天使と悪魔と従者・1
慣れって怖いよな。
相手がどんなに異質な姿で異質な行動をする奴でも、二週間も経てばそんなのは極当たり前のことに思えてくるんだからさ。こういう奴なんだと納得してしまっている自分に驚きだぜ。
今だって見てみろよ。目の前の光景を。
黒い翼だか何だかを広げて俺を怒鳴りつけている全身真っ黒な姿の男。そのすぐ傍で、おろおろしている少女。
怒鳴られている内容は、もう耳にタコ。まあ、どんだけそこにいる少女が可愛いかという説明を受けているだけである。この男の形相にも飽きてくるというものだ。
今のところ、俺はこいつに微笑みかけられたことがただの一度もない。いや、男に微笑みかけられても全く嬉しくないが。その点、少女――フルール嬢には笑顔しか見せてないな。
そう。つまりこの男、グラスはロリコンなのである。そこだけわかってくれれば、俺に悔いはない。
「貴様、聞いているのか!?」
ふと、そこで我に返る。一通り説教が終わったらしい。
「……あのな。毎日毎日何回も何回も同じことを怒鳴られてる、こっちの身にもなってみろ!」
「それは貴様が改善しようとしないからだ!」
「グ、グラス落ち着いて……!」
フルール嬢が懸命にこのロリコン男を宥めようとしてるが、一切耳に入っていないようである。
「フルールに触るな! 下賎な話はするな! お前はオレの命令に従っていればいいんだ!」
なんというオレ様。ここまで言われたら、俺だって黙ってはいられない。
「言っとくが、俺はお前じゃなくフルール嬢の従者だっての! 何でお前の命令に従わなくちゃなんねーんだ!」
「フルールはオレのもの。従ってお前はオレの従者でもある」
どこのケンカの大将だよ、おい。
フルール嬢は、何か頬を赤く染めてるし。俺の立場は一体。
「大体、俺は何も悪いことはしてない!」
フルール嬢に触ったといえばそりゃ触ったが、話し掛ける時に肩をポンと叩いただけだし、下賎な話も何も、こんな貴族様のする話など知るはずもない。そんな俺にどうしろと。
というか『今日の夕飯何にする?』という極普通の会話だったんだが。
「言っとくがグラス、お前怒鳴るたびに一々翼出してんじゃねえよ」
「話をすりかえるな!」
重要な問題だ。今は宿屋の部屋の中だからいいとして、外でこんなことされたら一溜まりもない。確実に注目の的だ。いや、下手したら連行されかねない。色々な意味で。
俺はフルール嬢に拾われてから、大雑把だがこの二人の諸々の事情を説明された。
とりあえず、グラスは悪魔だということ。
最初はマジで『はあ?』となるしかなかったわけだが、あの翼を見せられれば『はあ』と納得するしかなかった。それでも半信半疑だけど。フルール嬢の家とグラスが、どうも彼女をグラスの嫁にするという契約をして今に至るということらしい。フルール嬢に同情しないでもないが、この少女も満更ではないらしいことが最近発覚した。
悪魔は寿命が果てしなく永いらしい。グラス自身も年がわからないとか。つまりは相当の爺であり、現在十一歳のフルール嬢を嫁に貰うってロリコンもいいところだ。まあとりあえず、フルール嬢の二十歳の誕生日が来るまでは手を出さないつもりらしいが。ってか俺にそこまで説明せんでも。いや、正直気になったけど。
その日が来たら二人が正式な契約やら何やらをして、フルール嬢も永い時をグラスと共に生きることになる……らしい。
俺が聞いたのはこんなところだが、突拍子もなさ過ぎて『へえ』という感想しか出てこなかった。
まあ、俺には関係ないし。それよりも、その後の話のほうが俺には非常に重要なことで。
俺を従者として雇いたいというのは、まさしく旅の従者にということだった。何でも、グラスは定期的に色々な町へと繰り出しているらしい。その目的は浮気か、とついぽろっと言ったら案の定、グラスの野郎にぶん殴られた。俺もケンカはそこそこ強いほうだと自負していたが、さすが自称悪魔なだけあって動きは明らかに堅気じゃねえ。
それはとりあえず置いといて、グラスの本当の目的は〈同族探し〉らしい。他にもこんな野郎がいると思うとゾッとするが、いる可能性は低いらしく。
何で探してるのかとか、探してどうするのかとか疑問が残ったが、グラスもそれ以上は説明しようとしなかった。フルール嬢はどこまで知っているのか、理解してるのかもよくわからない。
まあ、それも俺には関係ない。俺はとにかく、フルール嬢に恩を返せればそれでいい。
