76話 「僕のおしりになんの恨みがあるのさ!」
水を飲み終わるとまたすぐに歩き出すことにした。
いつまで経っても人の手が加わっていない天然の自然そのものが続く。
「なんか浅いけど、擦り傷とか、虫刺されとか、虫かぶれとかあちこち出てきたね」
「たしかにあちこちかゆかったり、ひりひりしたりするな」
「よーしそれなら僕の出番だね!」
白銀は嬉々としてあたりをキョロキョロし始める。
「あった!ユキノシタ!これはかぶれたりただれたりした皮膚に効くんだよ!」
茂みの中に見つけた雑草を抜いてくる。
「へ~」
「こっちにはオニユリだ!傷口に菌が入って熱が出た時はこれで解熱できるんだよ!」
なんだか生き生きし始めた。
「おいおい。急に頼りになり始めたな」
「なんかサバイバルみたいで楽しくなってきたね!」
いい笑顔をまた向けてくる。
その後も色んな雑草(薬草)を探して歩く。
「ちょっと休もうか」
俺は白銀の体力を慮って提案する。
「そうだね。あそこにちょうどいい岩場があるし」
俺たちは大きな岩に並んで腰かける。高い葉が影になり涼しい木陰になっている。
「見つけた雑草傷口に塗ってあげるね」
「い、いいよ自分で塗るから」
白銀は雑草をすりつぶしながらまた塗ろうとする。さっきは許可などとらず、自然に塗られたため、改めて塗るとなると恥ずかしく感じ、なんとなく断る。
「なにさ僕に塗られるのは嫌なの?」
「そういうわけではないが……」
「そういう人には雑草分けてあげませーん」
「お、おいそれはないだろ」
急に不機嫌になる白銀。
「君は鼻ばっかほじって手が汚いから、僕に任せておきなよ」
「おい?急に流れ変わったな?」
「あはは。冗談だよ。でもこのくらいしか僕の取柄はないからさせてよ」
「まあ。そこまで言うなら」
「うん。はい、ちょっとしみますよー」
うっすら微笑んで俺の傷口につぶした雑草を塗り込む。
「はいいいよ。ねえ、僕のかぶれ痕、二の腕の裏で塗りにくいから、僕にも塗ってくれないかな?」
などと真っ白な二の腕を俺に向けてくる。
「はーい、今から麻酔クリーム塗りますからねー。出力はどれくらいにしますかー?けっこう痛いですよ~」
「なんの手術が始まろうとしてるの⁉そんな怖いの塗らなくていいから!」
「はーい大丈夫ですよー。すぐに毛は薄くなりますからね~」
「脱毛はしなくていいから⁉なんの麻酔と手術かと思ったら医療脱毛しようとしてたの⁉」
「あ、先生。ちょっとまずいです。これ見てください。ひそひそ」
「長い!いちいちめんどくさいことまで再現しないで!脱毛に先生とかいないから!」
「あーこれは痛いよー。毛穴と一緒に細胞まで死滅しないとまずいね~。ほんとにクリーム塗ってもいいの?やめるなら今のうちだよ?」
「そんなわけないでしょ!どれだけ僕に薬草塗るの嫌なの⁉」
俺の長い抵抗が効いたかと思ったが、それでも腕を引っ込めない。
「なんかここまで拒絶されるとむしろ絶対塗ってもらいたくなったよね。僕は塗ったんだから君も塗ってもらうからね」
などと強気だ。めんどくせえ!なんで勝手に塗っといてそうなんだよ!女の子の肌に触れるとか恥ずかしいに決まってんだろ!日焼け止め塗るくらい恥ずかしいわ!
「わかりました。では君は消火器の準備を。君は先に葬儀屋に連絡を。では始めます。照射レベル999で行うことになります。ほぼ100%焼け死にますがよろしいですね?」
「いいわけないよね⁉そんな恐ろしいもの医療に使わないでよ!最早兵器だよね⁉なんでレベル999にするのさ!」
「ひっく。この光を浴びれば我々もただでは済まない。その光源から出る元素の感染率は非常に高く、我々の家族はおろか、都市が一つ滅びるだろう。ひっく。さあ、レーザーを構えるんだ。我々は最後まで医療従事者としての誇りをつらぬくのだ!すべては患者のために!医療従事者万歳!」
「なんでたかが脱毛でそこまでの被害が出るのさ!どんな兵器じみたレーザーを使う気⁉どんどん設定を酷くしないでいいから!いちいち茶番が長いんだよ!分かったよ!もう塗らなくていい!君覚えておくといいよ!僕を拒絶したこと許さないからね!」
怒って一人で行こうとしだすので慌てて止める。
「分かった分かった!塗るから!座れって!冗談だろ!」
「君の冗談は長いんだよ!早く塗って!なんなら僕が手掴んで塗ろうか⁉」
そこまでして俺に塗らせるのにこだわる意味は何なんだよまじでよ。
「はいじゃあ塗るぞ?」
「う、うん」
急に緊張し出す。あの、変な空気作るの止めてもらっていいですか?
「いいか?」
「い、いいよ」
ぎこちなくうなずく。
「ほんとに?」
「だ、大丈夫」
口をぎゅっと結ぶ。
「ファイナルアンサー?」
「だから長いの!いいって言ってるよね⁉」
「わ、分かってるよ」
俺は震える指先で(緊張で)そーっと白銀の真っ白な二の腕の裏をなぞる。
「っっ」
「お、おいなんだその俺が痴漢してるみたいな顔は!やめろよ!」
「べ、別にそんなつもりじゃ、ちょっとひんやりして気持ちよかったから……」
「……」
あ、あの、頬を赤く染めてそんなこと言うの止めてもらっていいですか?
