75話 「女の子のチューよりトイレットペーパーが下なの納得いかないんだけど!」
しばらく休み、ボロボロになった俺たちは、森の中へと入っていく。
橋をぬけた先は、緩やかな平たんになっていて、比較的歩きやすくなっていた。自然もそこまで道に侵食していない。
「はあ~。疲れたねー。のど渇いたや」
「俺もだ」
「さっき採った果実はもう全部食べちゃったし、どうし―――あっ!」
白銀が何かを見つけたのか、横の茂みを向いて立ち止まる。
「どうした?」
「こんなところに桑の実がいっぱい咲いてる!」
パーッとした顔で駆けていく。
「知ってる?桑の実!」
「知らない」
「ベリースイーツみたいで美味しいんだよ!これから水分も取れるよ!」
嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「へえ~。なるほどなー。やらかした分ここで清算できるのか」
「そんなこと言う人にはあげないよ!」
むくれ顔でこちらを睨みつける。
「じょ、冗談だよ」
「ふんだっ」
ぷいっと顔を背ける。
「わ、悪かったよ。味見は俺がやるから機嫌直してくれよ」
「味見はもうすんだよ」
見るとさっきまでたくさん実っていた桑の実が半分ほどに減っていた。
「味見って量じゃねえだろうが!半分減ったわ!いつ食ったんだよ!手品か!ふざけんな!」
「お、美味しかったんだから、し、しょうがないじゃないか」
苦い笑みを浮かべて言い逃れようとしている。
「ったく」
「わ、分かったよ。あとは全部君のでいいよ」
残りの分をちぎって持ってくる。受け取ろうとすると。
「そんなよだれ垂らして果実に釘付けで言われたら食いづらいんだよ。ていうか放す気ねえだろ!そんな強く大事そうに抱えるな!」
仕方ないので残った分を半分こした。
「ああっ!」
さらに進むとまた白銀が何かを見つけたようだ。
「サルビアだ!これ知ってる⁉」
きらきらした目でこちらを振り返る。そこには赤い花がたくさん咲いていた。
「知らないな。なんなんだ?」
「これはね、花の根本の部分に蜜がたまっててね、吸ったら甘くておいしいいんだよ!」
「へえ~。なんか毒とかありそうな色してるけどな」
「吸ってみる?美味しいよ」
白銀が一輪差し出してきた。
「じゃあ」
俺は白銀を真似して付け根の方をくわえ吸ってみる。
「どう?」
「甘い!これは一本だと曖昧だが、たくさん吸うとけっこう満たされるんじゃないか⁉」
「そうなの!よく気づいたね!じゃあ僕はこっちの方吸うから君はこっちの全部吸っていいよ」
「そっちはヒガンバナだろうが!毒があることくらい俺でも知ってるわ!土に埋めて帰るぞこの食いしん坊が!」
「バクバクバクバクバク!」
俺のツッコミも無視してすごい勢いで吸い付き始める。なんなら花ごと食べてる。
「こいつ!遭難したときに人は本性が出るよな!よし。この役立たずは置いて行こう」
俺が一人で進みだすと慌てて追いかけてきた。
「あああ!待って!待ってよ!ごめんなさい!お腹空いて死にそうだったの!置いて行かないで!」
無視して歩く俺の足にすがりついてくる。
「ええい放せ!お前がついてくると必ず何か起こることはもう嫌ってほど分かってんだ!ほら!あっち行ったら手持ちのメロンパンやるぞ!な⁉」
「放すもんか!もし僕のこと無事ここから連れ出してくれたらぼくがメロンパンあげるから!お願いだから見捨てないで!一緒に泥棒した仲間じゃないか!今までのこと警察に話すのやめるから一緒に行動してよ!」
「そんなもんいるか!ていうかお前警察に話す気だったのか!絶対置いて行くからな!お前はこの森の養分になれ!」
「じょ、冗談だよ!お願いっ!なんでもするから!ここから連れ出してくれたらトイレットペーパー一パックあげてもいいし、ほ、ほっぺにチューくらいならするから!だから見捨てないで!花の蜜もちゃんと分けます!」
「よしじゃあ約束だ。必ずトイレットペーパーを俺に納めるんだぞ」
「見捨てないでくれたのは嬉しいんだけど、僕のほっぺにチューは眼中にないの⁉トイレットペーパーより下なの納得がいかないんだけど!これでもけっこう勇気出したよ⁉」
不満そうにまだ足に引っ付いている。
「よしよしこのかわいこちゃんめ。お前らだけは死んでもここから出してやるからなあ」
