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天使と悪魔と従者・2

「世の中には色々な方がいらっしゃるのですね」

「それで済ませられるか!」

 フルール嬢の呑気なセリフに、突っ込まないではいられなかった。

「フルールへの突っ込みも禁止だ!」

 グラスの言葉は無視。俺はいよいよ以て、頭を抱えた。

 悪魔という存在さえ理解し難いもんなのに、その上、人魚と不老不死ときたもんだ。

 俺にはもうお手上げだ。いや、すでにお手上げ状態なんだけど。

「お前はそういう反応をするだろうと思ったから、あまり言いたくなかったんだがな」

 そう言ってグラスはこっちを蔑むように見てくる。

 俺だけじゃない。一般人なら誰だってこういう反応を示して当然だ。

「人魚と不老不死なんているわけねー」

 ヤケクソ気味に俺は言い放つ。

「大体、悪魔に人魚に不老不死って脈絡がなさすぎるだろ!」

「脈絡ならあるさ」

 うん、話が長くなりそうだな。

「お前の想像通り、これは詳しく話せば話すほど長い話になる。はっきり言って面倒だ」

 俺って結構、思ってることが顔に出るタイプなんだろうか。

「でも是非聞きたいですね。その脈絡を」

「いいだろう」

 フルール嬢の言葉に即座に答えるグラス。

 面倒なんじゃなかったのかっ、という突っ込みは心の中だけにしておこう。

 まあここまで来たら乗りかかった船ってのもあるし、少しは俺も気になるし。信じる信じないは別として。

「……そうだな、まずは千年前に起きた〈天魔封印(てんまふういん)〉の話からしなければなるまい」

 いきなりよくわからない単語が飛び出した。

「クルトは知りませんか? 童話にもなっている結構有名なお話なのですが」

 残念ながら知らない。自慢じゃないが俺は生まれてこのかた、健全な本なんざ一度たりとも読んだことはない。マジで自慢にならないが。

「フルール、そいつに一般常識を求めたところで無駄だ」

 グラスが呆れたように言って、腕を組む。

 悪かったな。どうせ俺は碌な教育を受けてない。過去の悲惨な生活を思い出しそうになり、軽く頭を振ってそれを考えるのをやめる。

 フルール嬢はそんな俺の胸中など知る由もなく、わたくしが説明しますと言い出した。

「と言っても、内容はとても簡単なお話なのです。まず、わたくし達が存在するこの世界の他に、天界と魔界が存在しました。そして――」

「ちょっと待て。それは童話として聞くべきなのか? 事実として聞くべきなのか?」

 つい、フルール嬢の話を遮ってしまった。

「愚問だな。どうせ事実だと言ったところで、お前は信じまい」

 まあ確かにそれはそうなんだが。しかしグラスの言い方だと、事実だと言ってるようなもんだよな。いや、というかこいつが悪魔だもんな。魔界があっても不思議じゃない……か?

 とりあえず俺はフルール嬢に話の続きを促した。

「では、続きを。――大昔、平和な時を過ごしていた人間の世界に悪魔が現れたのです。何百、何千という悪魔が人間を襲いました」

 グラスが何百、何千いるのを想像してゾッとする。

「それを嘆いた天界の神様が、天使達と共に悪魔と戦いました。しかし悪魔達は強く、神様達は負けそうになりました。そこで神様は魔界を封印することにしたのです」

 グラスに目をやると、どことなく暗い表情をしているように見えた。

「封印は成功しました。しかし世界のバランスを保つためには、天界も封印しなければならなかったのです」

 バランスがどうのというのはよくわからんが、神様も決死の覚悟だったということか。

「神様は天界も封印し、人間の世界に再び平和が訪れました」

 フルール嬢は俺の顔を見て、以上ですと言ってニッコリ微笑んだ。

 うわ、本当に短いな。

「成程な。天界と魔界を封印したから、〈天魔封印〉だと」

 俺は適当な相槌を打つ。

 しかしこれが事実となると、今目の前にいる自称悪魔は何なんだ。

 俺の視線に気付いてか、グラスもこっちを見てくる。

「童話ではそこまでで話が終わりだが、現実にはその続きがあるんだ」

 フルール嬢が悲しそうにグラスを見ている。どうやらグラスのことを何かしら知ってるみたいだな。

「フルール、説明をありがとうな」

 グラスは優しく微笑み、フルール嬢の頭を撫でる。

「で、続きって?」

 何となく疎外感を感じ、こいつの過去に興味を持った。

 グラスは一変して面倒臭そうな表情になりながらも、続きを語り始めた。

「魔界が封印される時、人間界へと降り立っていたオレ達悪魔は、それはもう焦った。魔界と切り離されれば、オレ達は力を失う。人間と同格の存在になるということだ。そうなる前に、何としても魔界へ戻ろうと必死だった」

