断る理由を、先に潰す
第二十一話 断る理由を、先に潰す
指の水ぶくれを見ながら、悠人は三日間考え続けていた。
山頂の端末は、電力が足りない。
自分の出力では、十秒で指が焼けて、一行しか引き出せなかった。
――もっと大きな電気が要る。
薪でも油でもない。雷のような、瞬間に大量の電気。
そこまで考えて、悠人は手帳を閉じた。
答えは、最初から酒場にいた。
***
「――は? 山?」
雷Aランクの男が、杯を持ったまま固まった。
昼の酒場。三人組はいつもの席で、いつものように昼から飲んでいた。
悠人は、断られる可能性を数えていた。
一つ、面倒くさい。
二つ、危ない。
三つ、報酬が出ない。
営業で断られる理由は、だいたい先に見えている。
見えているなら、相手が口に出す前に潰しておけばいい。
口に出させてしまったら、相手は自分の発言に責任を持ってしまう。
「面倒だ」と言った人間は、そのあと面倒じゃない理由を出されても、簡単には撤回できない。
「監査院からの正式な依頼です。日当は銅貨四十枚、三日分前払い」
「――四十!?」
「Fランクの三倍以上じゃねえか!」
「危険手当込みです。登山ですから」
一つ目と三つ目が、同時に消えた。
次は二つ目だ。
「危険については、俺が先に登ってます。道は把握済み。縄も張ってあります」
「……あんた、もう登ったのか」
「三日前に。指を火傷しましたけど、それだけです」
悠人は包帯の指を上げてみせた。
大したことのない怪我を、あえて見せる。
こういう時、無傷で「安全です」と言うと嘘くさい。
小さな怪我を先に見せた方が、「これ以上の危険はない」という説明に説得力が出る。
「……で、何しに登るんだ?」
「麦です」
悠人は、真面目な顔で言った。
「三日で麦が実った。監査院はあれの原因を調べてます。山の上の風向きと、雲の流れを記録したい」
「……麦?」
「山の上の気候が変わると、麓の作物に影響が出る。王都の学者が言ってました」
これは、半分だけ本当だった。
セレンが昨夜、監査院の書式で作った調査目的書に、まさにそう書いてある。
書いてあるから、嘘ではない。
嘘をつかずに、本当のことを全部は言わない。
これができる人間だけが、長く商売を続けられる。
***
「でもよ、悠人さん。なんで俺たちなんだ?」
雷Aランクの男が、当然の質問をした。
――来た。
ここが、今日の勝負どころだった。
営業には三つの力が要る。
一つ目は、相手をこちらに集中させる力。
二つ目は、一方的に喋らず、双方向で話す力。
そして三つ目が――相手を、自分の流れに巻き込む力。
前の二つは、ここまでで済ませた。
最後の一つは、理屈で押しても入らない。
相手が「自分から入りたくなる」形にするしかない。
「山の上は寒いんです。風も強い。夜になると、火が保たない」
悠人は、杯を置いた。
「明かりが要る。それも、風で消えない明かりが」
「……そりゃ、まあ」
「火属性じゃ無理です。風で持っていかれる」
三人が顔を見合わせた。
悠人は、そこで少しだけ間を置いた。
「雷なら、風で消えないでしょう」
男の指が、ぴくりと動いた。
「……俺の、雷?」
「Aランクの雷です。この街に、あなた以外いない」
男は口を開きかけて、閉じた。
そして、少し赤くなった。
「い、いや、でも俺、当たんねえし」
「当てなくていいんです。光ってくれれば」
「……光るだけでいいのか?」
「あなたにしか頼めません」
あなたにしか。
この一言を、悠人はずっと取っておいた。
転生してから二十日。この男はずっと「Aランクなのに使えない」と言われ続けてきた。
詠唱が長い。当たらない。囲まれる。Fランクのまま。
そういう人間が、本当に欲しいのは金じゃない。
――俺にしかできない仕事だ、という一行だ。
「……やる」
「おい、マジか」
「やるって言ってんだよ! 俺の雷が要るんだろ!?」
三人が立ち上がった。
風向きは、完全にこちらに向いた。
***
「――随分あっさり集めたな」
夕方。ギルドの小部屋で、フェルドが呆れた顔をした。
「三人とも、二つ返事でした」
「金か」
「いえ。金は断る理由を消すためです。動く理由は別に置きました」
「別に、とは」
「Aランクの雷が要る、と言いました。事実ですし」
セレンが、書類から顔を上げずに言った。
「悠人さん。あなた、あの三人を巻き込むことに罪悪感はないんですか」
声が、少し冷たかった。
「……あります」
「そう聞こえませんでした」
「聞こえないように言ってます。ここで俺が迷った顔をしたら、あなたも迷う」
セレンのペンが止まった。
「……ずるいですね、それ」
「ずるいです。でも、あの三人を連れて行かないと、あの端末は動きません」
悠人は、机の上に手帳を置いた。
「山の上の設備は、この星の管理側のものです。動かせれば、何が分かるか分からない」
「見当は?」
「三百年前、二百十四人がなぜ全員回収されたか。そして今回、俺たち十一万人がどう扱われるつもりなのか」
部屋が、静かになった。
フェルドが、低く言った。
「……三日後だ。監査院の名で調査隊を出す。隊長は如月悠人、記録官はヴェイル調査官」
「あなたは」
「街に残る。監査院がまるごと山に登ったら、それこそ怪しまれる」
言い方は素っ気なかったが、それは「後ろは任せろ」という意味だった。
***
夜、薬草店の前を通ると、リコが店じまいをしていた。
「あんた、また山行くんだって?」
「なんで知ってるの」
「あの三人が酒場で叫んでたよ。『俺の雷が世界を救う』って」
「…………」
「ねえ」
リコが、木箱を抱えたまま振り返った。
「あんた、三人になんて言ったの」
「あなたにしか頼めません、って」
「うわ」
「うわ?」
「それ、ずるい言い方じゃん」
悠人は、答えなかった。
リコは木箱を店の中に押し込んで、それから戸口に立ったまま言った。
「あたしにも言えば?」
「え」
「『リコちゃんにしか頼めない』って。言えばいいじゃん」
少し、意地の悪い言い方だった。
悠人は、少し考えてから答えた。
「言いません」
「なんで」
「言ったら、君は来るから」
リコの表情が、止まった。
「……それ、ずるいってレベルじゃないよ」
「そうかも」
「うん。だいぶ、ずるい」
リコは戸を閉めかけて、それから隙間から顔を出した。
「保存食、多めに作っとくから。四人分」
「……ありがとう」
「あんたのじゃないよ。あの馬鹿三人が飢えたら可哀想だから」
***
手帳を開く。
・雷Aランクを説得。断る理由(面倒・危険・報酬)を先に潰し、動く理由を最後に置いた
・監査院の名で調査隊を編成。隊長=俺、記録官=セレン、隊員=転生者三名
・フェルドは街に残る。後ろを頼める人間ができた
・三日後、出発
ペンを止めて、悠人はもう一行足そうとした。
――あの三人を、騙している。
書きかけて、やめた。
書かなければ嘘にならない、というわけじゃない。
ただ、書いてしまうと、明日から目を見て話せなくなる気がした。
代わりに、こう書いた。
・全員、生きて連れて帰る
包帯の指で書いた字は、やっぱり少し震えていた。
(――続く)