俺は愛しいトイレットペーパーちゃんたちにキスする。
「あの、聞いてもらっていいですか⁉僕よりそっちにキスしたいの⁉この人ほんとにむかつくんだけど!普通に汚いし!」
立ち上がって横を歩きながらなぜか憤慨している白銀。
「ん?お前、髪に花がついてるぞ」
さっきの赤い花が髪飾りみたいについていた。
「え?そうなの?あ、ほんとだ」
自分でも気づいたみたいで触っている。
「ね、ねえ、ど、どうかな?似合ってる?」
「おーよちよち可愛いベイビーちゃんたちだあ。んちゅっつ。ぶちゅう~」
俺はまたトイレットペーパーに意識を戻す。
「君背後に気をつけた方がいいからね!隙を見せたら突き落とすからね!髪の毛も全部抜けるといいよ!」
さらに憤慨する白銀。
ジャングルのような森を抜けていく。もう一時間ほど歩いただろうか。
「いたっ」
茂みをかき分けて進んでいると、鋭い痛みが腕に走った。
「どうしたの?大丈夫?」
すぐ後ろから付いて来ていた白銀が覗き込んでくる。
「尖った葉っぱで腕をひっかいたらしい」
右腕から血が出ていた。けっこう深い。
「た、大変!えっと、ちょっと待ってね!」
白銀が辺りを見渡して、何かを見つけたようだ。
「あった!」
たたっと走って、どうやら植物を探していたらしい。それをとって戻ってきた。
「これはね、アロエ。昔から傷口や火傷に対して冷却効果があってよく家庭でも使われてたの。これを、すりつぶして……」
近くの岩に座って、地面に落ちていた綺麗な石ですりつぶして塗り薬のようにする。
「はい。腕見せて」
「お、おお」
俺は言われるままに右腕を差し出す。白銀がすりつぶしたアロエを俺の傷口に優しく塗る。
「いたっ」
「我慢して。男の子でしょ」
優しいまなざしで、どこか母性を感じさせるように俺の傷の手当てをする様を見て、少しどぎまぎしてしまう。
「はいっ。これで少しはよくなると思う。でもこんな森の中だし変な菌とか入ったら大変だから、早く抜けてちゃんと処置してもらってね」
そう言って優しく微笑む。
「あ、ああ。ありがと。な、なんか、お前、初めて頼もしいよ。今輝いてるよ。今日死ぬのか?」
「人の善意になんてこと言うのさ!僕だってたまには役に立つし!次怪我したら毒草塗るよ⁉」
頬をふくらませて睨んでくる。
「ああいや悪い冗談だ。あまりに、なんか、いやなんでもない」
「何⁉それ聞きたい!ちゃんと言って⁉」
少し俺の頬が赤かったからだろうか、なんとなく思っていることを読み取られてしまったのかもしれない。頬を少し赤く染めて前のめりに聞いてくる。
「あああまりにサバイバルに強くて、原始時代の人かなって思っいだだだだだっ!」
最後まで言い終わる前に白銀が俺の傷口にアロエを爪を立てて塗り込んでくる。
「ちゃんと傷口の中まで塗っときますねー。まだまだありますからねー」
消え失せた表情で俺の傷口をいじめてくる。
「いだだだだだっ!分かったごめんって!冗談だ!ちょっと女の子っぽい感じがして気まずかったから誤魔化したんだよ!」
「遅い!もう遅いから!マイナスの発言の方がギリギリ勝ってるくらい不快だったよ!」
目を怒らせて爪を立ててくる。
「ごめんごめん。マジで悪かったよ。メロンパンあげるから!」
俺のメロンパンをかすめとってもそもそ食べながらジト目で見てくる。
「なんかマーガリン入ってる。僕マーガリン嫌いなんだけど。あとぱさぱさしてるから余計のど渇いた」
どうしろってんだよ。
結局機嫌を取り損ね、一分おきに後ろからくっつき虫を投げてくる白銀を連れ、先に進む。
しかし幸運なことに、少し行くと、竹が自生していた。
「あっ!竹だ!水飲める!」
くっつき虫を投げるのを止め、目を輝かせて俺に笑顔を向けてくる。
「お!そうなのか?」
「うん!竹は吸水量が多くて、中に大量の水を溜め込むんだよ!たくさん取るには時間がかかるけど、少しなら運がよければ三十分くらいでたまるのもあるの!」
「よしじゃあ竹を切るぞー!」
「おー!」
嬉しそうに右腕を空に上げる。
「でも、どうやって切るんだ?」
「そこはほら、男の子でしょ?頑張るんだよ」
「なんかお前最近ほんといい性格してるよな」
「どう考えても君のせいだと思うけど」
