82話「スーパーでは静かに買い物しましょう」
「おっしゃあ!特大セールだあ!」
平日、スーパーマーケット前。平日にも関わらず学校を休んでまで俺がここにいるのには理由がある。そう。今日はお家の近くのスーパー、楽大スーパーが年に一度の特大セールを行う日なのだ。野菜やお肉などの食材はもちろん、ティッシュペーパーから洗剤まで日用品が大安売り。そして何と言っても俺の狙いはそう!トイレットペーパーだ!いつも300円とお高いトイレットペーパーが今日は198円!しかも何パック買ってもOKときた。これは買わない手はない嘘ではない。脳内で有心論が流れ出すレベルだ。
「トイレットペーパー買いまくるぞお!」
勢いよく店内に突入するが、中は主婦のおばさんたちで非常に混みあっていた。
「どけどけどけどけえ!ババアどもお!俺の紙に触れるんじゃねえええ!全部俺のもんだあ!」
勢いのまま突き進もうとするが、主婦のおばちゃんたちの隙間のない団結した守備システムと身長18
0センチ越えのサッカープレイヤーばりのタックルで吹っ飛ばさる。
「ぶほおっ⁉」
ば、ババアどもお!
再度ぶつかりにいくがビクとしない体幹でつけ入るすきもなく、あっという間にトイレットペーパーが減っていく。
「や、やめろおおおおおおお!」
買い損ねたトイレットペーパーに悔し涙を流し地面に倒れていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「日にちよし!時間よし!場所よし!うん!今日は何も間違えていない!今日こそはセール品を買うんだ!すごい!食べ物がこんなに安いよ!
えーっとじゃがいも、にんじん、玉ねぎっと」
「ちょっとお姉ちゃんいいかい」
警備員らしき人の声が聞こえてきた。
「はい?なんですか?」
「なんですかじゃないよね?今鞄に入れたよね?おじさん見てたよ。ちょっと一緒に来てもらおうかな」
「ええっ⁉ち、違います僕はちゃんとかごに入れてってええええええ⁉かごじゃなくてバッグ⁉」
自分がかごではなくカバンに入れていたことに気づいたようだ。
「ち、ち、ち、違うんです!これはかごと間違えただけで!本当に買う気だったんです!」
首と胸の前に掲げた両手を必死に横に振り、焦った顔で懸命に弁解しようとする。
「言い訳は警察でしてねー。はいちょっと来てね」
「いやーーーーーーーー‼セール品が売り切れちゃうううう!なんでいつもこんなのばっかりなのー⁉ていうかこんな形で捕まるの嫌すぎるんですけどー‼」
そのまま店の裏に連れていかれる。
「アホすぎるだろあいつ」
俺は白銀ゆきの後姿を見送って同情の念を送る。
三十分後。
「ううっ。ひどいよ。わざとじゃないのに。ほんとに買う気だったのに。結局また買えなかった。ううっ」
泣きながら店の裏から出てきた白銀。
「ったくなにやってんだお前は」
「ん?一ノ瀬くんだ。君も買い物?」
「そうだよ。しゃーねえなあ。ほらよ。俺が代わりに買っといてやったからこれやるよ」
「へ⁉嘘お⁉ありがとお!よかったあ!君がいてくれてほんとにたすかってこれトイレットペーパーじゃないかあ!」
しゃべってる途中で俺の差し出したトイレットペーパーを見て叫ぶ。
「最後の一つだったんだぜー。俺もついてるぜ。あのクソババアどもまじゴリラ。良かったな。これでしばらくは困らないだろ。一つだけだからな」
「要らないから!僕はやぎじゃないからそんなので生活していけないから!なんでそんな顔ができるの⁉話聞いてた⁉」
「いやお前だからっていくら安くてもキッチンペーパーはやめとけって。あれはケツいたすぎて血出るぞ。いくら金ないからってあれだけはおすすめしねえぞ」
「そんなこと誰も言ってないよね⁉君と一緒にしないでくれるかな⁉急に経験談語り始めてさ!」
「わかった。怒んなよ。食材はあれでも、まだ売れ残ってるものはあるぜ。俺がいいもん教えてやるよ」
「ほんとっ⁉じゃあ僕カート持ってくるからちょっと待ってて!」
そう言うやいなやカートにかごを乗せて戻って来る。
