大きさ見たら大体サイズの違いくらい分かる。基本的な簡単な飲み物は
ドリンクサーバー押すだけだから誰でもできるしな」
「ううっ。僕ドリンク入れれるようになるの一か月かかったのにっ」
「まっ、まあ個人差は、あるわな。うん」
「誰でもできる仕事なのにっ」
俺の言ったことを繰り返して自虐する。
「悪かったよ。俺は経験がそれなりにあるんだよ」
「ううっ。僕バイト何十個も経験してるのにっ」
「ま、まあ、お前はなんだ、その、あれだ。マイペースなんだよ。いいことだ。自分
のペースを大切にできる人は貴重だぞ。うん。それに今できるんだからいいだろ?」
「もう来月でクビ決まってるのにっ」
「もうお前めんどくせえよ。無理だよ。これ以上フォローできねえよ。なんて言えばいいんだよ。なんでクビ決まってんだよ。一体何したんだよ」
「いっぱいあるけど、決定的だったのは電気と間違えてブレーカーを十回落としちゃったのと、オーダー見間違えて入れたドリンク飲んでいいよって言われて、二回に一回くらい飲み物入れ間違えて飲んでたのを怒られたのに三か月治らなかったことかな」
「そりゃクビだよ。どんな聖人でもクビにするよ」
なんで二回に一回間違えても飲むんだよ。いやしすぎるだろうが。そういうとこだぞ。
「わざとじゃないんだよ⁉僕だってこれでも一生懸命真面目にやってるんだよ⁉」
「ポテトつまみ食いしながら言うんじゃねえよ。説得力がねえんだよ」
「おいお前らちょっと来い」
話していると、あっちゃんに厨房の方から呼ばれる。
「今からチーズバーガー作るから作り方見とけよ。俺は後ろに下がるから現場は基本的にお前らに任せる。お前らで作るのもしてもらう。と言っても簡単だし、目の前の壁にマニュアルは貼ってある。なにかあったらいつでも呼べ」
どうやら俺たちが話している間にあっちゃんが調理して、お客さんに商品まで渡して対応したようだ。気づかなかった・
「わかりました!」
白銀が元気よく返事する。
「お嬢ちゃんはどこまでできる?」
「えっと、バーガーは作れなくて、基本前の方の接客、インカム取る、トレイで席ま
で運ぶ、紙袋につめて持っていく、洗い物するとかの仕事してました。フライヤーとかの揚げ物やバーガーつくりは熱いしはねたら危ないからって男の子がやってました」
「OK。じゃあ君はいつも通りやってくれればいい。揚げ物とバーガー作りは英一にさせる。もしかしたら英一がフライヤーまで手が回らなくなるかもしれないから、フライヤーだけサポートくらいできるようにだけ簡単に教えるから」
「わかりました!」
少し緊張した面持ちで返事する白銀。
「おい英一。よく聞いとけよ。まずパティを焼かないといけないんだが、これは鉄板に置くだけでいい。そして蓋してタイマーを二分押す。これだけ。鳴ったらフライ返しで裏返してまた二分焼く。これでパティはよし」
「おお」
「次にバンズを焼く。これは機械に入れるだけ。そしたら勝手に焼いてくれて、音が
鳴ったらボタン押す。それだけ」
「ほお」
「パティとバンズが準備できたら次はここに来い」
色んなソースや調味料が置いてある台についていく。
「ここに作り方は細かく載ってる。この通りに作ればいい。分量と順番は必ず守れ。
この通りに重ねてバンズで閉じると紙で包んで完成だ」
「なるほど。なんとなく流れはわかった」
「それでいい。やってれば慣れる。分からなかったら俺を呼べ」
「了解」
「質問は?」
「フィッシュバーガーとかエビフライバーガーはどうやって作るんだ?」
「いい質問だ。今説明したのはパティがお肉のバーガーのみだ。フィッシュバーガー
やエビフライバーガーはここで揚げてからつくる」
そう言うと今度は反対側のフライヤーの方まで行く。
「ここで揚げる。それぞれ揚げる時間が決まっている。それもここに書いてある」
壁に細かく時間が書いてあった。
「ここは少しだけ難しいからよく聞いとけ。お嬢ちゃんもね」
「はい」
「まず物は全部すぐ横の冷凍庫に入ってる。ここから取ってフライヤーに入れる。左
隣にそれぞれの時間がセットしてあるタイマーが7個ほどある。この中から一つ押す。フィッシュだと二分。エビフライだと四分」
「ほおほお」
「は、はい」
白銀は一応ついてきてはいるようだが、複雑な表情をしている。
「ポテトやオニオンフライもここで揚げる。これらは量が多いから網かごに入れてま
とめて揚げる。網の下に他の揚げ物がこないように気をつけるんだ。ポテトは揚げ終わったら横の台で塩までふる。同じ時間の揚げ物は間違えないように気をつけること」
一応説明が終わったようで、俺たちの表情を伺う。
「分かったか?」
「まあ」
「な、なんとなく。はい」
不安そうな白銀。
「大丈夫だ。基本俺がやる。お前にやってもらう時は俺がフォローするから心配する
な。放置はしない」
「ほ、ほんと?」
