参照コード
第一話 参照コード
「――異世界転生、キターーー!」
森に、悠人の声がこだました。
ひとしきり叫んだあと、悠人はふと我に返った。
「……いや、落ち着け俺。まず状況確認だろ」
32歳、法人営業。数字に追われる毎日で、唯一の息抜きが通勤電車のスマホ小説だった。
テンションが上がったときほど、一度立ち止まって数字を見る。それが染みついた癖だった。
目の前のパネルに、改めて向き直る。
さっきは気が動転してよく見ていなかったが、続きのページがあるらしい。
――――――――――――――――――
【ステータス】
氏名:如月悠人 種族:人間(転生者)
レベル:1 称号:異界からの来訪者
スキル:火属性魔法C/身体能力強化C
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「Cランクか。まあ、そんなもんだよな」
前世で読んだ小説の主人公なら、もっと派手なスキルを引いていた。
だが「転生者」なんて仰々しい称号がついてるくらいだ。自分以外にも同じような人間がどこかにいるはずだ、と悠人は当たりをつけた。
種族欄をつつくと、注釈が出た。
参照コード:GEN-2038-RESTORE
「参照コードって何だよ、これ」
ファンタジー世界の住人が使う言葉にしては、あまりにも無機質だった。
それに――2038。
「……俺が死んだ年と、同じ数字」
偶然だろうか。
十秒ほど考えて、悠人は首を振った。考えすぎだ。転生していきなり陰謀論に走る主人公は、小説でも大抵ろくな目に遭わない。
それでも悠人は、その数字を頭の隅にメモした。
***
森を歩き出してすぐ、茂みが揺れた。
「うわ」
飛び出してきたのは、犬ほどの大きさの灰色の獣だった。
「えーと、ファイアボール?」
半歩、後ろに下がる。相手との間合いを詰めすぎない。前世で二千回はやった立ち位置の取り方だ。
口に出した瞬間、掌に熱が灯り、拳大の火球が飛んで獣に直撃した。
獣は一声鳴いて消えた。
「あっさりだな」
強さの実感よりも先に、悠人の目は自分の掌に向いていた。
詠唱もなく発動した。
前世の小説には、必ず長い呪文があった。
その時、パネルの右下の隅に、小さな文字列が一瞬だけ流れた。
Δlog +0.07/cycle
瞬きの間に消えた。悠人は目をこすった。
ステータスの文字よりずっと小さい、走り書きのような表示だった。
「……今の、何だ?」
もう一度手をかざしてみたが、二度目は何も出なかった。
気のせいかもしれない。だが、あの一瞬の文字列は、明らかに他のステータス表示とは書式が違っていた。客先に出す資料に、社内メモがうっかり残っていたような、そんな異物感だった。
***
森を抜けると、遠くに石造りの街が見えた。
城壁に囲まれた、いかにも中世ファンタジーの街並みだ。
門の前で、槍を持った門番に呼び止められた。
「止まれ。身分を証明できるものは……ああ、パネル持ちか」
「これでいいんですか?」
「転生者様なら手続きは要らん。通っていいぞ。今週で何人目だ……」
「そんなに来てるんですか?」
「多いなんてもんじゃない。半年前からずっとだ」
門番の口ぶりは、他人事のようなぼやきだった。噂話の域を出ない返事だ。
悠人はそれをそのまま鵜呑みにはせず、頭の片隅に留めた。
門をくぐってすぐ、悠人は等間隔に並ぶ街灯らしきものに気づいた。
燭台の形をしているが、炎の揺れ方が妙に一定だ。
風は、吹いている。
炎は、揺れていない。
「……街灯、じゃないよな、まさか」
自分の呟きに、自分で少し笑ってしまった。
まさか、こんな場所に電気設備があるはずがない。
あるはずが、ない。
そう思いながらも、悠人の足は自然とその燭台の方へ向いていた。
***
冒険者ギルドに入ると、受付の女性が事務的に告げた。
「転生者の方ですね。この半年で、正式登録だけで4000人を超えました」
「そんなに?」
「はい。皆さん『気づいたら異世界に転生していた』と仰るんですが……正直、我々もどこから来ているのか把握しきれていません」
4000人以上。「同じような人間が他にもいるはずだ」という自分の当たりが、思ったより外れていなかったことに、悠人は少しだけ安心した。
「正直」という前置きが、それとは別に引っかかった。
受付嬢自身、その情報にどこか自信がなさそうだった。
ステータス登録を終えた瞬間、パネルの右下の隅にまた、あの小さな文字列が流れた。
Δlog +0.03/cycle
今度ははっきり見えた。数字が違う。
「さっきと数字が違う……何かの差分か?」
確信はまだない。だが、営業マンとしての勘が、小さく反応していた。
定点観測すれば、いずれこの数字が何なのか分かるはずだ。
答えはまだ出ない。
宿の看板が見えてきたところで、悠人は小さく息を吐いた。
――今日のところは、ここまでにしておくか。
参照コードの正体、2038という数字、詠唱なしの発動、揺れない炎、そして今しがた見た謎のログ。
今日拾い集めたそれらを、悠人は頭の中で改めて並べ直してみる。
どこにも記録されない、自分だけの手帳の中身だった。
(――続く)




