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両方の言い分を聞くと、たいてい三人目が出てくる

第十七話 両方の言い分を聞くと、たいてい三人目が出てくる


穀物商の倉庫前に、五十人ほどが詰めかけていた。


半分が転生者。半分が街の住人。

間に立っているのは、店の親父ひとりだった。




「だから今日は売り切れだって言ってんだろ!」


「昨日も同じこと言ったよな!? 俺ら三日パン食ってねえんだよ!」


「先に並んでたのは俺たちだ! あんたら後から来たくせに!」




怒鳴り合いの中心で、雷Aランクの男が拳を握っていた。


――まずい。


悠人は人垣を掻き分けた。




「待った待った、落ち着いて」


「悠人さん! こいつら、俺たちには売らねえって言うんだ!」


「売らねえんじゃねえ! 無えんだよ!」




両方の言い分が、同時に耳に飛び込んでくる。


こういう時、どちらが正しいかを決めようとすると必ず失敗する。

前世で、揉めた取引先の間に立った時に学んだことだった。




「親父さん。今、倉に何日分あります」


「……街の連中の分で、二十日ってとこだ」


「転生者の分は」


「無え。無えもんは無え」




嘘ではない。悠人は昨日、この倉の袋を自分で数えている。




「聞いた通りです。無いものは売れない」


「じゃあ俺らは飢えろってのかよ!」


「そうは言ってない。――親父さん、なんで転生者に回す分だけ無いんです?」




その質問に、親父が言葉に詰まった。




「……そりゃあ、割当が」


「割当?」




***



人垣から離れた倉の裏で、親父は声を落とした。




「三日前に、教会から通達が来たんだよ」


「教会から?」


「穀物の配分な。街の住人が七、転生者が三。教会が決めた比率で回せってな」




悠人の背筋が、ひやりとした。


食糧の配分を、教会が決めている。

税でも王命でもなく。




「それ、いつからです」


「今回が初めてだ。三百年、教会が商いに口出したことなんざ一度もねえ」


「断ったら?」


「断れるかよ。教会の言うことは、王様の言うことより重いんだ、この街じゃ」




悠人は手帳を出さなかった。

出せば、この話が「記録される」と親父が気づいてしまう。


代わりに、頭に叩き込んだ。


――教会が、初めて社会に直接介入した。



***



倉の表に戻ると、口論はさらに激しくなっていた。




「もういい、力ずくで――」


「やめとけって!」




雷Aランクの男が、右手を持ち上げた。


指先に、火花が散る。


悠人は反射的に、半歩、後ろに引いた。

そして頭の中だけで、彼の足元の地面に――ごく小さな、ろうそく一本ぶんの光を灯した。


肩の上に生まれた光の粒が、するりと飛んで、男の足元で弾ける。


ぱん、と乾いた音がした。




「うおっ!?」




男が飛び退いた。

拍子に、指先の火花が消える。




「――はい、そこまで」




悠人は、間に割って入った。




「今の何!? 誰がやった!?」


「知りません。でも、たぶん止めろってことでしょ」




嘘をついた。

だが誰も、Cランクの荷物持ちを疑わなかった。



***





「順番に聞きます。まず住人の方」




悠人は倉の前の樽に腰かけ、両陣営を分けて座らせた。




「あんたら、何が一番困ってます?」


「パンが買えねえことだ!」


「本当に? 昨日は買えたでしょう」


「……買えたが、値段が二倍だ」




住人側から、次々に声が上がった。


――値段が上がった。

――子供の分が足りない。

――このまま上がり続けたら冬を越せない。




「次、転生者の方」


「俺らは金がないんだよ! 依頼の報酬が上がってねえのに、物価だけ二倍だ」


「Fランクの依頼、まだ一日銅貨十二枚ですか」


「そうだよ! パン一個が銅貨八枚だぞ!?」




悠人は、両方の話を手帳に書き出した。


住人の困りごと――値段が上がったこと。

転生者の困りごと――収入が上がらないこと。


どちらも「相手が悪い」とは言っていない。


営業の鉄則その七。

揉めている二者の言い分を別々に聞くと、たいてい三人目が出てくる。


値段を上げたのは住人ではない。

報酬を据え置いているのは転生者ではない。


――両方を決めているのは、この場にいない誰かだ。




「皆さん、報酬額って誰が決めてます?」


「ギルドだろ」


「ギルドの基準額は?」


「……知らねえな」




誰も知らない。

三百二十七年、変わらなかったから。



***



ギルドの受付嬢に確認すると、答えはすぐに出た。




「依頼の基準報酬は、教会が定めた表に基づきます」


「教会が」


「ええ。三百年以上、一度も改定されていません」




物価は動いた。

だが報酬は、教会の古い表のまま止まっている。


つまり――転生者だけが、構造的に貧しくなる仕組みになっている。




「受付さん。改定はできないんですか」


「教会に申請すれば。ですが、前例がありません」


「三百年、一度も?」


「一度も」




***



その夜、ギルドの小部屋で、悠人はフェルドに報告した。




「食糧の配分比率を、教会が指示しています。住人七、転生者三」


「――なんだと」


「三日前が初めてだそうです。教会が商いに口を出した、最初の例です」




フェルドの顔が、険しくなった。




「教会は、転生者を送り込んでいる側です。その教会が、転生者への配分を減らした」




セレンが静かに言った。


送っておいて、飢えさせる。


悠人は、ずっと考えていたことを口に出した。




「フェルドさん。これ、暴動を起こさせようとしてませんか」




沈黙が落ちた。




「……なぜそう思う」


「三日前に配分を決めて、今日もう倉庫前で殴り合い寸前です。手際が良すぎる」


「目的は」


「分かりません。ただ」




悠人は、指を折った。




「転生者を街から出さないよう門を閉じたのは、監査院です。食糧を減らしたのは教会です。報酬は三百年据え置き。――逃げ場のない場所に、飢えた四千人を閉じ込めてる」




フェルドが、ゆっくりと立ち上がった。




「……門の閉鎖は、王都の指示だ」


「その指示、どこから来ました?」




フェルドは答えなかった。


答えは、二人とも知っていた。

奉じの間。託宣。



***



深夜。宿への帰り道。


悠人は空を見上げた。


天頂の脇の、動かない光。




「あんたら、何がしたいんだ」




四千人を集めて、飢えさせて、追い詰める。


前回の一回分は、七年で終わり、全員が「回収」された。


――回収の前に、何をした?




「……まさか」




嫌な考えが、頭をよぎった。


集めて、追い詰めて、暴れさせて。

そのうえで、まとめて。




「……検証か?」




どういう条件で人間が壊れるのか。

それを測るために、飢えさせているのだとしたら。


悠人は足を止めた。


自分の手帳を、思い出した。


条件を変えて、何度も数字を取る。

新しい省略を試して、Δlogを伸ばす。


――俺が魔法にやっていることを、あいつらは人間にやっているんじゃないか。



***



手帳を開く。


・教会が食糧配分を指示。住人七、転生者三。三百年で初の商業介入

・依頼報酬は教会の表で三百年据え置き。物価だけ二倍→転生者だけが貧しくなる構造

・門の閉鎖は王都=託宣の指示。逃げ場のない場所に飢えた四千人

・倉庫前で暴動寸前。三日で表面化するのは手際が良すぎる

・目的は暴動を起こさせること?


最後の一行を書く手が、少し止まった。


・これは、検証されているのか


明日、教会に行く。

報酬表の改定を申請する。三百年で、初めての前例を作りに。


断られるかどうかで、相手の意図が測れる。


(――続く)

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