第74話 ノルト~誕生、帝国の才女
管理AIタマモの分析データ画面が、青い光となって室内に浮かび上がる。
留学生の健康状態や家庭環境を淡々と追っていたタマモは、あるデータ領域でその表示を静止させると、ゆっくりと振り返った。その視線の先はアキラではなく、偶然居合わせていた佐々木と大河内だった。
「……こちらの留学生の故郷ですが、極めて興味深い地理的条件を備えています」
タマモが提示したホログラムには、海洋都市国家と東方国の中間に位置する良港が映し出されていた。現在、その港には留学生と血縁関係にある商会の大型交易船が十四隻も停泊しているという。
「今後、爆発的な発展が見込まれる要所です」
データを確認したアキラは、即座に判断を下した。
「佐々木さん、大河内さん。この案件は二人に一任するよ。交易都市が表舞台に立たない方向で。」
「わかりました。速やかに検討し詰めます」
数日後、海洋都市国家へと戻っていたロレン・マリーン商会長のもとを、佐々木と大河内が密かに訪れていた。
重厚な応接室の机の上に広げられたのは、広大な大陸地図だった。
「東方国からオットー子爵領、海洋都市国家、交易都市、エルフ国、そして魔王国……これらを一本の線で結ぶ大物流構想です」
佐々木の言葉に、ロレン商会長の目が息をのむように見開かれる。
「公式には子爵領の中継港構想として進めます。そして、その物流の要となるのが子爵領です」
「……待ってくれ。交易都市が噛むとなれば、動く金が桁違いになる。想定される経済規模は……直接東方国とやり取りする場合の数十、いや百倍に膨れ上がるぞ」
冷や汗を拭うロレンに対し、大河内は静かな声で釘を刺した。
「ええ。ただし、交易都市は表舞台に出ることを望みません。利益はあくまで正当な交易によるもののみとします。……問題は、この壮大な構想の発案者を『誰』にするかです」
「交易都市の名は使えない。かといって、我がマリーン商会の名を出せば、利益を独占しすぎていると周囲の反発を買う……」
三人は顔を見合わせ、腕を組んだ。
大きすぎる構想ゆえに、表に立つ「顔」が必要だった。権威があり、かつ誰もが納得せざるを得ない人物。
消去法を重ねた末、白羽の矢が立ったのは――
「……ノルトリンデ様、ですね。『全権使者』ですし。」
「ふむ、彼女ならば誰も文句は言えないでしょう。」
その頃、陽当たりの良いサロンでは、和やかなお茶会が開かれていた。
湯気とともに立ち上る東方国特有の香ばしいお茶の香りに、ノルトはほっと息をつき、うっとりと目を細めた。
「本当に良い香り……。このお茶を召し上がったら、いつも領地の復興や書類仕事でお疲れのお父様も、きっとお心が休まるでしょうに……。ああ、お父様にも東方国のお茶を飲ませてあげたいなぁ」
ポツリと漏らされた娘らしい健気な呟き。
しかし、佐々木や大河内から中継港構想の全貌を聞いていたサクラは、その言葉を逃さなかった。目を細めて微笑むと会話に乗ってきた。
「ノルトさんは親思いですね。ならば、子爵領に我が東方国の領事館を建ててはいかがでしょう? 領事館があれば、いつでも新鮮で上質な東方国のお茶を召し上がれるようになりますよ。」
「まあっ! 領事館があればお茶はいつでも飲めるのですか? それはとっても楽しみですわ!」
(お父様に東方国のお茶が飲めることをお知らせしなくては。)
ノルトはそれが一国の外交拠点を置くという重大な決定とも知らず、純粋に「美味しいお茶が手に入る」と目を輝かせて喜んだ。
さらに後日、噂で「帝国の才女」と持ち上げられていることを耳にしたノルトは、首をかしげて呑気に笑うのだった。
「まあ、帝国の才女……ですか? どこのノルトリンデさんでしょうね。そんな凄い方がいらっしゃるなんて、素敵ですわ」
本人のあずかり知らぬところで、領事館の建設はおろか、巨大な経済を動かす「帝国の才女」という名声は、勝手に一人歩きを始めていたのだった。