「そうだ!ドレッシングは⁉ドレッシングはどうなってるの⁉」
何よりも先にドレッシングを求めて調味料コーナーへ急ぐ白銀。
「なんでそんなにドレッシングを―――」
聞きかけてはっとする。
「お、お前っ、雑草にかけるドレッシングを探してっ。今度本当の野菜差し入れしてやるから―――」
あまりの不憫さに涙を禁じえずにいると、その横で俺のかごにドレッシングをしれっとまぎれこませる白銀。
「おい」
「へっ⁉あっ!いっけない!間違えたや!ごめんついつい手が滑って」
「人に買わせようとしやがって。まあいいんだけどねこのくらい。買うよ」
「良いの⁉じゃあちょっと待ってて!これとこれとこれと!あとあれも取って来る!」
「誰がここぞとばかりに持ってこいと言った!国産牛コーナーに向かうな!厚かましいんだよ!」
「冗談でしょもう。そんな図々しいことしないよ。よいしょっと」
笑いながら戻って来てかごに入ろうとする。
「かごに乗って買われようとするな!どこのスーパーで人間を売ってんだよ!」
「もう疲れたんだよ!しんどいんだよ!僕を養ってよ!毎日お腹いっぱいご飯を食べたいよ!」
キレて俺につっかかってくる。
「そ、そうだよな。お前は頑張ってるよ。分かったじゃあ特別にお肉入れていいから頼むからかごから降りてくれ。頼むから自分を安売りするな。トイレットペーパーより安いなんてひどすぎる」
「勝手に僕を安売りしてるのは君だよね?僕一言も値段について言ってないんだけど。君が一番ひどいよね?トイレットペーパーより安いのは本当にひどいよね?」
「じょ、冗談だろ?」
頬をふくらませむくれつつも、しっかりお肉はかごに入れる白銀。
「じゃあごちそうさまですっ!」
お肉を入れた瞬間涎を垂らしお礼を言う。
「はいはい」
その後もバレないように俺のかごにお菓子を放り込もうとする白銀を制止ながら店内を回る。
「おいっ!これは絶対に買っといたほうがいいぞ!最高にコスパがいい!」
「なになに?」
「うんこ取れる取れる洗剤!うんこほいほいブラシだ!うんこを踏んだ時の必需品だ!」
「要らないからそんなの!なにそのダサい名前は!聞いたことないから!」
呆れ顔でツッコむ白銀。
「なんでこんなの置いてるのさこのお店は」
「俺がごねて発注させた」
「恥ずかしい!やめなよそういうの!」
「次はこれだ」
俺は次の場所まで案内する。
「いいか。この白い液体は体に悪い。毒が入っていてお腹を下すようにできている。なぜこんなものが市販のスーパーに置いてあるのか。俺は恐らくトイレ業界の策略だとふんでいる。これは絶対に買っちゃダメだ。これを見かけたら棚の奥においやって値札を裏返しにしておくんだ」
「ただ君が牛乳飲めないだけだよね⁉お腹下すのも君みたいなお腹弱い人たちだけだし!ていうかその嫌がらせはたち悪いからやめなよ!」
「消費期限が残り二日とかのやつには痰を吐き捨てるといいぞ」
「いいわけないよね⁉」
目を見開いて勢いよく叫ぶ・
「隣の白いドロドロしたやつはおすすめだ。体の毒素を抜いてお尻からドロドロしたものが出るのを阻止する。甘くて美味しいしスイーツにも使われる。これを見つけたらさっきの白い毒液の前に並べて値札を上に重ねて上書きする。そしてこの程度で俺の悪玉菌に勝てると思ってるんですか?と店員のお姉さんにごねれば安くしてくれる」
「ヨーグルトは体にいいからって言い方があるよね⁉もう買う気失せたんだけど⁉しかもそんな営業妨害はやったらダメでしょ!さっきから店員さんに変な目で見られるの君のせいだったの⁉隣歩くのやめてもらっていいかな⁉」
「次はここだ」
俺はカートを押して白銀を連れて行く。
「もうついて行きたくないんですけど」
「着いたぞ」
「化粧品コーナー?」
俺はヘアカラーの見本が置いてあるところまで来て白銀を横に立たせる。
