過剰納品はクレームのもと
第七話 過剰納品はクレームのもと
朝の裏庭で、悠人は軽く指を鳴らすつもりだった。
いつもの、掌にろうそく程度の小さな火を灯す練習。
頭の中で、ぽっ、と。
――ゴウッ!
火柱が立った。
裏庭の物干し竿が炭になり、塀の一部が黒く焦げた。
「……は?」
出そうとしたのは、ろうそくの火だ。
出たのは、焚き火どころか、かがり火のバケモノだった。
「ちょいとあんたァァァ!!」
宿の窓が開き、女将の怒声が朝の空気を裂いた。
「うちの塀に何してくれてんだい!!」
「すみません! 弁償します! 全額!」
銀貨二枚。
三日分の薬草代が、朝の五秒で消えた。
***
焦げた塀の前で、悠人は手帳を開いた。
昨日から、薄々気づいてはいた。
例外登録をして、ログが消えてから――出力の感覚が、ズレている。
今までは、右下の走り書きが「今の一発がどれだけ規格外か」を教えてくれていた。
無意識のうちに、あの数字を速度計代わりにしていたのだ。
メーターのない車で、アクセルを踏んでいる。
それが今の自分だった。
手順を削れば削るほど、火は掌を離れて、肩の上の空中に出る。
削らなければ、大人しく掌に戻る。
出口が動く。そのこと自体を、悠人はまだ「そういうものだ」と思っていた。
「過剰納品は、クレームのもと……っと」
頼まれた量より多く納めるのは、親切じゃない。事故だ。
弱く出す練習が要る。
悠人は試しに、逆のことをやってみた。
声に出す。構える。丁寧に狙う。
これまで削ってきた手順を、あえて全部戻す。
「――ファイアボール」
掌から出たのは、行儀のいい、拳大の火球だった。
「……なるほど。手順を戻せば、絞れるのか」
省略はアクセル。手順はブレーキ。
手帳に書き付けながら、悠人は少しだけ笑った。
削る検証の次は、戻す検証。
やることは、まだいくらでもあった。
***
昼、ギルドに顔を出すと、受付嬢に呼び止められた。
「如月悠人さん。東街道の黒狼の件で、確認があります」
「……はい」
「討伐したのは、あなたですね? 東の村の村長と、薬草店の娘さんから報告が上がっています」
リコか。
隠す理由を作る前に、外堀は埋まっていた。
「まあ、成り行きで」
「Cランクパーティ三名が撤退した個体を、単独で、です」
受付嬢は手元の書類に何かを書き込みながら、事務的に続けた。
「規定により、Eランクへの昇格となります。おめでとうございます」
「え、いや、俺はまだ薬草で――」
「規定ですので」
ギルド証に、新しい刻印が押された。
背後で、聞き慣れた大声が弾けた。
「マジかよ、狼倒したのあんたかよ!」
「昇格祝いだ! 今夜飲もうぜ!」
「俺たちのパーティ入る話、前向きに考えてくれたりしない!?」
三人組に囲まれながら、悠人は受付嬢の視線に気づいていた。
書類を書く手は動いている。
だが、目だけが、こちらの顔を静かに見ていた。
値踏みする目、ではない。
記録する目、だった。
***
夕方、薬草地帯からの帰り道。
悠人は足を止めて、道端の木を見上げた。
灰色の鳥が一羽、枝に止まっている。
「……お前、今日三回目だよな」
朝、焦げた塀の上に一羽。
昼、ギルドの屋根に一羽。
そして今、ここに一羽。
同じ鳥かどうかは、分からない。灰色の鳥なんて、どこにでもいる。
ただ――この鳥、さっきから一度も、鳴いていない。
羽づくろいも、していない。
ただ、止まっている。
「…………」
悠人は何事もなかったように歩き出し、角を曲がったところで手帳を開いた。
・出力がズレる。手順を「戻す」ことで制御できる(省略=アクセル、手順=ブレーキ)
・E昇格。目立ち始めた。受付嬢の目は「記録する目」
・灰色の鳥。今日三回。鳴かない。動かない
書き終えて、ペンを止める。
気のせいなら、それでいい。
だが、三回続いたなら、それはもう偶然じゃない。
「……見られてる、のかもな」
誰に、とまでは、まだ書かなかった。
(――続く)




