その困りごと、どこから来ました?
第十五話 その困りごと、どこから来ました?
翌朝、街の門が閉じた。
朝一番の薬草採取に出ようとした悠人は、門前の人だかりに足を止めた。
槍を持った兵が門を塞ぎ、その前で門番が汗をかきながら説明している。
「今日から三日、出入りする者は身分と目的を明かせ! 王都からの指示だ!」
「仕入れはどうすんだよ!」
「知らん! 俺に言うな!」
門の内側に、見慣れない馬車が停まっていた。
黒塗り。扉に、羽根と天秤の紋章。
隣に立っていた老人が、それを見て顔をしかめた。
「あれは監査院だな。王都の、王のすぐ下の役所だ」
「調査局とは違うんですか」
「格が違う。調査局が数えるなら、監査院は――止める側だ」
***
ギルドの掲示板の前は、朝から騒然としていた。
新しい通達が、大きく張り出されている。
――――――――――――――――――
【監査院通達】
本日より、当街の転生者は全員、順次面談を受けること
無断の外出・街外への移動を禁ずる
違反者は身柄を拘束する
――――――――――――――――――
「おい、これヤバくないか?」
「拘束って何だよ、俺ら何かしたか?」
雷Aランクの三人組が、青い顔で寄ってきた。
「悠人さん、これ知ってた!?」
「知りませんよ。俺もさっき門で足止め食らったところで」
「なあ、逃げた方がいいのかな」
「逃げたら一発で怪しまれます。堂々と受けて、堂々と何も知らない顔をしましょう」
それはそのまま、自分への言い聞かせでもあった。
昨日、廃墟から戻る道で鳥に見られた。
今朝、監査院が来た。
偶然だと思えるほど、悠人は楽観的ではなかった。
***
呼び出しは、昼前に来た。
四千人のうち、三番目。
「――如月悠人。監査院、フェルド・グラント」
ギルドの奥の小部屋。
セレンが使っていたのと同じ部屋に、別の男が座っていた。
四十代半ば。がっしりした体格に、隙のない仕立ての外套。
机の上には、書類の束と――砂時計が一つ。
砂は、既に落ち始めていた。
「面談は砂一つ分だ。座れ」
時間を区切る相手。
悠人の背筋が、営業の姿勢に切り替わった。
「東の廃墟に、何をしに行った」
開幕から直球だった。
――やはり、掴まれている。
「散策です」
「街の外への移動は届出が要る」
「昨日までは要りませんでした」
「規則は今日からだ。だが行為は昨日だ」
フェルドは書類を一枚めくった。
「同行者がいたな。王都調査局のヴェイル調査官」
「はい」
「調査官は職務だ。お前は何だ」
「荷物持ちです」
フェルドの目が、初めて悠人を正面から捉えた。
「――ほう」
「Eランクですから。街の外を歩く時は、誰かに雇われるのが一番安全です」
嘘ではない。ゴブリンの群れの時も、荷物持ちとして三人組に同行している。
実績のある嘘が、一番強い。
***
砂は、半分ほど落ちていた。
フェルドは机に肘をつき、話題を変えた。
「如月。お前、この半年で四千人が来たことを、どう思う」
「多いと思います」
「それだけか」
「あとは、飯の心配ですかね」
「飯?」
悠人は、ごく事務的に続けた。
「四千人が急に増えたら、まず食糧が足りなくなります。次に宿。それから仕事。実際、街の外の薬草地帯はもう採り尽くし気味です。俺が毎日行ってるから分かる」
フェルドの指が、止まった。
「……続けろ」
「今のところ持ってるのは、隣街から穀物が届いてるからでしょう。でも隣街にも転生者が落ちてるなら、いつまで回るか」
これは全部、本当の話だ。
そして――相手が一番聞きたい話でもある、と踏んだ。
なぜなら監査院は「止める側」だからだ。
止める側の役人が抱える困りごとは、いつだって同じ。
――このままだと、どこかで破裂する。
「お前、どこでその話を」
「毎日、薬草を摘んで、水路をさらって、ギルドで雑談してます。それだけです」
フェルドは、しばらく悠人を見つめていた。
そして、砂時計をつまみ上げ――机の脇に、横に倒した。
砂が、止まった。
「……如月。少し、長く話すか」
***
営業の鉄則その五。
相手の困りごとは、口に出た瞬間より、口に出す前の方が大きい。
