定点観測、はじめました
第二話 定点観測、はじめました
「よし、実験だ」
宿の裏庭で、如月悠人は腕まくりをした。
昨日拾った謎は五つ。
その中で唯一、自分から動いて確かめられるのが、あのログだった。
Δlog +0.07/cycle。
Δlog +0.03/cycle。
二回とも、パネルの端に一瞬だけ現れて消えた。
分からない数字は、条件を変えて何度も取る。前世で嫌というほどやったことだ。
「まずは普通に、っと。ファイアボール」
掌から火球が飛び、裏庭の的代わりの岩に当たった。
パネルの右下。
――何も出ない。
「出ないのか。じゃあ次」
今度は、前世の小説で読んだ詠唱の真似ごとをしてみる。
「紅蓮の理よ、我が手に集いて敵を撃て――ファイアボール」
火球が飛ぶ。威力は、さっきと変わらないように見えた。
パネルの右下。
――何も出ない。
「これも出ない、と」
悠人は顎に手を当てた。
昨日、最初にログが出たのはいつだった?
――初めて、詠唱なしで撃った時だ。
二回目は、ギルドでステータス登録を終えた瞬間。
共通点が、まだ見えない。
「……回数じゃない。タイミングでもない。だとしたら、何が変わった時だ?」
考え込んでいると、宿の窓から女将が顔を出した。
「ちょいとあんた、朝から庭で火遊びしないでおくれよ」
「あ、すみません。すぐ終わります」
「まったく、転生者様はどいつもこいつも……」
どいつもこいつも。
その言い方が、悠人の耳に残った。
***
ギルドの依頼掲示板は、朝から賑わっていた。
悠人が受けたのは、Fランクの薬草採取。地味だが、街の外に出る口実としては十分だった。
受付で手続きをしていると、隣のテーブルから大声が聞こえてきた。
「だからさあ、俺のスキル、Aランクなんだって! 雷属性!」
「マジかよ、俺は風のBだわ。お前当たりじゃん」
「な? だから俺、魔王討伐とか行けると思うんだよね」
二十代くらいの男が三人。装備は真新しく、テンションは高い。
胸元のギルド証に「転生者」の刻印が見えた。
――いた。俺以外の転生者。
悠人は少し迷ってから、声をかけた。
「すみません、皆さんも転生者ですか?」
「お、そうだけど。あんたも? スキル何?」
「火のCです」
「Cかあ……まあ、ドンマイ」
雑な励ましだった。
悠人は苦笑しつつ、本題をさりげなく混ぜた。
「そういえば、ステータス画面の端に、変な文字が出たりします? 数字みたいなやつ」
「は? 何それ」
「いや、チラッと英語っぽいのが見えた気がして」
「見たことねーな。あれじゃね? 目の錯覚じゃね?」
「ですかね。すみません、変なこと聞いて」
三人はすぐに魔王討伐の話に戻っていった。
悠人は席を離れながら、頭の中のメモに一行を書き足した。
――あのログ、あいつらには出ていない。少なくとも、見えていない。
***
街の外の草原は、拍子抜けするほど平和だった。
薬草を摘みながら、悠人は実験の続きを再開した。
朝の検証で、普通に撃っても、詠唱の真似をして撃っても、ログは出なかった。
だとしたら、残る変数は一つ。
「――撃ち方そのものを、変えてみるか」
悠人は掌を岩に向けて、今度は頭の中だけで念じた。
声に、出さない。
火球が、飛んだ。
パネルの右下の隅に、あの小さな走り書きが流れた。
Δlog +0.11/cycle
「……出た!」
しかも、数字が今までで一番大きい。
悠人の背中を、ぞくりとした感覚が走った。恐怖ではない。営業で大型契約の糸口を掴んだ時の、あの感覚だった。
声に出して撃った時は、出ない。
頭の中だけで撃った時は、出る。しかも数字がでかい。
つまりこのログは――何かを「省略」した時に、出ている?
「詠唱を省略、発声も省略……手順を飛ばせば飛ばすほど、数字が増える?」
確信には、まだ遠い。データが少なすぎる。
だが、仮説と呼べるものが、初めて手の中にあった。
悠人は薬草の束を抱えたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
この世界のシステムは、俺の「手抜き」を数えている。
そう考えた瞬間、笑いがこみ上げてきた。
「なんだよそれ。前世じゃ手抜きしたら怒られたのにな」
***
夕暮れのギルドで薬草を納品し、悠人は初めての報酬を受け取った。
銅貨十二枚。宿代でほぼ消える額だった。
「Fランクですと、こんなものですね」
「いえ、十分です。また明日も受けます」
受付嬢が少し意外そうな顔をした。
転生者は大抵、地味な依頼を嫌がるらしい。
宿への帰り道、悠人は今日の収穫を頭の中で並べ直した。
ログは、手順を省略した時に出る――らしい。
ログは、他の転生者には見えていない――らしい。
そして、省略の幅が大きいほど、数字も大きくなる――らしい。
それに、あの表示。そもそも「見せる」ためのものじゃない気がする。
誰かの帳簿の端が、うっかりこっちに漏れているような。
全部、まだ「らしい」だ。
だが「らしい」が三つ揃えば、裏を取りに行く価値はある。
「明日は、もっと省略してみるか」
どこにも記録されない、自分だけの手帳が、また少し厚くなった。
(――続く)