「ひゃあっ」
「お、終わったぞ」
「あ、ありがと、ちょと気持ちよかったかも」
さっと塗り終わり、済ませる。
あの、そんな頬赤く染めて以下略。
「はい終わりですよ~。お大事になさってくださいね~」
「あ、あの、先生、まだちょっとひりひりするので、もう少しお願いしたいんですけど」
「ちょっと待ってな。今でっかいの取れそうだから」
「なんで僕こんな人に肌触らせたんだろう」
鼻をほじりながら返事すると、一瞬で賢者モードに入る白銀。
こうして俺たちは休憩を終わり、先に進む。
遭難してから二時間くらいは経っただろうか。
「ね、ねえ、あのさ、ちょっとここで待っててもらっていいかな?」
白銀が目を左右にさまよわせて挙動不審な様子でお願いしてきた。
「どうした?」
「ど、どうもしないけど、その、ね?お願い!」
どうもかなり急いでいるようだ。
「また迷子になられても困る。スマホは圏外だし、俺も一緒に行くぞ」
「い、いいから!ここで待ってて!」
突き放すように言うと急いで茂みの中に入っていこうとする。
「待て!行かさねえぞ!さてはまたなにか食べ物見つけたな!キノコとかは危ないからやめとけよ!」
「ついてこないで!きれいなお花を見つけたの!後で君にも見せてあげるからとにかく今はお願いだから行かせて!ていうかいい加減察してくれないかな⁉」
血走った目で訴えかけられ流石の俺もひるんでしまう。
「そうか。気をつけていけよ。自分を信じるな」
「はいはい!」
そう言い捨てて急いで茂みの中へ消えてしまった。
五分程して戻ってきた。
「お、お待たせ~。お花よく見たら毒性だったから触れなかったんだー。ごめんね約束したのにー。ほんとに綺麗で君にも見せてあげたかったよー」
やけに棒読み口調で目が合わない怪しげな白銀。
「ふーん。そんなにきれいならぜひ一目見たいな」
「いいから!いつもは気にもしないのに、こんなときだけ興味持たなくていいから!花粉とか出てて苦しかったから!ね⁉ほらさっさと行こうよ!」
茂みの中に入って行こうとした俺を必死につかんで止めにくる白銀。ははーん。
「なんだうんこか。ったくお前は。けつは拭いたのか?トイレットペーパー借りるか?」
「おしっこだし!ほんとに最低!ああもうなんでまた言っちゃうかな僕は⁉君夜道に気をつけるといいよ!ていうか絶対分かって邪魔してたよね⁉」
「いやまじでわからんかった。でも安心しろ。うんこはちゃんと分解されて養分になってこの森の糧となるさ。あんまり気にすんなよ」
「だからおしっこだって言ってるよね⁉なんで僕が気にしてるみたいになってるのさ!いい加減ひっぱたくよ⁉君にはデリカシーってものが無いの⁉」
前回のことでからかいすぎると機嫌を悪くすることを学んでいる俺はこのくらいでいじるのをやめておく。
「次からはちょっとお花食べに行くねとか言えば察するから安心しろ」
「お花を摘みに行くでしょ⁉君が僕のことをどう思ってるのかよく分かったよ!」
ていうかさっき実際食ってたしな。
しばらく歩くが、さっき見た覚えがある道が続いている気がする。
「なんかここさっきも通らなかったか?」
「たしかに。道に迷った?」
「お前まさか祠におしっこしたとかじゃ――――」
「それ以上言うなら僕にも考えがあるよ」
眉根をひそめて黒いオーラを纏い始めた白銀を見て押し黙る。
「と、とりあえず、さっきと違う道に進んでみよう。ここは道細いけどあえてここに進んでみるか」
「そうだね。そうするといいね」
まだにっこり微笑んでいて怖い。
細い道を進むと、さっきとは違う道に出て、どうやらループからは抜け出せたようだ。
「ん?ここの道の端、なんか湿ってるな。よく見ると茂みの中から液体が出てるな」
これはひょっとすると―――。
「ふーん。そうなんだ。でもそれがどうし―――」
白銀が急に目を見開いて固まっているが、それどころではない。
「おい!もしかすると、ここらへんに水源があるかも―――」
「待ってええええええええええええ!絶ッ対に違うと思う‼絶ッッ対に近づいたらダメだよ‼」
すごい剣幕で、強い力で突然俺の腕を掴む白銀。
「どうした急に。ん?でもよく見たらこれ色が―――」
「あああああああああああああああああ!いいから!お願いだからそこには近づかないで!お願いします!一生のお願い!ね⁉早く行こう⁉」
「わ、分かった分かった。どうした急に。あれ多分動物のおし―――」
「うわああああああああああああああ!いいから!言わなくていいから!もうこの話しないで‼なんでも言うこと聞くから!」
泣きそうな顔で、ていうか半泣きで必死に腕を引っ張ってくる白銀があまりにいたたまれなくなり、よくわからんが言うとおりにすることにした。
「どうしたんだよまじで。別にそんなことしなくても行くよ。ほら行こうぜ。よく分からん奴だなお前は」
「ううっ。君ほんっとに。なんでここまで気が利かないんだろう。ううっ。ひどいよ神様。僕何も悪いことしてないのにっ」
しくしく泣きだす白銀。
「お、おいおいまじで大丈夫か?どこか痛いのか?お腹か?背中さすろうか?トイレするか?」
「今その話しないでええええええええ!」
さらに泣き出す白銀。
「えええええっ⁉わ、分かった悪かった!泣くなよ!俺が泣かしたみたいじゃねえか⁉ほ、ほらとりあえず向こうで休もう。な?」
「君のせいだじいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「お、俺のせいなのか⁉まじでなんかしたのか⁉とりあえずすまんかった!ごめん!俺が悪かったからもう泣くなって!な⁉」
泣き出した白銀を必死にあやし、なんとか落ち着ける俺。
座って背中をさすってやる。
数分程して落ち着いたのか、泣き止んでくれた。と思ったら俺のことを恨めしそうに睨んでくる。
「君のせいだからねっ。責任取ってもらうから!」
「まったくわからんがすまんかった。俺にできることならなんでもしよう。どんな種類のトイレットペーパーが欲しい?」
「腹切り!切腹!」
目を怒らせて叫ぶ。
「分かった生理か!」
「打ち首!斬首!」
さらに髪を逆立ててキレる。
「じょ、冗談だよ。笑ってほしくてついな。怒ったか?」
「はあ。まあこればっかりは君のせいっていうか、僕の運のなさっていうか、はあーーっ」
深い溜息を吐く。
「こればっかりはさすがに責任取って結婚してもらわないとね」
などとちらっとこちらを横目で見ながらぼそっとこぼす。
「おらっ!この野郎トイレットペーパー切れたって言ったよな⁉なんで買ってきてねぇだよ!その切れたじゃねえんだよ!なんでボラギノール買ってきてんだよ!」
「結婚=DVのダメ人間だ」
白銀がだよねえみたいにまた溜息を吐く。そんなこいつに期待しても無駄かみたいな。
「さっきはごめんなゆき。俺たまに情緒が不安定になるんだ。自分でも自分のことが分からなくて、俺のこと捨てないでくれ。お前のこと愛してるんだ。もうトイレットペーパーで殴るのはやめるから許してくれ」
「DVした後優しくなるとこまで完璧。ていうかトイレットペーパーで殴ってもノーダメージだし」
またはあっとため息をつきながらもツッコんでくれる。
「どうだ?元気出たか?」
「あはは。君優しいね。元気づけようとしてくれてたの?」
「ま、まあ俺のせいらしいし」
「女の子の慰め方としては最低辺だけど、でもちょっと元気出たかも。ありがとね」
そう言って目の端の涙を拭いてほんのり微笑む。
「ならよかったよ。そうだ俺ちょっと小便したいからさっきの茂みでやってくるわ。俺の小便でマーキング上書きしてくる」
「待ってえええええ!絶対ダメだからね‼ほかの場所でやって!バカじゃないの君ほんとに⁉もう君ほんとに嫌い!最低すぎ!」
慌ててしがみついてきて必死に止めようとする白銀に負けて結局そこら辺の茂みですませた。何がダメなんだ?
