こちらが一枚、多く出す
第十三話 こちらが一枚、多く出す
「――で、そちらの手帳には何が書いてあるんです?」
酒場の奥の席で、セレン・ヴェイルが単刀直入に切り出した。
昼下がりの酒場は空いている。
一番奥の卓。壁を背にした席を、彼女は当然のように取った。
観察者同士の商談が、始まった。
「先に確認を。この情報交換、王都への報告書には?」
「書きません。書けば私が調査対象になる」
「なら、話しましょう」
悠人はエールを一口飲んで、切り出した。
「教会の円盤。あれの稼働日は十の日と五の日。つまり五日周期の定期便です」
「それは私も掴んでいます」
「便あたりの搬入数は?」
「……そこまでは」
「俺が見た日は最低四人。仮に毎便四人なら、半年で七十便強、搬入は三百人前後。でも実際の登録者は四千人を超えてる」
「計算が合いませんね」
「合わない。つまりあの教会は、受け入れ口の一つでしかない」
セレンの羽根ペンが、素早く動いた。
「――他の街にも、あると?」
「王都の教会は、閉まる日がありますか」
「…………あります。十の日に」
彼女のペンが、止まった。
一拍おいて、セレンは荒く息を吐いた。
「王都の教会も、五の日に閉まるようになったのは半年前です。いま、思い出しました」
「全国の教会が、同じ物流網の拠点ってことですね」
***
「次はそちらの番です、調査官殿」
セレンは手帳をめくり、声を落とした。
「王都の王宮の奥に、『奉じの間』という部屋があります。王家の人間しか入れない」
「何がある部屋なんです」
「託宣が、降りる部屋です」
託宣。
「代々の王は、その部屋で文を受け取る。紙に書かれた指示が、封をされた台の上に現れるそうです。誰も出入りしていないのに」
「……指示の中身は」
「豊作の年の備蓄量。街道を敷く場所。教会に触れるなという通達も、おそらくそこから」
悠人はエールの杯を置いた。
三百二十七年、戦争も飢饉もない歴史。
実績ではなく計画値。
計画書は、あの部屋に降りてくるのだ。
「セレンさん。その託宣、誰が書いてると思いますか」
「王都の学者は神と言います。私は――」
彼女は窓の外の空を、ちらりと見た。
「――分かりません。ただ、神にしては、ずいぶん事務的な文面だそうです」
***
手札の出し合いは、一巡した。
悠人の番だ。
残っている手札は二枚。
鳥の巡回に昼過ぎの空白があること。
そして――自分の座標のズレ。
一枚目は、出す。
二枚目は、墓まで持っていく。
だが、と悠人は思う。
こちらは教会の物流計算と鳥の空白の時間。
向こうは王宮の奉じの間。
重さで言えば、向こうの手札の方が重い。
このまま等価交換で終えれば、次はない。
長い付き合いにしたい相手との最初の取引は、こちらが一枚多く出す。
損して得取れ、というやつだ。
営業の鉄則その四。
最初の商談は、儲けるための場じゃない。次の商談を作るための場だ。
「セレンさん。もう一枚、出します」
「等価は超えていますが」
「ええ。貸しにしておいてください」
悠人は声を落とした。
「あの灰色の鳥。機械です」
「…………機械」
「目が明滅する。生き物の瞬きじゃない。誰かの目として、俺たちを見てる」
セレンは、ゆっくりと窓の外に視線を動かした。
通りの向かいの屋根に、灰色の鳥が止まっていた。
「……いつからそこに」
「俺たちが座った時にはもう。だから今日は、口の動きを読まれないようにこの席を選びました。壁を背にして、窓に横顔を向ける席」
「――あなた、本当に営業だったんですか」
「営業ですよ。競合の同席する商談は、席順が九割なんで」
***
別れ際、セレンは短く言った。
「鳥の空白の時間、昼過ぎの二時間でしたね」
「ええ」
「明日、使いましょう。東の廃墟。あの円盤をもう一度」
「……ご一緒に?」
「一人で行かせて、あなただけが情報を持つのは困ります。貸し借りは早めに精算する主義です」
言い方は素っ気なかったが、それは「組む」という返事だった。
***
夕方、薬草の納品に行くと、リコがじっと悠人の顔を見た。
「あんた、今日なんか楽しそう」
「そう?」
「うん。ここんとこ、つまんなそうな顔してたのに」
鋭い。この子は本当に、鳥よりよほど正確にこちらを見ている。
「仕事の商談がまとまってさ」
「ふうん。Eランクの商談って何よ」
リコは選別台の下から、小さな布包みを取り出した。
「はい。干し果物と堅パン」
「え、なんで」
「明日どっか行くんでしょ。楽しそうな顔した次の日、あんた必ず朝いないもん」
悠人は、包みを受け取ったまま固まった。
観測記録を取られていたのは、こちらの方だった。
「……ありがたく」
「五日分入ってるから。五日で帰ってきなよね」
***
夜。手帳を開く。
・教会は全国網。王都も同じ周期で閉まる。搬入経路は複数
・王宮の「奉じの間」に託宣が降りる。三百年分の計画書の出どころ
・セレンと明日、昼の空白の時間に廃墟へ。共同戦線成立
・リコの観測精度、鳥より上
書き終えて、悠人は最後の一行を足した。
・貸しが一枚。悪くない商談だった
明日は昼過ぎ。
壊れた円盤に、二人で会いに行く。
(――続く)




