81話「デパート警備員あっちゃん」
ジリリリリリリリッ!暗い光の差しこまない深海のような閉ざされた部屋に、音が鳴り響く。この音はさながら終末を告げる黙示録のラッパだ。人類が敗北を喫した合図。タイムリミットを告げる鐘の音。戦いの終わり。いや、それでも人類の戦いは終わらない。俺の孤独な戦いに終わりは来ない。第二の戦いはもうすぐ目の前に見えている。迫りくる敵の波。俺はお尻に力を入れ座り直した。
「大丈夫ですかー?何か体調不良などですかー?」
久々に聞く人の声に軽く感動を覚える。
「大丈夫じゃないです。鋭い痛みを伴う発作が起きてます」
「またてめえかクソガキ!一体何度警報を鳴らされんだてめえは!発作じゃなくて下痢だろ!あとどれくらいで出れそうだ?」
「ようおっちゃん久しぶり。ていうかこのアラーム今すぐ止めてくんねえ?こいつが鳴るとストレスで腹痛悪化するんだよ。次からぶん殴って黙らせていいか?」
俺はもうすっかり顔なじみの古い仲の警備員、加賀あつしにドア越しに不満をこぼす。
「おっさんじゃねえつってんだろガキ!俺はまだ35だ!」
そう。俺は今、最早恒例行事となったデパートでのトイレに籠りすぎたせいで、自動警報が鳴るといった事態に陥っていた。もういい加減ここのアラームも聞き飽きた。
『ジジッ。こちら詰所。応答願う。現場の状況はどうだ?』
無線から声が聞こえてきた。
「こちら一階南口横トイレ。進捗はすこぶる良くない。トイレットペーパーの予備と暖かい毛布を一式求む。五分後に改めて進捗を報告する。現場からは以上です」
「勝手に報告すんなクソガキ!誰もてめえの汚え便の報告は聞いてねえんだよ!
『ジジッ。こちら一階南口横トイレ。いつものガキが籠っていました。ただの腹痛です、すぐに立ち退かせますどうぞ』
無線のスイッチを入れ、改めて報告する。
『分かりましたどうぞ』
「絶対動きませんどうぞ。早く毛布持ってきてくださいどうぞ」
「だから勝手に報告しようとすんな!」
「硬いこと言うなよあっちゃん」
「誰があっっちゃんだおら!あつしさんと呼べ!」
キレてドア越しに怒鳴るあっちゃん。
「てかお前も早く彼女作れよ。いつまでカブトムシ探して森に入ったり、捕まえて喧嘩させたり、珍しい石探して川とか洞窟とかぶらぶらしてんだ。小学生から進歩してないんじゃねえのお前」
「るっせえクソガキ!てめえらガキには分かんねえんだよ!ため口きくんじゃねえ!俺が楽しいんだからいいんだよ!ていうかお前早くこの前一緒にいたクールビューティーな感じの女の人紹介しろよ。お前紹介するって言っただろ」
「お前みたいな足臭えやつ紹介できるか。お前にあの人はもったいねえよ。てかだったら早く温かいココア持ってこい。あとこのアラーム俺のことは感知しないように作り直せ」
「できるかクソガキ!調子乗んな!てめえいつも見逃してやってんのになんだその態度は!てか誰が足臭いだおら!」
ドアをガンっと殴るあっちゃん。
『ジジッ。応答せよ応答せよ。そちらの調子はどうか』
再び無線から声が聞こえてきた。
「こちらA地点。昨日のヤツ(夕飯の刺身)がしかけた爆弾が極めて危険。複数回にわたって爆発しうる。すでにその兆候は見られる。門を閉ざしたいが閉ざせない。爆発したら血が流れる可能性が高い。そろそろ壊れるかもしれない。とにかく頑張って戦う。そちらの武運を祈る。エル・プサイ・コングルー」
「だから勝手にしゃべるんじゃねえよ!紛らわしい報告しようとすんなおら!ただのクソを爆弾とか言ってんじゃねえぞ!」
『ジジッ。今どかせますどうぞ』
『了解ですどうぞ』
「絶対どきませんどうぞ」
「いいから早くでてこい!他のトイレ行け!」
「だから前回と違うトイレでやってるだろ。あと二回で全トイレコンプリートだぜ」
「何がしてえんだよ!いちいちしょうもないことしてんじゃねえ!」
