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言わないことで、信用は作れる

第九話 言わないことで、信用は作れる


「――逆噴射だよ、逆噴射」




調査官の聴取を明日に控えた夜。

酒場の隅で、雷Aランクの男が青い顔で語っていた。




「転生して三日目な。俺も思ったんだよ。詠唱とか要らなくね? って」


「あー、それな。俺もやった」


「みんなやるよなあ、最初は」




三人組は揃って遠い目をした。




「で、どうなったんですか」


「……尻から出た」


「は?」


「尻から。火が」




悠人は口に運びかけたスープを、静かに戻した。




「掌に集めようとしただろ? そしたら出口が閉じたみたいでさ。行き場をなくしたやつが体の中をぐるっと回って、いちばん下から出た」


「しかも半分は出きらねえんだよ。中で暴れる。三日寝込んだ」


「治癒師に『またあんたか、逆噴射だね』って言われた。あの週、転生者だけで十七人運ばれたってさ」


「もう名前ついてんのかよ、それ」


「治癒師が言うにはな。省略した奴は全員おんなじ場所から出るんだと。誰一人例外なくケツだって」




十七人。

悠人の脳裏に、Fランクのままのギルド証が浮かんだ。


九日経ってもFランク。詠唱している間に囲まれると嘆く男たち。

彼らは怠けていたわけでも、思いつかなかったわけでもない。


――試して、尻を焼いて、諦めたのだ。




「じゃあ皆さん、もう省略はしない?」


「するかよ! 二度と御免だ」


「教本通りが一番だって、身をもって学んだわ」


「踏み込んで、腰入れて、掌から。基本が一番だよなあ」




悠人は曖昧に頷いた。


頷きながら、指先が冷えていくのを感じていた。


誰一人、例外なく。


俺は、九日間ずっと省略している。

一度も、寝込んでいない。


***


宿に戻り、悠人は誰もいない裏庭で、火を出した。


声も構えもなく。


火球は――肩の上の空中から生まれた。


手順を削った時は、いつもここから出る。

体から頭一つぶん、外れた場所。

そういうものだと、ずっと思っていた。




「……待てよ」




悠人は、ゆっくりとしゃがみ込んだ。


三人が言ったのは「出口が閉じる」だ。

出口が閉じて、行き場を失った魔力が体を巡り、いちばん下から噴き出す。


――俺も、同じじゃないのか?


掌から出ていない。それは彼らと同じだ。

違うのは、噴き出す場所だけ。


彼らは、体の内側を通って、尻から。

俺は、体の外側の一点から。


同じ現象が、同じように起きている。

ただ、噴き出す座標が、俺だけ体の外にある。


だから体を通らない。だから中で暴れない。だから――当たらない。




「……ズレてるのか。俺だけ」




背筋が、冷えた。


強くなったんじゃない。無事だったんでもない。

九日間、俺はずっと同じ事故を起こし続けていて、たまたまその噴射口が、自分の体から外れていた、というだけだ。


的の岩を見る。

あの火は、本来なら自分の中で暴れていたはずのものだった。


手帳を開き、震える手で書いた。


・逆噴射は全転生者に起きる。省略すれば例外なく(治癒師談・一週で十七人)

・俺も逆噴射している。ただし噴き出す座標が体の外(肩の上)にズレている

・だから体を通らない。だから当たらない

・強いんじゃない。ズレてるだけだ


そして、その下に一行、太く書き足した。


・この話は、誰にもするな


***


翌日。ギルドの奥の小部屋。




「王都調査局のセレン・ヴェイルです。座ってください」




調査官は想像より若かった。三十そこそこ。細身で、飾り気のない灰色の外套。

腰に剣はなく、代わりに分厚い帳面を抱えていた。




「如月悠人さん。Eランク。転生から十日」


「はい」


「十日でE。四千人の中で、七番目に早い昇格です」




来た、と悠人は思った。




「東街道の黒狼について。単独討伐で間違いありませんか」


「はい」


「使用したのは火属性、Cランク」


「はい」


「では説明してください。Cランクの火で、なぜあの個体が倒せたのか」




ここだ。


正直に話せば、この人は納得するだろう。

手順の省略。出力の倍率。実測値。

帳面に書き込まれ、王都へ送られ、記録として残る。


――残ったら、どうなる?


