火事場の新規開拓
第四話 火事場の新規開拓
「……渋いな」
朝の裏庭で、悠人は手帳を睨んでいた。
・利き手じゃない方で撃つ→+0.01
・目を閉じたまま連続で撃つ→+0.01
・後ろ向きで撃つ→出ない
昨日までの勢いが嘘のように、数字が伸びない。
思いつく省略は、あらかた試し尽くしてしまった。
Σは0.51で足踏みしている。
「小手先はもう頭打ちか……」
机の前で捻り出したアイデアなんて、しょせん過去の焼き直しだ。
新しい何かは、いつも現場で起きる。数字が止まったら、外に出るしかない。
***
ギルドの掲示板の前が、朝から騒がしかった。
「ゴブリンだって。東の草むら」
「薬草地帯のとこだろ? 参ったな」
張り出された依頼書には「緊急・ゴブリン群の討伐(推定十匹前後)」とあった。
東の草むら。悠人が三日通った、あの薬草地帯だ。
リコの店の仕入れ先でもある。
受けようとして、受付嬢に止められた。
「Fランクの方は受けられません。Eランク以上のパーティ推奨です」
「じゃあ、荷物持ちとしての同行は?」
「それは……パーティのリーダーが認めれば」
振り返ると、ちょうどいいのがいた。
例の転生者三人組が、依頼書の前で腕を組んでいる。
「雷Aランクの俺なら余裕っしょ」
「だな。初討伐、記念すべき第一歩!」
「あの、皆さん。俺も荷物持ちで連れてってもらえませんか。あのへんの地理、詳しいんで」
「お、Cランクの人じゃん。いいよいいよ、荷物よろしく!」
軽い。軽いが、話は早かった。
***
東の草むらに、ゴブリンは十二匹いた。
緑色の小柄な体躯に、粗末な棍棒。一匹一匹は大したことがない。
問題は、三人組の方だった。
「うおおお、サンダーボルト!」
雷Aランクの一撃は、確かに凄まじかった。
ただし、当たれば。
雷は明後日の方向の地面を焦がし、ゴブリンたちは散開して三人を囲み始めた。
「ちょ、囲まれてね!?」
「詠唱が長えんだよお前!」
「言うな! 縮めようとしたらどうなるか、お前も知ってんだろ!」
「風よ集え、いにしえの契約のもとに――うわ、来た来た来た!」
――駄目だこれ。
悠人は荷物を放り出した。
スキルはAでもBでも、当てられなければゼロだ。営業と同じ。どれだけいい商材でも、届け方を知らない奴は売れない。
考えるより先に、体が動いていた。
三人を囲む十二匹。撃つべき相手は、右に四、左に五、後ろに三。
一匹ずつ念じて撃つ?
間に合わない。
――なら、まとめてでいいだろ。
悠人は「一発ずつ撃つ」という手順を、頭の中で放り捨てた。
無意識に半歩、後ろへ。
右の四匹、左の五匹。九つの着弾点を、一度に思い描く。
肩口で、空気が膨らんだ。
九つの火球が同時に生まれ、九つの軌道で飛んだ。
九匹のゴブリンが、同時に倒れた。
「「「は!?」」」
三人組の声が綺麗に揃った。
パネルの右下に、走り書きが流れる。
Δlog +0.21/cycle
Σ 0.72/1.00
――出た。しかも過去最大。
「一発ずつ」の省略。
撃ち方でも構えでもなく、回数の常識そのものを飛ばす。
咄嗟に手が出たのは、三日間ずっと省略の引き出しを増やし続けていたからだ。
検証は、無駄じゃなかった。
***
残った三匹のゴブリンは、奇妙な動きを見せた。
九匹が倒れた瞬間、三匹が同時に、まったく同じ動作で背を向けたのだ。
まるで、示し合わせたように。いや――
「……スイッチを切られたみたいに」
悠人の呟きは、三人組の歓声にかき消された。
「やべえ! 何それ何それ!」
「あんたCランクじゃなかったのかよ!」
「いや、火事場の馬鹿力ってやつで……はは」
笑って誤魔化しながら、悠人は逃げるゴブリンの背中を目で追った。
十二匹のうち、ちょうど九匹が倒れた瞬間の、あの一斉の撤退。
あれは「怖くなって逃げた」動きじゃない。
損害が一定を超えたら撤退する――そう決められていた動きだ。
手帳に書くことが、また増えた。
・九発同時撃ち→+0.21(過去最大)。「回数」も省略できる
・ゴブリンは損害が一定になった瞬間、一斉に撤退した(誰が決めた?)
***
帰り道、三人組は上機嫌だった。
「なあなあ、あんたパーティ入らない? 荷物持ちじゃなくてさ」
「気持ちは嬉しいんですけど、俺、当分は薬草で食ってくつもりなんで」
「もったいねー! あの火力で!?」
適当に流しながら、悠人は頭の中でΣの数字を転がしていた。
0.72。
残り、0.28。
このペースなら、そう遠くないうちに満了する。
満了の先にあるのが、契約成立なのか。
それとも――解約なのか。
夕日が、街の城壁を赤く染めていた。
その光の中で、例の街灯だけが、今日も揺れずに灯っていた。
(――続く)