そして数回目になる休憩を終え、再び歩き出してしばし。
「ぎゅるるるるるるる~!」
大きな音がうねるように響いた。
「あ、あはは。も、もう君そんなにお腹空いたの?し、しょうがないな~」
「いやいや。人のせいにすんな。お前だろ。さっき桑の実けっこう食ったろ。メロンパンもあげたし。少しは自重して頂きたいものですねー」
「う、し、しょうがないじゃないか。これは今日だけのものじゃないんだから。昨日からろくなもの食べてないんだよ」
悲し気にお腹をさすっている。
「ぐぎゅるるるうるるるる~」
さっきより更に低い音で大きな音が鳴る。
「なにさ!君だってお腹空いてるんじゃないか!僕ばっかり食いしん坊みたいに言ってさ!」
となりでにやにやしている白銀。
「ち、違うっ。やつだっ。例のやつがきたっ。の、呪いがっ!まずいっ。も、漏れるっ」
「ってそっち⁉またなの⁉君も大概だよね⁉ていうか、ど、どうするの⁉こんな森の中にトイレなんかないよ⁉」
「ぐおおおっ!これはまずい警戒レベル5だ!ただちに排便しなければ全身の血の気が引くやつだあ!」
「も、もうそこらへんでしてきちゃいなよ!さっき自分で養分になるから気にするなとか言ってたでしょ⁉ね⁉悪いこと言わないから向こうの茂みでやってきなよ!」
隣でやけに嬉しそうな顔で野ぐそを進めてくる。
「い、嫌だ!俺は絶対そんな畜生みたいなことはしない!そんな人間以下のことさらすくらいなら死んでやる!」
「に、人間以下⁉べ、別に外でおトイレしたからって人間以下じゃないもん!畜生と一緒にしないでよ!たとえお外でトイレしようとも穢れたってわけじゃないし!」
などと必死に主張してくる。
「いいや!一度でも外でトイレしてしまった人間はもう普通の人間には戻れない。獣と同じだ。その穢れはどんな禊をしても落ちることはないだろう。だから俺は獣になれ果てるくらいなら、そのまま死ぬことを選ぶ」
「け、獣⁉そ、そそそそそんなに汚らわしいことなの⁉ぼ、僕はそ、そこまでのことを⁉よし!一ノ瀬君!絶対にうんち済ませよう!ほら!あそこにいい感じの茂みがあるよ!今なら誰も見てないし大丈夫!僕は何も知らないから!ね⁉いいのそのまま死んで脱糞まみれの醜態を世間に晒しても⁉死因うんこだよ⁉いいの⁉」
なぜか必死に野ぐそを促してくる白銀。
「ぐっ、た、たしかに、漏らしたまま死ぬのも同じくらい嫌だ。俺は今までどんな時もこのサンクチュアリだけはシミひとつつけずに生きてきた。今更汚すことは……。ぐっ、どうすればっ」
「そうだよそうだよ!いいの⁉今まで死ぬ気で守ってきた清潔なパンツを汚物で汚しても⁉それって外ですることよりも穢れてると思うよ⁉獣以下だよ⁉絶対にやめた方がいいよ!ほら!向こうにちょうどいい穴を掘ってそこにやろう!ね⁉」
俺と同じくらい必死に説得してくる白銀。
「こ、これで、野くそをした人ができれば、僕は自分を保てるかもっ!獣以下の人間もどきでも、この人よりはましだって生きていけるかも!」
なにやら小声でぶつぶつ言っているが聞こえない。というか余裕もない。
「ぐっ。た、たしかにっ。ま、まだ、野くそした方が、人としての最後の砦を守れているような気が……」
「そうだよね⁉そうだよ!しかもこの森の養分になるんでしょ⁉だったらむしろ誇りに思って生きていいと思うよ!そっちの方が絶対いいよ!ね⁉ねえ、だったらおしっこも大丈夫だよね⁉むしろ良いことだよね⁉この森のためだしね⁉人間以下なんかじゃないよね⁉ね⁉そうだよね⁉ね⁉僕穢れてないよね⁉大丈夫だよね⁉」
「ううっ、も、もうだめだっ、考えている余裕はないっ。土にうんこす―――」
しかし、土の上で、うんこする自分を想像した時、俺の燃え尽きかけた信念が燃え上がった。
「できるわけあるかあああああああああああ!」
「えっ⁉」
「俺が今までどれほどの苦しみを乗り越えてきたと思っているんだ!痔になって死にかけた時も!長蛇の列のトイレも!校長の長いクソみたいな話も!俺は全部一人で乗り越えてきたんだ!たかが警戒レベル5くらいで野くそするかあ!そんなん原始人と一緒だ!そうだろ⁉白銀⁉」
「なに?僕原始人だから言葉よく分かんないや。話終わった?じゃあうんこしようか」
そう言って俺のズボンに手をかける。
「おいいいいっ⁉急に何してんだお前は⁉痴女か⁉まじでどうした⁉」
「別に。どうせゴールまでもたないんだからここで楽になっちゃいなよ。大丈夫僕と君だけの秘密にしようよ。僕たちは共犯者。ね?」
やけに強い力とは対照的な冷めきってなにかを悟ったかのような目で、俺を見つめてくる。
「なに言ってんだ!お前は別にうんこ漏らしてねえだろ!ふざけてないで頼む!下痢に効く雑草を探してきてくれ!」
「はいどうぞ」
そう言って近くにあった雑草を抜いて俺に渡す。
「それヒガンバナだよな⁉食べたら下痢悪化するよな⁉」
「いいから早く済ませてきて!ほら!楽になろうよ!」
などと言って俺のズボンを下ろそうとしてくる。
「放せこのスケベが!お前後で先生にこのことばらしてやるからな!」
「いいもん別に!それより今は僕が人間であるために、君にここでうんこしてもらわなくちゃ困るんだよ!ほら!ぐぬぬぬぬぬっ!」
「おいいやめろまじで漏れる!そうかお前あの時やっぱりうんこしてたんだな!大丈夫だ!お前はもう人間ではないがチワワみたいなもんだから!ほら小型犬って畜生っていうか、時々獣の片鱗を覗かせる可愛い動物だろ?子犬が外でうんこしても『しょうがないな~。まったく可愛いんだから』で済むだろ?大丈夫だお前はもう人間ではないが、可愛い方の人外だから!」
「人間じゃないとか人外とか女の子に言っていい言葉じゃないよね⁉ていうかうんこしてないから!変に邪推するのやめてもらっていいかな⁉なおさら君にはここでしてもらわないとね!」
などとまた引っ張り出す。
「ああそうか!おしっこだな⁉それを気にしてたのか⁉大丈夫だおしっこは普通に人間だ!おっさんとかガキはよくあちこちでたっしょんしてるし、問題ない!うんことおしっこには越えられない壁があるんだよ!大丈夫だお前はまだ穢れてなんかいない!綺麗なままだ!な⁉」