「ああ。任せとけ」
「なんか今日は君がかっこよく見えるかも」
「ほじほじ」
「ごしごし。そろそろ眼科行こうかな」
そんな金などないくせに失礼なことを言う白銀。
「てめえその手で触ったら殺すからな!」
「わーってるよ」
「鼻は絶対にほじるな!分かったかガキ!」
「分かってるよあっちゃん」
「あつしさんと呼べ!」
とキレるあっちゃん。
「とにかく分からなかったらすぐ呼べ!何か起きる前に呼べ!呼ぶべきか迷った時点
で呼べ!いいな!」
「はい!」
「あいよー」
というわけで俺たち二人でなんとかすることになった。
「大丈夫?いけそう?」
「んー、わからん。頑張るとしか」
「なんだか余裕そうだね」
「まあ変に気張ってもな」
「君はいつもそうだよね。飄々としてるっていうか、落ち着いてる?ほげーっとして
る?」
などとしっくりくる言葉を探して首を傾げている。
「ほげっとしてたらただのアホだろ」
「あはは。でもほんとにそんな感じなんだよね。こういう時は頼もしいけどね。こっ
ちまで落ち着いてきたよ」
そういう顔は少し余裕が出てきたように見える。
「あ、いらっしゃいませー」
レジにお客さんが来て、白銀が対応しに行った。
そしてモニターに注文が入る。
「テリヤキチキンバーガーとポテトSひとつね。ドリンクは白銀に任せるか」
そしてパティを焼こうとしてひっかかる。
「照り焼きチキン?これって鉄板で焼いていいのか?」
「おいあっちゃん!お前照り焼きチキンの説明してねえぞ!」
俺は後ろの事務所まで聞きに行った。
「なるほどグリルで焼くのね。三分と」
この間にバンズを焼いて、ポテトをフライヤーに入れると。前を確認すると白銀が
ドリンクを入れていた。
よしよし。問題なさそうだ。こういう感じか。バンズが焼き終わりブザーが鳴ると
同時に照り焼きチキンとポテトのタイマーが鳴った。
「同時か。いいぞ」
照り焼きのタレにつけ、ポテトをかごごと上げると塩をふる。
「よーし白銀あがるぞー」
レシピ通りテリヤキチキンバーガーを作ると、ポテトを小袋に入れてトレイに添え
る。
「ドリンクは先に持ってったから、これで全部できました!いえい!」
と嬉しそうな白銀。
「パンッ!」
ハイタッチして微笑み合う。
「やるじゃん!」
「お前もな」
そしてその後五回ほどオーダーが入り、二人とも慣れてきた。今のとこ重ねて二つ
入るなどはないため二人で対応できている。
「じゃあこれできたからお願いな」
俺はできあがったハンバーガーを白銀の持っているトレイに置く。
「うん。持ってくね」
しかし。白銀が慌てて戻ってきた。
「いっ、一ノ瀬くん大変だ!これレタス入ってないって!」
「まじ⁉すまん!今入れる」
「うん!」
「えっと、バーガーは?もう口つけちゃった感じか?」
ハンバーガーはないようで、一から作り直すべきなのか問いかける。
「えーっと、う、うん、そ、そうかも」
「嘘つけ!口元にソースついてんぞてめえ!食いやがったな⁉」
「だ、だって!美味しそうだったんだもん!」
「だもんじゃねえ!また一から作んのかよ!」
この野郎。始まったな。つまみ食いってレベルじゃねえぞ。完食しやがって。
「一ノ瀬くん大変だ!」
しばらくして今度は別の注文の品を運びに行った白銀が戻ってきた。
「どうした?」
「今度はトマトが入ってないって」
「ええ⁉ほんとにすまん!作り直した方がいいか⁉」
一応トレイにハンバーガーは乗ってはいるが、口がつけてあるため確認する。
「ううん!今度は怒られないように食べなかったよ!」
「えらいぞって口元にトマトついてんじゃねえかてめえ!トマト食ったのお前だろ!
さっきのレタス食ったのもお前だろ!しかも今回はバーガー食べかけだから食わなかったな⁉」
「ぴゅーるる~」
下手くそな口笛を吹いてごまかそうとしている。
「一ノ瀬くん大変だ!」
また運びに行った白銀が戻ってきた。
「今度はどうした?」
「セットなのにジュースがないって!」
「お前が入れ忘れたんだよ!俺に言うんじゃねえ!」
「でもバーガーないし」
「なんで当然のように食べてんだよ!飲み物入れればいいだけだろうが!」
「お腹空いちゃって。ごちそうさまでした」
「うるせえ!金を払え!」
行儀よく両手を合わせてちょこんとお辞儀までしてくる白銀に苛立ちを覚える。
「一ノ瀬くん大変だ!」
何度目かになる白銀がやってきた。
「あーん?」
「なんか消えちゃった!」
「大概にしねえとてめえをバンズでサンドしてやろうか⁉なんかってなんだなんかっ
て!」
よくそれで通じると思ったな。ていうかこいつの腹はいったいどうなってるんだ。何個ハンバーガー食ったんだよ。
そしてそれから一時間程経った。すると、案の定いつも通りお腹が痛くなってきた。
「白銀、緊急事態だ。俺はトイレに行ってくる」
「ええっ⁉僕一人⁉むっ、無理だよ!」




