数字が二つ並んだら
第三話 数字が二つ並んだら
「実験ノート、っと」
朝市の露店で、悠人は粗末な革張りの手帳を銅貨三枚で買った。
頭の中のメモだけでは、もう追いつかない。
昨日の検証で分かったことを、忘れないうちに書き出していく。
・ログは「省略」した時に出る(仮説)
・声に出す→出ない
・頭の中だけ→出る(+0.11)
・他の転生者には見えていない(らしい)
記録に残さない検証は、やらなかったのと同じだ。
「さて、今日も行きますか」
***
街の外の草原で、悠人は昨日と同じ実験から始めた。
頭の中だけで念じて、ファイアボール。
パネルの右下に、小さく。
Δlog +0.02/cycle
「……減ってる?」
昨日は+0.11だった。同じことをしたのに、今日は+0.02。
眉をひそめて、もう一度。
+0.02。
三度目。
+0.01。
「同じ手を繰り返すと、数字が減っていく……」
悠人は手帳に書き付けた。
・同じ省略の繰り返し→数字が減る(二回目以降は激減)
つまり、この数字は「初めての省略」に大きく反応する。
だとしたら、伸ばすには――常に新しい省略を探し続けるしかない。
「新規開拓かよ。前世と一緒じゃねえか」
笑いながら、悠人は次の手を考えた。
声は、もう省略した。他に削れる手順は何だ?
――構え、だ。
昨日から無意識に、掌を対象に向けて撃っていた。小説の主人公の見様見真似だ。
これを、やめてみる。
腕を下ろしたまま、視線だけを岩に向けて、念じる。
気づけばまた、半歩下がっていた。癖だ。
火球が、悠人の肩口あたりから勝手に生まれて、岩に飛んだ。
「うおっ、出た。しかも変なとこから」
掌ではない。肩の上、頭一つぶんほど外れた空中。
体のどこにも触れていない、何もない空間に、火が生まれている。
出口が勝手に移動する。しかも、体から離れたところへ。
そんな話は、前世で読んだどの小説にも書いていなかった。
パネルの右下に、走り書き。
Δlog +0.15/cycle
「よし! 新記録!」
手帳に追記する。
・構えの省略→+0.15(過去最大)
・火球の発生位置が掌ではなくなった
そして悠人は、もう一つの変化に気づいた。
今の火球、明らかに速かった。
初日に撃ったものとは、球の勢いがまるで違う。
「省略するほど、威力も上がってる……のか?」
***
昼、薬草の納品ついでに、悠人は買い取り所に寄った。
店番をしていたのは、そばかす顔の少女だった。歳は十五、六といったところか。
「Fランクの人だ。今日も薬草?」
「うん。これで三日連続」
「変わってるね、あんた。転生者様なのに」
「そう?」
「転生者様はみーんな、すぐ討伐に行きたがるもん。薬草仕事なんて誰もやらないよ」
少女は手際よく薬草を選り分けながら、続けた。
「あたしはリコ。あんた、名前は?」
「悠人。如月悠人」
「ふうん。ユート、変な名前」
リコは薬草を天秤に載せた。
その手つきを眺めていた悠人は、ふと妙なことに気づいた。
天秤が、一発で釣り合った。
リコが載せた分銅は三つ。迷いも調整もなく、ぴたりと水平。
「……リコちゃん、今の、量る前から重さ分かってた?」
「え? 分かんないよ、そんなの。でも、この天秤いっつも一発で釣り合うんだよね。お母さんは『いい天秤だから』って言うけど」
いい天秤。
悠人は曖昧に頷きながら、頭の中の手帳に一行を書き足した。
・天秤が必ず一発で釣り合う(リコ本人は疑問に思っていない)
揺れない炎と、同じ匂いがした。
***
夕方、人気のない草原の外れで、悠人は今日最後の実験に取りかかった。
声の省略。構えの省略。
なら、次は――「狙い」そのものを省略したら、どうなる?
対象を見ない。狙わない。
ただ「あの岩に当たる」という結果だけを、頭に置く。
目を閉じた。
火球の気配が、肩口で生まれて、消えた。
一拍おいて、遠くで岩の砕ける音がした。
「……当たった」
目を開ける。
岩は、上半分が綺麗に消し飛んでいた。
初日の火球では、焦げ跡がつくだけだったのに。
そしてパネルの右下に、今までで一番長い走り書きが流れた。
Δlog +0.18/cycle
Σ 0.47/1.00
「……二行目?」
初めて見る行だった。
シグマ。前世の営業会議で、嫌というほど見た記号。合計値。
0.47。
今までのΔの数字を、悠人は手帳を開いて足し算してみた。
0.07、0.03、0.11、0.02、0.02、0.01、0.15、0.18。
――0.59。合わない。
いや、待て。
ギルド登録の時の+0.03は魔法じゃない。条件が違うのかもしれない。魔法だけなら――
計算しかけて、悠人は一度手を止めた。
内訳の検証は、後だ。それより先に、確かめるべきことがある。
「この合計、1.00になったら……何が起きる?」
数字が二つ並んだら、片方は残高だ。
そして残高には、必ず満了がある。
満了の先に何があるのか。
契約成立か、契約終了か。
悠人はそっと手帳を閉じ、暮れていく空を見上げた。
数字は今、半分まで来ている。
(――続く)