「そ、そう⁉やっぱりそうだよね⁉おしっこは別に大丈夫だよね⁉僕人間でいいんだよね⁉家畜とか人間以下とか、動物じゃないよね⁉まだ女の子でいていいんだよね⁉女の子はあんまり外でやったとか聞かないけど大丈夫だよね⁉」
さっきまで強くつかんでいた手を離し、涙目で訴えてくる。
「あ、ああ、そ、そうだな。男はみんな一度は経験するし、問題ない。お、女の子は……。うん。大丈夫だ。このことは俺しか知らないし、世の中の男はそれに興奮するやつもいる。それにお前は一人称ぼくだし半分男みたいなもんだし、大丈夫だ。多分。きっと。うん。男はみんなチワワが好きだしな。うん。大丈夫だ。強く、な」
「うわあああああああああん!やっぱりダメなんじゃないかあああああ!嘘つき!一度安心させて突き落とすなんてひどいよ!やっぱり君には責任取って結婚してもらうからねえええ!」
などと錯乱しながらまた俺のズボンを下ろしにくる。
「おいやめろ分かった!まじでもう限界近いんだよ!よく考えてみる!うん!やっぱりおしっことうんこでは大きな違いがある!大丈夫だ!女の子も小さい時海とかプールでおしっこするだろ⁉それと一緒だ!森の中でのおしっこも海と同じで自然が包み込んでくれるし、問題ない!うんこはどこでもダメだが、おしっこは別だ!お前は穢れてなんかいない!大丈夫だ!ちゃんと結婚できる!いい男も見つかる!」
「ほ、ほんと?僕人間のままでいられる?綺麗?」
「ほんとだ!可愛いよ!」
「じゃ、じゃあ君も結婚できる?」
「あー、俺はほら、あれだから。その、世界中に散らばったトイレットペーパーを七つ集めて世界を救う戦いのための修行で忙しいから。な?だからちょおっと無理かな~」
「こんのろくでなし!嘘つき!やっぱりそんなこと思ってないでしょ!このダメ人間!なんで自分はうんこばっかりしてるノンデリお下品男のくせに、ちょっと外でおしっこしただけの女の子は無理なのさ!ムカつく!それに君もおしっこしたのに僕だけ穢れてるのも納得いかないし!なにより君にフラれたみたいなのが一番むかつく!結局穢れてるって思ってるんでしょ!やっぱりズボン下ろす!」
またズボンに手をかけてきたので慌てて釈明する。
「じょ、冗談だよ!お前が急に恥ずかしいこと聞くからだろ!無理じゃないけど俺にお前はもったいないからそう言ったんだよ!大丈夫だちゃんと女の子だよ!」
「そ、そうなの?そ、それなら、いいけど……」
などと恥ずかしそうに髪を指でくるくるまいて照れ始める。
「で、でも、君だって、僕は悪くないと思うよ?」
「あのー、ごめん。まじでうんこ漏れそうだから後ででいいか?」
「うんやっぱりなしだね。君は一生結婚できないよ」
というわけでちょっと不機嫌そうな顔で、ようやく雑草探しを始めてくれる。警戒レベルは6に引きあがった。
ということで俺たちは公園のど真ん中で遭難し、薬草を探していた。
「どんな薬草が効くんだ?」
「うーんと、ゲンショウノコとか腹痛、下痢に効果があって、飲むとすぐ効果が表れる日本の三大薬草だよ」
「ゲンショウノコだ!それを探すんだ!どんな形をしている⁉」
「タンポポに似てて、注意が必要なんだけど、薄紫色の花を咲かせるよ」
「死ぬ気で探すんだ!」
探すことさらに数分。
「い、急げっ……。急いでゲンショウノコを見つけるんだっ……。早くしないと、し、死んでしまうっ!まじでもう漏れる!」
「あわわわわわっ!こ、これはタンポポっ、これはドクダミっ、これはナツメノ草っ!ないよ~!お願いもう少し我慢して!」
あわあわしながら必死に首を振りゲンショウノコを探す白銀。
「だ、ダメだ、俺はもうダメだ。俺はここで死ぬ……。あっ」
「あって言った⁉なに今の⁉漏らしたの⁉嘘でしょ⁉」
「の次いっ」
「こんな時にふざけるの止めてもらっていいかな⁉ていうか余裕あるってことでいいかな!」
隣で怒る白銀。
「こうでもして気を逸らしていないとやっていられないんだ……」
「もーほんとに君ってやつはっ」
「悪いとは思っているが、そもそもお前がミラクルどじをかまさなけらばこんなことにはなっていないんだからな」
「僕だって好きでこんな体質なわけじゃないもん」
「て、ていうかまじで見つからないのか?」
「うーん。なかなかないね」
ジャングルのように好き放題に伸び広がった枝葉をよけて進んでいくと、とうとう行き止まりについた。
「お、おいおい嘘だろ⁉ここで行き止まりかよ⁉迂回してる余裕なんかないぞ⁉」
「ああっ!あったあ!」
白銀が崖を見上げながら大きな声を出す。
「え?」
「崖の上に咲いてるのゲンショウノコだよ!ほら!」
十メートルはあるであろう高い崖の上に、薄紫色の花が咲いている。
「お、おいまじかよ。本気で限界が近いんだぞ?こ、こんな高い所、登る余裕ないぞ⁉ぐ、ぐおっ。まじでもう、漏れるっ」
「ぎゅるるるるる~」
また大きな音が鳴る。
「おいこんな時までお腹空いたってか?お前はほんとに――――」
言いかけて隣を見ると、真っ青な顔をした白銀がお腹を押さえていた。
「ち、違うよっ。お、お腹が、い、痛いっ」
「お、おいおい大丈夫かよ⁉お前まで⁉どうした!」
「た、多分竹がちょっと腐ってたかも……。衛生的によくなかったんだっ。ううっ、い、痛いっ」
「だ、大丈夫か?む、無理するなっ、向こうの茂みでっ、済ませてこいっ」
「違うもんっ!僕のはただの腹痛だからっ!うんこしたいんじゃないしっ!女の子はうんことかしないからっ」
などとこの期に及んで変な意地を張っている。
「いやいや今はそういうのはいいから。ほらトイレットペーパー貸してやるから。大丈夫だ。お前はもう半分足つっこんでるから、今更気にするな。すっきりしてこい。俺はあの雑草を取って来るから」
「僕はまだ綺麗なままだしっ!違うって言ってるよね!僕が取って来るから君こそ楽にしてなよっ」
二人してお腹を抱え、うずくまりながら言い合う。
「ああはいはい。分かってるよ。そうだよな。女の子はうんこもしっこもしないし、汗は良い匂いだし、お風呂入らなくても良い匂いだし、鼻だってほじらないもんな。分かってるって。だからこのトイレットペーパーはただのお手拭きだ。な?大丈夫だから。誰にも言わないから。ゲンショウノコは俺に任せとけって」