「まず、ここで素人がしがちなのが髪の色に気を取られることだ。たしかにこれはヘアカラー材で、色に着目しがちだが、大切なのはそこじゃない。真っ先に見るべきは髪の質だ。ごわごわしていないか。一本一本はやわらかいか。臭くないか。そしてお気に入りの髪の毛を見つけたら、まず右を見る。次に左を見る。そして店員さんやお客さんがいないことを確認すると一気に抜く!ここで注意すべき点は、抜きすぎるとバレるということだ。もちろんカメラからは綺麗に隠れるのは大前提。俺クラスになると五本はいけるが初心者には難しい。まずは一本からいってみようか」
「気持ち悪すぎるよ!君は一体スーパーで何をしてるの⁉そんな万引き聞いたことないから!ハゲこじらせすぎだから!本当に気持ち悪い!抜いていったい何をしているのか聞きたくもないよ!」
「髪は男の命だからな」
「それを言うなら女でしょ!二度とやらないで!いい⁉」
珍しく強めに主張してくる。
「いやだ!」
「そんな気持ちよく言い切らないで!ダメだよ!やめないと二度と口利かないよ!」
「大体泥棒に人の物盗んだらダメとか言われたくねえんだよ。どの口が言ってんだ」
「君の方がひどいから!君は窃盗罪だけじゃなくそれよりひどい、何らかの犯罪にあたいすることも犯してるよ!」
「ほほう。そんな口を利いてもいいのかい?会計はまだ済んでいないんだよ?」
「そんなもの怖くないよ?ふふん」
やけに強気にしたり顔で見つめ返してくる。不思議に思っているとポケットから俺の財布を取り出した。
「あっ!」
「これ返して欲しい?じゃあ分かるよね?二度とその気持ち悪い犯罪はやらないって誓って。そして牛肉買って。あとお菓子とパンとお米とお水と柔軟剤買って。あと財布の中身三割ちょうだい」
「ここぞとばかりに言いたい放題言うんじゃねえ!後半ほとんど関係なかっただろ!」
「いいのかい?そんな口を利いても?ふっふーん」
さっきの仕返しとばかりに口元をにやつかせる。
「くっ。分かった。ならば俺のトランクスをやる。これで勘弁してくれ」
「要らないから!どれだけ自分に自信があるの⁉なんでそれで納得すると思ったのか聞いてもいいかな⁉」
「下着泥棒だから」
「もういいんだよそれは!いつのこと言ってるのさ!しつこいよ!化粧品コーナーのヘアサンプル盗んでる変態にだけは言われたくないんだよ!」
久しぶりの下着泥いじりにキレる白銀。
「さあ!僕の要求をのむの⁉それともこの財布は僕の物にしてもいいの⁉」
「めちゃくちゃ言うようになりやがって。おい白銀。なぜ俺がこんなに余裕なのか分かるか?」
「はったりだ!」
「いいや違う。教えてやる。財布の中身を見てみろ」
「っ⁉まさかっ⁉」
急いで財布を開き中を確認する白銀。
「お金が8円しかない⁉」
「ふっふっふ。驚いたか」
「いや何をドヤ顔してるのさ!買い物できないじゃないか!君頭悪いでしょ!」
「それはお前だ。いいか?俺のお金はこっちに入っているのさ」
俺はポケットからスマホを取りだす。
「ああっ!し、しまったああ!電子マネーだっ!」
状況を理解した白銀が頭を抱える。そう。俺はWAON派なのだ。
「バカめがあ!お前の泥棒がうまくいった試しがあったか⁉ほら。今なら諦めて語尾にワンってつけて謝ったら犬用ボオロくらいなら買ってやってもいいぞ。はっはっはっはっはっ!」
「ぐうううっ!せ、せめてっ!せめてドレッシングは!お願いドレッシングは恵んでください!もう葉っぱは嫌なの!あおむしみたいな気持ちになるの!お願い謝るから!」
「んん~?聞こえないなあ?語尾にワンもしくはWAONとつけて話さないと聞こえないなあー?」
「くっ!も、申し訳ございませんでしたわんっ。僕にドレッシングを恵んでほしいのですわんっ!」
やけ気味に叫ぶ白銀。
「はっはっはっはっはっはっは!いい気味だわい!これが泥棒という悪を捕まえた正義の気分か!はっはっはっはっはっは!」
「お支払いはいかがなさいますか?」
「WAONで」
「すいませんお客様!当店はWAON非対応となっております」
その時、レジの方から小さく、でもはっきりと聞こえてきた。
「「……」」
「白銀。金貸してくれ」
「このおバカ変質者!」
白銀が悔し涙を浮かべて頭をぽかぽか叩く。
こうして俺たちの買い物は終わった。色んな意味で。