「南口横はちょっと掃除が雑だな。トイレットペーパーも少ないし。67点」
「偉そうに点数つけてんじゃねえ!ていうか俺に言うな!」
「はあ」とため息を吐くと、煙の臭いがしてきた。どうやら煙草をすっているらしい。
「お前よく人がうんこしてる近くでたばこ吸えたな」
「お前が言うんじゃねえ。汚えから煙で臭い上書きしてんだよ」
ふーっと煙を吐く音が聞こえる。
「でもよ。お前久しぶりに来たな。前までは月に2回は来てただろ。最近はまったく見なかった。なにしてた?」
「別に。部活入ったんだよ」
「へえ?またサッカー始めたのか?」
「いや。文芸部だよ。なんか一応福祉部とか言ってたな」
「はあ?お前があ?好きな女でもできたか?」
顔は見えないが少し驚いたあっちゃんの顔が浮かぶ。
「そんなんじゃねえよ。成り行きで入ったんだよ」
「まあお前に女なんてちょっと想像できねえわな。大体お前みたいなノンデリクソガキうんこマンに女なんかできるわけねえか」
「ああ?お前こそその年で独身こじらせてるくせに人のこと言ってんじゃねえぞ。友達は昆虫か石の陰キャのくせによ」
「なんだおいやんのかガキこら」
「かかってこいおら。お前のしなしなパンチなんか俺のドロドロウンチで防いでやる!」
「何で戦う気だてめえは!いいから早くくそ終わらせろアホがきが!」
またすぱーと吸う音が聞こえる。
「まあでも、元気になったみたいで安心したよ。この半年近くで何があったのかは知らんが、前のお前は何かふさぎ込んでて元気なかったからな」
「……まあ少しはましになったかもな。アホみたいな毎日送ってるからな」
「いいねえ青春だ。やっぱ男の青春っていうのはいかにバカみたいな毎日を送るかだ。今のうちにたくさんバカしとけ。大人になったらクソみたいに働いて、俺と一緒に綺麗な石探してカブトムシ捕まえに行くしかやることなくなるんだからな。お前はガキの頃の俺とよく似てるから俺には分かる」
「お前と一緒にすんじゃねえ。俺は何にも縛られずに自由に生きるんだよ」
「俺もお前くらいの頃はそう思ってたさ」
はあーっと吐いたたばこはなぜか諦観の匂いがした。
「うるせえ。お前みたいな反面教師見てたらそんなことにはならねえんだよ」
「お前ほどやばい高校生もなかなかいないけどな。なんなら俺が高校生の頃よりやべえよ」
「お前よりやばくねえよ。大体一番お気に入りの石が尿路結石ってどんなバケモンだよ」
「そんなこと言ったことねえだろうが!勝手に作んな!どんな変態だよ!」
「仕方ねえじゃあ俺の歯石もやるよ」
「それはただの歯にたまった食べかすだろうが!一番汚えんだよ!石なめてると殺すぞてめえ!」
俺の石ジョークがお気に召さなかったようでキレている。
「ふうー。じゃあ俺はもう行くぞ。さっさと出ろよ。上には問題ないと伝えておいてやる」
「おお悪いな。今日はどこ連れてってくれるんだ?」
「ばーか何もおごらねえよ。この前は景気づけに連れて行ってやったんだよ。もう元気になったっぽいしおごるか」
「ちっ。けちがよ。昆虫ゼリーばっかり食ってると早死にするぞ」
「食うか!あれはカブトムシとクワガタの餌だ!バグズ手術してやろうかてめえは」
「ははは。じゃあなあっちゃん」
「あつしさんと呼べガキ!」
そう言い捨てるとトイレから出て行ったのだろう。また静かになった。
「ふう。あいつにもいろいろ迷惑かけたな」
口は悪いし怒っているように見えるが、実は心配してくれていたのだろう。だからわざわざたばこ吸って時間作ってくれたのだろう。
「今度たばこでも買ってやるか」
俺は立ち上がりドアを開けた。トイレから出ると、俺はあっちゃんの出て行った方向に向かおうとして一歩踏み出しかけて、足を止める。踏みだしかけた足を戻し、あっちゃんとは反対側に足を踏み出し、出て行くことにした。煙の臭いがまだ残っていた。