「俺には封印の定義がよくわからないんだが、わざわざ封印されに戻るのか?」

 よく封印というと眠りにつくとかそういうイメージなんだけど、わざわざ封印されるのがわかってて魔界に戻るってことに、俺は納得がいかなかった。

「この場合の封印というのは、他の世界への行き来ができなくなるということだ。力を失うより、元の世界へと戻ったほうがいいだろう」

 ふむ、成程。一応納得しておく。

「しかし、オレを含め大多数の悪魔は戻れなかった。間に合わなかったんだ」

 グラスは忌々しそうに言葉を紡ぐ。

「魔界が封印された途端、翼も消え力も無くなり、地に落ちて死ぬ者、人間に殺される者、色々だった」

 まあでも、人間側にしたら自業自得という気もするけど。悪魔が人間を襲った理由なんぞ知らんが。

「さて、ここからが本題だ。力を失った悪魔の中でも生き残った者も多くいた。そいつらは人間の中で生きることを決めた。そして人間と交わっていったんだ。当然、子供も生まれた。大多数は普通の子供だった。しかし稀に、他とは違う姿の子供も生まれた」

 違う姿……?

「人魚だ」

 そこで人魚か。

 生まれた子供が人魚って……恐ろしいぜ。

「その人魚達はどうしたのです?」

 これはフルール嬢も初耳だったのだろう、少し声が震えていた。

 グラスは少し言い難そうに、しかしはっきりと答えた。

「殺されるか、海に投げ捨てられた」

 フルール嬢は絶句する。

 まあ、人ってのは周りと違うものを嫌うからな。俺だって気味が悪いと思うだろうし。幼い少女には少し酷な話だけど。

「でも海なら生きてるんじゃねーの。人魚だし」

 俺はわざと明るく言った。

「その通り。どうやら海で生き残った人魚もいたようだ。と言っても、そいつらにオレ達のような知能など存在しないからな。本能だけで生きる魔物と同じだ」

 俺にとっては魔物も初耳なんスけど。魔界にいるってことだよな、魔物。

「しかし、それがまた生き残ったことによって厄介なことになってしまったわけだ」

 グラスは溜息を吐く。

「人間を襲うようになったとか?」

 本能で生きるというならありえる話だろう。

「人間を襲うだけならよかったんだがな」

 いやいやいや。十分、脅威な存在だっての。

「不老不死の人間を作り出してしまったんだ」

 ああ、不老不死もいたんだっけか。

 不老不死。死なない人間、か。

「人魚の血でも肉でも、生死を問わず一定量食せば、誰でも不老不死になる」

「た、食べるのか!?」

 俺は思わず叫んでしまった。仮にも上半身は人間だろっ。

「う、気持ち悪ぃ……」

 物の見事に想像してしまった。

「ク、クルト、大丈夫ですか?」

 フルール嬢が俺に駆け寄る。

「お前の想像力には感心するぞ、クルト」

 余計なお世話だ。

「ま、これが悪魔と人魚と不老不死の脈絡だ。納得したか」

「……突拍子もないと言えば突拍子もないが、とりあえず納得はしてやる。信じるかは別でな」

 俺の言葉にグラスは珍しくフッと笑みを浮かべて、それで十分だと呟いた。

 しかし、俺の疑問は尽きない。

「お前は何で翼があるんだよ」

「それはお前には関係ない」

 いや、今までの話も全く関係ないだろ、俺。

 何か言い返そうとした時、フルール嬢が見兼ねたように俺達の間に割って入ってきた。

「それは、グラスにもわからないのです」

「わからない?」

 予想外の答えに、俺は顔をしかめる。

 こいつにもわからないって、じゃあ誰が知ってるってんだ。

「ですから、グラスは今までずっと一人で……」

「考えられる原因はなくもないが、お前に言ったところで理解できるとは思えないし、時間の無駄だ。これだけ説明しただけでもありがたいと思え」

 グラスがフルール嬢の言葉を遮るように言葉を被せてくる。

 いちいちムカつくな、こいつは。

 まあつまり、力を残した悪魔はこの男一人だったということか。フルール嬢の反応からもそれは汲み取れる。

「……あの、グラス。わたくしからも一つ、質問してもよろしいですか?」

「ん? 何でも言ってみろ」

 コロッと気持ち悪いぐらいに優しい笑顔に変貌する悪魔。

 このロリコン爺め。

「その人魚と不老不死の方には会ったことがあるのですか?」

「ああ、あるな」

 納得したとは言ったものの、今も存在するのか、マジで。

「その方達は、どうしたのです?」

 不安そうなフルール嬢の瞳。

 その言葉にグラスは少し驚いて、フルール嬢を見つめる。

 それから少しの沈黙を置いて窓の外へと顔を向ける。

 そして、遠くを見るように言った。

「殺したよ」

 ああ。何か俺。

 もの凄い深みに嵌ってる気がする。

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