「何も分かってない!僕は腹痛をおさめるためにゲンショウノコが必要なだけだから!君こそ僕に任せて靴の裏のうんこでも落としてて!」
「うるせえ!あれは俺のもんだ!もう限界が近いんだよ!お前はなりたてだから新しいの探して、ここは俺に譲れ!いつから腹下してると思ってんだ!」
「君がうるさいよ!レディーファーストって言葉知らないの⁉女の子が苦しんでるんだよ!つまらない意地張ってないでさっさとそこらへんで済ませてきて!」
「やかましいぞこのポンコツ泥棒が!そんなことしたらお前みたいな放尿女と同じ野蛮人になっちまうだろうが!俺は死んでも野ぐそはしねえんだよ!」
「何だとお⁉君言ってはいけないこと言ったね!誰が放尿女の野蛮人だって⁉君にだけは野蛮人とか言われたくないだけど!君はご自慢の鼻くそでも食べてたら⁉それ正露丸みたいなもんだってこの前言ってたよね!ほら!さっさと食べてよ!」
お互いお腹を押さえながら睨み合う。
「知らねえ!早いもん勝ちだ!俺が先にとって食べる!」
俺は崖の上目指して、でっぱりに手をかける。
「行かせるもんか!僕が先だ!」
横から白銀がのぼり出す。
しかし運動神経のよくない、はっきり言うと鈍くさい白銀は、どこをつかめばいいかわからずあたふたしている。
「はっはー。じゃあな~。根っこについた土くらいはやるから下で待ってな。あばよ」
そう言い捨てて登って行こうとすると、下から足を引っ張られた。
「うおおおおっ⁉てめえやっていいことと悪いことも分かんねえのか⁉落ちたらどうすんだ!」
「ふんだ!君みたいなノンデリの女の敵は絶対に行かせないよ!まだ浅いし落ちても大したことないから大丈夫だし下からやり直すといいよ!」
「この野郎っ!おらくらえ!」
俺は崖をがりがり引っかき、砂のかたまりを砕いて下にパラパラ落とす。
「うわあ!目に入った!最低!女の子になんてことするのさ!このっ!」
今度は本気で足を引っ張られ、地面に落ちてしまう。
「ぐおっ!あ、あぶねえ⁉おい!漏れるとこだったぞ!この野郎!」
俺は下からトイレットペーパーを白銀の足にからまらせ、引っ張る。
「きゃああああああ!」
今度は白銀が落ちてくる。
「一メートルもねえんだからそんなびびんなよ」
「なんてことするのさ!このトイレ変質者!」
憎たらしそうにこちらを睨みつける。
「「ぎゅるるるるるるるる~」」
二人のお腹から激しい音が鳴る。
「ぐおおおおおおっ」
「あああああああっ」
二人そろってお腹を抱えて地面にうずくまる。
「な、なあっ。普通に協力して二人で半分こしない?」
「う、うん。僕もそう思う。なんでこんな時に醜い争い広げてるんだろう僕たちは……」
「まじでそれな。よくよく考えると俺どこ食べたらいいのかとか、採った後の処理の方法も知らないし」
「それに、結局二人で登らないとこの先に進めないから、協力するしかないんだしね」
「まったくだ」
というわけで、鈍くさい白銀が先に登り、俺がすぐ後ろから続いてフォローすることになった。
「な、なんか、君が後ろだとかんちょうされそうで、ちょっと怖いよ」
登りながら不安そうに下を見る。
「こんな時にふざけてる場合かよ。今はシャレにならんからな。何が出てくるかもわからんし」
「何も出てこないし!僕はお腹痛いだけって言ってるでしょ⁉」
こんな時でもそこだけは譲れないらしい。
「分かってるよ。じゃあどうする?一人で登れそうか?」
「もちろんでききゃああ⁉」
そう言いながら手が滑って落ちそうになる。
「お、お前高い所だとシャレにならんぞ?あとお前が落ちたら俺まで巻き込まれるからマジで頼むぞ」
「あの、やっぱり、押してもらってもいいかな?」
恥ずかしそうにこちらを見る。
「でも、うんこ漏れたらどうするんだ?」
「だ・か・ら!ほんとにお腹痛いだけなの!君と一緒にしないでもらっていいかな⁉女の子に普通そういうこと言うかな⁉」
「あ、まじでそうなのか。でも大丈夫か?俺の座ってた席に座ったやつは大体お腹壊すし、俺に直接おしり触られたやつはほとんどげりぴーになるぞ?」
「だからこの前君にかんちょうされた次の日死ぬほどお腹壊したの⁉君は一体なにに呪われてるの⁉大腸菌でも飼ってるの⁉」
「呪われてるのはお前も同じだろうが。まあ俺は悪玉菌に体支配されてるところあるけど」
「あの、余裕ないの!早く押して⁉いいから!どうせゲンショウノコ食べるし大丈夫だから!」
「女の子が簡単に男にお尻触らせたりしちゃいけません!これだから最近の若い女の子たちは性に寛容で、開放的すぎて問題なんです!小生にそういうのはまだ早いのであります!」
「誰⁉ふざけてる余裕ないんだけど⁉大体僕は誰にでも許すわけじゃないし!女の僕の方が恥ずかしいし勇気出してるんだから君も頑張ってよ!」
ぐっ。たしかに。ここまで言われて流石にひよってるわけにはいかない。
「じゃ、じゃあ、い、いくぞ?」
「う、うん」
「さ、触るぞ?」
「い、いちいち聞かなくていいから!」
「えいやっ!」
「ひゃあああ⁉」
自分で言っておきながら変な声を出す白銀。もちっとしながらも弾力のある柔らかい感触が右手に広がる。
「きゃああああああああああ!」
「あいたあっ⁉」
俺は思わず白銀のおしりをひっぱたく。
「ええっ⁉た、叩いた⁉な、何で⁉どういうこと⁉反応逆だよね⁉触られた僕が悲鳴あげて叩くのが普通だよね⁉なんで触った君が悲鳴あげて叩いたの⁉」
信じられないといった顔でこっちを見てくる。
「いや~すまんすまん。ちょっと刺激が強すぎてついな!この俺に悲鳴をあげさせるとはやるじゃないか。このスケベ!」
「うるさいし!君そろそろぶん殴るよ⁉女の子のおしりにかんちょうしたり、引っ叩いたり、一体僕のおしりになんの恨みがあるの⁉」
「いいか白銀?叩くという行為は実は邪気や霊的な存在、悪運などの良くないものを追い払う行為として昔からされてきたことだ。だから今俺はお前の邪気をおしりから追い払ったんだ」
