↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/25

名刺を出すのは、いつも向こうから

第十二話 名刺を出すのは、いつも向こうから


朝、宿の窓を開けると、灰色の鳥が窓枠に止まっていた。


一メートルもない距離。手を伸ばせば触れる。


今までは、屋根の上や木の枝からだった。




「……近づいてきたな」




悠人は窓枠に肘をつき、鳥と目線を合わせた。

鳥は瞬きをしない。羽づくろいもしない。




「なあ、お前。誰の使いだ?」




返事はない。

当然だ。相手は鳥だ。


――だが、次の瞬間。


鳥の目が、二度、点滅した。

生き物の瞬きではない。灯りが点いて消えるような、明らかに機械的な明滅。




「うわ」




悠人が身を引くのと同時に、鳥は飛び立った。

東へ。街の外へ。


***




「――追ってきた、というわけですか」




東街道の外れ、林の入口で、悠人はセレンと合流していた。

昨夜のうちに、鳥のことは伝えてある。




「今日は、はっきり誘われてる感じがします」


「罠だと思いますか」


「思います。でも、罠だと分かってる商談ほど、行く価値がある」




林の中は、静かだった。

鳥の姿は、木々の間を縫うように前を行く。悠人たちが遅れると、必ず止まって待った。


やがて、開けた場所に出た。


そこには、崩れた石の建造物があった。

教会と同じ石材。だが、明らかに古い。蔦に覆われ、屋根は落ちている。




「……もう一つの教会?」


「王都の記録にも、こんな建物はありません」




鳥が、崩れた入口の上に止まった。

そして、また目を二度、明滅させた。


***


中は、瓦礫と土に埋もれていた。


だが奥の壁だけが、不自然なほど綺麗に残っていた。

その壁に、円盤があった。


教会で見たものと同じ形。ただし、こちらは動いていない。

溝の中の光は消え、金属の表面は曇っていた。


そして円盤の中央に――文字が刻まれていた。


風化して、ほとんど読めない。

悠人は膝をつき、指で表面の土を払った。


浮かび上がったのは、見覚えのある書式だった。


GEN-1994-RESTORE




「……1994?」




悠人の指が止まった。


自分のステータスに刻まれていたのは、GEN-2038-RESTORE。


数字だけが、違う。




「セレンさん、これ」


「読めますか」


「ええ。……これ、俺のパネルに出てるのと、同じ形式の文字です」




セレンが息を呑む音がした。




「あなたのパネルに?」


「種族欄の注釈に。GEN-2038-RESTORE、と」


「2038。そちらの数字は」


「――俺が死んだ年です」




言ってから、悠人は自分で口を押さえた。


話しすぎた。

だが、もう遅い。


セレンは、しばらく黙って円盤を見ていた。

それから、静かに言った。




「では、この円盤は。1994年に死んだ誰かのための、ものだった?」




***


その時、円盤が――一度だけ、光った。


溝の中を、淡い光が半周して、消えた。

それだけだった。


だが、悠人のパネルが、勝手に開いた。


そして右下の隅に、十一日ぶりに走り書きが流れた。


          legacy node detected

          照会:GEN-1994-RESTORE

          状態:終了済(帰還者 0)


レガシー・ノード。


前世で、社内の古い在庫管理システムを触った時に見た言葉だった。

ノードというのは、要するに一つの拠点、一つの単位のことだ。


――つまり、ここは「一回分」だ。


悠人は、その意味を噛み砕いた。


同じことを、区切って、何度もやっている。

その一回ぶんが、この円盤。


そして今の自分たちも、たぶん別の「一回分」。


帰還者、ゼロ。




「……ゼロ、か」




かつて、ここにも人が来た。

そして、誰も帰らなかった。


削られた文字の意味が、ようやく形を持った。


帰還不可。


三百二十七年の歴史。

半年前から始まった転生現象。

1994年の、終了済みの一回分。


――今回が、初めてじゃない。


営業でいう、リピート案件だ。

何度も同じことをやっている。今回はたまたま、規模が桁違いに大きいだけで。


***


外に出ると、鳥はまだそこにいた。


崩れた石の上に止まり、悠人をまっすぐに見ている。


悠人は、深く息を吸った。




「……なあ。お前を寄越したやつに、伝言を頼めるか」




鳥は動かない。




「俺は、まだ何も見てない。何も気づいてない。ただの、薬草を摘んでるEランクだ」




嘘だ。

全部、嘘だ。


だが、この嘘を言うために、悠人はここまで来た。


――交渉のテーブルにつくには、まず相手に「こちらは無害だ」と思わせる必要がある。

本当の値札を見せるのは、相手が席に座ってからでいい。


鳥は、しばらく悠人を見ていた。


そして、目を三度、明滅させた。


二度ではなく、三度。


初めて、パターンが変わった。




「……返事、か?」




鳥は飛び立ち、空の高みへ消えていった。


***


その夜。宿の部屋で、悠人は手帳の新しい頁を開いた。


十二日分の記録が、もう手帳の半分を埋めていた。


・十の日の教会=転生者の受け入れ口。流れ作業

・王都上層はこれを知っていて、調査を止めている

・東の廃墟に、古い円盤。GEN-1994-RESTORE、帰還者ゼロ

・つまり、今回が初めてではない

・灰色の鳥は機械。誰かが俺を見ている。そして今日、返事をした


ペンを止めて、悠人は最後の行を書いた。


・俺は、まだ何も気づいていないフリをする


明日も薬草を摘む。

ギルドで雑談をする。リコの店に顔を出す。

何も知らない、平凡なEランクとして。


そうやって、相手が席に座るのを待つ。




「……長期戦だな」




灯りを消す前に、悠人はもう一度だけ、窓の外を見た。


揺れない炎が、等間隔に灯っている。

三百二十七年間、ずっとそうしてきたように。




「あんたら、いつからそこにいるんだ」




返事はない。


だが十二日前とは違い、悠人はもう、それを「異世界の風景」だとは思っていなかった。


(――第一部・完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。