だから、こちらから先に言ってやる。
言い当てられた人間は、必ず続きを話したくなる。
「監査院は、何を止めに来たんですか」
フェルドは書類を伏せ、低く言った。
「三月後だ」
「は?」
「王都の試算では、三月後に食糧が尽きる。転生者の流入が今のペースで続けばな」
三ヶ月。
「王都は、それをどうするつもりで?」
「二案ある。一つは、転生者への配給を切る」
「……四千人が飢えますね」
「もう一つは、教会を閉じる」
悠人の指先が、冷えた。
教会を閉じる。
つまり、円盤を止める。
「閉じられるんですか、あれ」
「分からん。だから調べに来た。だが、王家は教会に触れることを嫌がる」
託宣。
奉じの間。
王家は知っているのだ。あれが、触れてはいけない設備だと。
「フェルドさん。仮に、教会を無理に閉じたら何が起きると思います」
「知らん」
「俺も知りません。ただ」
悠人は、慎重に言葉を選んだ。
「届く予定の荷を、受け取り口で拒否したら。荷はどこへ行くと思います」
フェルドの眉が、動いた。
「……別の口に回るか、送り主が怒るか、だな」
「ええ。俺なら、送り主が何を考えるかを先に確かめます」
送り主。
その一語を、悠人は初めて口に出した。
フェルドは長い間、黙っていた。
***
「――如月悠人」
面談の終わり際、フェルドは砂時計を立て直しながら言った。
「お前、荷物持ちにしては物を知りすぎている」
「営業でしたので。前世で」
「エイギョウ」
「人の困りごとを聞いて回る仕事です」
フェルドは、ふん、と鼻を鳴らした。
そして、書類の一番下から一枚を抜き、机の上を滑らせた。
――――――――――――――――――
【監査院 協力者指名書】
如月悠人
街内の転生者動向の聞き取りを命ずる
報告先:フェルド・グラント
――――――――――――――――――
「……これは」
「拒否権はない。断れば拘束だ」
「随分な商談ですね」
「監査院はそういう役所だ」
悠人は、書面を見つめた。
監視される側から、監視する側へ。
だが同時に――監査院の内側に、足がかりができたということでもある。
情報は、上流に行くほど濃くなる。
「一つだけ、条件を」
「言ってみろ」
「調査局のヴェイル調査官と、引き続き話をさせてください」
「なぜだ」
「あの人は数える側です。俺が集めた話に、数字を付けられる」
フェルドは、しばらく考えてから頷いた。
「いいだろう。ただし如月、覚えておけ」
「はい」
「監査院に情報を上げる者は、監査院の中でも一番先に切られる」
***
部屋を出ると、廊下でセレンが待っていた。
顔色が悪い。
「――協力者に、されましたね」
「見てました?」
「私は今朝、監査院から通達を受けました。『調査局の当街での調査は、本日をもって監査院に移管する』と」
つまり、彼女は外された。
「セレンさん。あなた、これからどうなります」
「三日以内に王都へ戻れと。……悠人さん、これは偶然ではありません」
「昨日の廃墟ですね」
「ええ。私たちが端末に触れた翌日に、これです」
請求書は、思ったより早く、そして重く届いた。
「セレンさん。三日、ください」
「何をするつもりですか」
「監査院の内側から、あなたが街に残る理由を作ります」
セレンが、目を見開いた。
「……できるんですか、そんなことが」
「フェルドさんの困りごとは、食糧が三月後に尽きることです。数字を出せる人間が要る。あなたはその適任だ」
それは提案であり、同時に懇願だった。
ここで彼女を失うのは、あまりにも痛い。
***
夜。手帳を開く。
・監査院フェルド・グラント着任。門を閉鎖、転生者は面談と移動禁止
・王都試算では三月後に食糧が尽きる。対策案は①配給停止②教会の閉鎖
・王家は教会に触れるのを嫌がる(託宣の出どころだから)
・俺は監査院の協力者に指名された。拒否権なし
・セレンは調査から外され、三日以内に王都帰還を命じられた
ペンを止めて、悠人は最後の一行を書いた。
・三日で、彼女が残る理由を作る
窓の外。
塀の上に、灰色の鳥が二羽、並んで止まっていた。
昨日までは、一羽だった。
(――続く)