「だから何⁉それ嘘だよね!さも今の行為を意味ありげに言い訳しても許されないから!これっぽっちも悪びれてないのほんとにむかつく!」
怒り狂った顔でこちらを睨みつけてくる。
「本当に悪かった。俺は時々悪玉菌に脳みそを乗っ取られるんだ。今度こいつら叱っとくから許してやってくれ」
「へえ~?まだふざけてるんだ?僕本気で怒ろうかな」
「じょ、冗談だよ冗談!悪かった!まじで勇気出して触ったんだけど恥ずかしくてつい……。ほら、女の子だって恥ずかしかったらビンタとかするだろ?俺もそんな感じで、ね?わざとじゃないんだ。すまなかった!あとで俺のケツも叩いていいから!」
「はあ。もう怒る気力ないし、手も疲れるからいいけどさ。今は許すよ。無事ここを出た後の僕はどうするか分からないけど」
ということで、一旦許されたのだった。
「「ぐぎゅるるるるるるる~」」
また二人のお腹からすごい音がする。
「ぐおおおおおおおおお!」
「ううううううううっっ!」
二人して苦痛に顔を歪める。
「争ってる場合じゃない!協力しようっ」
「そ、そうだなっ。俺も頑張って押すよっ。カバンごしならいけるっ」
「い、いい考えかもっ」
というわけでカバンでお尻を押す。これならお互い変に意識することもなく、ドンドン上へと登っていく。
そしてようやく頂上に着いた。
「と、到着!」
「は、はあっ。けっこう高いなっ」
頂上にはゲンショウノコが一輪咲いていた。
「本来は洗ったり乾燥させて食べるんだけど、そんな術はないから、そのまま食べようっ」
「は、早くくれっ」
「う、うんっ、はい」
二人分に分けた葉や茎をそのまま飲み込む。
「に、苦い」
「良薬は口に苦しだよ」
「どれくらいで効果出るんだ?」
「ゲンショウノコは現の証拠って言葉からついた名前で、飲むとたちまち効果が表れるかことで知られてるんだよ。だからすぐ治まると思う」
「よ、よかった~」
二人で休むこと二十分。薬が効いてきて、すっかり下痢も治まり、二人ともお腹は楽になった。
「ふうっ。常日頃から訓練により絶対的防御を誇るけつ筋と、絶対に漏らさないという鋼の精神力を持つ俺でなければ漏らしてしまっていただろう。今回はさすがにひやっとしたよ。過去ベスト5くらいに加えといてやる」
「ワースト5でしょ。なんでそんな偉そうなのさ。さっきまでパニくってたくせに」
ジト目で見られる。
「うるせえ。お前こそなんでもかんでも犬みたいに口にするからそうなるんだよ」
「あっ、治ったらそんな口利くんだ?僕がいなかったら漏らしてたくせにそんなこと言っちゃうんだ?」
「大体お前がいなかったら遭難なんかしてねえんだよ」
「ああっ!言っちゃいけないこといった!君だって一緒に遭難したくせに!」
「まあまあ落ち着け。こんなところで喧嘩するのは危険だ」
また喧嘩になりそうなところをなだめる。
「こんなところで……」
白銀がそう繰り返し、下を見る。俺もつられて下を見る。
「ね、ねえ。これ登ったはいいけどどうやって降りるの?」
「……」
「もしもーし?」
「大丈夫だ。白銀の髪が下に垂らせるくらい伸びるまでの辛抱だ」
「何十年かかるのさ!どこのディズニープリンセス⁉」
軽口を叩いてみるも、絶望的な状況は変わらない。
「登りは生きるか死ぬかだったから勢いでなんとか上ったが、くだりは別だな。ちくしょう。ここまで来て手詰まりかよ」
「そ、そんなの嫌だよ!どうしよう⁉」
「じゃあここからここまでは俺のトイレゾーンで、ここからあそこまでがお前のトイレスペースな」
「なんで真っ先にトイレのスペース配分してるのさ!それよりももっと大事な問題がいくつでもあるでしょ!諦めるのも早いし!」
白銀は、「この人はダメだ。自分でなんとかしないと」などとつぶやきながらあたふたしている。
「諦めろ。こればっかりは助けがくるのを待つしかない。それともお前何かここから降りる道具でもあるのか?」
唇をかんで、ダメもとでカバンを漁り出す白銀。
「あ、あった」
十メートルくらいのロープを取り出す。
「いやお前そんなサバイバル道具あったんならもっと早く出せよ!」
「な、なんかカバンの奥底にあって、今気づいたや。で、でも僕こんなの入れててないよ?そんなお金もないし」
「しかしでかしたぞ!これなら下りれるぞ!」
『だが時間切れだ』
どこかから声がして、不思議に思いあたりを見回すと誰もいない。
「誰だ?」
「あさぎちゃんの声だったよ⁉」
『ようやく聞こえたか。カバンの中だゆき』
「え!」
白銀が急いでカバンを漁り出す。すると、中からトランシーバーが出てきた。
「え~⁉何これ⁉何で⁉」
『ゆきなら必ず遭難するだろうとふんで、事前にカバンに忍び込ませておいた。そのロープもこうなる可能性を考えて入れておいた』
いつもの淡々とした声で、事実のみを告げていく。
「さすがあさぎちゃん!大好き!」
「こういう時はまじで頼もしいなおい!人の秘密を暴露することしかできない性悪ハッカーかと思ってたぜ!」
『ゆき。その男は置いてこい。そこでなら事故で済ませられるからなんなら殺してもいい』
などと物騒なことを言う。
「あはは。ここまで二人で助け合ってきたんだよ。そんなことできないよ」
『知っているさ。すべて見ていた』
「「え?」」
どういうことだと聞き返そうとした時、上からブーンと音を立てて、何かが下りてきた。上を見上げると、小さなドローンが飛んでいた。
『お前たちが帰ってこないと騒ぎになってから、これで捜索しずっと追跡していた』
「じゃあもっと早く助けに来いよ!」
『ゆきがあまりに楽しそうだったのでな。それにイチャイチャしているし邪魔しては悪いと判断した』
「「イチャイチャしてねえし!」」
『そんな息ぴったりで言われてもな。とにかくもう時間切れだ。他の生徒は先にバスで移動した。時間はないから早く帰って来いとのことだ。今から案内するから指示通りに進め。その前にその崖から降りる必要があるが』
「ていうかお前俺たちの現在地分かるのか?」
『そのトランシーバーにはGPS機能がついている。ドローンでそこからゴールまでの道も把握済みだ』