それでフルール嬢は普段はグラスの帰りを待っていたわけだが、今回は同行したいと言い出したのだ。グラスも何度も危険だと宥めたらしいが、彼女も意外と頑固らしく、ついていくと言って聞かなかったそうである。
『外の世界を見てみたいのです』
それがフルール嬢の願いだった。
筋金入りの箱入り娘だと思ったけど、どうも少し事情が違うようで。俺が訪ねた屋敷はフルール嬢専用の屋敷らしい。ついでにグラス。そして彼女の両親は別のところで暮らしているらしく、フルール嬢は放置状態だとか。
まあ悪魔と契約とか特殊な事情を抱えているわけで、色々あるんだろう。フルール嬢の様子からすると、今の状況を悲観的に考えてはいないようだが。
さて、色々と話が逸れたが、その旅の従者、つまりはフルール嬢の護衛的役割が一人くらいはいないと、という話になったらしく、俺に白羽の矢が立てられたってこった。
何故そんな見ず知らずの放浪男を選んだかというと、屋敷の誰もがグラスには畏怖の念を抱いてるとか。そりゃ普通だったらそう思うよな。悪魔なんてわけのわからない奴だし。
そこで可哀想な俺を見兼ねて拾ったフルール嬢が、これも何かの縁と従者に雇おうと思ったらしく。グラスとしては自分が悪魔だということは隠したいらしいので、外の人間を雇うのは嫌だったらしい。確かに悪魔がこの世に存在するとか広まったら、面倒なことになるのは目に見えてるしな。しかしフルール嬢はトントン拍子に話を進め、いつの間にやら両親にも了解を得ていた。そんな横暴を許すとは一体どんな親なのだろうと思わなくもないが。
期間は一ヶ月。
すでに半分過ぎているが、今のとこ収穫なし。俺としては、ほっとしている。
んで、とある町の宿屋で俺達は今後の旅の計画を練っていたわけだ。
それなのに、グラスの野郎がわけのわからない説教をしてきて話が全然進まない。
俺は盛大に溜息を吐く。
「あのな、この町のことわかってんのか? ヤクザが仕切ってるような町なんだぞ? そいつらにお前の翼を見られてみろ。間違いなく尋問だ。下手すりゃ売り飛ばされるぞ、お前」
「ふん、オレはそんなヘマはせん」
あーそうですか。俺は言葉に出して返事をするのも面倒になり、心の中でそう呟く。大体、こんな治安の悪い町に来なくても。
ちなみに俺達は徒歩で旅をしている。まあそういう旅人は珍しくもないけど、フルール嬢もいることだし乗り物使って行けばいいのにとか思うが、『これも経験です』というフルール嬢の言葉に俺は従うしかなかった。
「それにしても、なかなか見つかりませんね。グラスのお仲間の方々は」
俺達のケンカも二週間でだいぶ見慣れてきたのか、フルール嬢がさらっと話題を変えて少し残念そうに言った。
「まあ……そうだな。そうそう見つかるものでもないんだ」
急激にグラスの顔が弛緩し、優しくフルール嬢に話し掛ける。翼もいつの間にか畳んでいた。
俺達の旅は半ば観光になっている。情報収集はグラスが一人でいつの間にやらしてるし。 この町はさっきも言ったが、治安が悪くてあまり観光には向かないけど。不穏な噂のあるヤクザが仕切っているのだ。何度、ケンカを吹っかけては吹っかけられたことか。
俺とグラスが短気な性分なのも原因なんだが、何とかフルール嬢の存在で今のところは穏便に事を成している。だが、いつ大問題を起こすかわかったもんじゃない。もちろん俺も反省してる。言っとくがほとんどは相手からケンカを売られてるんだからな。俺もグラスも言っちゃあなんだが、ガラが悪い。色々と目立つのだ。
これだと寧ろフルール嬢を危険に晒している気がしてくるが、とりあえずそれは置いておこう。
「っつーか、見つけたことあんのかよ。お前と同じ悪魔なんて」
グラスはかったるいとばかりに俺を一瞥し、ソファに背を預けて天井を見上げた。
「正直に言えば、悪魔に会った事はない」
そうきっぱり言い放つ。
なんだ、そりゃ。
「そう……なのでしょうね。あの、グラスは本当に悪魔を探しているのですか? 本当は別のモノを探しているのではないのですか?」
フルール嬢は何か知っているのか、真剣な表情でグラスに問い質す。
別のモノって、どういうことだよ。
グラスは唸り出す。困っているというよりは、面倒臭そうにしている感じがする。フルール嬢に対してもこの反応とは珍しい。
「そうだな……何と言ったらいいか……」
そうモゴモゴと口にしながら一瞬間を置いて、フルール嬢と俺に交互に視線を送る。
それから真顔で一言。
「人魚と不老不死」
と言い放つ。
またも突拍子のない単語に、俺は物凄く深い溜息を吐いた。




