試供品はタダで配れ
第八話 試供品はタダで配れ
朝の裏庭で、悠人は塀に向かって深呼吸をした。
昨日の弁償で銀貨二枚。今日は絶対に燃やさない。
「――ファイアボール」
声に出し、構え、丁寧に狙う。
拳大の火球が、行儀よく飛んで的の岩に当たった。
「よし。次、声だけ抜く」
頭の中で唱えて、構えて、狙う。
火球が、一回り大きくなった。
「構えも抜く」
視線だけで撃つ。
火球が、二回り大きくなった。
「……なるほど。三段階か」
手帳に、簡単な表を書いた。
・全手順あり → 拳大
・声なし → 一.五倍
・声なし構えなし → 三倍
・全部なし → 制御不能(塀が焦げた)
出力に、値札が付いた。
これで、ろうそくの火が欲しい時に、かがり火を出さずに済む。
***
午前中の依頼は、水路の泥さらいだった。
Eランクになっても、悠人が受ける依頼はほとんど変わらない。
討伐より、こういう地味な仕事の方が、人と話せる。
「兄ちゃん、そこの石は動かさんでくれよ」
一緒に作業していた老人が、悠人を止めた。
「その石、どかすと水の流れが変わっちまう。爺さんの爺さんの代から、そう決まってんだ」
「誰が決めたんですか?」
「さあなあ。昔からそうだから、そうなんだ」
昔からそうだから、そうなんだ。
リコが天秤について言ったことと、同じ形の答えだった。
悠人は石の位置を、しゃがんでじっくり眺めた。
水路の底に、等間隔で据えられた三つの石。
どかせば流れが変わる位置に、狂いなく。
「……設計されてる、よな。これ」
誰かが決めた通りに、三百年、誰も動かさずにいる。
そういう仕組みが、この街には多すぎる。
***
昼過ぎ、悠人は薬草店の軒先にいた。
例の灰色の鳥が、向かいの屋根に止まっている。今日で五回目だ。
営業の鉄則その二。
腹の読めない相手には、試供品を置いてこい。
断るか、受け取るか、放置するか。三つの反応のどれを返すかで、相手の腹は大体割れる。
「……試すか」
悠人は屋根の鳥に向かって、あえて「規格外の動作」をやってみせた。
指先で、三つの小さな火を同時に灯す。
声も構えもなし。以前ならログが流れたはずの、明らかな異常挙動。
鳥は、動かなかった。
次に、悠人はごく普通に、声に出して構えて、一発だけ火をつけた。
――鳥の首が、かすかに動いた。
こちらを、見た。
「……逆かよ」
規格外には反応せず、普通の動作に反応した。
つまりあの鳥は「異常を探している」のではない。
最初から悠人を「見張る」ことが決まっていて、悠人が普通に振る舞い始めたことの方に、反応した。
――適用除外の個体が、大人しくしている。
それは監視する側から見れば、むしろ不自然だ。
「……あー、そういうことか」
悠人は思わず頭をかいた。
黙って隠れているのが、一番怪しい。
営業でも同じだ。急に連絡が減った取引先ほど、裏で何か動いている。
「じゃあ、堂々と目立つか」
***
「ユート、変な顔してる」
薬草の選別台の向こうで、リコが言った。
「そう?」
「うん。難しいこと考えてる時の顔。あんた、すぐ顔に出るよ」
営業マンとして致命的な指摘だった。
「リコちゃん、一つ聞いていい?」
「なに?」
「この街って、いつからあるの?」
「え? ずっと昔からだよ」
「ずっとって、何年くらい?」
「知らない。お母さんも知らないと思う」
リコは天秤の分銅を並べ替えながら、あっさり答えた。
「でも、街の記録は教会にあるって聞いたことあるよ。字が読める人しか入れないけど」
「俺、読めるよ」
「へえ。転生者様って字が読めるんだ」
――そういえば。
悠人は今さらのように気づいた。
この世界の文字を、自分は最初から読めていた。
【言語理解・全対応】
スキル欄の三行目。当たり前のように受け入れていた、あの一行。
読めるように「してある」。
誰が、何のために?
「……教会、行ってみるかな」
「あ、でも今は無理かも。ここんとこ閉まってるって」
「閉まってる? なんで?」
「知らない。半年くらい前から、たまに閉まるようになったって」
半年前。
門番が言っていた。転生者が現れ始めたのが、半年前。
悠人の手が、止まった。
***
夕方、ギルドに戻ると、受付嬢に呼び止められた。
「如月さん。少しよろしいですか」
通されたのは、いつものカウンターではなく、奥の小部屋だった。
「単刀直入に伺います。東街道の黒狼を倒した時、何を使いましたか」
「火の魔法ですけど」
「Cランクの火属性で、あの個体は倒せません」
受付嬢は表情を変えずに続けた。
「私も昔は現場に出ていました。あの傷跡は、Cランクのものではない」
「……火事場の馬鹿力ってやつですよ」
「そうですか」
それ以上は追及されなかった。
だが、彼女は書類を一枚、机に置いた。
「これは通達です。近く、王都から調査官が来ます」
「調査官?」
「転生者の実態調査だそうです。この半年で四千人。国としても、放置はできないと」
王都。調査官。
悠人は書類の日付を確認した。三日後。
「……ちなみに、俺は調査対象ですか?」
「全員が対象です。ただ」
受付嬢は初めて、わずかに目を伏せた。
「あなたのように、報告書に書きづらい方から順に、呼ばれると思います」
***
夜、宿の部屋で、悠人は手帳を開いた。
・出力に三段階の値札。制御はできるようになった
・水路の石も「設計」されている。誰かが決めた通りに三百年
・灰色の鳥は「普通の動作」に反応した。隠れる方が怪しい
・言語理解・全対応=最初から読めるように「してある」
・教会が半年前から時々閉まる。転生者が現れ始めたのと同じ時期
・三日後、王都から調査官
書き終えて、悠人はペンを置いた。
隠れるのはやめる。堂々と目立つ。
その方が、情報は向こうから寄ってくる。
「三日後、か」
窓の外では、揺れない炎が、今夜も等間隔に灯っていた。
(――続く)