なんと頼もしいことだ。
「ってことは……」
俺たちは二人顔を見合わせる。
「「帰れるーーーー!」」
ハイタッチして。ジャンプする。
「まったくお前にはほんとに頭が上がらねえよ」
俺はトランシーバーの向こうのあさぎに話しかける。
『お前はゆきのついでだ。別に帰ってこなくてもかまわない』
「またまた~。そんなこと言いながらほんとは俺たちの様子をはらはらドキドキで見てたんだろ~?えいえい!」
『ゆきのことは心配していたがお前が死にかけても別になんとも思わなかったな』
「とか言って俺が小便するところも見てたんだろこのスケベ!覗き魔!」
『お前の数々のハラスメントから犯罪めいた言動はすべて録画、録音してある。お前だけ帰りはパトカーで行先は警察だ。覚悟しておけ』
淡々とした口調に、どこか感情が乗って聞こえる。
「待って⁉あさぎちゃんほんとに見たの⁉」
『見るわけないだろうそんな汚いもの。ゆきのは心配で追いかけたからちゃんとカメラに残っているが。それにしても自分の行為が見られたかよりもそっちを心配するなんて。そんなに――――』
「あああああああああああああああああああ⁉消してえええええええええええ!何でそこまで撮ってるのさ!要らないから!ひどいよ!普通そこは写さないよね⁉」
顔を真っ赤にして目を見開き絶叫する白銀。
『心配だったんだ。そこはちゃんと後で消すから安心しろ』
「絶対だよ⁉帰ったら真っ先に消してよ⁉」
『ああ分かった。それより二人とも急げ。次の野外炊飯に間に合わなくなる』
「おいそんなことよりお前俺のしっこが汚いとはいったいどういうりょうけ――――」
「いいからさっさと降りるよ!君のおしっこは汚いに決まってるでしょ!はい急いで!」
俺に八つ当たりしてくる白銀。
「じゃあいいか?俺はこのロープを木に巻き付けて、折れないように支えとく。だからお前は安心して先に降りろ。いいか?木の耐久度は未知数だからくれぐれも暴れるな。いいか?これは決して実験とかではなく、お前のことだからどうせ木が折れることを見越して、いつでもロープをつかめるように待機しているだけだからな」
「嘘だよね⁉絶対に僕で耐久度試してるよね⁉最低!僕のことを思いやった風に見せかけて自分のことを一番に考えてるのが一番むかつく!」
『大丈夫だ。その木はコナラと言って崖に咲く樹木の中では丈夫な方だ。安心しろ。その男の本心は、誰かが上から少しずつ縄を下ろしていく方が安全なため先に安全に下ろしてあげたいというものだ』
白銀のトランシーバーからあさぎの声が聞こえる。
「おいてめえ!勝手に人の心を読んで余計な事ばらすな!ち、ちげえからな!」
「へ~?君ってそういうところ素直じゃないよね~。もっと素直になった方が可愛いのに」
「うるせえ!さっさと行け!」
「はいはい」
白銀は、胴体に結びつけたロープを徐々に下ろしていく。何事もなく地面まで降りることに成功した。
「足着いたよ!次君の番!大丈夫?」
「大丈夫だ。危ないから下がってろ!」
俺は木にくくりつけたロープを強く引っ張ってみて、実際に下まで垂らすと、そのまま掴んで体重をかけ、徐々に降りていく。
「大丈夫⁉手痛くない?」
白銀が心配そうに声を掛けてくる。
「大丈夫大丈夫」
正直ちょっと痛かったが、少しずつ足を岩場におき、徐々に降りていくと、あっという間に下に着いた。
「よかった~。怪我してない?」
白銀が近寄ってきた。
「ありがとね。僕のこと先に行かせてくれて」
嬉しそうに俺を見つめる。
「別に。レディーファーストだ。これくらい普通だ」
「あはは。君って案外男の子だよね」
「どういう意味だ」
「男らしくてかっこいいところもあるよねってこと!」
恥ずかしげもなくそう告げる白銀に戸惑う。
『あの、イチャイチャしているところ悪いが私もいるのだが』
「ひゃあっ!」
白銀が驚いた声をあげ、頬を赤くしている。
「い、今のは!お礼だから!気を遣ってもらったら、このくらい言って当たり前だもん!」
「お世辞だったんかい」
「ち、違うけど……」
『おい早く進め。時間がない。私の言うとおりに進めばすぐゴールに着く』
「わ、分かってるよ」
というわけで指示通りに進んでいくと、あんなに荒々しかった野生の草木は減っていき、あっさりとゴールに着いた。
ゴールの看板横にはあさぎが立っていた。
「おかえりゆき。無事でよかった」
「助かったよー。あさぎちゃんにはなんでもお見通しだね」
かけあって二人で無事な再会を喜び合っている。
「河瀬先生が待っている。説得するのに大変だったんだ。早く行こう」
「うん」
などと二人で背を向けて戻って行く。
「あのー。一応僕も無事なんですけど。一緒に帰ってきたんですけど。頑張ったんですけど」
「なんだまだいたのか。お前の野蛮さは森の住人クラスだから戻ってこなくてもよかったものを」
などと激辛な激励を頂く。
「ま、まあまあ!彼は僕のこと助けてくれたんだよ。一緒にいてくれなかったら僕絶対途中で死んでたよ」
俺のところまで戻ってくると両肩に手を置いて、ぐっと優しく押してきた。
「森の住人は否めないけど、三人で一緒に戻ろうよ」
「てかお前おしっこして手洗った?」
ちょっとイラっとしたので、俺は気になっていたことを尋ねる。
「この人は!ここで!殺す!この!野蛮人は!」
顔を真っ赤にして、見たことないくらいキレた白銀が、後ろからロープで首を絞めてくる。
「おいよせ!冗談だ!俺も洗ってないから気にするな!まじで死ぬから!」
「よくもまあこのタイミングでそんなこと言えたものだ。流石だ」
「あさぎちゃん!私が押させとくからこの毒草口に押し込んで!この人は下痢地獄に突き落とそう!」
「この男に触れたくないのだが」
と心底嫌そうな不藤。
「やっと帰ってきたか!不藤が任せろと言うから待っていたが、さすがに遅すぎるぞ!」
声の方を見ると河瀬先生だった。
「二人とも一体どうやったらこんなところで遭難するんだ。お前ら以外みんな先に行ったぞ。しっかりしろ一ノ瀬!」
「俺かよ。どう考えても俺以外に原因のやついるでしょ」
「せんぜい~!」
