第69話 閑話 リゼパニックふたたび
大森林へと続く街道から少し外れた、うっそうとした岩陰。
そこに身を潜める男たちの中心で、自称『盗賊界の知性派』こと黒狼盗賊団の頭は、羊皮紙に書かれたメモを指でトントンと叩きながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「いいか野郎ども、よく聞け。脳筋の盗賊や教会の間抜けな聖騎士どもがなぜ撃滅されたか……その理由を俺様が完璧に解明してやったぞ」
周囲を取り囲む子分たちが、「おお……!」「流石は頭!」と感嘆の声を漏らす。ボルドは鼻高々に羊皮紙を突きつけた。
「奴らが敗れた原因はただ一つ! 大森林の『10人ルール』だ! 街道上で半径300メートル以内に『10人以上』の人間が存在すると、無慈悲な重力呪いが発動し、身につけた金属が512倍の激重と化す! だが逆に言えば……9人以下ならば、どれほど重装備だろうが絶対に発動しないということだ!」
ボルドは指を一本立て、胸を張った。
「今回の獲物は、街道をトコトコと一人で歩くあのシスター見習い……リゼだ。そして前方にいる行商人が一人。現場の確定人口は『2名』! 対して、我が黒狼盗賊団から選りすぐった襲撃選抜隊は……俺を含めてぴったり『7名』だ!」
「7名……!」
「2名+7名で……合計9名ッ!!」
子分たちがハッと目を見開く。ボルドはニヤリと口元を歪めた。
「そうだ! 9名ならば10人ルールの範囲外! 呪いは100%発動せん! 聖騎士団や軍師ヴィクトルの失敗を完璧に研究し尽くした、この俺様の『厳格7名小隊』によって、あの女を捕らえ、街の貴重な物資をいただくのだッ!」
「「「頭ぁぁっ! 天才だぁぁぁッ!!」」」
岩陰に響く野太い歓声。ボルドは「フッ、まあな」と顎を撫で、抜き身の短剣を掲げた。
「行くぞ野郎ども! 9人の完璧な計算のもとに、突撃だぁぁっ!」
「「「おーっ!!」」」
合図とともに、草むらを押し分けて飛び出す7人の盗賊たち。
街道の中央では、修道服の裾を軽やかに揺らしたリゼが、お困り顔の行商人に声をかけていた。
「まあ、商人様! 荷車の車輪がぬかるみにはまってしまわれたのですか? 大変ですわ、私もお手伝いいたします!」
「ひっ!? と、盗賊だぁぁっ!?」
襲いかかる7人の悪党に顔を青くする行商人。ボルドはニヤリと笑い、豪快に言い放った。
「ハハハ! 諦めろ! 俺たちの数は計算し尽くされた7人! お前たち2人を合わせても計9人! 呪いなど発動するはずも――」
「まあ! みなさま、車輪を引き上げるのをお手伝いしてくださるのですか!?」
リゼが両手を合わせてパッと表情を輝かせた。ボルドが「は? 何言ってんだこの女――」と首をかしげた、まさにその時であった。
『――た、助けて〜! リゼさま〜!』
街道の脇の草むらから、可愛らしい悲鳴とともに一人の少女が飛び出してきた。第一区画のハローワークからリゼを追いかけてきた、幼い獣人の少女・ミーナであった。
「リゼさま! 転んで膝をすりむいちゃったの……えへへ」
「まあまあ、ミーナちゃん! 大丈夫ですか? 今おまじないを……」
駆け寄ってくる幼い少女。リゼが優しく抱き起こす。
その光景を前に、ボルドはピキリと固まった。
(あ……あれ……? 今……一人増え……た……?)
脳内で猛スピードの暗算が始まる。
行商人『1名』。
シスター『1名』。
獣人のガキ『1名』。
そして俺たち盗賊『7名』。
1 + 1 + 1 + 7 = 10。
「じ、じゅ……10人……ッ!?」
ボルドの顔から血の気が引いた瞬間、上空の「魔の森」の樹海全体に、どこか呑気で無機質なチャイムの音が響き渡った。
『――ピンポンパンポン♪』
『条件達成。半径300メートル以内の人口密度が10名に達しました。永続重力デバフ、512倍を展開します』
「しまっ――引けぇぇぇぇッ!!」
ボルドが絶叫した瞬間、足元の石畳が怪しく鮮やかな赤色に点滅し、パニックに陥る盗賊たちを横目に30秒が経過。天地がひっくり返るような絶対的質量が盗賊たちを襲った。
ズズゥゥゥゥンッ!!
「ぐはっ……!? 重っ……!? 包丁が……金属のベルトがぁぁっ!?」
盗賊たちが大事に抱えていた鉄の短剣、腰のベルトの金属バックル、果てはポケットに入っていた銅貨一枚に至るまで、一瞬にして超大型トラック並みの激重の塊へと変貌。
「ぎゃあああッ! ぎっくり腰がぁぁぁっ!」
「俺の背骨が折れるぅぅぅッ! 助けて頭ぁぁっ!」
ズシン! ズシン! と地面にめり込み、己の身につけた金属の重量によって石畳へ這いつくばる盗賊たち。
なお、金属を「寸鉄も帯びず」の教義通り一切持っていないリゼとミーナ、そして行商人の3人は、完全に素知らぬ顔でケロリとしていた。
「まあ……! 女神様のご加護でしょう! 盗賊の皆様が、急な激しい腰痛に襲われて改心されたようですわ!」
リゼが胸の前で強く手を組み、感涙にむせびながら天を仰いだ。
「創世の女神様……本日も私の旅路を見守り、過ちを犯そうとした哀れな方々に試練(ぎっくり腰)を与えてお救いくださり、本当にありがとうございます……!」
「リゼさま、すごいねー!」パチパチと手を叩くミーナ。
地面に顔面を押し付けられ、鼻血を流しながら「計算が……俺の完璧な計算がぁぁぁ……ッ!!」と涙目で絶叫するボルド。
数分後、巡回中の回収ドローンによって速やかに回収されたボルドたち「黒狼盗賊団」の鉄製ナイフや金属パーツは、交易都市で使われる「最新型・軽量おたま」と「農業用スコップ」へと綺麗にリサイクルされるのであった。




