4.秘密
嵐の前の静けさである本読みが無事に終了した。フランは椅子や机が片付けられて閑散とした稽古場に何をするわけでもなく、部屋の隅で鏡の前でポツンと台本を黙読していた。時刻は22時を過ぎていた。本公演の稽古によっては、もっと帰宅時刻が遅くなる事もある。体力温存のためにも、本来ならば帰宅した方がいい。だけど、稽古初日が終了したという興奮でなかなか帰ることが出来なかった。
「フランさん?」
誰もいなくなったと思ったときに、ふと声をかけられて、フランは思わず振りむく。そこには、最初と出会った時の服装のエリシャが立っていた。
「あ、エリシャさん。お疲れさまでした」
「帰らないんですか?」
「いえ、もうすぐ帰りますよ」
「――そう」
「何かあったんですか?」
「いや……あ、あの時は、すいませんでした」
エリシャはまだ何か言いたそうにしている。戸惑っている顔ですら可愛く印象に残る。
「気にしないでください。明日から頑張りましょう」
「……はい」
沈黙。エリシャは帰らない。
「フランさんって……」
「はい」
「もしかして、女の人?」
「――えっ?」
「……抱きついた時に、分かった」
フラン・オークは下着に綿を入れて、胸が強調されないように体格を隠していた。不完全だった。独身男性の役者のみ所属する劇団だが、裏方はその限りではない。
「まさか。違いますよ」
エリシャは一心にこちらを見つめていた。彼の金髪が、明かりに照らされてとても綺麗だ。エリシャは言い訳が通用しないような顔をしている。つかつかとフランに向かって歩いてくる。エリシャは座り込んだ。
近い。あの時は、急すぎて何も感じなかったが、ここまで接近されるとまた違ってくる。
「皆にバラされたくないよね?」
「そ、それは――」
確かにその通りだ。知っているのは裏方のごく一部だけだった。
フランが女性であることが公演をする妨げにはなってほしくなかった。
「――バラされたくないなら、私に恋を教えてくれない?」
「ぁ、あの」
フランの頬にエリシャの綺麗な手が置かれる。温もりを感じる。黒子が見え隠れする。
顔が、近い。綺麗な瞳がフランを見つめている。綺麗なモノが近いと眩しい。
フランは思わず触れられている逆に顔をそむけた。
頬に触れた手がフランの顎に移り、くいっと顔を正面に戻される。力を入れてももうそらすことは叶わなかった。
エリシャの人差し指がフランの唇をそっと撫でる。せめてもの抵抗で目線をエリシャの服に移すしかなかった。
「付き合っているふりでもいい。役作りで、女の子の事、もっと知りたいんだ」
「――ふり?」
「恋を……感じたい」
「えっと、そのぉ……」
「今度の稽古休みの日にデートしよう」
「ぁ……あのぉ」
思考が回らなくなる。
「今度、街の噴水広場に昼、待ち合わせって事で」
エリシャの身体が離れていく。身体の力が抜けていく。
「じゃあ、また。フランさん」
今日一番の楽しそうな姿だった。フランはしばらく動けなかった。