先生を見て安心したのか白銀が泣きながらしがみつく。
「お、おいどうした白銀⁉なんでそんなにボロボロで泣いている⁉んっ?お前、まさかっ⁉」
俺を見て眉をひそめる。
「一ノ瀬お前まさか襲ったのか⁉」
「襲うかあ!俺がどれだけ苦労してこいつをここに連れてきたと思ってんだ!何回も死にかけたぞ!」
「けがされまじだああああ!お尻触られて叩かれたしいっ、マーキングするとか言っておしっこひっかけられかけたしいっ、もうお前は穢れたから普通の人としては生きていけないっでえええええ!」
先生にしがみつきながら暴露する。
「よし一ノ瀬。お前は一緒に来なさい。あの時ちゃんと警察に引き渡しておくんだったな」
「おいいいいいいいい!てめえ嘘つくんじゃねえぞ!なんか切り取り方に悪意を感じるぞ!まるで俺がお前をなぶって、穢して俺のせいで普通じゃなくなったみたいに聞こえるだろうが!先生こいつも人のこと言えませんからね!ドライバーで人のケツぶっ刺したり、毒草食わそうとしたり、挙句の果てには、俺のパンツ全力で脱がそうとしてたから!穢れたのも全部自業自得だしな!」
「君散々トレハラにノンデリに今回にいたってはセクハラまでしてたくせに!先生この人スケッチブックでお尻ふこうしてました!あとお尻さわられました!捕まえてください!」
「それは合意の上だろうが!お前から言ってきたんだよ!あれだけお世話になっといてその態度ならお前言うからな⁉いいんだな⁉」
「言えばいいじゃないか!僕にはやましいことなんて何一つないし!ほら言ってみなよ!」
「先生こいつ自然公園の草抜きまくってました!しかもあろうことかおしっ―――」
「待ってええええええええええええええ!嘘です!ごめんなさい‼調子に乗りましたああああ!お願いだからそれだけは誰にも言わないでえええええええ!」
瞬時に俺の方にかけつけ縋りついてくる。
「そうだよなあ⁉調子に乗っちゃったなあ?被害者面はよくないよなあ?ほらなにか言うことあるんじゃないの?」
「ううっ、ご、ごめんなさい!僕が全部悪かったです!助けてくれてありがとうございましたあ!」
やけくそ気味に叫ぶ。
「はいよくできました。よし帰るべ帰るべ。帰ってくそして寝るべ」
「悔しいいいいいいい!君もしたくせになんで僕だけ!しかもあれだけハラスメントされたのになんで謝るのは僕だけなのさ!許せないんだけど!」
心底悔しそうにはがみしている白銀を見てほくそえみながら俺はバスに向かうのだった。
「自分が怒らせてこうなったくせに暴露しようとしてだまらせるとは。本物のくずだなこいつは。ゆき。あの男を訴訟する時が来たらいつでも私に言え。証拠はしっかりある」
白銀をなぐさめる不藤。
「お前らは二人とも一体何をしているんだほんとに。はあ。林間学校初日からこれでどうするんだほんとに」
ぼやきながら頭を押さえる河瀬先生なのであった。
駐車場に着くと、学校車が一台止まってあり、先生が運転席に乗り、不藤が助手席、残った俺と白銀が後ろに乗り、四人で宿泊施設を目指す。(ちなみにその前に公園のトイレで手は洗った)
不機嫌そうな白銀が一分おきに睨みつけてくる。あまりに空気が悪いため前の二人も居心地悪そうにしている。
「一ノ瀬英一」
「おい一ノ瀬!」
二人に急かされてとうとう俺は話しかける。
「お、おい。悪かったよ。全面的に俺が悪かった。手洗ったか聞いたのは、お前がいきなりボディタッチしてくるから恥ずかしさを誤魔化すためについ言っちゃったんだ。すいませんでした」
「それから?」
「それから、そのことで怒って先生に言いつけた白銀を無理矢理黙らせるために最低なことを言おうとして黙らせました。でもほんとに言う気はなかったといいますか何と言いますか……」
「そうだよね。それはほんとに最低だよね」
こちらを見ずに窓の外を見ながらそうこぼす。
「それで?」
「と、いいますと?」
「じゃあどうしたらいいの?」
「え、えーっと、その、これ……」
俺は遭難中に見つけたものを渡す。
「これは?」
ここでようやくこちらを向き、といっても目は見ずに、それを手に取って尋ねる。
「あ、ああ。森の中で見つけた一番きれいだと思ったものだ。花も似合ってたと思うが、俺はやっぱり、こっちの方がお前らしくていいかなと思ったんだ」
「……」
「この葉っぱはポトスって言うんだ。綺麗なグリーンでお前の瞳の色と同じ色だ。ところどころに黄緑色の模様も入ってるところがおしゃれなデザインになっている。花言葉は永遠の富で、お前の借金無くなればいいなって思ってさ。なんか合ってるだろ?なにより花で綺麗に飾り付けた魅力よりも、素朴なありのままの魅力が葉にはあると思うんだ。お前の、着飾ったり化粧でおしゃれしたりしないありのままの自然体な魅力とそっくりだと思ったんだ。こっちの方が合ってると俺は思った。それになんかお前は花より葉っぱの方が好きだろ?いつも食ってるしな!」
「……なにそれ。遭難して、余裕なんかない時にそんなこと考えてくれてたの?ほんとに君は――――」
感慨深そうにポトスの葉を見つめる白銀。
「ねえ。どうかな?」
かんざしみたいにして俺の渡した大きな葉を髪につけ、頬を赤くしておずおずとこちらを見てくる。
「に、似合ってると思うよ」
「かわいい?」
「か、かわ、さあな。不藤に聞けばいいだろ」
「あはは。そうだね。うん。やっぱり君でよかった」
「あのー。私もいるんだが?髪に白髪クリームしかついていない29歳独身女性も同乗してるんだが?ストレスで出来る白髪用のクリームしかついてないんだが?」
ルームミラーの人を殺しそうな目と目があった。
「先生。今いい所だったので余計なこと言わないで下さい」
不藤がいつもの無表情を崩し、しらーっとした目を向けている。
「あ、あ~お腹空いたな~!は、早くカレー食べたいなー!」
隣を見ると顔を真っ赤にした白銀が何かを誤魔化すように大声を出してお腹を押さえていた。
「そう言えばカレーといえば俺あんなにお腹痛かったのにうんこ―――」
「「黙ってろお前は!」」
前から怒鳴られ、隣からは「はあっ」とため息をつかれるのだった。




