↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/53

51、道具派という未来

 わたしは、西暦2000年前後に大量のSF小説を読み、考えた。SFは二種類のヒトの未来像を提供している。ひとつ目は、サイボーグ化。人体に機械を融合させることだ。ふたつ目は、生命工学。人体を生物的な干渉で変化させることだ。わたしが熟慮の末、たどりついた結論は、人類は、この二つのどちらの未来も選ぶことなく、第三の選択肢を選ぶべきだというものだ。第三の選択肢、それは、道具派である。

 道具派とは、人類はどんな未来になっても、人体を生身で維持して、道具のみの高性能化により快適な未来社会を作り出すべきだという思想である。

 サイボーグ化は、SFでは非常に多く登場する技術であるが、神経と機械の接続において、ヒトは自分で自分の個体を制御することができず、他者に機能をのっとられる。また、人体は生身であることを快適だと感じるのであり、機械との融合は不快感をともなう。そのため、ヒトは生身を機械と融合させるべきではない。

 生命工学は、可能性のある分野である。また、道具派であっても、生命工学を未来社会で必要とする。男性の女体化、女性の男性化、ふたなりへの改造、幻獣化、天使化、怪物への変態など、ちょっと面白い技術である。クローン人間をたくさん製造するという未来もありえる。

 わたしは、かつて、生命工学による人類の改良に危機感を感じた。生命工学を肯定した場合、人類は人類を作り変え、例えば、苦しみをまったく感じないエネルギー生命体に変化するかもしれない。それも人類の幸せな未来のひとつかもしれない。しかし、生命工学によってヒトがヒトでなくなってしまうことには、現状では、極めて大きな危険を感じる。人類はあくまでも生身の人体を維持するべきだ。そして、生身の人体を維持したうえで生命工学を使うことが望ましい。それゆえに、たどりついた思想が道具派である。

 いま考えてみると、生命工学の発達は、安全で快適なものがあり、道具派でも道具として使いたい生命工学はある。道具派は、厳格ではない。サイボーグ化にも、生命工学にも、使用を許可する許容はある。時に、それらの技術で遊びたい気持ちはわかるし、それらの技術の可能性を調べることを禁じてはいけない。

 道具派は、道具の改良によって人類が幸せになるという未来像である。道具は、ロボットを含むし、生命工学のさまざまな道具も含む。道具派とは、人類が技術に対して生身を守るという思想である。

 放っておいても、人類は自然淘汰で進化する。生身の維持というのも、あまり長期的な視点では意味を持たない。しかし、SF的な未来観において、サイボーグ化や生命工学によるのではなく、あくまでも、道具の改良によって幸せな未来を築くというのが道具派なのだ。

 道具派の未来観がいつまで維持できるのかはわからない。生命工学の発達により、ヒトでいるより幸せな未来が到来するかもしれない。しかし、現状で見る限りは、サイボーグ化や生命工学による人体の改造よりは、道具派であることが幸せへの道であると思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。