レスポンスもキレのいいやつを反射で返してくるようになったしな。
「しょうがない。俺の鍛え上げられた蹴りを見せてやるか。今まで隠してきたが、こう見えて俺の足は部活時代、相手選手から恐れられてきた。かつて黒足の英一と呼ばれていたこともある」
「なんかオチは見える気はするけど一応期待してみるね」
神妙な顔で見つめてくる。
「くらえっ!リベンジトルネード!」
俺は思いっきり振りぬいた。
「いだああっ」
普通に傷一つ付かずに足を痛める。
「ふっ。やるじゃないか。俺の嵐脚を上回るほどの鉄塊を使うとはな。今回はお前の勝ちにしておいてやる。じゃあな」
「じゃあなじゃないでしょ!かっこつけて諦めないでよ!めちゃくちゃかっこ悪かったよ!技名も最初と変わってるし!一体何を恐れられていたのさ!」
「高確率でうんこがついている俺のスライディングは県選抜選手ですら恐れたもんだ。そんな俺の放つシュートはどんな名キーパーも取るのを嫌がった。ついたあだ名は黒足の英一」
「そっちの黒⁉うんこの方の黒なの⁉すごい質悪いし!なんでそんな蔑称を誇らしげに語れるのかから聞いてもいいかな⁉」
「いいか白銀。半端な覚悟で竹を割るな。お前に月から来た女の子を育てる覚悟はあるのか?俺たちにかぐや姫を育てる経済力はない。諦めて帰ろう」
「小賢しい言い訳してないで早く割ってもらっていいかな⁉のど渇いて死にそうなんだけど!大体帰れないからこうして竹の水を飲もうとしてるんだよね⁉」
「おばあさん。何度竹を割ってもあの子はもういないんだよ。ばあさんが近所でなんて呼ばれてるか知ってるかい?バンブークラッシャーだよ。諦めてお家に帰ろう」
「もう君うるさい!割れないからってあの手この手で諦めさせようとしてるだけでしょ!僕が割るから黙って見てて!」
そう言うと白銀は割れそうな竹を探し始めた。数分ほどしてこっちに駆け寄ってきた。
「けっこう深く横に割れ目が入ってる竹があったよ!多分大きい動物とかがぶつかったのかも!これならいけるよ!ねえ来て!」
興奮した様子で俺の手を掴むとひっぱる。
「わ、分かった分かった」
ついて行ってみると、確かに真ん中くらいまで割れ目が入っている竹があった。高さも三メートルくらいで、意外と頑張れば割れそうだ。
「これは確かに割れそうだ。でかしたぞ」
「でしょ⁉これなら僕でも割れそうじゃない?」
そう言って竹を掴んで体重をかけて引っ張る。
「ふうーっ!」
しかし竹はしなやかに曲がり、なかなか折れない。
「つるっ」
白銀の手から滑って離れた竹が反動で元に戻ろうとする。
「いだあっ⁉」
竹を挟んで白銀の反対側にいた俺の額に直撃して吹っ飛ぶ。
「あ、あははっ、ごめんなさい。大丈夫?」
「笑い事じゃねえわ!めっちゃ痛かったぞ!竹の硬さ舐めてんのか⁉」
「そ、そうなの?ごめんね。痛かった?」
こいつは最近俺への扱いがとんでもないことになってきているな。
「大丈夫?」
近づいてきて俺のおでこを優しくさする。
「いってえよ。てかはずいことすんな」
「ご、ごめんね!気易かったかな!」
目を左右にさまよわせて恥ずかしそうにしている。
「よ、よし、次は俺も押すから二人でやってみよう」
「そ、そうだね」
白銀が引っ張り、俺が押す。すると、みしみし音をたて始め、ついには折れた。
「よっしゃあ!」
「やったあああ!」
二人でハイタッチする。
「よしじゃあ水がたまるまでちょっと待ってね」
節にドライバーで穴をあけ、待つこと三十分。水が溜まってきた。
「水だあああ!」
白銀は早速水筒に移し、ごくごく飲んでいる。
「君の分もあるからね」
「お前が全部飲めよ。あんまりないだろ。俺はサッカーやってたからのど渇きにくいんだ」
「い、いいよ!そんな僕に気使わなくても……」
申し訳なさそうに見てくる。
「今更何を謙虚ぶってんだお前は。散々人の分も食い散らかしてただろうが。気にしなくていいんだよ」
「むう。人を厚かましいみたいに」
しかし俺が譲る気がないことを察すると、少し不満げな表情をするが、破顔する。
「じゃあお言葉に甘えます。ありがとね。君も男の子なんだね。僕を見つけてくれたのが君でよかった」
「ど、どうも」
そんなまっすぐな言葉と笑顔を向けられ、言葉に窮する俺なのだった。