悠人にはまだ、この世界の仕組みが見えていない。

だが一つだけ、確信していることがあった。


俺の体は、他の四千人と同じ現象を起こしながら、出る場所だけがズレている。

そして「ズレている」と気づかれた個体が、どう扱われるかを、俺は一度見ている。


灰色の画面に並んでいた選択肢。

その一番下の行。


――廃棄予定。


営業の鉄則その三。

プロだと思わせるのは、話した量じゃない。話さなかった量だ。


素人は聞かれたことを全部答える。

できる営業は、相手が求めている答えを一つだけ置いて、その先を訊く気にさせない。




「――運です」




悠人は、静かに言った。




「運?」


「はい。あの日、俺は薬草店の子の護衛でした。狼が子供の方を向いた。それで、後がなくなった」


「火力の説明になっていません」


「なりませんね。俺自身、なんであれが倒せたのか分かってません」




調査官の羽根ペンが止まった。




「分からない、と」


「はい。だから今、毎日同じ場所で薬草を摘みながら、少しずつ試してます。同じことをもう一度やれるのか、確かめるために」


「……再現できていないのですか」


「できていたら、Eランクで薬草は摘んでませんよ」




嘘は、ついていない。


黒狼を倒した時、確かに悠人は必死だった。

そして今も、毎日検証を続けている。

――再現できていない、という一点だけが、嘘だった。


一つの嘘を、九つの本当で挟む。

それが一番、崩れにくい。




「……なるほど」




調査官は帳面に短く何かを書き、それから初めて、まっすぐ悠人の顔を見た。




「正直に言いますと、如月さん。私はあなたが何かを隠していると考えています」


「そう見えますか」


「ええ。ですが」




彼女はペンを置いた。




「隠している人間は、たいてい喋りすぎるものです。理屈をこねて、辻褄を合わせようとする。あなたは逆だ」




悠人は、表情を変えなかった。

心臓だけが、うるさかった。




「今日は、ここまでにしましょう」




***


出際に、悠人は一つだけ、雑談を投げた。




「調査官殿。転生者って、そもそもどこから来てると思われてますか」


「私見でよければ。――分かりません」




率直な答えだった。




「王都の学者は五つの説を出しています。神の御業、古代魔法の暴発、異界の門。ですがどの説も、同じ問題で行き詰まる」


「同じ問題?」


「なぜ、半年前からなのか」




調査官は外套の襟を直した。




「千年の歴史で一度もなかった現象が、半年前に突然始まった。しかも一度きりではなく、今も続いている。まるで――」




彼女は少し言いよどんで、それから言った。




「誰かが、途中でそう決めたかのように」




悠人の背中を、冷たいものが走った。


誰かが、途中で決めた。




「調査官殿。もう一つだけ」


「どうぞ」


「この街の教会が、半年前から時々閉まると聞きました。ご存じですか」




調査官の動きが、初めて止まった。




「……その話は、どこで」


「街の子から聞いただけです」


「教会の件は、調査対象外です」




明確な拒絶だった。

そして、拒絶それ自体が、答えだった。


***


夜。手帳を開く。


・調査官セレン・ヴェイル。王都調査局。何も話さなかった。「隠している人間はたいてい喋りすぎる」と言われた

・転生現象は半年前に突然始まった。学者五説あるが全て「なぜ半年前からか」で行き詰まる

・調査官の言葉:「誰かが、途中でそう決めたかのように」

・教会の件は「調査対象外」。明確に避けられた


書き終えて、悠人はペンを置いた。


調査対象外。

王都の調査局が、街の教会一つを「対象外」と言い切った。


避けているのではない。

最初から、触れないことが決まっている。




「……教会、行くしかないよなあ」




窓の外で、揺れない炎が、今夜も等間隔に灯っていた。


(――続く)

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